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悪性崩落ルブナイキ  作者: 藤原(の)コウト
3/23

少女逃亡エスケープ 2

「……『ルブナイキ』?」

 少年――千土(せんど)とやらが名乗った奇妙な固有名詞に、真っ先に勘付(かんづ)いたのは強面(こわもて)の男だった。

「『ルブナイキ』だと、お前が!?」

「僕だけじゃないがね、まあそうだよ」

 強面男の怒号にも全く(こた)えず、飄々(ひょうひょう)と答える千土少年。

「しかし僕らも有名になったものだね、まさかたまたま訪れたところで開口一番名前を聞くとは。日々の努力が実ったぜ、泣けるね」

 開口一番でもないし全然泣きそうでもないのだが、なぜか自信満々にそう言う。

 それが原因でもないのだが、ようやく少女も思い出した。『ルブナイキ』。

 全国指名手配犯の名前だ。

 主な罪状は、多数の『街』や『出張配給所』、物資を運搬している途中の『豚汁(とんじる)』専用車両への強襲、及び食料や物資の強奪。それを止めようとした『治安維持隊(ちあんいじたい)』を筆頭に、のべ三桁(さんけた)にも届く『豚汁』メンバーへの攻撃・敵対行動。

つまり色んなとこで『豚汁』に喧嘩(けんか)を売っているグループだ。『WANTED(おたずね者)』の張り紙を『街』でも度々見かけた。よく見れば顔写真とも特徴が一致する。

「(『ルブナイキ』って、たしか……?)」

彼らは殺人だとか放火だとか、そういう凶悪な犯罪行為をしでかしているわけではない。だというのに手配書が全国にまで出回っている理由は、その神出鬼没さにあるという(酔っ払った『治安維持隊』のおっさんの言)。

いわく、いきなり現れていきなり消える。

福島で強奪行為をした翌日に福岡で地元民と衝突し、京都でぶらぶらしてるところを見つかった前日には沖縄の海で泳いでいた、なんて与太話(よたばなし)もある。挙げ句の果てには空を飛ぶらしい。

それ以外にも、嘘みたいな(うわさ)話に事欠かない連中だ。

「ところで戦部(いくさべ)君とかオクラ君を見かけてないかい? この辺にいると思うんだけど」

 有名というか悪目立ちしているグループの一員は、何だかすごくマイペースだった。今の今まで指名手配されている『街』でどこに潜んでいたのか、なぜ今になって出てきたのか、疑問は尽きない。

「……そこをどけ」

「んー?」

 強面男が脅迫する。だが千土の顔色は変わらない。むしろ嬉しそうまである。

 そんな彼に苛立(いらだ)ったように、

「『豚汁』共とやり合っているのなら、わざわざ俺たちとまで争う理由はないだろう。だからどけ。どかないなら……」

「力づく、ってわけだ。はは、さすがだねえ。話がシンプルだ。何の(てら)いもない、単純明瞭な会話だよ。まるで十五年間サッカー漬けだった部活少年と話している気分になるぜ」

 一人でうんうんと頷いた。あと例えが微妙に分かりづらい。

 平常運転なのか挑発してるのかよく分からないので、強面男も態度を変えない。

「話を逸らすな。いいからさっさと」

「理由ならあるよ」

「……何?」

 台詞を遮って、千土は断言した。

「まず、僕ら『ルブナイキ』は『豚汁』とは敵対しているけど、だからと言って君達と仲良しこよしなわけじゃない。過去どっかで小競り合いしてるさ。いちいち覚えちゃいないがね」

 これ見よがしに指を立てて説明口調。

 その所作に少女は、彼らの数ある噂の一つを思い出した。

「二つ目。確かに僕らは小悪党だけど、だからこそポリシーの持ち合わせくらいならあるさ。特にニンジャ……戦部(いくさべ)君とかね」

 『ルブナイキ』は『豚汁』だけには飽き足らず、『豚汁』が目下最大の敵としている、とある大組織との交戦も何度か確認されている。ゆえにただの戦闘狂という説。

 だがそこには裏がある。

 戦闘となった経緯だ。

「三つ目……そうだね、何にしようか。ああそうそう、僕らそろそろ『豚汁』諸君に恩でも売ろうかと考えてる最中なのさ。見れば、どうも相当に不穏でピンチな状況のようだ。これをズバッと解決した(あかつき)には、あの『英雄(えいゆう)』君と肩を並べる日も近いかも知れないぜ。はっはっは」

 胡散(うさん)臭すぎる言い回しに信憑性(しんぴょうせい)は一欠片もないが、それでも少女はあの噂のことを知っている。

 崩壊世界には二つの大組織が存在する。

千土の妄想じゃないが、『豚汁』と肩を並べる二つ目の大組織、その名も『崩壊組(ほうかいぐみ)』。

『豚汁』が『世界復興』を目的に据えているのに対し、彼らが抱く思想は『無秩序な世界』。無秩序に人知を超えた力を振るい、滅んだ世界を〝遊び尽くす〟ことに終始する連中だ。

 発生は『豚汁』とほぼ同時期。その『豚汁』との間で起こった大規模な派閥争いに負けたにも関わらず、二年間変わらず存続してきたゴロツキの集団だ。遊び半分で手を出していい相手ではない。

 なのに構わずちょっかいを出した『ルブナイキ』だが、もちろん正常な思考判断能力を失った常時トリップ連中というわけではない。きちんとした理由がある……らしい。

「四つ目。……うーむ、さて何があるかな……」

 器用にも不気味な嘲笑顔(えがお)のまま考え込む千土。ほとんど日本全土を敵に回しているような彼らからは、想像もつかないようなその理由。とある噂。

 人助け。

 苦しめられる人々のために、その身を削った一大挑戦。

「うん、思いつかないや。まああれだよ、人道とか道徳とか善意の行動とか性善説とか人の心の尊い部分だとかがアレして、良心がうんぬんかんぬんで正義感がどうたらこうたらって感じだよ。いえーい、人類の未来は今日も明るいね」

 という、本心を一ミリたりとも口にしてないのは間違いない千土イズムだった。やはり噂は噂に過ぎないのか、期待するだけ馬鹿を見るような気がしてきた。初めからあんまりしてなかったが。

 彼の自分勝手な振る舞いに付き合わされている内に、いつしか少女は泣き止んでいた。

「涙は止まったかい?」

「へ?」

 千土がこちらを見ている。

 自分のことを言っているのだと気付き、次いでこれまで自分のことを彼が気にしていたんだと気付き、これまでの無駄とも思える口上が涙を乾かせる時間を作るためだと気付き、少女はぽかんとなった。最後のはどうだろう。さすがにそこまで考えてないような気もする。

 間抜けな顔の少女に何を思ったか、千土は少女に向かってウインクした。寒気のするような、おぞましく気障(きざ)ったらしい、けれど彼の嘲笑(ちょうしょう)によく似合っていた邪悪なウインク。

「……ふざけてるのか……?」

 強面男の唸り声。しかし千土は意に介さず、

「ふざけてる? まさか、僕はいつだって大真面目だぜ? 自分を示威(じい)しようとして道行く人にガンつけたり、襟元ちょっと開けてみたり、剃り込み入れてみたり、大声上げたりわざと強面作ったりしない、ごくごく勤勉で優等生な真面目ちゃんさ」

 全部強面男に合致する特徴だった。

 さすがの強面もこれには我慢ならなかったようで、

「いいから、どけッ!!」

「っ」

 少女がすくむほどの声量で怒鳴った。その行為こそ、さっき千土が言ったそのままであるとは気付いていないらしい。

「どかないと、殺す!!」

「やれやれ、(なまく)らな言葉だね。切れ味がない。斬新じゃない。もっと()いでから持っといで」

「……殺す!!」

 千土の駄洒落(だじゃれ)に、ついに強面男は駆け出した。その腕に異変が生じる。つるりとした光沢が彼の腕を覆ったかと思うと、たちまち硬質化し金属を(まと)ったように変質した。いや、実際に腕が金属になったのだ。銀色に輝く合金に。

 どういう仕組みなのか、関節も自由に曲がるし重量も変化した様子はない。単純に金属の硬さだけを抽出したような、都合のいい変化。『崩落』がもたらした〝奇跡〟。

 それが今、千土に向かって放たれようとしていた。

「危なっ……!」

 つい状況を忘れて叫んでいた。そのくらい、千土の立ち姿は微動だにしていなかった。

「ああ」

 男の拳から逃げる素振(そぶ)りも見せず、傲然(ごうぜん)と立つ千土。

 鼻先に迫った脅威ですら、彼は嘲笑(あざわら)ってみせる。

「だから短絡的だと言っているのさ、君たちは」

 直後。

 その自信の根拠が、空から降ってきた。

「うおおおっ!? 危ねえ!?」

 千土のものとは、声色も口調も全く違う声。

 全身真っ黒のニンジャ少年が、千土と強面男の間に突如として割り込んできた。

「え……?」

 それに前触れなんてものはなかった。気付いたら彼はそこにいて、そして強面男が彼のカウンターを食らって沈んでいた。

 全ては一瞬。少女が驚きの声を上げたのも、強面男が倒れた後だ。

「やっ、山田さん!?」「馬鹿な、鉄の男と呼ばれる山田さんが!?」「と、というかアイツ今どこから出てきやがった!?」

 少女を拘束しているヤツらが、あたふたと騒ぎだした。あの強面、山田とかいう名前らしい。

「山田さん、しっかりしてください!」「待て、あの格好は!?」「まっ、まさか、アイツも『ルブナイキ』か!?」

「あーびっくりした……ん?」

 そこでニンジャ少年は、色めき立つ山田の取り巻きに気付いたらしい。

 そのまま数秒視線が交差し、先に根負けしたのはニンジャ少年だった。

「あっ……ッス」

 頭を気持ち下げて、半笑いで気まずそうに挨拶した。

 目を逸らしつつ身をくねらせているのを見るに、どうも自分のニンジャみたいな格好を恥ずかしがっているようだが……じゃあ何で着てるんだろうか。

彼の服装の、ちょっとしたアクセサリーすら全てがペンキ缶をブチまけたような黒で、わずかに露出している素肌を除けば闇夜の暗さと同系色だ。問題は今が真昼という点なのだが。

 しかもよく見れば、上半身は肩鎧(よろい)や胸鎧やマフラーなどの洋風な装いなのに、下半身は足袋(たび)や具足や草摺(くさずり)などというまさかの和テイスト。妙なコントラストの和洋折衷(わようせっちゅう)は、じっと見ていると頭がこんがらがりそうなくらい不恰好だった。

 なのに(たが)わず『ニンジャ』という感想を抱くのだから、七不思議並みに釈然としないデザインである。これの制作者は、腕はいいのかも知れないが努力の注ぎ込み方を勉強し直した方がいい。

 確かに、まともな精神構造をしている者なら、これを着ることを拒否する。そういう意味ではニンジャ少年は人格者であると言えなくもないが、じゃあ何で着ているのだと疑問は深まるばかりだ。もしかすると、そういうプレイ?

「やあ戦部君」「うおっ!? 千土!?」「助かったぜ。グッドタイミングだね」

「え? ああ……お、おう」

 挙動不審にキョロキョロしていたニンジャ少年に、真後ろの千土が声を掛けた。

「あ、あれ? 誕弾(たんだん)のヤツはどこだ? 一緒じゃないのか?」

「さあね。どうも不具合が起きているらしいが……それより、見なよ。君好みの展開が幕を開けているようだぜ?」

「ん?」

 そこでニンジャ少年は、千土が指し示した方向を目で追い……一度は視線を交わした少女を再び捉えた。正確には、少女を捕らえた一団を。

 後ろ手に縛られた少女、彼女を三人がかりで押さえつける男たち。その意味を理解する。

 途端。

「あァ?」

 目が据わった。

 さっきまで自分の姿を恥ずかしがっていた態度はどこへやら、その風貌は鋭く、危険な雰囲気を(はべ)らせた。そして少女は気付く。彼が無造作に滑らせた手が、真っ黒な鞘に収められた日本刀を掴んでいることに。

 アレが本気で本物なのかどうか確かめる術はないが――ニンジャ少年は引き抜いた。

 現れたのは、刀身まで黒い刀と少年の怒気。何が逆鱗(げきりん)に触れたのか、ニンジャ少年はとても怒っていた。

「っ! な、なんだよやる気かよテメエッ!」「ふ、ふ、ふざけんなよ! 山田さんの仇を取ってやる!」「そうだぞこのや」

「うるせえよ」

 一言でぶった切る。

「千土」

「何だい戦部君」

「この状況ってよ……そういうことでいいんだよな?」

 あまりに情報量の少ない言葉。だが千土には伝わったようで、ニンジャ少年の背中で彼はニンマリ嘲笑(わら)った。

「ああ、もちろんさ」

「オーケー」

 千土の承諾を得て、ニンジャ少年――戦部は刀を構える。剣道のような整った所作ではない。そこらのヤンキーが凶器としてバットを持ったような、荒々しく乱れた姿勢。

 それゆえの物々しさ。たとえアレが模造刀でも、構わず撲殺(ぼくさつ)してきそうな気配さえ感じる。

「俺とか千土の勘違いだったら悪いんだがよ――」

 戦部はそう前置きすると、チンピラみたいな台詞を口にした。

「ムカついたからとりあえず容赦しねえぞ」

 言って。

 踏み込む。

「!!」

 男たちの戦慄、瞬時の判断。このまま少女にくっついてやられるより、一旦離れた方が安全だ。だが一歩遅かった。

「が」

 まず戦部から見て右端の一人。少女の左肩と左腕を掴んでいた男が、顎に一発入れられて昏倒した。刃ではなく、峰打(みねう)ち。手加減されている。

「うっ」

 ただ宣言通り、容赦はしない。一人目がやられる間に少女から離れていた二人目が、鼻っ柱に鞘を投げつけられて倒れこむ。その鳩尾(みぞおち)に戦部の(かかと)

「な、ふばっ!」

 最後の一人。踏みつけるついでに戦部は加速、何か言いかけた男に肘、拳、柄の三連撃で気絶させた。どれも綺麗に急所を突いている。綺麗すぎて、当の男は何をされたか分かってなかった。意識だけを刈り取られた。

 どさどさどさ。踊るような一息の動作。ドミノみたいに男たちは倒れた。

 ぱちぱちぱち。千土の空々しい拍手。「さすがニンジャだぜ、暗殺なんて手慣れたもんだね」

「殺すか。殺したら色々面倒だろ」

 ……面倒じゃなかったら殺すんだろうか、と少女は震えた。

「『我が道を征く(ゴーイングマイウェイ)』は使わないのかい?」

「アレ使ったら百パー巻き込むだろうが……っと、大丈夫か? あんた」

「え、あ、はい」

 聞かれたので答えておいた。怪我は痛むが、軽傷で済む範囲だ。

「そっか、ならいいや。それ外しておくぞ」

「は、はい」

 男たちの支えがなくなったので、少女は再び地面に倒れている。受け身も取れなかったので以下略。(あと)にならなければいいのだが。

 後ろに回った戦部が拘束具を切り裂いている。見えないので伝わるのは感覚だけだ……背後で刃物を使われているという状況に、ちょっとゾッとしているのは否めない。

「(こ、これは人助け……だよね? あたし今助けられてるんだよね?)」

 いまいち彼らを信用し切れないのは、おそらくというか確実に外見のせいだろう。初対面の嘲笑顔(えがお)とニンジャの、どこに信頼できる要素があるのだろうか。今のところ腹黒ヤンキーと暴力ヤンキーにしか思えない。

 しかし、少女の心配も杞憂(きゆう)に終わる。「終わったぞ」の声と共に両手は解放され、他に何かされたという感じもなさそうだ。

 立ち上がり、(ほこり)を払って、思い至る。

「あ、えっと……」

「?」

「ありがとう、ございます……」

「ああ」

 気にすんな、とでも言いたげに戦部は手を振った。刀はすでに(さや)へと帰っている。

「ん」

 立ち上がった少女の顔を見て、戦部は軽く喉を鳴らした。気になるものでもあるのか。

「おい誕弾、絆創膏(ばんそうこう)……って、そうかあいついねえのか。肝心な時に使えねえな」

「間と頭の悪い男だよね」

「そこまでは言ってねえ」

「あと性癖」

「そこまでは……いや……ううむ……」

 どうも頬の擦り傷を見て、治療をしようと考えたらしい。が、その誕弾……? とやらがいないせいで、断念したようだ。

「あっ、いや、大丈夫ですよこのくらい。すぐ治りますし」

「へえ? 泣いてたくせに?」

「あ、あれは痛くて泣いてたというわけでは……」

 からかわれて肩を落とす。泣き顔を見られたというのは、思った以上に屈辱的なものだ。

「そうか。まあでも消毒くらいはした方がいいだろうな。最低限、水で洗うくらいはしといた方がいいぞ」

「わ、分かりました」

 一方はからかって一方は真面目に心配、心のバランスが釣り合わない。

「それにしても、どうも判然としない状況だねえ」

「誕弾のことか?」

「オクラ君含め、この『街』全体だよ」

「『街』? ……あっ本当だ。ここ『街』だったのか」

「全く、君は頭に血が昇ると周りが見えなくなるねえ。崩壊世界でこんだけ綺麗に整った地面なんて、『街』にしかないだろうに」

 そう言って千土は足を鳴らす。レンガの地面。

「……普通の『街』とも違うみたいだけどな。で、何がおかしいんだ?」

「空を見れば一目瞭然さ」

「空……?」

 言われて白昼の空を見て、そこに立ち上る黒煙の束を見て、倒した男たちを見て、やがて戦部はぽつりと、

「あァ?」

 さっきの焼き増しだった。

「なんだこれ、もしかしてこいつら『崩壊組(ほうかいぐみ)』か? 『崩壊組』が『街』を? どうなってんだ?」

「だろう? だから言ったのさ、この曖昧(あいまい)たる『街』の陥った混沌は、全くもって判然としないとね」

「そんなメンドくせえ言い回しじゃなかっただろうが……」

 少年たちは何やら話し合いを始め、少女は蚊帳(かや)の外に追いやられた気分になった。この『街』について聞きたいのなら、自分は適役だなんて思ったり思わなかったり。

「ってうおお!? しっ、城がある!? すげえ!」

「うん? おお、なるほど。こいつは素晴らしいね。『豚汁』諸君が『街』を牛耳っているのは我々だというアピールの為に建造したのかな?」

 ようやくすぐ後ろにそびえる城の存在に気付いたらしい、戦部が素直にはしゃぐ姿を見て少女は場違いにも嬉しくなった。あと千土は邪推しすぎだ。

「おいあんた! 何だこれすげーな! こんなもんどうやって建てたんだよ!」

「ま、概ね真っ当なテクノロジーを使った科学的建設ではなく、説明のつかない超常現象的建造だろうけど。結構な重労働だったろうし、まさか見た目だけのハリボテだったりするかもだぜ?」

 話の矛先が突然少女の方に戻ってきた。子供みたいに目を輝かせる戦部はいいとして、千土がちょくちょく水を差してくるのが若干鬱陶(うっとう)しい。何にでも否定から入るヤツみたいだ。

「そ、そうですね。この城は……」

 少女は『急に話しかけられて戸惑いつつも期待は裏切らないように説明は果たす人』のフリをして、内心すごく喜びつつ口を開き、

 ざざっ、というノイズを聞いた。

「?」

 それは気絶した山田のポケットから聞こえた。

「何だ?」

 戦部が膨らんだ部分に手を突っ込むと、出てきたのは小型の無線機。一方向通信の簡易的なものだ。それがざりざり鳴いている。

 一方向通信という性質上、山田が返答できない状態にあることも分からないのだろう、顔も見えない相手の声は口早にまくし立てた。

『……まだなのか』

 雑音混じりの第一声。

『まだ「あの子」……在子(あるこ)を連れてこないのか』

 不機嫌な調子を隠しもしない、音質は悪いが女の声。

 彼女の言葉に、少女の肩がわずかに跳ねた。

『私たちがこの「街」に来てから、もう一時間以上も経過している』

 暗に急げと言っている通信先の女。少女はその冷徹な口調に、「ああ、まだ一時間しか経ってないのか」と、安堵のような焦燥のような、言語化が難しい感情を抱いた。

 彼女の声は。

 それくらいに少女の心を揺らす。

『待てない』

 端的に、タイムリミットを告げる。

『これ以上は、待たない』

 少女は反射的に、ゆらゆらと空を目指す黒煙を仰いだ。いや。

 その煙の最高高度。

 唯一無傷で残る白亜の城、最上階に位置する玉座。

 ――大きな窓の(かたわ)らで、口元に手を添える誰かの姿。


『だから、私が出る』


 直後だった。

 『街』を、原因不明の『恐怖』が覆った。


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