04 対話
片言ながらも言葉を話す褐色のオーガに、女は困惑しながらも、対話を試みた。
結果――様々なことを知ることが出来た。
まず、褐色のオーガ……ではなく、何と正確には褐色の『ゴブリン』であったのだが、ともかく褐色の彼の出自について。
本来、彼はこの近辺に存在したゴブリンの集落に所属していたらしいのだが、ある日『強くなりたい』という願望を抱き、群れの長を殺害し『辺獄』の深部へと潜っていったのだとか。
そして彼は森の深部で力を付け、ある時『オサ』と呼ばれる存在と出会い、最低限の言葉を習ったお陰で、こうして人間と会話が出来ている。
その『オサ』というものが何なのかについては、片言の言葉からでは女には上手く理解できず、少なくとも言葉を理解する程度の高い知能を持った魔物であろう、という事以外は何も分からなかった。
そうしてオサから言葉を習った彼は、次の目的を果たす為、森の浅い領域まで戻り、修行の日々を過ごしつつ――現在に至る。
そして肝心の、彼が女を助けた目的についてだが――それもまた、彼が抱く『強くなりたい』という願望に端を発していた。
彼はより強くなるため、既に倒したことのある魔物ばかりの辺獄ではなく、未知の世界である森の外、つまり人間の世界へと旅立ちたいと願っていた。
未だ見ぬ強者との出会いを求めて、しかし魔物であり、言葉も上手く話せない彼は、協力者を求めていた。
そこで彼が目を付けたのが、女であった。
ゴブリンに追われ、危機的状況に陥っていた女を見つけ、助けに入り恩を売ることで協力を得ようと考えたのだ。
それが、彼が女を助けた最大の理由であった。
(つまり、強い人ともっと戦いたいから協力して欲しい、ってことね)
女はおおよそ、彼の行動の理由を一言でまとめた上で、実際に協力しても良いか考え込む。
まず、協力を断った場合だが、女は一人で辺獄を脱出しなければならないが、無論それは不可能に近い。故に、自らの生存を前提とする場合、女が彼に協力しないという選択肢はありえない。
次に、協力した場合のリスク――つまり、ゴブリン、魔物である彼を本当に人間社会へと送り込んでも良いのかという問題点についても考える。
最低でも、この褐色のゴブリンは人助けをしようと思考することが可能な程度には知能が高く、また女を実際に自身の判断で助けたという実例が存在する。
故に、これから女がよく教え込みさえすれば、彼が人間社会に対して害を成す可能性は低くなると考えられる。
また、彼の皮膚はゴブリンとは思えぬ褐色であり、遠方の島国出身の民族や、砂漠地帯の民族であればありうる皮膚の色である。
そして背格好もゴブリンとは異なり、真っ直ぐ背筋を伸ばして立っており、それこそゴブリンより遥かに知能が高く人間に近い体型を持つオーガと見紛う程度には、立ち居振る舞いに野生を感じず、顔立ちも整っており、そういう顔の人間だと言われれば納得しうる程度ではある。
つまり、ゴブリンであることを示す頭部の角さえ隠してしまえば――人間と言い張ることも可能な程度には、違和感が無いのだ。
即ち女の協力次第では、彼が人間社会に紛れ込むことは不可能ではない。
そして何より――彼が片言ながら話す言葉に耳を傾け続け、感じたことではあるのだが、女にはどうも彼が邪悪な存在ではないように思えて仕方がなかった。
それこそ『強くなりたい』という願望も、魔物特有の破壊衝動の一種というよりは、まるで少年が抱く子供じみた英雄願望に近いものを感じ、無邪気ささえ感じられた。
そこまで考え――女は決意する。
彼はゴブリンではあるが、決して邪悪な存在ではなく、自らの生存という目的の上でも必要不可欠な存在である為……是非とも、協力すべきである。
決断した女は、返答をじっと待つ彼、褐色のゴブリンに向かって右手を差し出し、握手を求めつつ答える。
「分かったわ、貴方に協力する。――私はキャサリンって言うの、これから宜しくね」
「……オレ、ナマエ、カワード」
「貴方は、カワードっていうのね?」
女――キャサリンが問うと、褐色のゴブリン、カワードが頷き、そして差し出された手を握り返し、握手を交わした。
カワードが握手という行為の意味を知っていたことに、一瞬だけキャサリンは驚くのだが、しかしすぐにこれも『オサ』から教わったのだろう、と勝手に納得した。
しかし実際は――カワードは、単に握手という行動を、人間の交流方法を既に知っていただけに過ぎない。
何しろ彼、カワードこそが、かつてこの森の中で父たるジェネラルゴブリンを殺した、かつて地球の、日本に存在したある男の記憶を持つゴブリンなのだから。
――こうして二人は、運命の出会いを果たしたのであった。