マグマより熱い男 1
時刻は早朝、城の『街』では襲撃が始まった頃。
そこより少し離れた場所。
『…………?』
何か声が聞こえたような気がして、その男は持ち前の仏頂面をわずかに上げた。
そのまま耳を澄ましてみたものの、何も聞こえない。気のせいかと思って男は再び仕事に戻る。
『どうかしましたか、隊長? 何か気になるものでも?』
『いや……』
――そういえば、あの方角には『街』があったな。
――確か、城があるとか、そんな話だったような……。
『気のせいだろう』
『? そうですか』
きっと祭りでも楽しんでいるのだろう、と男は簡単に予測する。朝から元気なことだ。
しかし嫉妬する気は起きない。元々彼は、そういう生活を守るためにこの仕事をしているのだから。人が笑顔を取り戻すことは何より喜ばしいことだ。
それゆえに、その笑顔を奪う存在は許してはならない。せっかくこの手には力があるのだから、それは人を傷つけるのではなく守るために使うべきだ。それこそが人本来の在り方で、『善性』なのだ……と男は考えている。つまりまあ、彼はお人好しなのだった。
だからこそ彼は今、こうして『崩壊組』と戦っている。と言っても、もはや消化試合だが。
武装して『街』に向かおうとしていた『崩壊組』の排除。それが彼に託された任務だった。もう終わったが。
『……ふむ』
『さすがです、隊長! お前ら、手錠を用意しろ! 最後の抵抗には気をつけとけよ!』
『とは言いますけど、もう全員気絶してますよ』
『俺らの出る幕、ありませんでしたねー』
『崩壊組』三十に対し、こちらは四名。しかも他の三人はほとんど眺めているだけで終わった。
隊長と呼び慕われる男の力は、それほど逸脱したものだった。
『…………』
部下が下手人に手錠をはめ、護送車に乗せる作業を見守る傍ら(『そのくらいは任せてくださいよ!』と押し切られた)、男は一人考えていた。
――さっきの声。
――あれはどうも、助けを求めている声だったような……?
『隊長! 積み込み終わりました! この付近には「街」が二つありますが、どちらに運び込みましょうか?』
彼の考えも、部下の声で中断させられる。
『はい! 俺はあの城の「街」がいいと思います!』
『お前はあそこ見てみたいだけだろー? 公私混同するなってー』
『だってさ、城だぜ? ワクワクするじゃんかよ! しかもあそこ、今お祭りやってんだろ? ついでに参加しようぜ!』
『どうします? 隊長』
部下が呆れたように男に問う。
男は少し考えて、
『別の「街」にしよう。……何も今、楽しんでいる邪魔をする必要は、あるまい』
そう答えた。
部下は少し不満そうな顔をするが、どうせ本気ではなかったのだろう。文句も言わずついてくる。いい部下を持ったと男は密かに思う。
『(……これで、いいはずだ)』
だけど、何か違うような。
朝焼けを照り返す白亜の城を最後に振り返り、わだかまりを解消するように男は歩き出す。
何も問題はないはずだ。
彼は護送車のドアを開ける。三十人を運ぶために用意した四台の車、その一つの。
冬が近く澄んだ青空と、静かな世界にエンジン音が遠ざかっていく。
『豚汁』創設者『最初の六人』、『治安維持隊』隊長出ヶ島仁。
崩壊世界における最強の一角は、そうして城から背を向けてしまったのだった。




