表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪性崩落ルブナイキ  作者: 藤原(の)コウト
18/23

少女決戦インザファイアー 3

 柳衣(やなぎぬ)憧理(どうり)は、むしろ悠々と城を歩いていた。長過ぎる髪を引きずり、毒々しい色のフードを目深(まぶか)に被り、要所要所に設置された監視カメラに気を遣う様子もなく、泰然(たいぜん)と歩を進めている。

 時刻は苛木暴走の数分前、すなわちこれは元凶たる彼女の回想だ。

 柳衣が向かうのは城の出入り口。外に出るためではない。そこに呼び出した人物と接触するために足を運んだのだ。

 その人間が望み通りそこにいることを確認し、一瞬顔を歪ませ、されどすぐに()まし顔を演じ唇を湿らせる。

 それが、ずっと人を騙しながら生きてきた、彼女の戦闘スタイルだった。

苛木(いらき)

『柳衣……話とは何だ? 用があるなら手早く済ませてくれ。お前も外の事情は知っているだろう。あの出ヶ(いずがじま)(じん)がこの「街」に来たんだ。何故かは分からないが、彼の協力を仰げればこんなに頼もしいことは――』

『苛木、そうじゃないの。大変なことが起こったのよ』

『……?』

 薄ら笑いを封印した柳衣を怪訝(けげん)に思ったのだろう、苛木の言葉が途切れる。

 彼女は突然呼び出されて警戒していたはずだ。だが、その警戒よりも柳衣の表情と口調への違和感が、ほんのわずかに(まさ)ってしまった。

 柳衣は、その隙を逃さない。

『アナタのお友達……在子(あるこ)ちゃんが、怪我したのよ』

『なっ……ッ!?』

 面白いように苛木の顔色が変わっていく。みるみる蒼白に、血の気が引いたような顔。

『け、怪我って、どれくらいだ!? 大丈夫なのか、在子は今どうしてるんだ!?』

 気を抜けば引き裂きそうになる口を押し止め、ゆっくりと、まるで苛木を()らすように慎重に告げる。

 あらかじめ用意していた言葉を。

 他人を(あざむ)くための口八丁を。

『大きな怪我よ。腕がざっくり切れてるの。しかも悪いことに、動脈を傷つけたみたい。どくどく血が出てるわ』

『う、ぁ……う、嘘だろ……』

 呆然と口を開閉させて、気付いたようだ。

 持ち前の沈着さを忘れるほどに動転し、思いついた端から吐き出している、といった風に彼女は叫ぶ。

『そ、うだ。誰が。誰がそれをやったんだ、誰が在子を!!』

『出ヶ島仁』

 対して、返答は簡単。

『あ…………?』

 白熱した頭に、空白が生じる。

 当然だ、柳衣はそれを狙ったのだから。

『出ヶ島がやったの。本来ワタシたちを守るべき人間が、あの子を攻撃したのよ』

『馬鹿な、いや、そんな、あるはずが……』

 まさに、『そんな馬鹿』な話だった。

 だけど、それを信じさせるのが柳衣の技量で――信じさせた後は柳衣の思うままだ。

『出ヶ島がこの「街」に落ちてきた時の衝撃で城のガラスが割れた。そのガラスがアルコちゃんを傷つけたのね』

『っ? いや、そんなもの理由にならないだろう。それは、し、仕方のないことなんじゃ……』

『いいえ』断言する。

『十分、理由になるわ』

 ついに苛木は返事に窮した。

『いい? 方法は分からないけど、出ヶ島はこの「街」のピンチを知ってここまでやって来た。隕石みたいに落下してくることで、それを果たしたの』

 苛木からの声はない。

 ただ外からの轟音(ごうおん)だけが虚しく響いていた。

『でも、だったら彼は分かってたはずなのよ。そんな無茶をすれば、「(まち)」にどれだけの被害が出るかなんて』

『あ』

 たった一音。

 それは、合図に等しかった――陥落。

『「街」に善良な市民がいると知りながら、それを回避する手間を怠った。被害が及ぶと正しく認識しておきながら、出ヶ島はそれを無視したの』

『…………』

『大事の前の小事、ってことかしら。それは統計だけ見れば正しいのかもね。だけど、許せる? それで怪我しちゃった人を、「ああ残念だったね、運が悪かったんだよ」なんて言葉で納得させられる?』

 押し黙る苛木の表情を楽しみつつ、そんなことはおくびにも出さず。

『……不可能でしょう、そんなの。駄目でしょうそんなの。「世界復興」の中にワタシたちは含まれてないの? 表面だけ整えればそれで終わりなの? 世界だけじゃなくて、そこに住むワタシたちまで救って初めて「復興した」って言えるんじゃないの? そうでしょう?』

 ぬけぬけと。いけしゃあしゃあと。よくもそんなことを。

 それをそんな素振(そぶ)りもなく言えるから、柳衣憧理はここにいる。

『……ワタシたちはこれまで、そのために戦ってきた。だけど「最初の六人」はそうじゃないみたいね。十のために一を切り捨てて、切り捨てられた一はなかったものとして扱うなんて間違ってる』

 いつの間にか論点がすり替わっていることに疑問を抱かせず、反論を許さず、よく考える間を与えず、柳衣は滔々(とうとう)と語り続ける。

『許せないわ。そんなのどうしたって許せないわ。それじゃいけないもの。おかしいもの。じゃあ正さなくちゃいけないわ。ワタシたちは、ワタシたちの正義を、試されてるのよ』

 そして柳衣は告げる。

 最後の一言を。


『ワタシたちで〝助ける〟の。アルコちゃんも他の皆も。……そのためにすべきこと、分かってるわよね?』


 直後。

 咆哮(ほうこう)が、あった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ