僕達は、大人になることが出来ない①
「私と高橋くんが似てる、かあ」
もう一度その言葉を反芻した。
「似てると思いませんか」
「どうかなあ」
思わず笑った。
「全然違うと思うけどな」
「そうですか?」
「高橋くんは頭ええけど、私賢くないもん」
高橋くんは頭をかいた。
「学力とか、そういうことやなく」
「いや、分かってるよ。そこを抜きにしたら、もしかしたら似てるんかもしらんなあ」
高橋くんの言った通り、薄暗い街灯に照らされ、小さな公園が見えた。子供の頃は素晴らしい遊び場だった公園も、今見るとちっぽけなものだ。
「ベンチ、あんまりええことないですね」
難しい顔をした高橋くんがそう言う。公園のベンチは汚れ、誰かが吐き捨てたガムがへばりついている。
「ほんまやな。誰やこんなことすんのは」
高橋くんはその辺に落ちている木の棒を拾い、ガムをつつく。ガムは棒にくっつき、伸びて千切れ、棒に垂れ下がった。
「やめえや高橋くん。汚いで」
「汚いですね。やらなきゃよかった」
忌々しげに木の棒を見たあと、高橋くんは少し迷って、木の棒をゴミ箱に捨てる。さっきまで地面に落ちていた木の棒も、少しガムが付いたら燃えるゴミという認識だったようだ。
「ベンチはあかんし、ブランコで食べようや」
私は、ブランコを指さした。ちょうど二つのブランコが、横並びで揺れている。二人で同時にブランコに腰掛けると、思わず笑いが込み上げた。
「……低いですね」
その笑いの理由を、高橋くんが無表情で説明した。胸の高さと膝の高さがほぼ同じになってしまった私達は、そのまま横並びで晩御飯を食べた。
「……暑いな」
「やっぱり少し暑いですね」
交わした会話は、それだけだった。だが、別に居心地は悪くない。ただ静かに二人で食べ、足元を飛び交う蚊を追い払った。
「……高橋くんの家族、心配してへんの」
冷やし中華の最後の麺を啜って、私は言った。
「心配してへんと思います、まだ」
高橋くんはおにぎりのビニールをコンビニの袋に入れて口を縛る。袋に溜まった空気を、両手で押さえ込んで抜く。その時吐き出された空気が、高橋くんの真っ直ぐな前髪を少し浮かせた。
「まだ、って?」
「親は二人とも夜勤ですから」
「へえ。親御さん何してはる人なん」
「医者です。二人とも」
ああ、と思わず言ってしまう。ああ、それで。色んなことに合点がいく自分に少し失笑が漏れた。
「僕がいないことに気付くんに、どれくらいかかりますかね」
そう呟いた高橋くんは、私が膝の上に置いていたゴミをさっと手に取る。
「あ、ごめん」
「捨ててきますね」
流れるような動作で二つのゴミを持ち、高橋くんはゴミ箱に向かって歩いていく。ぴんと伸びた背筋。でも、『堂々』という言葉からは程遠い背中。
「寂しかったん?」
その背中に、私は思わず問いかける。余計なお世話だと分かっていても、ほんの少し歳上面をしたかった。もしもここで高橋くんが弱音を吐ければ、少し距離が縮まるんじゃないか、なんて思っていた。
ゴミ箱の前で振り返った高橋くんは、やはり無表情だった。
「なんでですか?」
やはり何の感情も乗らない声で、淡々と彼は答えた。
寂しくはなかった。そういえばそうだ。私が家を飛び出したのも、別に寂しかったからではない。じゃあどうして今私達は、こんな場所にいるのだろう。
「……やっぱり似てるかもしれんわ、私と高橋くん」
戻ってきた高橋くんの手に、ゴミ袋はもう無い。
「そうだと思ってました」
高橋くんは学ランのズボンに付いた葉っぱの欠片を叩いて落とした。
「だから、一緒に逃げたかったんです」
午後十時半。真っ暗になった街の中で、車のライトに照らされて私達は歩く。
「やっぱり制服じゃ目立ちますね」
私の少し後ろを歩きながら、眼鏡の彼は言った。確かに、真っ暗な夜道に学ランは不自然だ。
「補導されかねんもんなあ」
私も答える。どこかで普段着を買わなければならない。そうしなければ多分、カプセルホテルさえも取れない。ここまで来て警察のお世話になって帰宅したくはない。
「服ってどこで買うんですか」
高橋くんが言う。
「高橋くんはいつもどこで買っとんの」
私が問うと、高橋くんは何も言わなくなった。歩きながら振り向くと、また顎に手をやって何かを考え込んでいる。
「……そんな考え込まんでも」
そう言うと、高橋くんがその場で首を傾げた。真っ直ぐに揃った前髪が、斜めになる。眼鏡が度々、走る車のライトを反射して眩しく光る。
「……どこで買ってるんですかね」
車が十二台通ったところで、ようやく高橋くんはそう言った。
「親が買ってくるのでわかりません」
ああ、なるほど。私はそう言って、高橋くんをもう一度見た。意図を酌んだようで、高橋くんが歩き始める。私と高橋くんの間の距離が短くなる。車がまた一台、私たちの横を通り過ぎる。
「買いに行こか、一緒に」
私は言う。
「いいんですか」
高橋くんが答える。
「そこの店、高校生くらいの子がたむろってること多いし、怪しまれんのちゃうかな。高橋くん真面目そうやし、まさか家出したとは思わんやろ」
言いながら、私の声が少し弾んでいるのに気がついた。まだこんな楽しそうな声出せたんやなぁ。いつぶりだろう。もしかすると、優樹と付き合いたてくらいの時以来かもしれない。
「そうですね。『保護者』もいますし」
そう言った高橋くんと目が合う。高橋くんの目に、向かいからくる車のライトが映っている。向こうからくる車が何台なのか数えられそうなくらい、映っている。
「せやなぁ」
その目の中の光を見ながら、私も答える。
「ほないこか」
遠くに見えている店の電気を目指して、私達は歩き出す。何故だろう、二人の足音が揃わないのがとても心地よかった。