少女逃亡エスケープ 4
ある夜のこと。
まだ使えるマッチとかライターだとかで火を起こし、その火に二人で当たっていた。
瓦礫に腰掛け、破れた毛布を羽織り、身を寄せ合って冬の寒さに耐えていた日。
ふと疑問に思って、在子は隣に座る友人にこう尋ねたのだった。
『……ねえ』
『ん?』
『どうして、苛木ちゃんはさ……あたしなんかを、助けてくれるの?』
ぱちぱちと爆ぜる薪をぼんやり眺めて、ゆらゆら揺れる火に顔が照らされる。質問の答えは、白い息が溶けてなくなったあとに届いた。
『……そんなの、決まってるさ』
彼女は笑って言う。
力強くて気高い彼女の笑顔を、在子は素直に綺麗だと思った。
『私が、在子を助けたいからだよ』
滅んだ世界程度、一人で十分生きていけるくらい優秀な彼女が、わざわざ小さくはないリスクを抱えてまで少女と共にあった理由。それはその程度の、実に簡単なことだった。
だからこそ在子は――その強さに惹かれたし、憧れた。
だけど同時に、何もできない自分に無力感と罪悪感も抱いた。こんなにも弱い自分じゃ、苛木に返せるものも返せない。苛木はそれも許してくれるだろうけど、在子自身が許せない。
そんな夜だった。
それから数日後、苛木は在子の元から姿を消した。
『――――……』
こんな自分じゃ、見捨てられて当然だ。
なんて。
覚悟していた風に、自分に向かって嘘を吐いた。
それから、今。
「…………っ」
苛木の言う通り、随分と久しぶりだった。アルコが彼女の顔を見るのは。
あの夜から約二年。当時は失意のどん底にあった少女だが、今ではかなり回復した。それもこの『街』に迎えられたからだ。
〝自分を助けてくれた〟という点では、苛木もこの『街』も変わらない。どちらも同じくらい大切で、優劣の決めようはない。
だけど。
「なんでっ」
だけど。
「なんで、こんなことしてるのっ、苛木ちゃん!!」
――だけどっ、こんなのは違うじゃんか……!
「やめてよ、もうやめてよ! あたしこんなの見たくない! あなたのそんな顔、見たくなんてなかった!!」
自分を助けてくれた苛木が、自分を助けてくれた『街』を。
そんな構図、アルコは一度だって願っていない。彼女との再会は、もっと救われるものであるべきだ。
なのに。
こんなのでは、あまりに辛すぎる。
「あたしはっ、あなたに嫌われててもおかしくないかも知れないけど! だからって、ここの人たちは関係ないじゃんか! なんでこんなことするの!? あたしが嫌いなら、あたしだけ嫌っててよっ!! ちゃんと謝るからっ、ごめんなさいするからっ、だから……」
留めようとしていた思いが、止め処なく溢れ出た。きっとあの少年たちは、何が何だか分かっていないだろう。二人だけにしか通じない言葉は、再び頬を濡らす涙と共にこぼれ落ちる。
もっとも、それすら――彼女には届いていなかったようだが。
「みんなを、返してよ……!!」
「……お前は何を言っているんだ?」
きょとん、と。
ぶつけた思いの丈は、まるで通用しなかった。見当違いのことで怒る子供を慰めるような顔で、苛木は微笑んだだけだった。
「お前が何を心配しているのかは知らないが、安心するといい。私はお前を助けに来たんだ。この『街』に巣食う、『崩壊組』の魔の手から」
「…………え?」
「……あん?」
苛木の台詞に驚愕するアルコの前で、戦部も眉をひそめる。
助けに来た? 意味が分からない。あれだけの被害を出しておいて、言うことがそれ?
この『街』を、この『街』に住む人たちを、必死に守ろうとしたおじさんたちの努力を踏みにじって、言うことがそれ?
ありえない。
信じられない。
それとも、全てアルコの勘違いだったとでも?
「(ち、がう。そんなの、あたしが苛木ちゃんを見間違えるはずないもん……)」
家族を除けば誰よりも苛木の近くにいたのはこの自分だ。そういう自負がある。だから間違えるはずがない。
四繕苛木の背中で守られてきたのは、ずっとずっと向瀬在子だった。あの凛々(りり)しくて格好いい後ろ姿を、他でもないアルコが見続け、そして追い続けてきたのだ。
断言できる。ここにいる四繕苛木は、『「街」を襲撃せよ』と『崩壊組』に命じた張本人だ。
だからこそ、彼女の言っている意味が分からない。
「お前と離れ離れになって二年ほどか。私も辛かった。お前と一緒にいられないのは、世界が滅ぶより辛いことだった。でも私は頑張ったんだ。またこうしてお前に会うために、またこうしてお前を助けるために、この二年間、私は頑張ってきたんだよ。在子」
表情は誇らしげに。『だから褒めてほしい』と言うような。
ますます困惑するアルコの顔なんて見えていないように、苛木はあくまで調子を変えない。
「さあ、また一緒に行こう。この世界も随分平和になった。あの時みたいに寒さに凍えることもないんだ。どんな料理も作ってあげられるし、どんなお菓子だって食べられる。一緒に暮らして、一緒に遊ぼう。また二人で過ごすんだ。だから、さあ」
そう言って、苛木は両手を広げた。右手には鉄パイプを持ったままだったが、明らかに歓迎する様子だった。
心底、アルコを傷付けようだなんて気持ちはない。
ただ純粋に、それゆえ空恐ろしく、彼女はアルコを迎え入れようとしていた。
友人として。
「…………ぅ」
怖い。
これは、『恐怖』のせいじゃない。
もっと別物、次元の飛んだ怖さ。
これは、苛木だけど苛木じゃない。
形容しがたい違和感と畏怖とがごちゃ混ぜになって、アルコは一歩も動けなかった。
「……在子?」
苛木の広げた手が、少し萎んだ。
「どうした在子、なんでこっちに来ないんだ? どうしてお前は泣いて……ああ」
そこで彼女は広げた両腕を畳んだ。鉄パイプを握る手に力を込めた。
端正な顔立ちが、一瞬で怒りに染まった。
「そうか、分かった」
「っ!」
『恐怖』。
今までは『街』のどこかに隠れたアルコを燻り出すために薄く広げられていたそれが、狭い路地裏を押し潰すように濃密に展開された。
「ほひっ……」
誰もが存在を忘れていた『崩壊組』の男が、耐えられなくなったように倒れる。
そのくらい、人一人の心を砕いてしまうくらい、その『恐怖』は桁違いだった。
「お前たちだな」
『恐怖』の発端、苛木は鋭い眼光で少年たちを射抜く。
「お前たちが、在子を脅しているのだな」
鉄パイプを、構える。
「だったら、容赦する必要はない」
そして、踏み込んだ。
「在子を返してもらうぞ」
「ッあ!」
鉄パイプを振りかぶった苛木に、相対したのは戦部だ。まともに立つのも難しい『恐怖』の渦中で、彼は真っ先に動いた。
いや、動かなければ精神がやられると判断しての行動だった。ただ突っ立っているより、考える暇のない戦いに身を投じた方が安全。もはやそういうレベルでしか平静は保てなかった。
「どけ」
「な!?」
しかしそれさえ、苛木は許さない。
路地裏の『恐怖』が一瞬緩んだかと思えば、戦部の腕が止まった。
「こ……れは!?」
一点集中。
『街』全てを包んでいた『恐怖』が、路地裏に集中した途端密度が高くなったのと同じ。あれだけの『恐怖』を一点に集中すれば、本人の意思など無視してその身を竦ませる。先ほど誕弾の動きを止めたのもこれだろう。
「クソっ!」
一つの隙が致命的になる戦闘で、これだけ露骨に動きを止められた。戦部はとりあえず距離を取ろうとして、体重を乗せた足を――
「はぁっ!?」
止められた。
バランスも受け身も取れず転倒、起き上がるにしても体重の乗せ方が分からない。自分の思い通りにならない体は、思った以上にもどかしく、それ以上にどうしようもなかった。
「がっ! ぐっ!」
動けない戦部に、鉄パイプが次々と振り下ろされる。戦部も防御しようとするが、手足が一本ずつ動かないだけでここまで自由がなくなるとは思ってなかった。ぎこちない防御の合間を縫って、的確に戦部は傷つけられていく。
『トーカ!』
苛木の注意が戦部に向いたおかげで動けるようになった誕弾が、全長四メートル弱の巨体を操って加勢しようとする。
が。
『わひいぃっ!』
走り出そうと足を上げたタイミングで『恐怖』。操縦者の全身が『恐怖』に絡め取られ、制御を失ったロボットは派手に倒れ込む。誕弾が情けない声を上げて、地面が揺れた。
「ぁラッ!」
「っ」
苛木が誕弾をターゲットにした隙に、戦部が刀を一閃。だが避けられる。
それでも再び立ち上がることはできた。だから反撃できる。
「……テメエのソレ、強いけど甘ぇな」
べっ、と血を吐き出し、油断なく戦部は刀を構えた。
その顔に、何か凶暴なものが宿る。
「注意が散漫だぜ。だからこういうのに対処できねえ!」
「アルコちゃん、今すぐ下がれ」
「? わっ!?」
戦部が刀を逆手に持ち替えた。それを見た千土は咄嗟にアルコを後方へ下がらせる。
これから何が起こるか、知っているから。
『ちょっ、トーカ!? 待って近いボクが巻き込まれるーっ!!』
誕弾の訴えも虚しく、戦部は逆手に握った刀を真下に振り下ろす。その切っ先が、掘り起こされて柔らかくなった地面に抵抗なく沈んでいく。その行為の意味するところが分からず、苛木もつい見送った。
致命的な隙である。
戦部は叫ぶ。
「『我が道を征く(ゴーイングマイウェイ)』ッ!!」
「なっ!?」
爆発した。
戦部が地面に差し込んだ刀が、爆発した。
轟音と衝撃と共に大量の粉塵が溢れ返り、たちまち人の姿を覆い隠す。
「しまった……っ!」
苛木は盛大に舌打ちした。
『恐怖』の一点集中は、相手の姿が見えないと正確に動作しない。目視で狙いをつけているのだから当たり前だ。
おそらく、それを悟られた。
「(一点集中の『恐怖』では一人しか狙えない……弱点を突かれたか!)」
『恐怖』を脳天に注ぐという選択肢もないではなかったが、下手に頭を狙うと錯乱した少年たちが在子に害を与える可能性があった。だから自分の手で確実に無力化しようとしたのだが……裏目に出た。
元々精密動作は苦手なのだ。同じ目線に立っているのならまだしも、乗り物に乗っているとかで視点が違うと狙いがつけにくい。加えて頭は外すとなると、その分の集中を割かなければいけなくなる。
結果、注意力散漫。
あのニンジャの言う通りだ。
「ちくしょう」
低く呟き、改めて鉄パイプを握る。この目晦ましの中、どこから攻撃が来るのか分からない。
少しずつ晴れていく煙幕の向こうを、食い入るように見つめて。
「(……違う!)」
たったった……と、遠ざかる足音を耳にした。逃げられる。
そう考えるや否や、彼女の沸点は軽々突破された。
「ふざけるな……ッ!!」
――貴様らは、この期に及んでまだ、在子を怖がらせるつもりか!!
――許さない、許されることではない!!
「在子ォ! 今行く……っ!?」
一メートル先も見えないというのに構わず走り出そうとして、突然爆発音が隣で響いた。
あのニンジャの顔がちらつく。
その狙いは明白。
「っ、まさか!」
ぎりぎりと、頭上で超重量の軋む音。砂塵のカーテンの先で、大きく蠢く影があった。
路地裏で、あれほどの大きさのもの。それは。
「ビルを切り倒したのか!?」
ゆらりと崩れる影を見て、苛木は苦渋の決断をする。
「…………くそっ!!」
一旦の離脱。
彼女が追跡を諦めると同時、ビルは完全に崩れ落ちた。
抱えていた大荷物を放り捨て、少年少女は路地裏から脱出した。捨てた荷物はあそこで倒れていた『崩壊組』たちだ。あんなことをするのであれば、事前に逃がすものは逃がしておかないと後味が悪い。
もっとも、それ以上の面倒を見る義理はないので、後のことは知ったことではないが。
「クソ、はっ、あいつ、まだ元気みてえだな! あの『恐怖』っ、全然消えてねえ!!」
『もーっ、まだボクここに来てから十分も経ってないんですけどー! なのになんで大ピンチなんだよ色々納得いかねーっ!』
「とりあえず身を隠せる場所を探そう。落ち着かないことには話もできないからね」
現状最も速い移動手段として、彼らはロボットにしがみついていた。戦部だけは体力の消耗が著しく、ロボットの掌で寝っ転がっている。それでも揺れの激しさは変わらないのだが。
「わっ、きゃっ」
振り落とされないように必死でいるアルコには、彼らの会話に参加する余裕はない。
あるいは、その方がよかったのかも知れない。
少なくともそうしている間だけは、何も考えなくて済むから。
「…………」
だが、それではいけないとアルコは思っていた。
逃げてはいけないと、目を逸らしてはいけないと、ちゃんと立ち向かわなければ駄目だと。
苛木との再会によって、少女は決意した。
「(あたしが、助けるんだ)」
今まで少女は守られてばかりだった。助けられてばかりだった。
だから、せめてその恩くらいは返したい。そう思うことの何が悪い。
弱い。力が足りない。大した作戦も思いつかない。関係ない。
だったら、それができる人の力を借りればいいだけだ。それに全力を尽くすだけだ。
「(だから今度はあたしの番だ。あたしがこの『街』の皆を――苛木ちゃんを、助けるんだ)」
もう迷うもんか。
立ち止まってなんか、やるもんか。
城が見守るこの『街』で、アルコは戦うと決めた。
パーカーをなくした体に吹きつける風は、けれどちっとも冷たくなんてなかった。
「……あれ? アルコちゃん今、お腹鳴ったかい?」
「しっ、仕方ないでしょ! 朝から何も食べてないんですから!」
――そ、そのためにも今はっ、とにかくご飯食べないと!
「……逃がした」
砂埃が晴れ、破壊の痕跡だけを残した路地裏で苛木は立っていた。そこらで倒れていたはずの『崩壊組(役立たず)』の姿もない。情けでも掛けたつもりか。
「舐めた真似を……」
それとも同じ境遇に身を置いているからと言って、仲間同士とでも思っているのだろうか。まさかあの『崩壊組』に、まともな仲間意識があるとは驚きだが。
「まあいい、どの道――」
『いーらーきーぃ?』
不意に、無線機が言葉を放った。女の声。
「……柳衣か」
『ええ、そうよ? お待ちかねの柳衣憧理よ? どうやらお友達を取り戻すのは失敗したみたいねえ?』
そう言って柳衣はけらけら笑う。あの極彩色のフードに、ほつれのひどい髪と薄ら笑いが頭をよぎった。どうせまた、暗い部屋に閉じこもってこちらの様子を見ていたのだろう、趣味の悪い。
「何の用だ」
『またそれぇ? 目的が叶わなくてピリピリするのは分かるけど、ワタシに八つ当たりしないでよう。大丈夫大丈夫、ワタシは何があってもアナタの味方よ? なんちゃって』
また、笑う。
ノイズ混じりのざりざりしたその声が、どうにも不快でついしかめっ面になってしまう。
なるべく早く切り上げようと、苛木は柳衣を急かした。
「連中はどこに行った。見てるんだろう」
『そうよ? それを教えてあげようとしたのに、アナタの態度が悪いから意地悪したくなっちゃうじゃないの、責任取ってよ』
「…………」
――態度が悪い、か。
――そんなこと、世界が滅ぶ前は言われたことなかったな。
はぁ、と柳衣には聞こえないように溜め息を漏らす。
「……教えて下さい柳衣さん」
『棒読みねえ? まあいいわ』
無線越しだが、しっかりと頭を下げる。でないと、どこで見られているか分からないから。
屈辱だ。だがこの屈辱ももう少しだと、苛木は自らを鼓舞する。
在子を取り戻す。それこそが、苛木が自分に強いた目的。
たくさんのものを奪われた世界で、それでもこの手に残ってくれた希望。崩壊世界を照らす篝火。苛木にとって在子とは、それほどの存在だった。
だから苛木は、胸糞悪い『崩壊組』の力だって、薄気味悪い女の力だって、使えるものは何だって利用する。
それこそが、彼女を救うために確実な手段だから。
「……分かった。では一旦私は城に戻る」
柳衣のいやに上から目線な説明を聞き終え、苛木はそう答えた。
『あら? 追撃はしないの?』
「追い詰められたヤツらが在子を盾にでもしたらどうするんだ。私はそんな可能性、できるなら排除したいね」
『そういうものかしら。考えすぎじゃない? こっちには百人近い手駒がいるのだし、数で押せばどうにかなるんじゃないの?』
「現場に出ていないお前が言うことではない。しかしやるなら……そうだな、自分が危機に陥っていることにすら気付かない間にやる。一息に潰す。それが最も安全で、最も手早く在子を取り戻す方法だ」
『ふうん』
いまいち響いていないように相槌を打つ。まあいい。どうせ、直接戦闘では彼女は役に立たないのだから、いくら戦術を説いたところで豚に真珠だ。
『ま、お互い頑張りましょう?』
柳衣はいかにも適当な調子でそう言って、くすりと笑った。
『ワタシたち「豚汁」が、にっくき「崩壊組」に乗っ取られたこの「街」を救うまで』
「分かっている。そのために、わざわざ『崩壊組』をここまで連れて来たんだからな」
聞くものが聞けば言葉を失うような会話。それが当然のように、彼女らの間ではまかり通る。
あるいは、在子が路地裏で感じた隔絶の原因も、ここにあるのかも知れなかった。
「もう話は終わったか? 私は早く次の作戦の準備を進めたいんだが、まだ何かあるか?」
『ないわぁ。それにしても、本当に好きなのねえ? その、在子ちゃんって子のこと?』
「当たり前だろう。私たちは友達だから……ん、もういいな。私は城に帰って準備をする。お前は連中を集めておけ」
『ふふ。分かったわぁ? 頑張ってねえ、いーらーきーちゃんっ♪』
それで、通信は切れた。
「(……悪趣味め)」
口の中だけで呟きながら、苛木は城へと踵を返した。
「うふ」
城のどこか、暗い場所に柳衣はいた。
目深にフードを被り、そこそこ良い椅子の上で行儀悪く三角座り。床まで垂れた髪の毛なんて気にも留めず、膝に顔を埋めてある一点を見つめる。
彼女の前にあるのは無数のモニター。その一つに映った苛木を見て、彼女はけらけら笑っているのだ。
「あは、あはは! 苛木ったら、本当に一途ねえ? 一途で頑固。うふふ」
先ほどの会話を思い出す。
自分の言っていることに一切の間違いはないと信じ切っているような、あの力強い声。友達を魔の手から救い出すのだと、息巻いていた彼女を。
柳衣は知っている。苛木が在子に抱いている思いの強さを。
それを知った上で、柳衣はこう評す。
「ぜーんぶ、間違いなのにねえ?」
自分で言っておいて、おかしくなってまた笑った。
全てが順調。全て思い通り。
――ああ、ワタシ今すごく充実してる……。
「けど、そうねえ? ワタシも苛木を見習って、ちょっとは慎重になってみるかしらあ?」
となると、唯一の懸案事項はあの少年たちだ。ビルすら切り倒す戦闘能力は厄介だが、苛木にかかればそれはどうってことない。あのロボットも問題なく無力化できる。
ただ気になるのは、彼らの出現ルートだ。
「やあっぱり、何度見直しても分かんないわねえ」
城門のすぐ近く、『崩壊組』に捕まった在子の前に突然彼らは現れた。登場時刻に差こそあるものの(最後のロボットなんか、ちょうど出てきた苛木と鉢合わせしている)、登場場所はほとんど同じだ。
それは分かる。
だが、それ以外が全くと言っていいほど分からない。
「そもそも彼らは、どこから、どうやって来たのかしらぁ?」
あの場所に、隠れられるスペースなどない。城の窓やベランダから飛び降りたという可能性もないことはないが、それなら落下する瞬間が写っているはずだ。地面を掘り進んできたという仮説もない。人間大の穴なんて開いていない。
彼らには、何もない。
気付けばそこにいた。
「そういえば、前にどっかで聞いたことがあったわねえ? いきなり現れて、いきなり消える妙な連中……それみたいなのかしら」
んー、と柳衣は少し考え、
「ま、いいわ。そういう能力ってのなら考えるだけ無駄ねぇ? 何でもありだもの」
と、思考を放棄した。
決して現場に出ることのない彼女にとって、〝敵〟とはその程度の存在でしかなかった。




