少女逃亡エスケープ 3
「……っ……!?」
「何だ……ッ、これ!?」
「おおう、なるほどなるほど」
少年少女は『恐怖』に呻く。一人例外がいるが。
「広範囲型で精神作用系の『悪性』かな? 強力だね、そして利便性もよさそうだ」
批評家気取りで頷く千土だが、その言葉ももはや少女には届いていなかった。
「(なに……ッ、これ!?)」
怖い。
とにかく怖い。
不快な脂汗が身体中に浮かび上がり、視界が狭まり、足元がぐらつく。目をつむればこの恐怖は和らぐか、それとも見ていなければいけないのか。夜の学校とか、誰もいない廃墟とか、そういった類のものとは違う。どちらかと言えば、男たちに追われていた時に感じていたもの。
世界を滅ぼした『崩落』。死が間近に差し迫った『恐怖』。これは、それだ。
足に力が入らず、思わずへたりこみそうになって、
「立て! とにかくこっから離れるぞ!」
「あっ」
戦部から腕を掴まれた。力加減をする余裕もないのか、その部分が少し痛む。
「ここは駄目だ! 距離を取るぞ、千土!!」
「了解了解。ま、広範囲を均一にバラまくタイプの『悪性』だったらそれも無意味なんだがね」
「え、縁起でもねえこと言うな!! いいから逃げるぞ、無意味かどうかも走りゃ分かるだろ!!」
「違いないね。じゃあ行くかよ」
走り出す。逃げれば、『恐怖』が薄らぐと信じて。
三人は路地裏へと飛び込んだ。
最初こそ戦部に手を引かれていた少女だったが、しばらくすると自分から手を解いた。一人で立てる。そういう無言の意思表示だった、でもお礼は言っておいた。
「んなもん後だ後! 今はこの『街』の状況を教えてくれ! うっかり逃げた先で『崩壊組』の連中と鉢合わせなんぞしたくねえーっ!」
戦部自身からはそう言われてしまったが。
「えっと……」
だが、男たち……この『街』の襲撃者である『崩壊組』の潜伏場所なんて、襲われた側の少女に分かるはずなんてない。最低限知っている情報だけは全力で説明しておく。
今日はお祭りだったこと、だけどその前に『崩壊組』が襲撃してきたこと、『街』の皆は攻撃されたけど生きているらしいこと、少女だけが執拗に狙われていること、みんなが少女に想いを託したこと。それらをダイジェストで話した。
少女の拙い説明を聞いた戦部は、真っ先にこの質問を放つ。
「最寄りの『街』までの距離は!? ああいや、肉眼で確認できるかだけでいい!! どうだ!?」
「は、はい! ちゃんと見えます!」
「間に山とか挟んでねえよな!?」
「はい! ないです!」
「じゃあおかしいだろ!! 何で『豚汁』のヤツらの援軍はまだ来てねえんだ!?」
「あ」
言われてみれば、だった。
襲撃から……言い換えれば、あんなに目立つはずの狼煙が立って一時間以上経過しているというのに、隣の『街』は一体何をしているのか。少女が壁の上で見た通り、崩壊世界に遮蔽物なんてほとんどないのに。
背後から何かが迫ってくるような圧を感じながらの逃亡劇の最中、千土が意見を発した。
「そういう『悪性』なんだろうさ。煙がちょうど、あの城のてっぺんあたりで不自然に途切れてた。おそらくこの『街』をドーム状に、幻術か何かが包んでるんだろうね。そのせいじゃない?」
「早く言えそんなこと!!」
「聞かれなかったからね」
「疑問に思ってなかったけどさ!! ちくしょう!!」
ヤケクソ気味に叫びながら、角を曲がる。
「「ッ!!」」
まるで古いラブコメみたいだ。三人の先頭を走っていた戦部と、角を曲がった誰かとが正面衝突した。その誰かも三人一組で動いていたようで、後続がつんのめる。
『崩壊組』だ。
「おっ、おいこいつ、命令にあったガキじゃっ!?」
「うわっ、何すんだこの野郎!!」
「うるせえどけ!!」
戦部が吐き捨てる。あの惚れ惚れするような体術。
ぶつかって弾かれた体を即座に起こし、同じように倒れた男の額に飛び蹴り。突然のことでうろたえるもう一人の顎に真っ黒の鞘がクリーンヒット。男たちは棒切れのように抵抗なく倒れていく。
「ひっ、ひっ?」
「ちょうどいい……」
角から変な黒いヤツが出てきたかと思えば仲間が瞬殺されて、わけも分からず腰が抜けた最後の一人に、戦部は刀を突きつける。
「とりあえずは安全な場所。それと色々聞かせてもらうぞ」
「ひいぃっ!?」
『恐怖』で追い詰められているせいか、戦部はちょっと荒っぽかった。元からそうなのかも知れないが。
「普段はもう少しクールだから安心しな」
「こっ、心を読まないで下さい……」
「君が特別分かりやすいのさ」
そ、そうなのかな……? と頬をつねってみた少女だが、そうだとしても確認のしようがないことに気付いてやめた。多分またからかわれていただけだろう。
「ついてこい。いや前に立て。案内しろ。案内するフリして仲間んとこ向かったらぶっ殺す」
「ひそひそ(あんなこと言ってるけど、殺す度胸はないんだぜ)」
「そうですか……」
千土のいらない補足説明を流し、『恐怖』のせいなのか戦部のせいなのか怯える男を追いかける。期せずして追い回す側の立場が逆転したわけだが、まだまだ『恐怖』の猛威は健在で喜ぶ気にもなれない。
それでも段々(だんだん)、あの息苦しさは治まってきた気がする。感覚が麻痺したのだとは思いたくないので、距離を取って影響が薄れたのだと信じたい。少女たちが向かっているのは『街』を囲う壁、城とは真逆の方向だ。
「あっ、案内なんて言ってもよぉっ、おれっ、ここの住人じゃねえしっ、安全な場所なんて分かんねえよぉ……!!」
「うるせえ走れァ! だったら他のメンバーに会わないとこ案内しろォ!」
「そ、それもわかんねえよ! みんなこの『恐怖』のせいでっ、パニックになってんだよぉ!」
「あぁん!? じゃ勘で走れ勘で! それで間違ってたらブン殴るぞゴラァ!!」
「なんだよそれぇ!?」
どっちが世界の秩序を乱す『崩壊組』なのか分からなくなってきた。あれが戦部の本性なのだろうか?
なぜわざわざ何も知らない男に進路を任せているのか、なぜ少女に道案内を頼まないのか、なぜ少女も少女で自分がやると提案しないのか、おのおの順調に頭が働かなくなっているようだ。
そうして適当に走っていれば、同じところをぐるぐる回って最終的には元の位置に戻ってしまう、みたいなことにもなりそうなものだが……『恐怖』から背中を強烈に押されているおかげか、まっすぐ逃げることができているようだった。
ただ、この『恐怖』に苛まれているのは『崩壊組』も同じ。彼らが一箇所に留まって耐えるという選択肢を取っていない場合、逃げ続ければかち合う確率も上がる。同じ方角に向かって進んでいるのだから当たり前だ。
しかし。
「あ!?」
「わっ!? な、何ですか、急に立ち止まらないで下さいよ……!」
戦部が大声を出して急ブレーキをかけた。振り返ったその顔には何か、苦々しいものが含まれているようにも見える。
「千土、今の……!」
「ん? んー……ああ、なるほどね」
「ほら、まただ! クソ、あの馬鹿何やってんだ!!」
「ええっ!? に、ニンジャさん!?」
どうやら何かが見えたか聞こえたかしたようで、戦部は血相変えて来た道を逆走し始めた。あの背筋が凍りつくほどの『恐怖』を突っ切って。
ついでに訂正の文句も飛んできた。
「ニンジャじゃねえ! 俺は戦部透禍っつうんだ! 呼ぶなら名前で呼んでくれ!!」
「あ、えっと。ご、ごめんなさい?」
謝罪したはいいが聞いているのか。戦部は迷いない足取りで路地を駆け、ついには曲がり角に消えてしまった。
その豹変っぷりに、千土はわざとらしく肩をすくめる。
「やれやれ、放っておいても大丈夫だとか言っていたのはどこの誰だって話だぜ。ねえ?」
「そう……ですね?」
「ちなみに僕は鎌倉千土って言うんだ。よろしくね、少女ちゃん」
「あ、はい」
「あれ……? お、おれはもう帰っていいの?」
「そんなわけないだろう殺すぞ? 何かの役には立つかも知れないからついておいで。ちなみに拒否権はないし断ったら戦部君案件なのでそこんところは承知でね?」
ひぃぃっ!? という清々しいまでの悲鳴。ちょっと可哀想にも見えてきた。
「悪いね少女ちゃん、これからまた逆戻りだ。気を強く持ってくれたまえ」
「……はい」
どの道拒否権がないのは少女も同じだ。一人取り残されたってできることなんて何もない。『恐怖』に真正面から立ち向かうのは足が震えて仕方ないけど、少女に思いを託してくれた彼らを思えば、何てことない……と思いたい。
「…………」
まぶたを閉じて、深呼吸一つ。
実体のない『恐怖』を睨みつけるようにして、一歩を踏み出した。
「そういえばさ」
「う、なんですか」
せっかく覚悟を決めたというのに、狙ったように千土が話しかけてきた。戦部は追わなくていいのか。
「いや、大したことじゃないがね。君の名前聞いてなかったね、と思ってさ」
「あー……」
ちょっと考えて、まあいいか。
「在子です」
「うん?」
「向瀬在子。『向こうの瀬に在る子』って覚えて下さい……っていうか行きましょうよ早く。に……戦部さんに置いてかれちゃいますよ」
「……へえ。いい名前だね。片仮名にして見栄えのいい名前はいい名前だ。だから僕は君のことをアルコちゃんと呼ばせてもらうぜ。別にいいよね?」
「い、いいですけど」
「あと、僕のことは自由に呼んでくれたまえ。特にこだわりはないからね」
「はぁ……」
千土の含み笑いがいやに気になる。
在子。あの無線の相手が口にしていた名前と同じ名前。それに因縁を感じないのは余程の馬鹿か聞き逃したドジだけだ。
そんなわけで少女改め在子、千土の発案によりアルコは、何とも言えない気まずさを感じながら戦部の背中を追うのだった。相変わらず『街』を覆う『恐怖』に、真っ向から突っ込んでいく足音が三つ。
その途中、耳をつんざく破裂音。
「きゃ!? な、なにっ、なんですか!?」
「ただの戦闘音だよ。戦部君にはよくあることだし、いい道標だぜ」
「こ、これが戦ってる音なんですか……? なんか爆発してるんですけど……?」
ということは、彼はもう現場に到着しているのだろう。何度か道を間違え、しかし連続する破裂音を頼りに進む。同時に『恐怖』の影響も大きくなるが、アルコより怖がっている『崩壊組』の気弱な男を見てると少しは気が楽になった。あんなみっともない態度は見せたくない。さすがに。
遠かった喧騒もすぐそこ。戦部から大幅に遅れること数分、件の音源である路地裏へと三人は足を踏み入れる。
「うわ……」
思わず顔が引きつった。
目の前に広がるのは、元ある形が分からなくなるまで滅茶苦茶に破壊され、道幅が強引に広げられた路地裏。そこで大いに錯乱した男たちが、二人の少年相手に大乱闘を繰り広げていた。
「ッ!! ばっか野郎誕弾テメエ!! 俺は味方だッつの!!」
『ごっ、ごめっひょおおおおお!? あーむぅーりー!! なんか知んないけど怖いッひしゃわぁああああああ!!』
「うるせぇぇあああお!?」
違った。そこにいる全員が錯乱していた。
「て、ていうかあれ誰です? あの……ロボット? に乗ってる人……」
「オクラ君だよ」
簡潔極まりない千土の返答に、改めてそいつを観察する。
まずはパイロット。趣味なのか何なのか、軍服のコスプレをしている少年。前髪が彼の童顔を覆っていて、ハの字の太眉や涙目、低い背丈からしてどこか幼い雰囲気を感じる。
次に彼が操っている、全長四メートル弱、楕円形のコックピットを持つ人型ロボット。寸胴ボディに、バランス制御のためか腕の一回りも太くて短い足。そいつは、無理すれば軽自動車くらいは押し込めそうな、馬鹿デカいリュックサックを背負っていた。
念のため言っておくが、ここは『崩落』で滅んだ世界で地域は日本だ。あんなわけの分からない世界観の持ち合わせは、例え一回世界が滅んだってない。
総評。
「……なんですか、あれ」
「オクラ君だよ」
知ってる。
聞きたいのは名前じゃなくて、あのワケ分かんない世界観についての説明です。
とは当然言えるはずもなく、全体的にわちゃわちゃしてる路地裏をアルコは見守るだけなのだった。
路地裏ファイトの趨勢は、ニンジャとロボットwith軍服コス、引きつった顔で攻撃を続ける『崩壊組』(×五)。今一人やられた。マイナス一。
本来であればそのくらいの人数がたむろするくらいでギリギリなスペースが、今は乱闘が可能なほどの広さに拡張されている。何があったのか、建物が横倒しだ。住人が城に連れ去られていなければ、と思うと、『恐怖』とは別口にぞっとするような光景である。
整えられたレンガの地面は抉れ、その下の土まで露出している。人の手では実行不可能な、あまりにも力技すぎる舞台設計だった。
この破壊を成し遂げたのは、明らかにパワー型なロボット……では、ないらしい。
「くそ、武田ぁ! よくもっ、食らいやがれこのニンジャ野郎!!」
「誰がニンジャだ誰がァ!!」
敵にまでニンジャ呼ばわりされる戦部は、声を荒げながらも確実に攻撃をかわしている。時間と共に色濃くなる『恐怖』に手元を狂わされているが、意識だけを的確に刈り取るあの体術が損なわれたわけではない。
「なろっ! ああっ! クソ! うぜェ!」
どうやら、『恐怖』のせいで技がうまく決まらないことにイライラしているらしい。それでも戦部は数々の攻撃を掻い潜り、手のひらから炎を吹く大道芸人みたいな男の懐に入る。
「う、うおあっ!」
「ちょっ、待ておまえぇ!?」
追い詰められた火炎放射男は、とにかく目の前の敵を排除しようと手のひらを向けた。だがあれでは、別方向から戦部を迎撃しようとしていた仲間まで巻き込んでしまう。
「ばっ」
さすがに戦部も、敵がこんな暴挙に出るとは予想していなかったのだろう。回避すれば焼死体が一つ出来上がる。不殺を心掛けているらしい戦部は、敵の同士討ちも許容できないようだ。
だから、彼は別の手段を取った。
別途新たな手段を取ったと言うより、元の動作をそのまま続けたのだが。
「ッあばぁら!!」
文脈というか最低限の単語にすらなっていない絶叫を迸らせて、戦部は黒刀の峰を火炎放射男の首筋に振るった――放たれた炎ごと切り込む形で。
「――『我が道を征く(ゴーイングマイウェイ)』」
千土が何か言ったが、少女がそれに反応する暇はなかった。
戦部を飲み込もうと迫る火柱が――黒刀の切っ先が触れた瞬間に霧散したからだ。
「っ!?」
炎は誰も焼くことなく、わずかな火の粉を散らして消えた。火炎放射男も戦部の一撃に倒れ、巻き込まれそうになった男も足払いからの鳩尾キックで無力化される。マイナス二。
「い……」
――今、何が起こったの……?
素早く剣を振った風圧で吹き散らした? いや、その程度で鎮圧できる勢いじゃなかった。
それともあれが――戦部の。
アルコが困惑する間にも戦闘は続く。ロボットがパニック混じりに動き回り、それで怯んだ『崩壊組』を戦部が一人一人倒していく。見事なコンビネーションというか、ロボットの予測不可能な動きに戦部も対処するので精一杯のように見える。障害物をうまく利用している、と言った方が正しいだろう。
「ラストッ!!」
「ごびゅ!?」
最後の一人が強烈なハイキックを食らって気絶。ひとまずの戦闘は終了した。
辛い連戦を終えて汗だくの戦部に、ロボット、というかパイロットが涙目でお礼を言う。
『あ、ありがとぅ……トーカぁ……』
「はぁ、はぁ……で、何でこんなことになってんだテメエ……? つか、はっ、来るのが遅えんだよ……」
『そ、それについてはボクもちょっと分かんないっていうか……転移したら誰もいないし、何か近くにすっごい怖い人いたし、そいつに追いかけられるし、慌てて逃げたらこいつらとばったり鉢合わせするしで……ボクだっていっぱいいっぱいだったんだよぅ……』
――てんい?
アルコは聞き慣れない単語に気を引かれたが、戦部は別の部分に注目したらしい。
「そうかよ……いや待て、『追いかけられた』だと?」
『う、うん……それがどうかしたの?』
「……この馬鹿野郎!」
『突然の罵倒っ!?』
誕弾が面食らっている隙に、戦部は千土に向かって叫ぶ。
「千土!」
「あいよ、逃げるんだね?」
「ああ、できるだけ早くな!」
「えっ、え?」
『なになに? どしたの急に?』
焦り出した戦部に、アルコと軍服少年は疑問の声を上げる。
「分かんねえのか馬鹿!」
『はいっ! ごめんなさいっ!!』
「お前が会ったっつう、その怖いヤツがこの『恐怖』の元凶だ! そいつがお前追って来てんだろ!? これで逃げない理由があるか!? ねえよな馬鹿!!」
『早く言わなかったボクが悪かったから馬鹿馬鹿言うのやめて! そろそろ泣きそう!』
「分かったらとっとと千土とその子乗せろ! 急げよ、『恐怖』が濃くなってるってことはそいつが近付いてきてる証拠だかんな!!」
『りょっ、りょーかーい! ていうかこの子誰なのさーはじめまして小倉誕弾でーす!!』
「えっ、はっ、はじめまして向瀬在子です!」
「面白いね君たち」
めまぐるしく動く状況に、ついていけてない二人を千土が嘲笑う。
倒れた『崩壊組』をうっかり踏みつけないように、誕弾は慎重にロボットを操作して――
『ほっ!?』
――その動きが止まる。
『なっ、きゃんきゃん! ばばばーぎゃにゃんにこれーっ!?』
「何やってんだクソ馬鹿! ふざけてねえでさっさと――っ!?」
『ちっ、違うよトーカ! ボクのせいじゃなくてなんか体がー!?』
「クソがァ!!」
『だからボクのせいじゃ――っ!!』
そこで誕弾も気付いた。
戦部が睨んでいるのが自分ではなく、その背後だということに。
「ぁ……」
アルコも密かに息を飲む。
「全く、一息つく暇もないとはねえ。慌ただしいことだぜ」
千土も緊張感なさげに嘆息する。口元の嘲笑みは崩れない。
「……」『……』
最大限の警戒を払う戦部に、戦部と後ろが怖くて黙る誕弾。
「ぉ、あへ……」
誰にも気付かれないように息を殺してビビる、『崩壊組』の男。
全員(誕弾除く)の視線の先――人影。
よく手入れされた黒髪。機能性を重視しつつ、デザイン面も邪魔しない作りの服装。
前を見据えた眼光。強い意志を感じさせる眉。凛と伸びた背筋。右手に握った鉄パイプ。
そして、彼女を中心として発揮される――『恐怖』。
「あぁ……」
彼女の姿を目の当たりにして、アルコは思わず口元を覆った。
そうでもしないと、堪え切れなかった。
「(間違いじゃ、なかった……)」
『街』を逃げ回る途中で見かけた後ろ姿。無線越しのひび割れた声。
この身を震わすのは歓喜じゃない。安堵じゃない。恐怖であるはずがない。
「(間違いだって、思いたかったのに……)」
失望。
最悪の予想が的中してしまったことへの、失望。
「在子……」
自分の名を呼ぶ声。聞き慣れたはずの、だけどどこかが異質。
初めてその名を呼ぶように、硬くて重い――まるで別人。
アルコは、その声にこう応える。
「……苛木ちゃん」
かくして少女は、彼女――かつての友人、四繕苛木の名を告げた。
かつての友人にして、襲撃者の総括。敵の名前を。
「在子」
そして、『街』全域を包んでいた『恐怖』は収束した。
重圧は嘘のように消え失せ、もはや懐かしさまで感じる静寂の中――四繕苛木、彼女は表情を歪ませて言った。
「久しぶりだな在子! 元気にしていたか?」
これ以上ないくらい、満面の笑みで。




