少女決戦インザファイアー 4
「やっぱり、黒幕ちゃんが何か吹き込んだみたいだね。具体的に何を話しているのかはこの映像からでは分からないけど、それが僕らにとって有害であることには違いない」
「…………」
千土とアルコは、案内図を頼りに辿り着いた『監視室』にいた。城の奥まったところに位置していた『監視室』では、距離の問題か苛木の『恐怖』も効果が薄いようで、玉座にいた時と比べれば大分症状も軽い。それでもまだ、胸を押さえつけられるような圧迫感は消えない。
『監視室』には鍵が掛かっていなかった。それどころか扉すら半開きで、この部屋の主は相当急いで出て行ったか、何らかの理由で注意が散漫になっていたようだ。あるいはその両方か。
広い部屋のほとんどを占拠する大量のモニター群も点けっぱなしで、それらをいくつか操作している内に、自動的に録画された映像から入り口付近にいた二人の女を発見した。
「こっちが苛木ちゃんで、こっちが黒幕ちゃんかな? ふむ、変な格好してるぜ」
一人は千土も見たことがある。昨日路地裏で出会った少女だ。服装は違っていたが、佇まいが同じだった。
もう一人はと言うと、
「この人……」
「ん? 知り合いかい?」
「知り合い、というか……」
長すぎるくせにまともにケアもされてない黒髪。極彩色のフード。画質の悪い監視カメラ越しでも分かる、千土とは違うベクトルで不気味な容貌。
「この人、『豚汁』の人です。城作りの手伝いの時に、何度か見たことがあって……忘れませんよ、こんな特徴的な人」
「『豚汁』か。まあそうだろうね」
「そ、そうだろうって……」
「最初から予想はしてたさ。お祭りの時を狙ったとは言え、襲撃があまりにもスムーズだったからね。それに苛木ちゃんの話にもあったしね。内部に協力者はいるだろう、と考えるのはむしろ自然だぜ?」
「何でちょっと嬉しそうなんですか……」
期せずして黒幕の身元は判明した。だが今重要なのはそれではなく、苛木の目的地だ。
千土はモニターを操作しながら、
「どうやら、苛木ちゃんは外に向かっているらしいね。時間は数分前、城を出て行ったのを最後に消息不明だ。外のカメラは戦部君たちのドンパチでほとんどイカレてるから、これ以上彼女の足跡を辿るのは難しいぜ」
「外……じゃあ、あの子がしようとしてることって……」
現時点での『街』で一番のランドマークと言えば、城を除けば一つしかない。
「推測に過ぎないけど、まず間違いないだろう――」
そう前置きし、片目を瞑る。
どこかで、また轟音が鳴った。
「彼女は、あの戦火の中に割り込もうとしている」
「っ!!」
出ヶ島仁と戦部透禍・小倉誕弾の激突。
両陣営とも人智を超えた力の持ち主で、一撃の交差だけで『街』が揺れるくらいの苛烈な闘争。
そこに、多少の才覚はあれど身体的には十五、六の少女に過ぎない苛木が巻き込まれればどうなるか、なんて――あまりにも分かりきっている。
「それこそが黒幕ちゃんの狙いなんだろうね」
「…………」
「苛木ちゃんを出ヶ島君にぶつけて、彼女に犯人役を押しつけようとしている。黒幕ちゃんが『豚汁』だと言うのなら、その肩書きだけで大抵の人間は騙せるだろうよ。一般的には『豚汁』は正義の代行者として通ってるし、その上彼女が黒幕ってことを知っているのは僕らだけなんだから。彼女は被害者のフリをして、出ヶ島君を歓迎するだけでいい。思う存分匿ってもらえるさ。でも僕は『ルブナイキ』で、君はそれに唆された一般人だ。いくら彼女の不正を暴き訴えたところで、詳しい事情を知らない出ヶ島君が僕らの証言を聞いてくれるとは思えないね」
この分だと出ヶ島君の来襲は黒幕ちゃんにとっても予想外だったんだろうね、と千土は付け加え、
「何せ無駄だ。リスクがデカすぎる。どうせ『街』の襲撃なんて派手な動き、ずっとは隠し通せない。だけど、だからと言ってこの時点で開示するには早すぎる。まだ不穏分子の掃討も済んでいないんだしね。ふっ、だったら黒幕ちゃんも結構キレる子だね。大して考える時間もなかったろうに、人身御供なんて最善手を打ちやがる。そうまでして、襲撃ってのはやり遂げたいことなのかね」
つまり、彼女はやり過ごそうとしているのだ。己が立場を利用し、陰謀を駆使し、苛木という人的資源を消費して、この一連の事件を出ヶ島に解決させようとしている。正常な思考判断能力を奪われた苛木を犯人に仕立て上げ、襲撃をなかったことにしようとしている。
邪魔者を敵として排除するのではなく、あえて味方として招いて事態の沈静化を図るやり方。自らは奥に潜み、事を苛木に実行させたことで、黒幕の存在を知る者は極めて少ない。怪しいと思っても証拠がないのだ。彼女を罰する手段は、もはやどこにも――
「……いいえ。まだ、やれます」
どれだけ絶望的な状況にあったとしても、絶対に諦めない。
いや、そんな高尚な話じゃなく、単純に頭に血が上っているだけだけど。
「あいつはきっと上手いことやったと思って油断してます。仮にあたしが『監視室』まで辿り着いたことに気付いていたとしても、あいつはどうでもいいと思ってます。あたしなんかにできることは何もない、って。でも違う。それを証明してやる」
「……具体的には?」
千土の目元が喜悦に歪んでいる。アルコのその台詞こそが、千土の行動原理だと言わんばかりに。
だったら、好きなだけ言ってやる。言葉一つで手を貸してくれるのなら安いものだ。
正直、腸は煮え繰り返っている。親友をマインドコントロールされ、良いように操られて怒りを覚えない方がどうかしてる。
「助けます」
だから、アルコは灼熱に焦げる瞳で言った。
「あたしが、この手で苛木ちゃんを助ける。……それが、黒幕野郎に対しての最上のリベンジだと思うから」
「はっはっは、上等だ。やっぱり僕、君のこと好きだぜ」
戯言は無視して、アルコは近くに置いてあったメガホンを手に取った。
あの時、アルコの声は届かなかった。じゃあ次は、もっと大きい声で。
「行ってらっしゃい」
「はい!」
言われるまでもなく、アルコは『監視室』から飛び出していく。
彼女の決意は本物だ。あれだけの覚悟があれば、彼女はきっと友達を救うことができる。そう千土は思っている。
「さて、それじゃあ僕は僕の仕事をしようかねえ」
そう独りごち、千土はモニターに映る長い髪の女を見つめた。
「アルコちゃんの思いの代行だ。はは、こんな大仕事は生まれてこのかた初めてだよ……腕が鳴るねえ」