【短編】隙間【怪談・ホラー】
これは私が体験したことや、友人知人から聞いた「実際にあった怖い話」を百物語的に集めた、怪談である。
普通と違うのは「友だちの友だちから聞いた」「先祖からこういう話が伝わってて……」という「どこから来たかわからない話」は載せていない点だ。
……もちろん、中には「ガチでその話は危ないから載せられない……」というものもあったりするのだが……。
富山県の市街地の外れに住む漫画家のKさんは、締め切りに終われ深夜まで起きていることが多かった。
その日も締め切り間近で、深夜二時頃まで作業をしていたのだが、ふと喉の渇きを覚え、すぐ近くの自販機へ飲み物を買いに出かけることにした。
アパートを出て一つ目の角を曲がる。
そこには、暗い住宅街の中で不似合いな明るさを放つ、古い自販機が置かれている場所だった。
Kさんは小銭を自販機に入れようとしたのだが、深夜までの作業で疲れていたのだろう、指先を滑らせて百円玉を自販機の下に落としてしまった。
チャリン……と、静かな住宅街に響く音を立てて、百円玉が自販機の下の隙間に入り込んでしまう。
(あーあ、奥に入ってしまっていなければいいのだけど……)
そう思いながら、しゃがみ込んだKさん。
そのKさんの目と――八十歳ほどの、白髪の汚い顔をした老人の目が合った。
自販機と地面との十五センチほどの隙間から、老人が無表情でKさんの目を見上げていたのだ。
老人の鼻のすぐ前には、Kさんが落とした百円玉がある。
だが、彼女はきゃあと一言叫び、百円玉もそのままに、アパートに走って戻ったそうだ。
Kさんが隙間に老人の顔を見たという自販機は、まだ、そこにある。
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※この作品は2019年4月配信の怪談千夜2に加筆修正の上載せています※
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