少女決戦インザファイアー 3
柳衣憧理は、むしろ悠々と城を歩いていた。長過ぎる髪を引きずり、毒々しい色のフードを目深に被り、要所要所に設置された監視カメラに気を遣う様子もなく、泰然と歩を進めている。
時刻は苛木暴走の数分前、すなわちこれは元凶たる彼女の回想だ。
柳衣が向かうのは城の出入り口。外に出るためではない。そこに呼び出した人物と接触するために足を運んだのだ。
その人間が望み通りそこにいることを確認し、一瞬顔を歪ませ、されどすぐに澄まし顔を演じ唇を湿らせる。
それが、ずっと人を騙しながら生きてきた、彼女の戦闘スタイルだった。
『苛木』
『柳衣……話とは何だ? 用があるなら手早く済ませてくれ。お前も外の事情は知っているだろう。あの出ヶ島仁がこの「街」に来たんだ。何故かは分からないが、彼の協力を仰げればこんなに頼もしいことは――』
『苛木、そうじゃないの。大変なことが起こったのよ』
『……?』
薄ら笑いを封印した柳衣を怪訝に思ったのだろう、苛木の言葉が途切れる。
彼女は突然呼び出されて警戒していたはずだ。だが、その警戒よりも柳衣の表情と口調への違和感が、ほんのわずかに勝ってしまった。
柳衣は、その隙を逃さない。
『アナタのお友達……在子ちゃんが、怪我したのよ』
『なっ……ッ!?』
面白いように苛木の顔色が変わっていく。みるみる蒼白に、血の気が引いたような顔。
『け、怪我って、どれくらいだ!? 大丈夫なのか、在子は今どうしてるんだ!?』
気を抜けば引き裂きそうになる口を押し止め、ゆっくりと、まるで苛木を焦らすように慎重に告げる。
あらかじめ用意していた言葉を。
他人を欺くための口八丁を。
『大きな怪我よ。腕がざっくり切れてるの。しかも悪いことに、動脈を傷つけたみたい。どくどく血が出てるわ』
『う、ぁ……う、嘘だろ……』
呆然と口を開閉させて、気付いたようだ。
持ち前の沈着さを忘れるほどに動転し、思いついた端から吐き出している、といった風に彼女は叫ぶ。
『そ、うだ。誰が。誰がそれをやったんだ、誰が在子を!!』
『出ヶ島仁』
対して、返答は簡単。
『あ…………?』
白熱した頭に、空白が生じる。
当然だ、柳衣はそれを狙ったのだから。
『出ヶ島がやったの。本来ワタシたちを守るべき人間が、あの子を攻撃したのよ』
『馬鹿な、いや、そんな、あるはずが……』
まさに、『そんな馬鹿』な話だった。
だけど、それを信じさせるのが柳衣の技量で――信じさせた後は柳衣の思うままだ。
『出ヶ島がこの「街」に落ちてきた時の衝撃で城のガラスが割れた。そのガラスがアルコちゃんを傷つけたのね』
『っ? いや、そんなもの理由にならないだろう。それは、し、仕方のないことなんじゃ……』
『いいえ』断言する。
『十分、理由になるわ』
ついに苛木は返事に窮した。
『いい? 方法は分からないけど、出ヶ島はこの「街」のピンチを知ってここまでやって来た。隕石みたいに落下してくることで、それを果たしたの』
苛木からの声はない。
ただ外からの轟音だけが虚しく響いていた。
『でも、だったら彼は分かってたはずなのよ。そんな無茶をすれば、「街」にどれだけの被害が出るかなんて』
『あ』
たった一音。
それは、合図に等しかった――陥落。
『「街」に善良な市民がいると知りながら、それを回避する手間を怠った。被害が及ぶと正しく認識しておきながら、出ヶ島はそれを無視したの』
『…………』
『大事の前の小事、ってことかしら。それは統計だけ見れば正しいのかもね。だけど、許せる? それで怪我しちゃった人を、「ああ残念だったね、運が悪かったんだよ」なんて言葉で納得させられる?』
押し黙る苛木の表情を楽しみつつ、そんなことはおくびにも出さず。
『……不可能でしょう、そんなの。駄目でしょうそんなの。「世界復興」の中にワタシたちは含まれてないの? 表面だけ整えればそれで終わりなの? 世界だけじゃなくて、そこに住むワタシたちまで救って初めて「復興した」って言えるんじゃないの? そうでしょう?』
ぬけぬけと。いけしゃあしゃあと。よくもそんなことを。
それをそんな素振りもなく言えるから、柳衣憧理はここにいる。
『……ワタシたちはこれまで、そのために戦ってきた。だけど「最初の六人」はそうじゃないみたいね。十のために一を切り捨てて、切り捨てられた一はなかったものとして扱うなんて間違ってる』
いつの間にか論点がすり替わっていることに疑問を抱かせず、反論を許さず、よく考える間を与えず、柳衣は滔々(とうとう)と語り続ける。
『許せないわ。そんなのどうしたって許せないわ。それじゃいけないもの。おかしいもの。じゃあ正さなくちゃいけないわ。ワタシたちは、ワタシたちの正義を、試されてるのよ』
そして柳衣は告げる。
最後の一言を。
『ワタシたちで〝助ける〟の。アルコちゃんも他の皆も。……そのためにすべきこと、分かってるわよね?』
直後。
咆哮が、あった。