少女決戦インザファイアー 2
「ふざけんなよ、ちくしょう……」
戦部と誕弾の目の前に立ち塞がるのは、全員が全員規格外の異能を持った『最初の六人』の一人である、出ヶ島仁。
彼が『街』に来た方法はシンプルだ。
外から飛んできた。
しかも、全身を雪だるまみたいに高温のマグマでコーティングした状態で、だ。
何メートル先から飛来してきたのかは知らないが、着地の際に撒き散らされた衝撃は相当なもので、それだけで壊れかけだった建物が何棟か倒れたくらいだった。もちろん『崩壊組』も何十人と吹っ飛んだ。
まるで、活火山の噴火をそのまま推進力にするような暴挙。
それを可能にする、圧倒的な異能の力。
「む……」
白煙と灼熱の只中で、出ヶ島は平然と口を開く。空気中の水分が蒸発するほどの猛烈な温度に、肺を焼かれるとか喉が爛れるとかそんなことへの心配は端っからないようだ。化け物め。
「……お前。その格好、どこかで見たような……気のせいか、ううむ……」
「へえ。俺みてえな小物を覚えてくれてたとは光栄だな。じゃあ昔馴染みのよしみで見逃してはくれませんかねえ?」
ちょっと皮肉を交えた言い方で、戦部は頼んでみる。結果は火を見るより明らかだった。
燃えたぎる彼を、その程度で止めはできなかった。
「それは、無理だ。おれは、『治安維持隊』の看板を、皆を背負っているからな」
「……アンタは二年前からお変わりないようで。クソ、分かっちゃいた、分かっちゃいたけどよ、ちっとは融通効かせてくれよ……ッ!!」
普段は不器用な喋り方で、女の子に慕われていても全く気付きやしない鈍感野郎のくせに。こういう大事な場面でのこいつは、鉄筋でも通したみたいに芯が据わっている。
さながら、島が一つ丸ごと迫るような威圧感。
これが出ヶ島仁。
これが『最初の六人』。
「ま、あのビリビリ猛牛女が来なかった分だけマシかよ。なァ?」
『うう、トーカがアドレナリンだばだばでヤンキー口調。こわい』
彼が『街』に飛んできただけで周囲の建物が軒並みガラクタと化したが、信じられないことに彼の本分はこれで『防御』だ。『溶岩流鎧』の名前からも分かるように、出ヶ島が生み出した溶岩は彼を守るように蠢いている。
異能の加護によって並みの鋼鉄以上の強度を得た溶岩は、出ヶ島の危機に際して展開する自動防御の盾だ。また特定の形状を持たないために様々な物体を模すことができ、創造の自由度は非常に高い。
『街』に着弾した出ヶ島ミサイルもおそらく、火山の噴火を模したものだろう……それで何で出ヶ島が無傷なのか、溶岩でどう衝撃吸収したらダメージがゼロになるのやら。案外自慢の筋肉でどうにかしているのかも知れない。
そんな具合に思考放棄するくらい、飛び抜けた力。
……これでもまだ〝マシ〟な方なのだから、崩壊世界はつくづく理不尽だ。もしここに来ていたのが、事件現場に人がいたら誰彼構わずとりあえず電撃放って意識奪って拘束した後に拷問する超短絡思考女、城ノ晴世奈だったら最悪だった。
人の話を聞かないどころの騒ぎじゃないあの女は、ブレーキ役がいないと敵味方問わずどこまでも被害を膨らませていく迷惑なヤツなのだ。というか単純に、戦部はあいつが嫌いだった。
それに比べれば出ヶ島は、なんて。
言うまでもなく、甘い考えだ。
「ぐあああああああああああああああ!?」
「おうっ!?」
気が付いたら何かが戦部の脇をすり抜けて、後ろの『崩壊組』が吹っ飛んでいた。
『なっ、なん、何がぁっ!?』
「知らねえよ!! 知らねえけど、目ェ離すな馬鹿野郎!!」
その通りだった。
二撃目が。
来る。
「『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?』」
「ははは、こいつは予想外だ。予想外の展開にも程があるね。思わず笑っちまうくらいによ」
「な、な……」
同時刻。城の玉座にて、千土とアルコは『街』の様子を窓から眺めていた。
先ほどから出ヶ島がバカスカ撃ち放っているのは、『火山弾』とでも言うべきか。『溶岩流鎧』でミニチュア火山を作り出し、その噴火のエネルギーでバランスボール大のゴツゴツした岩の塊を前方に撃ち出す。『最初の六人』特有のトンデモ攻撃だ。
と、それは上から俯瞰している千土たちだからこその分析であって、実地で相対している戦部たちにはその暇もないだろう。何とか避けるので精一杯のはずだ。
遠目にも激戦と映るほど熾烈な攻防。素人目にも凄まじいと思えるほど派手な激突。両者それぞれの理由で昇華させた技のぶつかり合いは、しかし戦部の劣勢だ。
冷たい言い方かも知れないが、言うしかない。それはそうだ、と。
まずそもそも、『最初の六人』に『勝とう』と思うこと自体が間違っている。『街』で未曾有の異能を自在に操るアレは、もはや災害と同じ。真面目に立ち向かうことこそが愚かと断じられるような、そういう存在なのだ。
「い、戦部さんたち、大丈夫なんでしょうか……」
「そう心配するなよ。大丈夫さ。オクラ君がよほどのドジ踏まない限り、戦部君が何とかするだろうからね」
だから安心するといい――と千土はお気楽だ。確かに、真正面から立ち向かうならともかく、戦部たちは逃げることに専念しているらしい。それなら多少、生存率も上がるだろう。
戦部たちのことは心配だが、アルコにはアルコでやることがある。黒幕。
でも同時に、考慮すべきこともある――出ヶ島。『最初の六人』、『治安維持隊』隊長。
もし彼が手を貸してくれたのなら、一切の憂いは消え失せると言っても過言ではない。
「…………」
だけど、妙な躊躇いがあるのも事実だった。
出ヶ島は強い。強いし、正しい。だからこの『街』に渦巻く事情を話せば、彼もきっと仲間になってくれる――それはきっと間違いじゃない。
なのに、アルコの心はざわついている。素直に喜べないというか、焦っているというか。
複雑な表情をするアルコに、下の二人を心配していると思ったのか千土はフォローの言葉を掛ける。
「ま、出ヶ島君のことは戦部君たちに任せればいいさ。あれ以上の囮はないだろうからねえ」
仲間を囮呼ばわりする千土は相変わらずだ。「僕らは僕らの仕事をしようぜ」
「は、はい……」
窓から離れて、先行する千土についていく。でもその直前、やっぱり何かが気になった。
去り際にもう一度、必死の逃走劇を繰り広げる彼らを見る。
「言っとくけど」
「ひゃ!?」
いつの間にか千土が鼻先にまで接近していた。
「出ヶ島君を仲間に引き入れようったって無駄だぜ。第一僕らの身が危うくなるからやめてくれ。あの頑固者は、どんなにピンチだったとしても僕らみたいな犯罪者とは絶対手を組まないよ」
「あ……いやその……」
千土たち『ルブナイキ』は指名手配犯で、出ヶ島はそれを取り締まる側。それを忘れていたわけではない。
それに、アルコはそうしたくて出ヶ島を見ていたのではない……ないのだが、それが何なのか説明しろと言われれば、言葉に困ってしまう。
なぜ自分は出ヶ島を――ちょっぴり邪魔だと思っているのだろう。
「はん、まだ諦めきれないようだね。仕方ない。別方向から発破をかけるとしよう」
まだ千土は何か誤解しているようだが、有無を言わさぬ調子で彼は問い掛けてきた。
「君はそれでいいのかい?」
「っ?」
「確かに彼は強力なピースだよ。君が何もしなくても、何ならベッドでポテチ貪りながら寝ててもいいくらいさ。ぶっちゃけよう。彼が出張ってきた以上、この先君の出る幕はない」
それも、正しい。正しいから、納得できない。
「その上でもう一度問おうか。君は、それで、本当にいいのかい?」
千土の指摘は的外れだが、同時に最適でもあった。アルコの望み。それがもう少しで答えられそうな気がして。
勘違いから答えを引き出すというのも、実に彼らしいひねくれだが。
「君が、君自身の手で、決着をつけたくはないかい?」
考える。
「赤の他人に成り行きを任せて、見届けるだけで終わりにしたいのかい? 一番ムカつく黒幕君ちゃんの顔面を、思いっきりぶん殴りたくはないのかい? 何より、君の手で苛木ちゃんを助け出さなくていいのかい?」
昨夜、壁を超えて瓦礫の世界に出た。だけど何か忘れ物をしたような気がして、振り返った。
あの時、アルコは一体何を忘れた気になっていたのか。もしくは、どんな心残りがあったのか……それを考えた。あるいは、思い出した。
アルコはあの時――『結末を他人に委ねること』を惜しんだのだ。
それに気付けば、返事は決まっている。
「嫌です」
「だろう?」
と、いつも以上のドヤ顔を浮かべる千土。「じゃあどうする?」
気のせいかも知れないが、尋ねる嘲笑顔がいつもより楽しそうだった。
だからというわけではないが、淀みなくこう言えた。
「今すぐ、苛木ちゃんを散々弄びやがったクソ馬鹿野郎をぶちのめしに行きましょう」
「……くは」
そう言って、アルコは笑う。少年も嘲笑う。
『街』の襲撃、城の乗っ取り、いやそれよりもっと前。苛木がいなくなった理由さえ黒幕のせいならば、自分には彼オア彼女をぶん殴る権利がある。
沸点なんて大分前に超えている。怒髪が天を衝いたのもいつだったか覚えてない。
ただはっきりしているのは、黒幕が度し難いクソ馬鹿野郎ということだけだ。
そんなヤツを、自分の手でぶん殴りたいということだけだ。
「はっは、ははは。はっはっはっは、いいねえいいねえ素晴らしいぜ。女の子が腹を括った瞬間ってのは、やっぱりいつ見ても清々しいものだ。格好いいものだ。ついついニヤケちゃうね」
「いい加減、こっちも我慢の限界ですので」
「くははははは。僕好みの回答だ、君と組んで正解だったぜ」
「ずっと疑ってたんじゃないんですか?」
「そんな昔のことは忘れたね」
いけしゃあしゃあと言い切る千土に、もう怒る気にはならない。
千土は機嫌が良さそうに、
「さて。茶々入れもそこそこに、真面目に作戦会議とでも行くかね。折角気持ちのいい宣誓してくれたんだ、それに報いなきゃ嘘ってもんだぜ」
「はい」
「まずは目的を明確にしよう。君がやりたいことは、気に入らない黒幕君ちゃんをぶん殴ることだったね」
確認を取る千土に、うーんとアルコは唸って、
「正確には、ぶん殴って跪かせて苛木ちゃんの前で謝らせて気が済むまで土下座させて泣き喚かせて心から反省して改心したところをもう一発ぶん殴る、ですかね」
「ふはは、中々デストロイなようで。ま、憂さ晴らしの方法は人それぞれさ。君の自由にしたらいい。じゃ、次はそれを達成するために必要なことをリストアップしよう」
「必要なこと、ですか……」
何でしょう、と一拍置き、
「あ、拳が痛むから何か布とか巻かなきゃいけませんよね。殴ってるのにこっちが痛いってのもおかしな話ですから」
「ああうん。そういう話じゃなくてね?」
千土が乱れかけた会話の流れを元に戻すという異例の事態だった。
「黒幕君ちゃんをぶん殴るには、彼オア彼女の前に立たなきゃいけないだろう? でも現時点ではその居場所が分からない。だからやるべきはアジトの早期発見さ。早いとこ黒幕君ちゃんの根城を見つけ出して、叩いてやろうぜ」
「なるほど。で、今一番怪しいのが」
「そう。『監視室』、だ」
行き先が決まれば、この玉座に執着する理由もない。とっとと行動を開始しようと、入る時は緊張した、だが今は触れるのに何の躊躇もない両開きの大きな扉に近付き、
――突如として、尋常ではない震えが全身を襲う。
「っ!?」
「おやおや。こりゃまた派手に……うん?」
気を強く持っていなければ、立つことも難しくなるような『恐怖』。路地裏だったり壁だったり、昨日一日で嫌というほど体に叩き込まれたそれ。
気付けのために自分の肩を強く抱き、アルコは思わず叫んでいた。
「苛木、ちゃん……っ!?」
だが、様子がおかしい。
発せられた『恐怖』に対してそう表現するのはおかしいかも知れないが、けれどそう表現するしかなかった。とにかく何か違和感があった。
どうも、ちぐはぐなのだ。
「ふむ。確かにこれは『恐怖』だ。だけどどこかが違う。何と言うか……散漫だねえ。彼女らしくないって感じかな?」
悔しいが同意見だ。何が悔しいって十年来の友人の内情を千土に読み取られたことが、だ。
「狙いが定まっていない、って感じかねえ。手当たり次第銃を乱射しているような、そういう乱雑さだとかランダムさだとかばかりが際立って、確固たる意志が汲み取れない……うん。この表現がぴったりだぜ。無造作に『恐怖』を放出してるとしか思えない」
今さら、千土が何でこの『恐怖』に晒された上でなお普段の調子でいられるのか、はどうでもいい。多分人として大事なものが欠けているのだ。これが日常のワンシーンであれば異常な人間の評価しか与えられないだろうが、この場合に限っては冷静な千土が頼もしい。
「どっ、ぉいう……こと、ですか……」
息も絶え絶えに問う。
「苛木ちゃんは、どうなってっ、るんですか……!」
「落ち着けよ――と言うのは酷かね。残念ながら僕にも詳しいことは分からないよ。千里眼なんて便利スキル兼ね備えてるわけじゃないからね」
だけどまあ、推測くらいはできるぜ、と千土は得意げだ。
「第六感って言うのかな。戦部君がいればまた違った意見を出してくれるんだろうが、生憎と彼は熱戦を繰り広げている。戦場の空気をよく知ってる彼ならもっと詳細に事を掴むんだろうけど、僕にはできないね」
「いい、から。早く!」
「はいはい、そう怒るなよアルコちゃん。手短に言うさ」
飄々(ひょうひょう)としている千土が段々イラついてきた。が、文句を言う前に千土が口を開く。
「僕の見解だが、苛木ちゃんは怒ってるんだと思うよ。そうでもなきゃここまで取り乱すもんか。そして彼女を怒らせたのは、十中八九黒幕君ちゃんだろうね。それしかないさ」
「…………っ!!」
『恐怖』の中で、ギリッ、と不快な音がわずかに聞こえた。自分の歯が軋む音だった。
黒幕。
どうやら、どこまで行ってもその名は付きまとうらしい。
「急いだ方がいいかも知れないね」
千土は事も無げに提案する。
「何をされたのか知らないけど、このままじゃきっと苛木ちゃんは酷いことになるよ。彼女を止めるためにも、彼女の行き先を掴もう。目標は『監視室』だ、それでいいね?」
異論なんて、あるはずもなかった。