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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

死んだら御免

作者: livre

Twitterにて募集したお題で書いた物です。

もらったお題は「小指の先を」。

 ゆびきりげんまん

 うそついたらはりせんぼんのます

 ゆびきった


「指切りしたもん。指切りしたもん。」

湿った匂いがする部屋の中央で、駄々っ子のように女が言った。

「指切りしたでしょ?指切りしたでしょ?」

部屋の中におよそ人が生活するためのものは何も無い。

仰々しいひとり掛けの椅子だけが中心に置かれ、そこには男が座っている。

脚に足を。肘置きに腕を。背もたれに腰を、括られた状態で。

「お返事をして。指切り、した、でしょう?」

目隠しをされ猿轡を噛まされた顔で、うんうんと男が頷く。

目の前に立っている女が何者なのかは分かっている様子だった。

「ほうら。指切りしたもん!

あたし覚えてるもん、ちゃあんと指切りしたの!」

女の年の頃は、男と同じく成人は軽く超えているように見える。

しかしその声音と話し方、瞳をキラキラ輝かせた表情は、まだ十歳にも満たない子供のようだ。

「あたしと指切りしたのに、約束、破ったでしょう。

すごくすごく、悲しかったんだよ?ねえ、悲しかったの。聞いてる?...ちゃんと聞いて!」

どつっ。鈍い音。くぐもった呻き声。

笑顔から悲しみの顔、そして怒りへとコロコロ表情を変えた女は、何かで男の顔を殴ったのだ。

女の手には細めのバッドのようなものが握られていた。

男の目隠しがじんわり濡れる。

「君が指切り破ったから、これから全部やらなくちゃ。指切りの唄。やらなくちゃ。

最初はここから。指切りをした、左の手ね!」

言うと女は膝をつき、椅子に腰掛けた男と目線を合わせた。男の意識は保たれているようだった。

男の左手に顔を寄せ“指切りをした”小指を自らの口に含む。

項垂れていた男はその奇妙な感覚に顔を上げるも、勿論、何も見えはしない。

「ゆいきい へんわん...」

指を咥えたまま何事かを呟いてから、女は不服そうに ふい と離れた。

「これじゃできない。これが邪魔だわ!

少し待ってて。邪魔なもの、取ってからにする!」


 そうして女は部屋を出て行き、数分後、ペンチを手にして戻ってきた。

そのあいだ男は逃げ出す気配も見せなかった。

「おまたせ。ごめんね。続きをしよう。」

女はペンチの先を、爪の間にぐっと差し込む。

何をされるのかを理解したらしい男は言葉にならない抗議を口にしつつ、激しく首を横に振った。

「駄目だよ。だって。約束、だもん!」

言い終わると同時に爪を挟んだペンチを思い切り引き上げる。

小指の先から鮮血が噴き出る。妙に甲高い叫び声が、部屋中に満ち満ちた。

女は爪ごとペンチを床に放り捨て、再び椅子の前に跪く。

「これで硬いのなくなった。」

嬉しそうに言ってから、血濡れた小指を口に含む。出来たばかりの傷口を舌が這い、男は痛みとその感触に仰け反った。

「ゆいきい」

「へんわん」

先ほどよりもしっかりと節をつけて女が唄う。指を咥えているせいで、明瞭な発音が阻まれていた。

“ん”で一気に口を閉じた。立てられた歯が肉を抉る。

今度は短く咆哮し、男はまたもや項垂れた。目隠しはもう、涙でドロドロになっている。

何かが望んだ通りにいかないらしく、女は眉間に皺を寄せ、何度も何度も歯を立てた。

口を開いては閉じ。開いては閉じ。

その度ごとに血が舞って、男の手と女の口元を濡らす。

やがて諦めたのか歯を立て口を閉じたまま、ずるりと顔を引いた。

男の小指の先は肉が削げ、白い骨がピンク色に染まって剥き出しになっている。

立ち上がった女は口の中の肉片を飲み下し、

「指切った。」

と笑った。


「じゃあ、次ね!」

女は叫ぶ。その顔は男の血に汚れ、赤く光っていた。

最初に男を殴った細いバッドを手に持って、もう一度唄を唄う。今度はハッキリとした発音で。

「指切り」

「拳万!」

まるで野球でもするかのように振りかぶり、そのまま薙いで躊躇いなく男の頭を打った。

ごり、と音がした。割れた頭から赤黒い液体が流れ出す。

それでも女は気に留めず、何度もバッドを振り下ろす。ぴちゃぴちゃと水を打つ音がした。

項垂れたままだった男は三回目の殴打で一度大きく跳ねてから、それ以降ピクリとも動かなくなった。

椅子は床にしっかり固定されているようで、女が力一杯薙ぎ払ってもぐったりとした身体を支えている。

男が生き絶えてからも女は動きを止めることなく無言でバッドを振り回し、ばき、ぐしゃ、めしゃ、ねちゃ、ねちゃ、ねちゃ、ねちゃ、と何かが壊れ潰れていく音だけが部屋の中に揺らいでいた。

何十分も何時間もそうしていたように思え、心なしか周囲が暗くなったようだ。

室内にはすっかり血と男が垂れ流した汚物や体液の匂いが充満し、床に壁に天井に、肌に髪に洋服に染み付いていた。

女はハアハアと荒い息をあげ、

「指切っ、た。」

と笑った。


「これが最後ね!あれ、もしかして順番間違えたかな?」

バッドを振り下ろし続けて疲れたのか、少し休憩をしてペットボトルの水を一気に煽ってから女が言う。

相変わらず顔は汚れたままで、今は身につけていたシャツも返り血でどす黒くなっている。

「まあいいや。全部やれば同じことでしょ?」

誰に問いかけているのか分からない質問を口にしながら、床に置いてあったらしい小さな箱を手に取った。

箱の中でシャラシャラ音を立てているのは無数の裁縫針だ。

女はそこから一本を取り出し、猿轡の外れた男の口元らしき部分に添えた。

もはや、顔は原型を留めていない。

「指切り」

「拳万」

三度目の唄。その声はどんどんと晴れやかな、落ち着いた穏やかな声音になっていく。

右手で無理矢理男の口を抉じ開け、針を飲ませようとした。しかし、既に絶命している人間には不可能だ。

それに気付いた女は飲ませることを諦め、口元を起点に、顔中に突き立てていくことにした。

本来は骨があるはずの場所にも、針は深々と入っていく。今や男の顔も身体も、ただの肉袋に過ぎない。

ずぶずぶ針が突き刺さっていく。中には支えを失って落ちていくものもあったが、女は気にしなかった。

作業中はやはり無言で、黙々と幾本も刺していった。

箱の中身が空になった時。男の顔は人のそれでも、生き物のそれでもなくなっていた。

ハリネズミのように丸く、血染めの顔中に生えた裁縫針。

目隠しの上から眼球にまでも突き刺され全てが針で埋め尽くされた顔を、女は暫く静かに見つめていた。


「指切り、破ったのがいけないんだよ。」

憐れむような、悲しげな声。

「指切り、したもん。したんだもん。」

女は針の刺さっていない首元に真っ赤になった自分の手を添え、人の形ではなくなった男に話し掛けていた。

「...ゆーび切ーり、拳万」

囁くように、子供を諭すかのような優しく小さな声で唄い出す。

「嘘吐いたら、針千本、飲ーます...」

そのまま首元に、そっとキスをした。

そしてスッと立ち上がり、部屋の外へと出ていく。

キィ、と扉が閉まる寸前に、

「...指切った。」

と笑った。

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