少女逃亡エスケープ 6
闇夜を駆けるニンジャ少年こと、戦部透禍の能力は『何でも壊す』とかいうイカレたものであるらしい。火炎放射男の炎を破壊し、ビルの柱をへし折ったのもそれだという。あの爆発はその副産物でしかないとか。
「……色々おかしいですよ」
「その代わりメッチャ疲れるし、そう使い勝手がいいってモンでもねえけどな」
「それ込みでおかしいんですよ……なんであれだけやっといて疲れるだけなんですか……」
そんなこんなで夜の『街』である。
あの後気持ちよく返事したはいいものの、『とは言っても、僕はまだ君を信用してないんだがね?』とネチネチ言ってくる嘲笑顔がステキな鎌倉千土を『そっ、そんなの一緒に行動してればいずれ分かります!! なので今は黙って手伝って下さいお願いします!!』という必死の説得(?)により説き伏せ、最終的に『君の立場はよく分からないが、君の性格はよく分かったし面白そうだからまあいいや』と一応の納得(?)を得た。なので万事OKだ。異論は認めない。
誕弾? 彼なら文句も言わず周りに流されてなあなあでついてきている。そろそろ『ルブナイキ』の力関係が見えてきた。
「つうか、あいつら全然いねえな……寝てんのか?」
「さすがにそれは……そこまで馬鹿じゃないでしょうし」
「だが、いないのも事実だ。さてさて、これには一体どんな説明をつければいいのかねえ?」
『楽でいーじゃん。てかいないんならこんなコソコソする必要なくなーい? いい加減狭っ苦しいんですけどー』
今少年少女は城の『街』を覆う外壁を目指している。アルコの話によると昨日やっと完成した壁で、それを祝う祭りが襲撃当時行われていたのだとか。
その話を改めて聞いた時の『ルブナイキ』の反応はこうだ。
『しかし、祭りねえ……祭りで警備が薄くなったところを狙われた、っつうことだろうな。……はぁ、苦労してんのはお互い様だろうに、こうも一方的ってのは腹が立つよな』
と戦部は襲撃について怒りを露わにした様子で、
『お祭り? ふーん、じゃあ屋台とかいっぱい出たのかなあ? 襲われて、そこの食べ物とかどうなったんだろ? もったいない、機会があればもらっとこっと』
と誕弾は意地汚い側面を見せ、
『祭り時を狙った襲撃、ねえ……「崩壊組(彼ら)」は一体どうやってその事実を知ったのやら。それにここまで鮮やかな制圧。前から気になってはいたが、こいつはますます手口が気になるねえ?』
と千土はいつも通りの嘲笑顔を浮かべた。
ついでにこれまでの状況を軽くまとめると、
『昨日』 壁完成。
『今日』(午前) 『復興祈念祭』開催、『崩壊組』襲撃。アルコ逃亡。
『今日』(午後) 『ルブナイキ』登場。苛木と戦闘、逃走。食事と作戦会議。
そして今に至る……という感じだろう。
彼らが壁を目指している理由は、外に助けを求めるためだ。『街』には大きな出入り口が二つあるが、そちらはさすがに『崩壊組』が警戒しているだろうと踏み、警戒が薄い壁の方を目指している。
『街』全体に幻術のようなものが掛けられていて、黒煙を目にした最寄りの『街』が助けに来る確率は低い。ゆえに自分から行くしかないのだ。その成功率を少しでも上げるために、こうして夜を待った。
『ルブナイキ』は、その道中の護衛である。もっとも相手の『街』からすれば、煙も見えないし指名手配犯の『ルブナイキ』がいるしで証言を信じてくれるかは微妙だが、それに関しては千土が、
「『崩壊組』の一人か二人拉致って、彼らの目の前で吐かせればいいんじゃないかな?」
という物騒だが有用そうな提案がなされた。
人質として使うつもりなのか何なのかは知らないが、この『街』のシンボルである城に生け捕りされた住人を救い出すには、『豚汁』の力が必要だ。証言者役の『崩壊組』を捕まえられなくても、せめて『街』には辿り着きたい。
戦部が超強力な異能を持っているとは言え、こちらは少数。できるだけ戦闘は避けて進みたいところなのだが……なぜか『街』には誰もいない。巡回の『崩壊組』くらいいてもよさそうなのに、不気味なほどに人の気配がないのだ。
「……動ける人間がいねえのか?」
戦部も怪訝そうだ。
襲撃に成功して城を乗っ取った『崩壊組』だが、それだってまさか全員無傷で完封勝利したわけではあるまい。『治安維持隊』は、『豚汁』はそんなに甘くない。
犠牲者……までは言わずとも、怪我人が多数出たのは間違いないだろう。襲撃に加担した『崩壊組』が何人いるのかは知らないが、その大多数が治療に当たっているということなのだろうか。
「いや、彼女……苛木ちゃんがそんな甘いことを許すかね。あれはきっと、目的のためなら手段を選ばない人間の目だぜ。たとえ部下の手足が一本ずつ欠けていても、容赦なくこき使うだろうさ」
「い、苛木ちゃんはそんな人じゃ……!」
「印象の話だぜ、アルコちゃん。そんなに目くじらを立ててもらっては困るというものさ」
「ぬぐぐ……」
千土には軽く流されるが、アルコにとっては重要な問題だ。アルコはまだ苛木を信じている。
「……在子には悪いが、俺も千土と同意見だ。あいつがその程度で部下を退かせるとは思えない。あいつはきっと、お前を捕まえるためには何でもするだろうさ」
「でも……苛木ちゃんは……」
戦部相手だと、咄嗟の反論も尻すぼみだ。千土くらい嫌味たらしいと異論も気兼ねなく言えるのだが。
『じゃー何さ? これは罠で、ボクらはどっかに誘導されてるってこと?』
「もしくは待ち伏せされてるのかもな」
『わひぃ……か、帰っていい? なんか寒気がしてきたんだけどボク……』
千土にはオクラ君とイジられる軍服少年こと小倉誕弾は、馬鹿デカいリュックを背負った全長四メートル弱のロボット、『雪風一號』の楕円のコックピット内でそう身震いした。
自らの身長の低さを利用し、十八歳にも関わらずおねショタに身を投じようとしている変態の演じる幼い声は、伏兵の存在よりよっぽど寒気がする。
「だが……今は進むしかねえな。どの道ここに残ってたってできることはねえ」
「元より不利なのはこっちだしねえ。ある程度誘いに乗るのは必然とも言えるぜ……少しばかり気に入らない展開だがね」
『ま、まぁトーカの「我が道を征く(ゴーイングマイウェイ)」もあるわけだしっ、大抵のことは大丈夫でしょ! いいなあ、ボクもそれくらい強い能力持ってればなあ……』
「能力とか異能とかつまんない名前じゃなくて、僕の考えた超ハイセンスネーミングである『悪性』と呼びなよ。ふっ、性悪説なんてものまで唱えられる人類が願い手にした、〝奇跡〟の本質が『悪性』でなくて何とする、って話だぜ。ねえ?」
「え? え、はい。そうですね?」
そういえばそんなことちょくちょく言ってたな、と思い出して苦笑い。千土も千土で痛いヤツだと理解した。
「無駄話は終わりだ……見ろ」
戦部が促す。身を潜めた空き倉庫からかれこれ一時間、月が爛々(らんらん)と輝く時間帯。襲撃で散乱した祭りの残骸を踏み越えて、ようやく壁が見えてきた。
壁と居住区との空白五メートル。ここに至ってもまだ、敵影は一つもない。
「……いねえな?」
「右も左も前も後ろも上も下も人の気配なし。馬鹿馬鹿しくなるくらい無人だぜ。これまでの心配も、杞憂と割り切ってしまっていいのかねえ?」
「でも、壁を乗り越えるまでは油断できねえぞ。まだ、何があるかは分からないからな」
『うわぅ怖い……今からでも引き返すという手はないのかなーなんてー?』
「何言ってるんですか、ここまで来たからには行きましょう」
『予想外のとこから反論が!』
「当然です、あたしはこの『街』を背負ってると言っても過言ではないんですから。必死にもなりますよ」
『あ、はい。なんかすんません』
「分かればいいです」
「君たち面白いね」
とにかく立ち止まっていてもしょうがないし、ここまで来ればあとは直線だ。コソコソする意味もないので素早く突破することにする。五メートルの空白をひとっ走り。『雪風』の足音がうるさかった。
「マジで誰もいねえな……」
戦部は五メートルの空白を見渡す。がっちゃがっちゃ響く足音に反応する者もいなければ、少年たち以外の人影もない。
『やっぱみんな、門の方に行ってるのかなぁ……?』
誕弾が首を傾げる。多分狙ってやってるつもりなのだろうが、ここにお前にトキメク者などいない。半ば癖と化しているのだろうか。
「僕らは一応、針路はランダムに選んだつもりだ。それを完全に読まれているとは思いたくないね……そういう『悪性』があるなら話は別だがよ」
千土は不安になるようなことを言う。確かに、それを言われてしまえば何もかもお終いなのだが。
「……壁の外の様子、見に行きますか?」
アルコは壁に設置された点検用の階段をちらりと見る。点検用なので幅も広くはなく、耐久性も考えれば『雪風一號』はとても通れそうにない。
「そうだな、そうしとくか。俺が行くよ。もし誰かがいても、俺の格好だったら多少は見つかりにくいだろうしな」
「よっニンジャ、潜入捜査はお手の物だぜ」『ニンジャの本懐を遂げよ!』
「ぶん殴るぞテメエら」
荒々しく中指を立てて、真っ黒ニンジャは無駄にスタイリッシュに階段を登っていく。遮蔽物のない壁の上で伏せ、縁ギリギリから真下を観察。
「……相変わらず、何もねえこった」
見慣れた光景すぎて、半日ほど『街』に入り浸っただけで懐かしく思えてきたぐらいだ。
そのまま三十秒ほど索敵してみたが、やはり誰もいない。そう千土に報告する。
「ふむ。何か釈然としないが、仕方ない。苛木ちゃんの裏をかいたと割り切って、手筈通り行くとしよう」
「はいよ。じゃあお前ら離れて離れてー、今から一発ブチかますからよー」
戦部に背中を押され、アルコは壁から引き離される。千土と誕弾は誰に言われるまでもなく勝手に避難していた。
全員が壁の周りから充分距離をとったのを確認して、戦部は鞘から黒い刀を抜く。
「一応オクラ君の後ろに隠れときな、アルコちゃん。君たちの努力が素晴らしければ素晴らしいほど、衝撃もそれに比例して増すからね」
「はっ、はい?」
『壁が厚ければ厚いほど、破壊するのにエネルギー使うから気をつけろってことでしょ』
「ああ、なるほど……」
千土の分かりづらい忠告通り『雪風』の足元に隠れると、戦部の準備はすでに終わっていた。
「もうやって大丈夫か、千土?」
「ああ、思いっきりぶっ壊してくれたまえ」
「うっし、了解!」
そう返事する声が、楽しそうに聞こえた。
『殺したら目覚めが悪いから』という理由で不殺を心がけている戦部は、人に向けるには強力すぎる能力を普段はセーブしているのだと言う。ストレス発散と言えば人聞きは悪いが、大義名分つきで全力を使えるのが嬉しいのだろうとアルコは感じた。
「『我が道を(ゴーイング)――』」
『何でも破壊する』能力。
人が持つには過ぎた力が今、鬼ごっこの始まりの鐘を鳴らす。
『恐怖』に追われた路地裏で聞いた時のように、戦部の能力には爆音が付き物だ。『崩壊組』がどこに行ったのかは知らないが、それを聞けばさすがにすっ飛んでくるだろう。
『崩壊組』が駆けつけるまでに、どれだけ彼らを突き放せるか。スピード勝負だ。
「『――征く(マイウェイ)』!!」
「っ……!」
覚悟していたよりも数段大きな音と衝撃が奔り、目も開けられないくらいの暴風が吹き荒れた。『雪風』の影に隠れていてこれだ。近くで棒立ちしていたらと思うと生きた心地がしないし、やっぱりこれは色々おかしい能力だと再認識する。
やがて熱風が収まり、粉塵が晴れた。何かのこだわりなのか仁王立ちを続けていた千土も『大丈夫だ』と言わんばかりに頷いたので、『雪風』の足元から出て壁の様子を見ることにする。
「うわ……」
まさに、ぽっかり、だった。
やりすぎなくらい綺麗に、そして強引に壁は破壊されていた。
「おう、終わったぞ」
爆心地に一番近いはずの戦部がなぜ無傷なのかはこの際どうでもいい。異能はそれくらいの理不尽は許容する。不思議なアレがコレで爆風がソレしたのだろう。
「さすがにちょっと疲れるな、こいつは」
しかもちょっとで済むらしい。
「お疲れさん、さて行くかね」
『さあみんな「雪風」に掴まりな! ボクを頼りな! ボクが一番速いからね!』
「なんで急に元気になってるんですか……」
「出番が来たからだろうね。鬱陶しいことこの上ないが、嫌悪感を必死に覆い隠し、悪感情の露出を水面下で食い止めオクラ君に頼るとしよう、アルコちゃん。これは残念ながら必然だ。つい死にたくなってしまっても、どうか我慢してくれたまえ」
『えっ待ってボクそんなに嫌われてるの? 嘘でしょ? まだ出会って数時間だよ?』
「好き嫌いは第一印象が全てだから時間なんて関係ないぜ」
『えっ違うよねセンドの冗談だよね? アルコはボクのことそんなに嫌ってないよね?』
「…………」
『そっかぁ、無言かぁ…………泣きそうだなぁ』
「どうでもいいけど早くしろよ。いつまで話してんだお前ら」
『ちょっと出たぁ……(涙)』
誕弾がふざけている間にも時間は進む。千土、アルコ、戦部の三人は『雪風』にしっかり掴まり、あの同乗者を生かして帰す気のない走行に耐える準備をした。
『世界ってけっこう儚いよね……突然滅びちゃったりするしさ……』
「はよ行け」
『はぁい……』
すっかり意気消沈した誕弾にちょっと罪悪感を感じているアルコだが、『雪風』が走り出すと共に喋れば舌を噛むこと請け合いな振動が襲ってきたので黙る。壊れた壁を通り抜け、整備された『街』周辺の道を越え、二年前と何一つ変わらない瓦礫の荒野に足を踏み入れる。
「(このまま、まっすぐ――)」
遮るものが何もない世界の向こう、遠く離れた隣の『街』。あとは追ってくるであろう『崩壊組』を振り切り、あっちの『豚汁』に事情を説明すればアルコの仕事は終わりだ。『崩壊組』も『街』の真ん前まで追いかけようとは思わないはずだから、それまでに勝負をつけようとするはず。ゴールは見えるより近い。
あとは、全て『豚汁』が終わらせてくれる。
苛木のことも。
「…………」
だけど、そのことに何か引っかかりを覚えて、アルコは後ろを振り返った。残したものがあるような気がしてならなかった。
だから、見た。
「え」
もはや遠い城の輪郭。飾り付けられた広場。普段皆が暮らす居住区。『街』を覆う壁。壁に穿たれた大穴。
その、中央。
こちらを睨む、あのシルエットは。
「(苛木、ちゃん……っ!?)」
『うひゃあっ!?』
アルコがいるはずのない存在に気付くと同時、『雪風一號』が急停止した。
「なんだっ、どうし…………た、あぁ!?」
『かっ、囲まれてる!! 囲まれてるんですけどー!!』
文句を言いかけた戦部の口が途中で止まり、誕弾が情けない声で喚く。先ほどまで誰もいなかったはずなのに、少年少女はいつの間にか包囲されていた。
総勢百名近い『崩壊組』。その中にはちらほら見覚えのある顔もあって、彼ら含めたほとんど全員が何かしらの傷を負っていた。
傷を負ってまで、立たされていた。
「……なるほど、カモフラージュの幻術かい。この時間ならもう火も消し止められてる頃だろうし、周囲から見て一番目立つ城は無傷。別の用途に使うリソースの確保は十全にできている、ってことかね。全く、してやられたぜ」
「そういうのは今どうでもいい! クソ、とにかく突破するぞ誕弾……っ!?」
動き出そうとした矢先、追い打ちをかけるように『恐怖』。
夜の闇をさらに濃くするような、全方位からの精神的圧搾。指一本すら動かせない。
周りにいる『崩壊組』もお構いなしに、全霊の『恐怖』が少年たちを襲う。
「かは……ァ!」
『あっ、あっ、あっ、あばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばば』
「ふむ。まあ彼らがいるなら彼女もいるのは当然だが……こいつはほんの少しばかり、まずい状況かなぁ?」
呼吸もままならない重圧の中、千土だけが平然と自慢の嘲笑を続けている。だがそれが何の役に立つのか。
「い……ら、きちゃん……っ!!」
都合三度目となる『恐怖』。薄手のシャツ越しに心臓を掴み、うるさい鼓動を止めようとする。でも止まらない。この恐ろしさに心が慣れることはない。
それでも前を向く。苛木の目を。
正直ピンチだ。大ピンチだ。だけどそれが諦める理由になるものか。
少女は託されたのだ。『街』の皆に。それを返すために立ち向かう。
「苛木ちゃぁぁああああああああああああああああああああああああああああんっ!!」
自分を奮い立たせるための雄叫び。同時に、『恐怖』から気を逸らすための咆哮。届け。
一瞬、薄暗い夜に包まれた彼女の顔が見えた気がした。
『私はここにいるよ、在子』
そう彼女の口が動いたように見えて――
少女の意識は断絶した。




