道場に突然、来た男 道場の少年side
いつもの様に道場で訓練していると領主とその娘であるスイレン様が道場に現れた。
だが普段とは違い見知らぬ男がスイレン様と手を繋いでいた。
この地の領主の娘であるスイレン様と手を繋いでいることに酷く腹が立つ。
もし婚約者だとしても弱かったら認められない。
男はかなり貧弱にしか見えない。
他の皆も同じ気持ちで一緒に睨んでいた。
「そうか……。そうか……!!」
だが何人かは嬉しそうに見知らぬ男を見ている。
どこぞの男が敬愛するスイレン様と手を繋いでいるのに不満は無いのか気になる。
しまいには祝いの言葉さえ言っていた。
「おめでとうございます!」
何がおめでとうだ。
スイレン様と手を繋いでいる姿から仲が良いのだろうが俺は認めない。
「良かったねぇ……!」
何も良くない。
見るからに貧弱な男がスイレン様を護れるわけがない。
「無理はするなよ!」
男なんだ。
女を護るべきなのにスイレン様に無理を強いらせるつもりか。
一緒に鍛えてきた何人かの仲間を信じられない気持ちになってしまう。
「父上!私がレイダーに使い方を教えても良いでしょうか!」
「すまない、頼む!」
スイレン様が道場の案内をする。
案内されたのはどれも基本的な能力を上げるに適した物だ。
流石、スイレン様と尊敬する。
ダンベル上げと縄跳びとランニングマシーン。
どれを選ぶにしても相応しいか見極めさせてもう。
「スイレン様、来てもらって良いですか!?」
「はい!……悪いわね。直ぐに戻って来るから、どれか実際に経験してみて」
スイレン様は呼ばれて行ってしまったが、やることは変わらない。
男の実力をこの目で見る。
そして結果は見るからにダメダメだ。
縄跳びの縄の速度も遅いし、跳ねるのも遅い。
何度も飛ぶの失敗していた。
こんな男がスイレン様の隣にいることは認められない。
皆で男を囲んで逃げられないようにする。
「おい。ちょっと顔を貸せ」
見れば見るほど、たったあれだけの動きで汗だくになっている。
俺たちからすれば信じられない気持ちになる。
やはりスイレン様に相応しくない。
「お前、誰だ?何でスイレン様と手を繋いでいるんだ」
まずは、どんな関係か明確にする。
もし婚約者だとしたら全員で領主様に物申してやろう。
だが男は困った顔をして何も答えない。
「もしかしてスイレン様と一緒に住んでいるんじゃないだろうな?」
「そうだけど」
やはり困った顔をして頷かれる。
俺たちの知らない男がスイレン様と一緒に住んでいる許しがたいことだ。
「なんだと!?ふざけるな!何でお前が一緒に住んでいるんだ!?見ていたが、縄跳びを少ししただけで体力も尽きかけている癖に!」
一緒に住んでいることが認められなくて暴言を吐く。
周りの皆も同意見だと一緒に文句を言う。
「そうだね」
あっさりと認める男。
否定もせずに受け入れられたことで苛立ちを覚えてしまう。
だから俺は怒りのままに男の胸倉をつかんでリングの中央へと投げた。
これ以上、舐めた態度を取らせるつもりは無い。
「ふざけた反応をしやがって!なめてんじゃねーぞ!!」
変わらずに困った顔をしている男。
これなら少しは変わる筈だと挑発をしてみる。
「俺が勝ったらスイレン様とは別々に暮らせ!」
そして困った顔が消えて無表情になる。
どんな感情を抱いているかは知らないが、少なくとも揺さぶれたはずだ。
思いきり男に殴りかかる。
自分でも、ここ最近で一番の拳だった。
運もあったが、これで男も立てないだろうと思いきり殴れたことで満足する。
スイレン様の家で過ごすことも無くなる筈だ。
「嘘っ!?」
「明らかに会心の一撃だろ!」
「俺たちでも直撃したら立てないぞ!」
そう思っていたら男が立っていた。
態度どころか俺の拳すら舐められているように感じて怒りで頭が一杯になる。
もう一度、拳を叩きこんでやる。
そう思った瞬間。
腹に男の拳が突き刺さっていた。
「がっ!!?」
(なにが……!?)
ただの一撃で動けなくなる。
あれだけ貧弱そうに見えた。
現に縄跳びだけで汗だくになってしまっている男の拳で動けなくされる。
うずくまって何も出きない。
ただの一撃で何も出来なくなった自分が悔しくて地面に拳をぶつけた。
「バカな……!縄跳びで体力を付きかけている奴に負けるなんて……!」
相手の男は疲れて床に座り込んでいる。
こんな男に負けた自分が悔しい。
「鈍い音があったけど、何があったの?」
スイレン様が来た。
今の見られたのだろうか。
情けない自分の姿を。
「姉さん」
?
今、この男なんて言った。
姉さん?
スイレン様に弟何て病院で生活していたって聞いたことがあるような……。
周りからも説明を求める声と視線が集まっている。
「レイダー。最近まで病院生活をしていた私の弟って自己紹介しなかったの?」
どうやら本当に嘘を言っていないようだ。
スイレン様は嘘を付く方ではないから信用できる。
それに、そう考えれば男。
否、レイダー様に祝いや心配の声を掛けていたのも納得できる。
病院生活をしていたというレイダー様に会ったことがあるから、そんな言葉を掛けたのだろう。
「本当に?」
近くにいた少女の言葉に同じタイミングで頷き合う二人。
これは確かに姉弟だと納得せざるを得ない。
「さっき鈍い音がしたけど戦っていないでしょうね?レイダーはようやく病院生活が終わったばかりなのに」
スイレン様の言葉に顔を背けてしまう。
見知らぬ男がスイレン様と手を繋いでいたから嫉妬で攻撃した何て言えない。
「あの病院生活って?」
それでも信じられない者がスイレン様に質問している。
正直、俺も信じられない。
長い間病院生活をしていた男が俺を一撃で叩きのめすなんて。
「そのままの意味よ。これから一週間は、この道場に来て基礎体力を付けてもらうわ。これまで長い間の病院生活で身体が貧弱だしね」
でも縄跳びの様子と結果を思い出せば納得は出来るかもしれない。
本当に見ていて体力が無いし、今もまだ座り込んでいる。
それにしても領主の息子を囲んで敵意をぶつけたか……。
ヤバいな。
スイレン様とレイダー様はお互いに手を繋いで家へと戻っていってしまった。
後で謝罪、いや領主様はまだいるし謝罪の言葉を告げよう。




