少女決戦インザファイアー 6
「な……?」
その戦いは、今まで以上に白熱していた。
戦部と出ヶ島。片や破壊に特化し、片や創造に特化した、頂点の異能の激突。
これまで逃げるだけだった戦部が、ついに正面切って出ヶ島に向かい合ったのだ。生まれるのは当然、筆舌に尽くし難い凄絶な光景。
城の入り口からわずかに垣間見えるそれだけで、柳衣は全身から力が抜けていくのが分かった。
「(なに、これ。なによこれ! こんなのもう、人間の範疇を超えてるじゃない!!)」
それにまずい。出ヶ島が足止めされていれば、その分苛木の確保が遅れる。苛木の心は今、自己矛盾でいっぱいになっているはずだ。
何度も何度も嘘を重ね、それを信じ続けてきた末路。壊れる予兆を彼女は見せていた。どうせならそのまま壊れ切って、柳衣のやの字も思い出せないくらいになってくれれば都合がいい。そうすれば晴れて自分は無罪放免で、また手頃な手下を抱えれば同じことがいつでもできる。
そう、思っていたのに。
だから苛木をわざわざ壊して、手放したのに。
「(再回収……は、できそうにないわね。くそっ!)」
あの戦場を生身で渡るなんて考えたくもないし、それに苛木のすぐ近くにはあいつがいる。
向瀬在子。苛木が友人だとか言っていた、あの脆弱な少女。
ずっと『監視室』から見てきたから、柳衣には分かる。何の力もないはずのあの少女が、この状況を招いた元凶だということを。『崩壊組』から逃れ、『ルブナイキ』を仲間に引き入れた張本人。そこから全てが狂っていった。
あんな、気にも留めていなかった人間に、築いた盤面を台無しにされた。そのことが信じられなくて、信じたくなくて、柳衣は毒づく。
「(ちくしょう、ちくしょう! なんで……なんでワタシが失敗しなきゃいけないの! ワタシはただ、あの人のためになることをしてるだけなのに!)」
――あの人に、認められたいだけなのに!
柳衣自身が知っているかどうかは微妙だが、彼女の執着の根底にはある一つの欲求がある。
承認欲求……つまり、彼女は認められたいのだ。誰かに必要とされたいのだ。
自分の部下を作るのもそうだが、崇拝者を作るのもそう。誰かに奉仕すれば信用を得られ、そして頼られて認められる。彼女は常に、真新しい承認を欲していた。
『あいどるになりたい』。彼女の卒業文集に記された〝将来の夢〟だ。その夢は彼女の歩んできた道に歪められ、こんな事件を起こすまでに至った。
「(まだ、何か手はあるはず。ワタシは終われない。こんなところで止まっちゃいけない!)」
爪を噛んで頭を掻き毟る。打開策を必死で考える。だから、直前までその背後に迫っていた脅威に気付けなかった。
「やあ。まだそんなところにいたんだね、君」
「っ!?」
驚いて振り返った直後、何かが柳衣目掛けて振り下ろされた。慌てて尻餅をつくと、ゴギン! という重い音。へたり込んだ足首の横に、鉄の斧が突き刺さっていた。
「な、なぁ……っ!?」
「自己紹介は必要かな?」
そこにいたのは、学ランをマントみたいに羽織った不気味な少年。『ルブナイキ』の一人、鎌倉千土だ。
彼は嘲笑でもってそこに立ち、倒れた柳衣を死んだ目で見下ろしていた。
「この城、わりと細部にこだわっているよねえ? 見ろよこれ、壁に掛けてあった斧だけどさ、しっかり鉄で作られてるんだぜ? 笑えるね。凶器選び放題じゃあないか」
「ひい……っ!」
装飾用の斧を引き抜いて担ぐ彼の姿が恐ろしくて、柳衣は一も二もなく逃げ出した。でもどこへ行けばいいのか分からなくて、とにかくどこか丈夫なところで息を潜めていたかった。
幸い、彼はすぐには追ってこなかった。それが柳衣をいたぶるつもりであることには、彼女は最後まで気付けなかったが。
「はっ、はぁ……っ!!」
涙さえ浮かべた柳衣が籠城に選んだのは、こともあろうに女子トイレ。今さら『千土は男だから女子トイレには入らないだろう』という常識が通用するとでも思っているのか、彼女は逃げ場のないそこを選んでしまった。
「はは」
その一部始終を見ていた千土は、嘲笑う。
「はは。ははは、はははははははははははははははははははははははははははははははははは」
淡々と、壊れたラジオが何度も同じ箇所をループするように嘲笑う。
「おいおい、正気かよ? そこで本当にいいのかい? 一度だけならやり直させてあげるけど……その気はないみたいだね、仕方ない」
かつん、と。
鍵を閉めた扉越しに、この世でもっとも恐ろしい足音が響いた。
「……! …………!!」
ばくばく怒鳴る心臓を押さえつけて、どうか来てくれるなと柳衣は願う。鍵を閉めたせいでどこに隠れているかなんて丸分かりなのに、それすら気付けず。
「あれれぇ? どこかなあ? まずいことに、どこに隠れたのか全くもって分かんないぜえ?」
わざと女子トイレには入らず、入り口の手前で大声を出す千土。
――う、うまく隠れられてる!?
――それともやっぱり、そんなことないのかしら……ッ!?
もはや自分がどんな顔をしているのか分からないまま、柳衣は震えていた。
「――――!!」
「一つ目……いないねえ?」
ばぎり、と扉が壊れた……壊された音。どうやら、手前から一つずつ順番に壊すことにしたらしい。
「次は、どうかな?」
「(そっ、そんなので怖がらせて燻り出そうだなんて、ワタシには通じないわ!)」
もちろん全部千土に踊らされているのだが、柳衣は気付いていない。それどころか企みを見破ったと勘違いして安心しているくらいだ。もし本当に千土の狙いを見破っていたとして、対策をしなければ見つかることには違いないのだが。
柳衣が間違った自尊心を抱えたまま、二つ目のドアが壊される。三つ目。四つ目。
ついに五つ目、柳衣が潜む個室の番がやってきた。
「(だ、大丈夫! ワタシはきっと大丈夫! いつだってうまくやってきたもの! だからきっと、これだってどうにか……!)」
ここまで来ると、もはや柳衣の自信もわけの分からない境地に達する。黒幕はその存在を気取られた時点で終わりだ。彼女のこれまでがどうとかは一切関係ない。
だから千土は、聞こえるように言うのだ。
「おやおや、見つからないまま最後の一個かい。これはもうここにはいないと思った方がいいのかねえ? 見間違いだったようだぜ」
「(! ほら! やっぱりワタシは正しかった!)」
千土渾身の棒読みだったのだが、極限状態にある柳衣が気付けるはずもなく。かつんと踏み出された靴音に胸を撫で下ろし、あとは千土がここを立ち去るだけと本気で安堵した。
瞬間だった。
バギィ!
「いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃたぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああ……ね?」
「ひっ、ひぁああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」
斧で突き破った扉の隙間から千土が顔を出し、にっこり嘲笑顔で出会えた喜びを表現する。
柳衣も突然の闖入者に混乱し、狭い個室で逃げようと壁にすがりつくも無意味。
「改めて挨拶させてもらおうかね、黒幕ちゃん? まずは名前を聞くところから始めようか」
「は、始める?」
「ああ、始めるのさ。ごう……尋問をね」
「わっ、ワタシは何も言わないわよ! アナタの思い通りになんて、ならないんだから……!!」
「うん、いい威勢だ。さあてそいつがどこまで保つか、この僕が直々に試してやろう。滅多にないことだ、せいぜい感謝しろよ、黒幕ちゃん?」
そして、誰も知らないところで、とてつもなく平和的な聞き取りが開始された。
「『我が道を征く(ゴーイングマイウェイ)』!!」
「……『溶岩流鎧』」
二つの異能が激突する度に『街』が揺れる。火の粉や建物の破片が舞い、熱気や熱風が撒き散らされる。
周りの景色は見るも無残なものに変わり果て、無事なのは当の本人たちだけ。
破壊と創造の嵐。神話の大戦を再現したような、凄まじいとしか言えない力の奔流。
だが。
「ははっ! やっぱアンタとんでもねえな! これだけやってるっつうのに傷一つ負っちゃいねえ!! どうすりゃそんなことなるんだよちくしょう!!」
「…………む」
「返答に困ってるって顔してんな口下手男!! アンタ直属の部下は相当苦労してるだろうよ!!」
戦況は、戦部の圧倒的な劣勢。それでも口数が多いのは、おそらく史上最大の強敵に彼のタガが外れているものと見える。本質的には深夜テンションと一緒だろう。
出ヶ島の攻撃は苛烈だった。火山弾は早すぎて見えないくせに威力が高いし、マグマを変形させた武器は四方八方どこからでも飛んでくる。一つ一つの攻撃に、集中力全開で対処しないといけない。
地面を爆破して起こした砂埃で、火山弾の目測を誤らせる。変幻自在に襲ってくる溶岩の武器は時に避け、時に迎撃することで致命打から逃れる。
そうやって凌いでいると、たまに攻撃チャンスがやってくる。だけど衝撃波を叩き込む程度じゃ自動防御は破れないし、防戦一方というのが正直なところだ。
そんなギリギリの状況で、出ヶ島は静かに問う。
「お前では、おれには勝てない。それでも挑むか」
「何つまんねえこと聞いてんだ。当然だろ」
戦部は即答する。余裕なんてとっくに失われているはずなのに、彼の顔から笑みは消えない。
それを見た出ヶ島は、ふっと笑った。
「……そうか」
「そうだ!!」
噛み付くようにそう叫んだ瞬間、死角から迫っていた溶岩の鞭が直撃。戦部の脇腹を強打。
ごろごろ灼熱の地面を転がって、舌の上に鉄臭い風味が広がっているのに気付く。
「クソ、口切ったじゃねえか。痛ってぇな」
すぐには起き上がらず、火山弾が頭上をすり抜けるのを待つ。起き上がっていれば確実に悲惨なことになっていた。
だがそれも読んでいたのだろう、うつ伏せの戦部に溶岩武器が襲いかかる。
手数が足りない。速度が足りない。持久力が足りない。
『最初の六人』と渡り合うには、何もかもが足りない。
でも。
だけど。
だったら!!
「がァ!!」
地面を殴り、『我が道を征く(ゴーイングマイウェイ)』を発動。小規模の爆発にわざと自分を巻き込んで、射線上から強引に離れる。細かな破片が全身を打つ。
また地面を転がるが、今度はすぐ起きる。全身くまなく痛い。死にそう。
それがどうした。
「よそ見すんなよ出ヶ島……」
「む」
「あと、しっかり守っててくれよォ!! じゃねえと皆死んじまうからさァ!!」
「む!」
そこで、出ヶ島も戦部が何をしようとしているかを察したらしい。
――そうだ、それでいい。
――お前には悪いが、お前任せの自爆攻撃になっちまうからな!!
「100%……はヤリすぎか。じゃあ出力半分だ」
「お前……!」
「ハッ! 聞く耳ねえぜ出ヶ島! 運良く気絶してなきゃ聞いてやるけどな!!」
叫び、刀を突き立てる。
満身創痍の体に、得体の知れない力が全身を巡るのを自覚する。
……アルコは一つ、些細な勘違いをしていた。昨夜戦部が壁を破壊した時、あれが全力、ないしはそれに準ずるものだと思っていた。
だが違う。戦部の『我が道を征く(ゴーイングマイウェイ)』は、少女の想像など遥かに上回る。
かつて彼がその能力を暴走させた時、その被害は――後に『英雄』と称される男が全力で押さえ込んだ上で、半径三キロにも及んだ。
まさに人間爆弾。ニンジャの本懐などどこへやら、ひたすら過激で過剰な能力。
その一端を、解放する。
「『我が道を征く(ゴーイングマイウェイ)』ッッッ!!」
「ッ!!」
戦部が突き立てた刀を中心に、爆発が膨れ上がっていく。出ヶ島も全力でマグマを操り、それをどうにか食い止めようとする。
お互い後先など考えない、全力全開の能力行使。
そして――
――その時、四繕苛木には何が何だか分からなかった。
『崩落』が起きて、苛木は在子と二人ぼっちになった。友人同士助け合って生きてきたけど、ある日を境に二人は離れ離れになった。
それは苛木が選んだ道で、そして在子のためになるはずだった。
彼女のためにと辛い任務もこなしてきたというのに、聞かされたのは彼女の危機。『「崩壊組」が在子を「街」に閉じ込めている』。自分のこれまでは、このためにあるのだと思った。
鍛え続けてきた『恐怖』。それを駆使して襲撃を成功させ、やっと在子と再会できた。
それなのに、次に訪れたのはあのわけの分からない連中だ。結局あいつらは取り逃がしてしまって、再びの襲撃を許してしまった。さらにはあの出ヶ島仁までが戦線に加わった。
この混乱に収拾をつけようと彼に助けを請おうとした矢先、柳衣が在子の負傷を告白した。しかもその犯人は、あの出ヶ島だという。
それは、彼女にとって青天の霹靂にも等しかった。
これまで彼女は、『豚汁』が絶対の正義だと信じていた。崩壊世界に『豚汁』が秩序を立てる前の時代は、本当にひどいものだったから。
そこで聞いた『世界復興』なんてスローガンは、長く苦しい生活で荒んだ苛木の心に刺さった。ましてその創設者の『最初の六人』ともなれば、尊敬の念が生まれないはずもない。
けれど柳衣の言葉は、その前提を容易く崩した。
彼女の言うことはいつも不思議と納得できて、信頼はできないが信用はしていた。時には理不尽なものもあったが、深く聞けば頷けるものばかりだった。
だから今回のこれも真実なのだ――そう『認識』した途端、苛木の世界は二度目の崩壊を迎えた。
たった一人の友人以外の全てを失った苛木が、それでも信じようとした世界。その救えなさに、目の前の何もかもが色褪せて見えた。
かつて在子は自分にこう尋ねた。
『ねえ、なんで苛木ちゃんはあたしを助けてくれるの?』
……とんでもない。助けられていたのは、こっちの方だ。
何にもなくなった世界で、一人じゃ絶対に生きていけなかった。在子がいたから、在子のためという名目があったから、苛木は頑張れた。
彼女は苛木のことを何でもできる超人とでも思っていたのかも知れないが、そんなことはない。一人じゃ何もできない、他の誰と変わらない弱い人間だ。
在子はそんな苛木を頼ってくれた。
苛木はそんな在子を置いてどこかに消えた。
本音を言えば、もっと一緒にいたかった。彼女がいない夜はどこまでも寂しかった。
でも、もう叶わない。
――こんなに褪せた世界じゃ、まともにお前の顔も見えない。
多分、自分は取り返しのつかないことをした。混乱してて頭がうまく働かないけど、何となくそんな気がしている。
頭に靄が掛かったような感覚は、一体いつからだっただろうか――二年前。
在子の元を離れたその日から、苛木はずっと。
――私はずっと、一人だったんだ。
柳衣の言葉を聞いた後、何も考えられないまま苛木は城を飛び出した。当て所なく『街』をさまよい歩き、音のする方へ向かった。振動は徐々に大きくなって、やがて開けた場所に出た。そこに出ヶ島がいた。
これは正しい選択なのか。
それとも、間違った選択なのか。
分からない。判断できない。ただ鉄パイプを握り締めて、勝てない戦いに挑むだけ。
今となっては、本当に彼が悪者だったのかさえ。
苛木には、分からない。
「……なるほどな」
そんな彼女に、出ヶ島は何かを言った。苛木のくしゃくしゃな顔を見て、悲しそうな顔をして言った。
「お前も被害者か」
哀れむようなその言葉に、見透かすようなその言葉に、苛木は本格的にどうしようもなくなった。
心が震えた。
「止めてほしいか」
彼にとっては、何気ない提案だったのかも知れない。
だけどそれは的確に、苛木の心臓をえぐる言葉だった。
「……そうか」
何も言わない、何も言えない苛木から何かを悟ったように彼は言う。
「ならば、おれが止めてやろう。自力では止まれないお前のために、おれがお前を止めてやる」
ずずず……と、彼を取り巻く溶岩が姿を変えた。苛木の暴走を止めるための武器。
また、苛木も動き出す。拠り所のない感情をぶつけるように、意味のない声だけを叫び散らして。
同時に視界の端で黒いニンジャも動き出したが、あれではどうせ間に合わない。彼では自分を止めてはくれない。
「(……これで、いいんだろう)」
苛木は、突撃の瞬間そんなことを思った。
「(これでいいんだ。私は、ここで倒れる筋書きだったんだ)」
一歩一歩がやけに遅くて、焦れったい。出ヶ島に辿り着くまでの道のりで、何度も自分を納得させるための言葉を吐き出しては飲み込んだ。
「(もういい)」
――もう疲れた。
その時。
声が。
『あたしの――』
『苛木ちゃんに――』
『――手ぇ出すなッッッ!!』
「ッ!?」
世界が止まった。ように思えた。
そのくらい、とある少女が放った言葉は鮮烈だった。泥臭くて失礼で、自分勝手な命令口調。
だから誰もが足を止めた。その剥き出しの声に胸を打たれて。
「あ……」
持っていたメガホンを脇に放り捨て、一直線に苛木を目指すその少女。『恐怖』に支配されて泣きそうな顔をしているのに、それでも走り続ける。進み続ける。
そして、彼女はまた叫ぶ。
「苛木ちゃァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああんっ!!」
「ある……こ……」
「行け」
立ちすくむ苛木に、出ヶ島が小さく言った。
「どうやらお前を止めるべきは、おれではないらしい」
「っ……!」
「大事な人なんだろう。行け」
そう言って彼は攻撃を放つ。こちらに向かってくるニンジャ少年の気を引くために、絶対に当たらない攻撃をする。
邪魔はさせない。そう言うように。
苛木が躊躇している間にも、彼らは戦闘を始めてしまった。少女を巻き込まないように、離れた場所に移動しながら。崩壊世界に相応しい、異次元の戦闘を繰り広げる彼らの目的は同じ。
ここから先は、少女同士で決着をつけなくてはならない。だから、何人たりとも立ち入らせはしない。
もうここには、二人以外の誰もいない。
いつの間にか苛木の前には、息を切らした在子が立っていた。その体に、傷はない。
それを確認した途端、苛木の頭には様々な言葉が溢れた。それは柳衣の声をしていた。
『――このままじゃあの子、アナタに依存しきってしまうわ。いつか自分じゃ立てなくなるほど弱っちゃうかも知れない。だからアナタはワタシと来なさい。そしてあの子を陰ながら支えるの。それが一番、アナタのためにも、あの子のためにもなるの。そうでしょう?』
初めて柳衣と出会った時、彼女はそう苛木に言った。今思うと滅茶苦茶な理論だが、その当時はそうだと信じきってしまった。
それ以外にも。柳衣の言葉は、いつだって苛木の心の弱い部分を突いてきた。
まるで呪いだ。耳元で囁いては消える声は、呪いのように苛木を蝕んでいた。
一体いつからだっただろう、柳衣の言葉に疑問を持つようになったのは。
一体いつからだっただろう、疑問があるのに問いたださず、愚直に従っていたのは。
答えは最初からだ。最初からずっと、苛木は自己矛盾と戦っていた。
なのに反発しなかったのは、きっと信じたかったからだ。『私はちゃんと頑張っている。ちゃんと在子のために努力している』と。そういうポーズに縋りたかったからだ。
この身は救いを求めていた。身勝手な救いを。
己を保つためだけの自己犠牲。奉仕活動。それに疑問は感じても、真正面から向かい合ってお礼を言ってくれる彼女の眩しさ。ひたむきな言葉。
それが苦痛だった。騙しているみたいで、辛かった。
そこから逃れたくて、苛木は柳衣の言葉に従ったのだと思う。
今さら何を思っていても、もう手遅れだけど。
「苛木ちゃん……」
どれほどの間そうしていたのか、在子はすでに息を整えていた。
気が気でないほどの『恐怖』に面と向かって、自分の力で立っていた。
「言いたいことはいっぱいあるの。でもさ、まずはこれ言わなくちゃダメだよね」
「や、めろ……」
彼女はどこまでもまっすぐだった。『崩落』が起こっても、苛木が彼女を裏切っても、まだ。
その心が、弱い苛木には眩しすぎて。目が潰れそうだったから逃げた卑怯を、在子は自分のせいだと思っている。それを否定することにも怯えた自分。
轟音、振動、衝撃。だけどそれらは、在子の言葉を止めるには値しない。
ここには二人しかいない。二人の言葉しか届かない。
「やめないよ。だってすぐ言わなきゃ、また苛木ちゃんあたしを置いてどっかに行っちゃいそうだから」
「やめろ」
「聞こえない」
「やめろ!」
「聞こえない!」
「やめろ!!」
「嫌だ!!」
在子が叫んだ、瞬間。
白い光が炸裂し、あっという間に少女のシルエットを飲み込んだ。
それはまるで、己の征く道を阻む全てを壊すように進み、高らかに自分の存在をアピールしていた。世界に向かって、己の声を響き渡らせていた。
――俺たちはここにいる。
――俺たちはここで、生きている!
一瞬のようにも、永劫のようにも思える爆発は終わり、後には惨状だけが残される……ようにも思われた。
現実は違う。黒く熱く、何よりも硬い防壁が『街』を守っていた。爆風を受け止め、あるいは逸らし、『街』を、少女たちを守った。
その防壁の内で、苛木は在子に覆い被さっていた。爆発の瞬間、咄嗟に在子を守ろうと体が動いたのだ。
無意識に。
こうなることが分かっていたように、在子の表情は安らいでいた。苛木に守られている内は何があっても大丈夫だと、知り尽くしているような顔だった。
直視できなくて、苛木は顔を背けた。
「わ、たしは……」
「うん」
「私は、お前にひどいことを……」
「いいよ。お互い様だもん」
あれほどの爆発には耐えられなかったのか、黒い防壁は少しずつ崩れていく。
パラパラと破片が落ちて、光が少女の顔に差し込んだ。
「お前だけじゃない、もっと多くの人に迷惑を掛けた」
「知ってるよ。あとで一緒に謝ろうね」
「私は、私が許せない」
「あたしは許すよ。それでいいでしょ?」
「私は、私は……っ」
「もういいよ。大丈夫だから」
在子はそう微笑んで、苛木の頬に手を伸ばした。
はっと顔を上げる苛木に、在子は当たり前のように言う。
「おかえり」
「……あ」
――そうか、もう……。
「もう強がらなくても、いいんだな……」
「えー? あれで強がってるつもりだったの? あたしにはギリギリに見えたけどなー」
悪戯っぽく笑う在子の胸に、我慢できなくなって顔を埋めた。それから子供みたいにわんわん大声で泣いた。
在子は少し驚きつつも苛木を抱き留めて、自分も何だかこみ上げてきたので一緒に泣いた。
二人は泣き止むまでそうしていた。
彼女たちを覆う壁は消え、光が二人に降り注ぐ。
こうして城の『街』を巡る事件は、終息を迎えたのだった。




