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僕達は、頭を上げることが出来ない④

 優樹が仕事に行ったあと、午前九時半に私も仕事場に着いた。どんなに仕事をしたくなくても、自動的に手は用意をする。髪を上げ、バンダナを回して後ろで止める。一連の動作が、まるで息をするように流れていく。


「坂田さん」


 休憩室に入ろうとした時、後ろから呼び止められた。冷蔵庫に冷やそうと思って持っていたお茶のペットボトルを持ち替え、振り向く。


「あれ、店長」


 後ろに、何ヶ月ぶりかに顔を見る店長が立っていた。ちょっと見かけが厳つくて、プロレスラーに似ている。色も黒いし、みんなからは怖がられている。だが、見た目がそんな感じというだけで、別にいきなり怒りだしたりはしない。


「久しぶりやな」

「最近全然こっちに顔出さへんやないですか。何してはったんですか」

「色々よ。支店のヘルプとか」


 歳が近いこともあって、店長とは仲良くさせてもらっている。店長は私を手招きし、休憩室の隣の事務室に入っていった。私もその後を追う。


「まあ座りや」


 汚い事務室の隅から、店長が埃だらけの丸い椅子を出してきた。私はそれを受け取って、軽く叩いてから座る。店長はキャスター付きの椅子に、どかっと腰を下ろした。


「なんか話でもあるんですか」

「まあな」

「私そろそろ仕事の時間ですけど」

「店長権限でオッケーにしといたる」


 そうですか、と私が言うと、店長は長い長いため息をついた。


「どうしたんですか」

「うん、いや、まあな」


 言葉を濁しながら、店長は頭をかいた。


「最近入ったハルちゃんおるやろ」

「ああ、はい」

「どう?」

「どう、と言われましても」


 正直、やりにくい子だなあと思う。あまり自己主張が無く、何を考えているか分からない。分からないことがあるなら聞けばいいのに、声も出さずに隅で待っている。そのおかげで、二度ほどクレームが入った。注文した物が来ない、というのがその内容だった。


「坂田さんが指示してる?」

「そうですね」

「指示せんと動かん感じ?」

「そんな感じです。ハルちゃんがどうかしたんですか」


 店長はまたため息をついた。店長の重みに必死に耐える椅子が、きいきい鳴っている。


「いや、こないだな、店長宛に電話かかってきてん」

「はあ、誰から」

「森さんから。ハルちゃんのお母さん」

「何で」


 うん、と変な声を出して店長が黙った。面倒くさそうに腕を組んでいる。


「指導が悪い、やと」

「はあ」


 言っている意味が全く分からず、私も変な声で答える。


「つまりはよ、坂田さん」

「はい」

「うちのハルちゃんは、指導する人が悪いからバイト先でも馴染めず家で塞ぎ込んでる。分からない顔をしているのに、指導する人は一切見ていない。そんなんじゃうちのハルちゃんが可哀想、だとよ」


 これ、言われたまんまね。店長はそう付け加えて口を閉じた。


「つまりはですね、店長」

「ん」

「全部私の指導のせいだと?」


 店長は目を瞑って難しい顔をしている。


「それだけやなくてな」

「はあ」

「指導の人を解雇せえて言うてきたわ」


 開いた口が塞がらないとはこの事だ。私は文字通り口を開けたまま、店長を眺める。


「そんなアホみたいな顔せんとってや。勿論解雇なんかするわけないやろ」

「ですよね」

「今坂田さんに辞められたら困んのこっちやからな。でもとりあえず、ハルちゃんのお母さんとこに謝りに行くのは一緒に行ってくれんか」

「ええ……」

「露骨に嫌な顔するやん」

「だって嫌ですもん」


 大体、なんで私が責められているのかも分からない。ハルちゃんは確かに扱いづらい子ではあるが、大声で怒鳴ったりした覚えはない。叱りつけたことも無いはずだ。何がいけなかったのだろう。


「まあそうよなあ。でもなんか知らんけどめちゃくちゃ怒ってんねん、ハルちゃんのお母さん」

「まず、この話にお母さんが出てくるのがおかしくないですか? だから話が訳分からんようになってるんでしょ」

「最近はまあ、色々あんのよ」


 店長は遠い目をしている。多分、もう対応に疲れたのだろう。こう見えて実は優しい店長のことだし、なるべく私の耳に入らないように色々動いてくれていたに違いない。それでも駄目だったということは、私が謝りに行くことが一番最後の手段なんだろう。


「仕方ないんで行きますよ」

「ほんまか」

「だって奥の手なんでしょ」


 すまんな、助かるわ、と店長は疲れ切った笑顔を作った。


「これからでもかまへんかな」

「いや、今日私仕事ですって」

「今日のホールシフト誰入ってんの」

「私と、朝原さん、あとはひーちゃんと三井さんです」

「三人おったら回せるな。よし、行こか」


 店長は、一度決めると曲がることは無い。一度社員と揉めてその人をクビにした時もそうだった。仕方なく、フロアにいるひーちゃんを呼んだ。


「ひーちゃんごめん、今日三人で頼むわ」

「え、どうかしたんすか」

「ちょっとね」


 気をつけて、と手を振るひーちゃんにちょっと癒され、私は店長の車に乗り込んだ。


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