05 交友
キャサリンとの協力を取り付けたカワードは、まずは己が拠点としている場所へとキャサリンを案内することにした。
カワードの拠点は、即ちカワードの縄張りでもあり、この辺りの弱い魔物は絶対に近づかない、つまりキャサリンにとって唯一の安全地帯となるのだ。
キャサリンを先導しつつ、カワードはキャサリンに問う。
「キャサリン、ドウシテ、ヒトリダッタ」
「えっと、私が一人でゴブリンから逃げていた理由?」
カワードが頷くと、キャサリンは僅かに躊躇いがちに事情を話し出す。
「私ね、冒険者っていう魔物を狩ったりする仕事をしてるんだけどさ、その仲間だった人たちに裏切られちゃったんだ」
キャサリンが話す事情は、カワードが想像していた以上に壮絶なものであった。
キャサリンは元々、ある魔術院――男の知識で置き換えるなら、魔術を専門に学ぶ大学のような場所で、研究者として働いていたそうだ。
しかしある時期から、魔術そのものの研究よりも、魔術が実際に使われる現場――即ち冒険者という職業についての研究に方針が転換。
以来、キャサリンは自分自身が魔術師として、冒険者となり各地を転々とし、独自の研究を続けていた。
そして――遂にキャサリンは冒険者にとって最も危険であり、しかし一方で夢と可能性に溢れた場所、人類未踏領域の一つ『辺獄』に活動の拠点を移した。
人類未踏の、魔物の領域での冒険はキャサリンにとって未知の体験であり、日々が刺激に満ち溢れ、そして同時に、人生最大の失敗を犯した。
冒険者はギルドと呼ばれる協同組合により身分を保証される労働者であり、基本的には問題行動を起こす等、社会通念上問題のある人物は冒険者としての資格を剥奪される。そのため、冒険者と言えども、人生を冒険に賭けたような社会性に欠ける人間は少なく、むしろ単なる採集、狩り等の作業を担う肉体労働者であり、規律、規範の中に生きている。
だが――これが『辺獄』のような人類未踏領域と接する地域の冒険者に限れば話が変わってくる。
多くの場合、人類未踏領域に挑戦する者達は、他の冒険者とは異なり社会性よりも冒険者としての実力が重視される。つまり、危険な魔物を狩る能力の高い者、あるいはそうした魔物を避けつつ、未踏領域から資源を集め、帰還する能力に長けた者が重要視される。
無論、社会的に問題のある行動を起こした者が資格を剥奪されるのは他の冒険者ギルドとも変わらないのだが、実力を重要視する以上監視の目が緩く、結果的に問題行動を起こすような人間がお目溢しを受けている形になっている。
そして――キャサリンが『辺獄』で、最初にパーティを組んだ冒険者こそが、正にその部類の者達であった。
既に他の冒険者ギルドでも、キャサリンは十分に経験を積んでいたこともあり、冒険者という職業に対するある種の安心感、悪く言えば油断のようなものがあったこともあり、この日キャサリンはある冒険者パーティに臨時参加することとなった。
そもそもパーティとは、複数人の冒険者で徒党を組み、より効率的に探索、狩りを行うためのシステムなのだが、基本はギルドでの登録制となっている。
しかし、登録に際してのお試し、要するにパーティに加入して以後も問題なく関係が続けられるかどうかを確かめる為に、特にパーティとして登録することなく、冒険者同士で短期的に、多くは一度か二度の限定的な集団行動をする場合もある。
今回、キャサリンは正にその非登録のパーティを結成し、試しにとばかりに『辺獄』へと探索に向かった。
多くの場合、例え『辺獄』の冒険者と言えども、全員が問題行動を起こすような冒険者ではなく、むしろごく一部に過ぎず、そして、そういった冒険者の噂というものは活動する程に耳に入り、警戒する為被害に遭うというのは極めて稀である。
しかしキャサリンがこれまでの冒険者活動により油断しきっていたこと、それ故に情報収集よりも先にパーティ探しを始めてしまったこと、さらには最初に当たった冒険者パーティこそが不運にも素行不良のある冒険者であったことにより、悲劇は起きた。
キャサリンと臨時パーティを組んだ冒険者の男達は、言葉巧みにキャサリンを『辺獄』の奥地、一般的な冒険者が踏み入れない領域へと入ってゆき、そして人気も無く、助けは来ないだろうという段階になって――本性を顕にした。
彼らは口汚く、下品にキャサリンを侮辱するような言葉を投げかけ、そしてキャサリンを強姦しようと試みた。
不幸中の幸いか、キャサリンは護身程度に杖を扱う術は心得ており、身の危険を感じた途端、男達を殴り、隙を作って逃げ出した。
そして、男達は追っては来なかった。
男達が追ってこなかったのは――キャサリンという獲物よりも、『辺獄』という環境の危険性、リスクを鑑みた為であった。
実際、キャサリンは逃走を開始してすぐ、通常のゴブリンと比べて倍程はあるのではという身体能力で活動するゴブリン――『辺獄』ではごく普通のゴブリンに過ぎない三匹と遭遇し、やむなく逃走を続け、現在に至る。
そういった話を、時折震える声を抑えるようにしながら、キャサリンは最後までカワードに対して話し終えた。
それがこれから共同生活をする相手に対しての誠意からなのか、それとも誰か他人に吐露することで、味わった恐怖を胸の内から吐き出してしまいたかった為なのか。
何にせよ――カワードに出来ることは多くはなく、次にカワードが発した言葉は、単純なものであった。
「キャサリン。カエリタイ、カ?」
カワードの問いかけに、キャサリンは首を横に振り答える。
「今は、帰りたくない。あいつらがいるって思うと……」
それ以上、言葉を続けることは無く、キャサリンはただ身体を震わせるだけであった。
そんなキャサリンの様子を見て、カワードはある提案をする。
「――ツヨクナレ」
「ん、なに?」
「オレ、タタカイカタ、オシエル。キャサリン、ツヨクナル。キャサリンハ、チカラ、ヒツヨウ」
要するに――カワード曰く、キャサリンに戦う力が、男達に抗えるだけの戦闘術を身につければ、少なくとも恐怖が薄れるだろう、という気遣いであった。
そのような気遣いを、よりにもよってゴブリンから受けている、という状況もあり、キャサリンはクスリ、と小さく笑みを零してから答える。
「わかった、貴方を見習って、私も少し強くなってみるわ」
じゃあ代わりに、私は魔術でも教えてあげようかしら、最初は簡単な生活魔術ぐらいから。等と、キャサリンは思うのであった。
ともかくこうして――キャサリンとカワード、人間とゴブリンという異色の組み合わせによる、『辺獄』での共同生活が始まるのであった。