少女告白シークレット 1
「……う……」
アルコはうっすらと目を開けた。
『街』は夜を迎えているはずだったが、何故か妙に明るい。その不自然な光に反応して、意識が覚醒したのだろう。
「……?」
全身を覆う気怠さ……眠気だろうか、に逆らわず、しかし意識は保ちつつ、横たわったまま辺りを観察する。
そこは、暖かい光に満たされた小部屋だった。白を基調とした調度品に、清掃の行き届いた空間。ホテルの一室を連想させるような清潔感で、もしかすると誰かの私室ではなく、来客用に解放している部屋なのかも知れない。そこのベッドに寝かされているらしい。
ふかふかとした感触に、つい顔を埋めそうになって――。
――ベッド?
「っ!」
眠気が一気に覚めた。
慌てて起き上がり、起き抜けの頭に無理矢理情報を流し込む。
服装は昨日と同じもの。強いて言えば拾ったコートが脱がされているが、それ以外に何をされたわけではなさそうだ。お風呂に入ってないので身体中に張り付いた汗やら砂利やらが不快だが、それはどうでもいい。
それより優先すべきものは。
「朝……?」
あの白い光は、部屋に備え付けられた蛍光灯でも、枕元に設置してあるサイドランプでもなく、揺れる白いカーテンの向こうから注ぐ天然の光。心地良い、朝日だった。
「な、んで。さっきは、夜だったはずじゃ……!」
ベッドを這って肌寒さのわだかまる窓際まで辿り着き、まだ力が入りきらない指先でカーテンをどかす。換気のためか少し開いた窓の下に映るのは、壊れた『街』の風景。
それの意味するところつまり、ここは……。
「し、ろ……? なんで、何であたしがこんなところに!?」
気を失った少女を、誰かがここまで連れてきた。
あの時あそこにいたのは『崩壊組』と少年たちだが、少年たちが城に入れるはずもないし、『崩壊組』がこんな丁寧な真似をできるとは思えない。
いや、もったいぶるのはよそう。
そもそも少女の意識を奪った原因……壊れた壁の中央に立っていた彼女。
その名を思い浮かべるのと、部屋のドアがノックされるのは同時だった。
「おお、目が覚めたか?」
「苛木、ちゃん……?」
特に少女の返事を待たず入ってきたのは、苛木だ。
寝巻きっぽい服装に、短くまとめた長い黒髪。前に――と言っても『崩落』以前という意味だが――パジャマパーティをした時に見た髪型だ。彼女も寝起きなのだろうか。
思わず固まるアルコをよそに、苛木は柔和な笑みで話しかけてくる。
「そうだ。私だよ、在子……昨日はすまなかったな、あれ以外にお前を安全に確保する手段が思いつかなかったんだ。怖い思いをさせてしまった、謝るよ」
そうやって頭を下げる苛木に、やはりアルコは何も言えない。
「昨日は色々と疲れただろう? お風呂を用意したから、後で入るといい。服もそのままじゃ汚いだろうから、ちゃんと着替えもある。そういえばお前、あのパーカーまだ持っててくれたんだな。置き去りにされてたから、洗濯してクローゼットに掛けておいたよ」
そう言って苛木は笑う。あのパーカーは、元は苛木のものだった。
彼女の優しさは、二年前からちっとも変わっていない。だから、怖い。
昨日の彼女の振る舞いを見た後では、容易に苛木を信じることができないのだ。
俯くアルコに何を思ったか、苛木はベッドの空いたスペースに腰掛けた。
「大丈夫だよ、在子。もう心配いらない。全部終わったから」
「…………っ」
終わった。
それが何を意味するのか、知りたくなかった。
でも、変わらず隣にいてくれる彼女の体に触れると、昨日までのことは全部嘘で、自分が長い夢を見ていたような気にもなってくる。その方が都合がいいから。嫌なことには目を向けなくて済むから。
心地いい。苛木の体温は懐かしい。
苛木に全部身を委ねて、難しいことは全部放っておいて、眠っていたい。それが一番楽だから。
「苛木ちゃん」
「ん?」
だけど、アルコは託された。『街』のみんながアルコを信じて託してくれた。
現実を見ろ。覚悟は決めた。ならば一切揺るがすな。
そうしなければ、少女を助けてくれた『街』のみんなにも、少女に力を貸してくれた『ルブナイキ(少年たち)』にも申し訳が立たない。
今自分が何を踏み台にして立っているのか、それを正しく思い出せ。
「お話があるの」
「……話?」
「うん。大事なお話」
一言一言口にする度に、心臓が跳ねる。声が震える。目が眩む。
だけど逃げちゃいけない。それは悪いことだから。
アルコは、この理不尽に立ち向かうと決めたのだから――
「そう、か」
苛木は頷いた。
「でもその前に、まずはお風呂に入ってきたらどうだ? お前の話がどれくらいのものなのかは知らないが、私だってお前といっぱいお話したいから。案内するよ」
「……うん」
絞り出すように返事をして立ち上がると、苛木の後ろを追いかける。ドアを閉める。
心配なのは、少年たちのことだ。
アルコが気絶したあと、彼らは大丈夫だったのだろうか?
『街』を作る際には、建設予定地の瓦礫は退かして一箇所に集められる。
ここは、そんな瓦礫の山がいくつも並ぶ場所だった。
「いやはや、まいったまいった。しくじったぜ」
その一つ、ちょうど立った『雪風』の背丈ほどの山を背にして、少年たちは静かに身を潜めていた。朝の寒さと山の影のせいでガタガタ震える羽目になっているが、見つかって追い回されるよりマシだろう。
そこで戦部は、顔に影を差して重苦しく息を吐いた。
「……全くだ。最悪の気分だよ」
『まだ言ってんのトーカ? あんなの逃げるしかないって、ボクもセンドも散々説得したのにまだ何か気に入らないのー?』
「当たり前だろ。あんなの俺が本気出せば……」
『自分で気付いてるのかどーか知らないけど、その言い訳すっごく子供っぽいよトーカ』
誕弾の正論にも目を伏せて、戦部はそれ以上の対話を打ち切る。明らかに彼は、通常の精神状態ではなかった。
『ボクじゃ手に負えませーん』と早々に説得を諦めた誕弾が、千土に目配せ。
「戦部君やい。そうは言うけど、君が本気出すとアルコちゃんもろとも僕らだって、最悪あの『街』自体が消えてたよ。昨日あそこで、僕らにも『崩壊組』にも被害を出さずにアルコちゃんを助ける方法なんてなかったのさ。さっさと忘れた方が身のためだぜ」
「…………」
「大概頑固だねえ、君も」
あの時、何が起こったのか詳しく説明できる自信はない。それくらい入り乱れた戦場だった。
とにかく、突然アルコは地面に倒れ、暴れる『崩壊組』に押されて彼女を回収することもできず、少年たちはがむしゃらに逃げた。彼女を置いて、逃げ出した。
「…………クソ」
そのことを、戦部は悔やんでいた。
自分には戦うための力がある。かつては扱い切れずに仲間を危険に晒したこともある力を、今は完全とは言わないが制御できている。その力が大多数の人間より強いものだと知っている。
だからこそ、戦部は後悔している。
うまくやれたはずだ。何か方法はあったはずだ。こうすれば、ああしていれば……そればかりを考えてしまう。なまじ人より優れた力を手にしたゆえに生じる悩み。
千土の言う通り、忘れた方が身のためなのだろう。
『逃げろ』真っ先に千土は言った。『今は逃げるべきだ』
結果的にそれが正解だったのも、分かっている。
なのに。
「……俺は、どうすりゃよかったんだろうな」
「そんなの僕が知るものかよ」
ついこぼした言葉は、千土に鼻で笑われた。
それにちょっとムッとなって、言い返そうと口を開き、
「次にうまくやればいいのさ」
驚いて顔を上げると、にやりと嘲笑う千土と目が合った。
「アルコちゃんは捕まった。だけど僕らはまだ捕まってない。まだ戦えるってのに、何でわざわざ後ろを向く必要があるよ? 振り返るのにも体力使うんだ。無駄遣いするよりかは、前に進む方がいいだろうさ」
いかにも安っぽい哲学だ。
だがその自信に満ち溢れた表情を見ていると、何だか溜め息でも吐きたい気分になってくる。
「……そうだな。はぁ、そうだよな。クソ、何か丸め込まれた気がしてムカつく」
「はっはっは。騙されたと思って、ってヤツさ。なぁに。一度試して駄目だったら、次は別の人生哲学を試せばいい。所詮は消耗品だからね」
「お前の真っ当な意見を聞くと、何だか俺が間違ってる気分になってくるよ」
「違いない。なぜなら君は間違っているからさ」
迷いなく言い切る千土に、ちょっとは考えを改める気にもなった。過去は過去として、今は今。我ながら単純だと思うが、千土の口が上手いのだと思っておく。
「さて、それじゃ作戦を開始するかね。アルコちゃん奪還作戦だ」
千土は『街』の方角を見つめ、そう宣言する。
「次は負けねえぜ、苛木ちゃんよ」




