少女逃亡エスケープ 5
「友達だぁ?」
薄暗い空き倉庫で、戦部はカップラーメン片手に素っ頓狂な声を上げた。
「はい」
首をひねる彼にそう答えたアルコは、なくしたパーカーの代わりに逃げる途中で拾ったコートを着ている。パニックの中で誰かが落としたのだろう。
「いやあれ、どう見てもちょっと……いやかなりヤバかったぞあいつ。第一、友達なら何だってこんなことやってんだよ」
「うっ、……そ、それは……わかんない、です」
くしゃりと、アルコの手で商品名『てりやきバーガー』の包み紙が音を立てる。お持ち帰り用にちゃんと包装されたものに近く、それより密閉性と保存性は高い。ロボットが背負っていたリュックから、少年たちが分けてくれたものだ。
少し、この世界について説明しよう。
今のご時世、食料含めた物資のほとんどは『豚汁』の手によるものだ。彼らが運営する大規模農園や農場などもあるにはあるが、それでも供給が追いつかない場合は異能でカバーする。
『豚汁』の創始者にして総括者、大学生幼馴染六人組『最初の六人』。そのまとめ役たる『豚汁』総団長、金盾甲哉の『世界を支配する者』。
二つ名が多すぎて何が何やらだが、ようは〝無限に〟〝何でも〟生み出せる能力の持ち主だ。食料だって例外ではない。
もちろんそんなチート能力を持っているのは彼一人なので、量はともかく場所は選べない。彼がどれだけ食べ物を生み出そうと、それを届けるという手間は省けない。
そういう事情があって各地に『豚汁』の拠点、つまり『街』があって、それらを繋ぐ道路を『豚汁』専用車両が日々走り回っているわけだが……そういうのをちまちま襲って食い繋いでいるのが『ルブナイキ』で、そして『崩壊組』だ。
『崩壊組』に、自給自足をする術はない。一致団結して田畑を耕す気も、家畜を一から育てる気もない。元が『せっかく漫画みたいな能力手に入れたんだから、好き勝手遊ぼうぜ!』で集まった烏合の衆だ。放っておけば自然消滅する程度の連中でしかなかった。
だけど、そうはならなかった。強力な統治者が現れたからだ。
しかしそれももういない。『豚汁』との戦争で負けて、強固な地下牢獄で今も囚われの身だ。
だから今の『崩壊組』は、時間と共に弱体化している。『崩壊組』から離反する者、落ち目の組織を見切って『豚汁』につく者、『崩壊組』には所属しているが今のボスには従う気のない者、別のグループを作ってそちらでまた暴れる者。
初代『崩壊組』ボスの影響で、辛うじて組織としての体を保っているというのが現状だ。
ゆえに、最初から少年たちは疑っている。ある可能性について。
「あいつ……苛木だったか? の狙いって、ホントに在子、お前だけなのか? あいつが根っからの『崩壊組』ってんなら、俺は別に狙いがあると思うんだが……」
今の『崩壊組』がその名の通りに崩壊寸前なのは間違いないが、それでも『豚汁』と肩を並べるほどの力を持っているのは、〝幹部〟と呼ばれる一部のメンバーの功績によるものだ。
初代ボスに忠誠を誓い、彼女がいなくなった後も彼女の居場所を守ろうと戦い続けてきた本物の猛者。百戦錬磨の『治安維持隊』でさえ攻略は困難な、組織力の落ちた『崩壊組』を支える存在。
戦部は、苛木こそがそれだと当たりをつけていた。あの『恐怖』はそれくらいの力があった。
そうなると、また見方も変わってくる。彼女が『崩壊組』幹部とするのなら、この襲撃は『崩壊組』が打った起死回生の一手なのではないか――と。
起死回生の一手――つまり、宣戦布告。二度目の戦争。
「あいつにとって、お前はついで……逆か。『豚汁』に喧嘩売るついでに、お前をとっ捕まえに来たんじゃねえのか? 細かい目的は分かんねえけどさ、そうとしか思えねえんだよな」
「げー、マジで戦争? うわーやだなーめんどくさいなー。あんなの二度とゴメンだってー」
ロボット(あれには『雪風一號』という名前があるらしい。自信満々に教えられた)から降りて食事を取っている誕弾は、そうやって嫌な顔をした。同じ目線に立ってみると、菓子パンをなぜか両手で貪っている彼の低身長さがよく分かる。
組織としての総力が落ちた『崩壊組』でも、個人の能力までが落ちぶれたわけではない。むしろ躍起になって尖らせようとしている。『豚汁』の武器が数なら、『崩壊組』の武器は練度の高い複数だ。
『豚汁』にも『世界を支配する者』のような個人はいるものの、有名なのは彼含む『最初の六人』や、『監獄長』などのごく少数。
真正面からのぶつかり合いでも――勝算は、ある。
だから戦争を仕掛けて来てもおかしくはない――それが戦部の見解だったのだが。
「違います!」
と大声で否定された。
「あっ……えっと、すいません……」
すぐに潜伏中という事実を思い出したのか、尻すぼみにアルコは謝る。だが先の否定を取り下げる気はないようだった。
「……そいつは、何でだい?」
と、カップラーメンを啜っていた千土は尋ねる。シャツに汁が跳ねているがいいのだろうか。
「君はなぜそう思う? そこまでして彼女を庇う理由は?」
「……苛木ちゃんは、こんなことする人じゃないんです」
「へえ? もしかしたら会わない間に心変わりしたのかも知れないぜ? 『崩壊組』の理念に心酔し、身も心も悪党に染まっちゃったのかもだぜ?」
「……………………………………………でも、苛木ちゃんはこんなことする人じゃないんです」
「理由になってないね。そいつは駄々(だだ)か癇癪って呼ばれる部類だぜ、アルコちゃんよ」
アルコは反論できず『てりやきバーガー』をぎゅっと握り、千土はラーメンを啜ってまた汁を飛ばした。細かい傷だらけの顔についたそれを拭う。
「じゃああれは苛木ちゃんではないとでも? 顔を見間違える程度の関係性で断言されてもって感じだけどねえ」
「う」
「千土、言い過ぎだ。あんま気にすんなよ在子。こいつ時々こうやって無自覚に毒吐くから」
「おや、毒を吐いたつもりはないんだけどねえ」
「……それを言ってんだけどな」
「…………」
戦部のフォローがなかったら泣いていたかも知れない。それくらい千土の言葉は刺さった。
苛木が何を考えているかなんて、一番分からないのはアルコだ。十年来の親友だからこそ、彼女の言動には混乱させられるばかりなのだ。
『なんでっ、なんで、こんなことしてるのっ、苛木ちゃん!!』
結局のところ、行き着くのはこれだ。彼女とは他にもいくつか言葉を交わしたが、あれは会話と呼べるレベルじゃなかった。
在子の言葉は、苛木には全然届かなかった。
「うぅ……」
落ち着かない気持ちで、『てりやきバーガー』を口にする。こんな時でもご飯はおいしい。
『豚汁』印のジャンクフード。多分どこかの『街』から『ルブナイキ』がかっぱらってきたものだろうが、食べるのに躊躇はなかった。
それはすでに決めているからだろう。戦うことを。
最後の最後まで諦めない。そういう風に決断した。
「(……やっぱり、あの苛木ちゃんはなんかおかしいよね)」
身は縮こまらせても頬は膨らませて、小動物のようにぱくぱくぱくぱく。思うのは苛木のこと。
彼女のために、あと『街』の皆のために戦うとは決めたけど、気になるものは気になるのであった。
「とにかく、お前が言うにはあいつは『崩壊組』じゃねえんだな? ただ純粋にお前だけを狙ってここに来た、って。そういうことでいいのか?」
「…………(こくりと頷く)」
「確かに『助けてやる』だの言ってたが……何からだよ。俺らからか? ま、我ながら善人にゃ見えねえとは思うけどさ……」
「特に戦部君とかね。さっきの顔なんて完全にチンピラだったぜ」
「え、マジで? ……そうか、そんなに人相悪いのか俺は……」
「ボクはセンドが一番悪役っぽい顔と思うけどー」
「オクラ君はあれだよね、ゾンビ映画でゾンビの列に紛れてそうな顔だよね」
「ちゃんとした役すらもらえてねーじゃねえか! そんなにボクの顔は特徴がないのかーっ!?」
「いや死後三十日って顔してる」
「ちくしょう強調されてたのはゾンビって方かーっ!? どんな顔だよー!」
「鏡でも見れば?」
「うわああああんトーカぁっ! センドがボクのことイジめるよ助けてーっ!!」
「うるせえよ誕弾。俺らが今隠れてるってこと忘れてんのかお前」
「くそう味方がいねえー!!」
「あっ、あの!!」
アルコは声を上げた。そろそろ止めないとどこまでも脱線しそうだったので。
「うる……どうした?」
「(……今絶対に『うるせえ』って言いかけたなこの人)え、えっと……」
声を上げたはいいが、肝心の台詞が思いつかない。
『この「街」を助けるために力を貸して下さい』……言うのは簡単なのだが。
「(……あれ? あたしって今、全然信用ない?)」
少年たちからすれば、アルコは敵を庇う立場不明の人間だ。最悪、スパイと思われていてもおかしくない。
そんな人間からの協力要請。アルコが少年たちの立場だったらどうするか、という話だ。
「(で、でもっ、言わなきゃどうしようもなんない……ダメ元でも、言わなきゃ)」
発想の転換だ。無理に信じさせなくてもいい。アルコの目的は『ルブナイキ』と馴れ合うことではなく、その力を貸してもらうことだけなのだから。それだけに力を注ぐ。
「(……雇うんだ)」
必要なのは、対価。力を貸してもいいと思えるほどの、対価がいる。
何せ、『街』を丸ごと救うという大仕事だ。それ相応の報酬は用意しなければ、少年たちも納得しないだろう。
では、それは一体何だ。
全国指名手配犯『ルブナイキ』が望むもの……それを探れ。
「(……指名手配? そっ、そうだ、これなら!)」
アルコは手の中のハンバーガーに目を落とす。
ロボット、『雪風一号』が背負っていたリュックサックから出てきた食料。『ルブナイキ』が指名手配犯である所以であり、彼らを指名手配犯たらしめているもの。
『ルブナイキ』が指名手配されているから、彼らはそういう方法でしか食料を手に入れられない。崩壊世界の食料事情を担う『豚汁』に敵対しているからこそ、彼らは犯罪者としての烙印を消すことができずに、積み重ねてしまう。
では、それが消え失せるとなれば?
先ほどまでの戦いで、彼らが噂通り人殺しの凶悪犯じゃないことは分かった。きっとうっかり魔が差したとか、そんな理由で指名手配されたに違いない。格好はおかしいが、根は善人だとアルコは確信していた。
指名手配という枷がなくなれば、絶対に喜ぶはず! と。
「何だ? 何か用があるんじゃねえのか?」
焦れたように戦部が問う。
すかさず『ここだ!』と、アルコは残りのハンバーガーを急いで頬張り、包み紙を勢い良く丸めると努めて笑顔で、
「あのー、指名手配とかなくなったらいいなーなんて思いません?」
「「「いや全然」」」
まさかの三人息ぴったりだった。
「なっ、なんでです!? あたし、ちょっとは『治安維持隊』さんにもコネがあるんです! あたしが言えば、きっとあなたたちの罪も……!」
「アルコちゃん」
予想外のことについついムキになると、千土が死んだ目をこちらに向けていた。
その目は『落ち着け』と諭しているようにも見えたし、哀れんでいるようにも、怒っているようにも見えて、やっぱり何も感じていないようにも見えた。得体の知れない少年が、底知れない目でアルコを見つめていた。
「君にも事情があるように、僕らにも事情はある。あと、あまり『治安維持隊』をそういう風に使わない方がいいよ。君の言うコネがどれほどのものかは知らないが、彼らのトップは『それとこれとは話が別』って平気で言える二人だしね」
「つうかお前、まさか俺たちと交渉しようって思ってたのか……?」
戦部からも呆れられてしまったようだ。
「うぅ……いや……だって……」
「……ったく」
もじもじするアルコだが、内心すごく焦っていた。
――あ、あれー? 指名手配のままでいいの? 捕まりたいの? それとも『指名手配の俺カッケー』とか思ってるタイプなの? あれれー?
焦りすぎて余計なことまで考えているアルコだったが、まさか指名手配解除作戦が通用しないとは思わなかった。確かに本当に実行できるかは不透明だったが、それでも多少は食いつくと思っていた。なのにすげなく断られた。
「お前も無駄なことやるよな……」
「あうぅ……」
「はぁ、別に交渉なんてしなくても力ぐらい貸すっての」
「はい……すいま今なんて言いました?」
聞き捨てならない台詞が聞こえた。
「言っとくけど、それは戦部君限定の妄言だからね」
「ボクらはきちんと対価を所望するぜー」
外野が何か言ってるが、そんなものはどうでも……いや違う。彼らも彼らで、『対価さえあれば力を貸すのは構わない』と言っている。
すると問題になるのは、その対価についてだが……。
「くっくっく、残りの食料もそろそろ心許なくなってきて、補充しないといけない頃だぜ。それに最近寒くなってきたしね、ふかふかの毛布も必要になってくるだろうさ」
「ボクはー、『雪風』の修理と充電とー、綺麗なおねえさんの紹介がほしいなーなんてー? 髪が長くて包容力があって小さい子にときめいちゃうちょっとイケナイおねえさんとかー……へへっ」
「十八でおねショタはもう無理だと思うよオクラ君」
「いやまだだッ!! まだいけるなぜならこの世にはロリババアという言葉があってならばその逆ショタジジイもあって然るべきでボクはまだ十八だからだッ!! ショタジジイとしては年若く現実的でいわば合法ショタとも言えるボクは法の抜け穴というわけで需要は振り切っていると予想ッッッ!! いつでもお誘いお待ちしておりまーす!!」
「色んな意味で何言ってるか全く分からない上に、君の身長ギリ百六十あるじゃないか。世のショタコンおねえさんが求めてるのは、そんな中途半端な背丈じゃないと思うぜ」
「ちゃんと聞こえてるじゃん! ちゃんとしたツッコミ入れてるじゃんかよーっ!」
「ああうん、はいはい。ところでもう寝る時間じゃない?」
「本物のジジイ扱いするんじゃねーよ!」
「え? 最近耳が遠くてね」
「老老介護かよ社会の闇を見たーっ!」
「まあ社会の闇なら僕の目の前にいるわけだがね」
「おねショタは健全な性癖だっつってんだろッッッ!!」
「うるせえよお前ら! 俺らは今隠れてんだっつの! 大声出すな!」
また脱線したが、彼らの要求は大したものではなかった。食料に毛布、ロボの修理。性欲丸出しの欲求を除けば全てどうにか叶えられそうなもの。
逆に心配になるくらい、『街』を救う報酬が安すぎる。
あるいは、彼ら『ルブナイキ』にとっては、それくらい造作もないことなのだろうか。
「え……あの……」
「っつうわけだ。いいぜ。俺らの力でいいなら、存分に貸してやる」
「もちろん対価は耳を揃えていただくがね」「キミの知り合いにそういうおねえさんいなーい?」
「…………」
都合は、いい。
ただよすぎて何の罠かと勘ぐってしまうだけだ。
「……マジですか?」
「大マジだよ」
誰かさんとは違ってまっすぐな戦部の目を向けられては、さすがに何も言えなくなってしまう。マジだこいつら。
「(あー……)」
そこで、アルコもようやく思い至る。『ルブナイキ』が指名手配されている本当の理由。
それは、彼らが考えなしの行き当たりばったりで行動する集団だからだ。ある意味『崩壊組』と動機は同じである。
根は善人。そこは間違ってないだろう。ただ不器用で、拳を握る以外の解決方法を知らないし、またそれ以外の方法を考える暇さえ惜しんで人助けするのだ。格好も格好だし、それなら誤解されてもしょうがない。
結局、彼らは馬鹿で、馬鹿らしくなるくらいまっすぐなのだろう。
世界が滅んで、自棄になった人間は何人も見てきた。自棄になって問題行動を起こすヤツ、自棄になって掴み取った生を謳歌するヤツ、自棄になって――それでも、正しいことを続けようとするヤツ。
「(……苛木ちゃんも、そうだったのかなあ)」
人が人を助けるのに理由はいらない。だけどその理屈は、人生が暇で暇でしょうがないヤツにしか通用しない。切羽詰まった人間には通用しない。
世界が滅んでなお他人を助けるには理由がいる。それも尋常じゃない理由が。常軌を逸した理由を代償にして、人は人を助けている。
苛木が払っていたのは〝友情〟で。
彼らは何を犠牲にして、人を助けるのだろう。
それは――
「(うん。分かんないや)」
――分かんないし、分かんなくていいや。
多分それこそ、彼らが指名手配を望む理由なのだろうけど――アルコの目的はあくまで『手伝い』で、彼らと仲良くなることではない。
『街』を救った後、今より関係性が発展していれば――その時に、聞けばいい。
教えてくれなくても構わない。どころか質問自体を忘れているのかも知れない。それでもいい。
全ては終わった後のことで、今は始まってすらいないこと。
「――はい」
だから、アルコは正座までして、しっかり少年たちの顔を見据えた。
たとえ今までのことが全部演技で、提示された報酬も嘘で、全くもって何もかも彼らに騙されていたとして――
「よろしくお願いします!」
――その時は、その時だもんね!




