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悪性崩落ルブナイキ  作者: 藤原(の)コウト
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少女告白シークレット 5

 すっかり静まり返った城の中、アルコは食べ終えた皿を洗っていた。

 漂う冷気も相まって、かじかむような温度の水と格闘しつつ、綺麗になった皿の水気を拭き取って食器棚に戻す。この程度のお手伝いなら慣れっこだ。

「……よし」

腹も膨れたし、お皿も洗った。この部屋で一人じっとしているのも性に合わないので、外に出ることにした。

 クローゼットからパーカーを取り出して羽織(はお)ると、部屋のドアを開けて廊下に出る。誰ともすれ違うことのない、ひたすらに寂しい道。

「…………」

 あの後、血相を変えて飛び出して行った苛木(いらき)の行き先は知らない。

 彼女からすれば、ようやく平穏を取り戻した矢先に『ルブナイキ』が襲撃してきた……という風に見えるのだろうか。

「(……違うんだけどなあ)」

 もっとも、それを言ってもおそらく意味はない。それは、苛木自身が気付くべきことなのだ。

 だけど。

「その手伝いをやっちゃいけない、ってことはないもんね」

 アルコが目指すは、城の最奥、『玉座』。

 苛木がいない今、そこに居座っているのが本当の〝敵〟だ。

「うーん……相変わらずここは複雑……」

 城のあちこちにある簡易的な案内図とにらめっこしながら、アルコは前へと進んでいく。どうでもいいけど、中世的な雰囲気の城内に日本語の案内図があるというのは、何ともアンバランスで力が抜けるようだった。

 初めの方はいちいちびくびくしていた振動と轟音(ごうおん)にも、もう慣れた。今では不安を紛らわすBGM代わりだ。というか遠く離れている城が揺れるくらいの衝撃って、やはりあのニンジャ少年ただ者ではない。

 そんなことを考えていたら、あっという間に大きな扉の前まで到着してしまった。アルコが寝ていた部屋は、わりと玉座から近かったようだ。

 アルコに少しでもいい思いをさせたい、という苛木の思いの表れだろうか。意識のない人間をここまで運ぶのには苦労しただろうに。

 それを(もてあそ)んだ黒幕に、(しか)るべき報いを与える。そういう覚悟を、アルコも示す。

「(ここが……)」

 少女にとっての、戦場。

 あの少年たちのように、命を()して戦う場所。

 大きな両開きの扉。それが発する圧迫感は、自身の心の弱さが映し出す錯覚か。

 ならばそれを振り払おうと、アルコはドアノブに手を掛ける。

 一息に、開ける!

「って、きゃあああ!?」

 両開きの扉を開いた途端、見知らぬ男が倒れているのが視界に飛びこんできた。その顔が血まみれで思わず絶叫してしまう。

 予想外の光景にうろたえるアルコに耳に届いたのは、皮肉っぽい少年の説明口調だった。

「彼はこの『(まち)』に幻術を掛けていた張本人だったようだね。戦部君たちの大暴れを隠すのに必死で、僕に気付いてなかったようだったからこっそりぶん殴って気絶させたけど」

 だとすれば随分(ずいぶん)と雑な意識の奪い方だが……というか、聞こえちゃいけない少年の声がした。

「え……? 鎌倉(かまくら)さん……?」

「やあ、昨日ぶりだねアルコちゃん。元気してたかい」

 玉座にふんぞり返って座っていたのは、なぜか千土(せんど)だった。

 緊張が一気に緩んだ。

「……あなたここで一体何してるんですか……。ていうかあなたが黒幕だったってオチじゃないですよね?」

「何の話か分からないが安心したまえ。僕は君の敵じゃないぜ」

「はあ……」

 というか見間違いであって欲しいんだけど、あの黒くて光ってるのってまさか……とアルコは思ったが、人並みの危機管理能力はあるつもりなので下手な口出しはしなかった。賢明である。

「よっと」

 そんなことを考えていると、千土からビニール袋を投げ渡された。それがまた血だらけで悲鳴を上げたのだが、用があるのはその中身らしい。「開けてみな」

 おっかなびっくり中身を取り出すと、物々しい手錠が出てきた。首を傾げて千土を見ると、倒れている幻術男を指差している。手錠を掛けろ、そういうことなのだろう。

「な、なぜあたしが……」

 文句は言うが彼の嘲笑顔(えがお)が怖くて逆らえないので、渋々命令通りに。気絶している幻術男の腕に手錠を通す。これで戦部の暴れっぷりが、外にも見えるようになるのだろうか。

「これでいいんですか?」

「うん。助かったよ、ありがとう」と、千土の素直なお礼。意外だ、そんなことも言えるのか。「ところでアルコちゃん、君はこんなとこで何してるんだい?」

「それはこっちのセリフなんですけど……あたしは黒幕探ししてるんですよ」

「黒幕?」

 わざとらしく小首を傾げる千土に状況説明。苛木との会話を思い出しつつ、自分の考えも含めて話す。

「――ってことがあったんですけど……どうかしました?」

「いやいや、ということは何だね、僕らは一生懸命君を助けるために作戦を考えていたってのに、肝心の君はぬくぬくとお風呂に入りご飯を食べていたというわけかね」

「うう……そう言われるとそうなんですけど……」

「罪深いぜ。にしても、僕もシャワーくらいは浴びた方がいいかねえ」

「ま、まあ……浴びないよりかはいいと思いますけど」

「そんな場合じゃないんだけどね?」

 自分で言ったくせに……と呆れ顔。

「それは置いといて、黒幕か。うん、心当たりがないでもないけど」

「っほ、本当ですか!?」

「おお、そんなに鼻息荒げないでくれよ。君が苛木ちゃん好きなのは分かったから落ち着きたまえ」

「す、好きっ……そう言っちゃうとちょっと誤解ですけど、ええ。大事な人です」

 そこだけは真摯(しんし)に告げる。

「それより、心当たりがあるって……」

「うん。その前に僕が君の……というか苛木ちゃんの話を聞いて感じたことをまとめようか」

 と、千土は自らの人差し指を立てる。得意げに。

「この際苛木ちゃんが君に嘘を吐いているとか、実は正気を保っているように見えて狂っているだとかの可能性は排除するとして、彼女が黒幕君あるいは黒幕ちゃんに操られているとしよう。幸いと言うべきかどうかは知らないが、僕もそんな『悪性(あくせい)』は見たことあるしね」

 やたらと長い前置きの後、ようやく本題へ入る。

「で、話を戻そう。僕の抱いた感想は、『黒幕君ちゃんは黒幕だ』ってことだ」

「ど、どういう……」

「言い換えるなら、『他人は好き勝手操るけど、自分は絶対に舞台には上がらない』人間、だ。これはそういう『悪性』持ち全員に当てはまると思うけどね」

 常に舞台裏で暗躍し、支配者の席ではなくその隣席を好む人間。

 自らが目立つことは避ける反面、それ以外の他人は派手に使い潰す、そんな『黒幕』。

「だとすれば彼あるいは彼女は、こんな分かりやすい場所にはいないさ。……どこか、暗くてジメジメした、それでいて盤面全体が見渡せる場所に陣取っているはずだ。ほら、『(まち)』脱出作戦って見抜かれちゃっただろう? 多分あれ、その黒幕君ちゃんが関わってると僕は思うね」

「盤面全体って……例えば屋上とかですか?」

「違うね、それもまた〝目立つ〟場所だよ。もっと日が当たらない、路地裏みたいに薄暗い場所……」

 そこで少年は言葉を区切った。

 視線をゆっくりと上に動かし、ある一点を見据える。

 正確には壁の隅、そこに下げられた監視カメラ。

「……そうだね。ここが正規の城だったらあり得ない、あくまでも復興のモニュメントだからこそ出来た一室。広い城が、もっと言えば『街』が誰かに悪用されるのを防ぐため、当たり前の防犯対策を施したからこそ生まれた、『黒幕』体質好みの部屋」

 アルコはそこでようやく、自分の思い違いを知った。

 どこにでもあって、だから大して気にしていなかった。『街』が襲撃されたのだから、正常に機能していないだろうと無意識に思っていた。

 違った。

 黒幕は、常に少年少女を見張っていたのだ。

「僕も、君からその話を聞いてやっと見えた。本当の敵ってヤツがね」

 監視カメラに向かって、挑発するように千土は言った。


「目指すは『監視室』。『街』中に設置された監視カメラの映像をチェックするための部屋。それが君の倒すべき黒幕の、真の所在地さ」


 瞬間。

 先ほどまでのものとは一線を画した、城を丸ごと揺らすような衝撃が『街』を襲った。


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