少女告白シークレット 4
「しっ!」
黒いニンジャの手足が相手の体に吸い込まれ、何の後遺症も残さず綺麗に意識だけを奪っていく。わざと集団の中に割って入る彼に、仲間が邪魔で『崩壊組』は思うように動けない。
『おっ、おりゃーっ!』
ゴツいロボットがその鉄の腕を振り回すだけで、面白いように人が飛んでいく。生半可な攻撃ではその装甲は破れず、並大抵の妨害ではその巨体は止められない。
そんなわけで、『街』。戦部が片っ端から建物を破壊し、その音でおびき寄せた『崩壊組』との大乱闘である。
こうなった経緯は単純、千土の作戦だ。
戦部と誕弾が『崩壊組』の注意を惹きつけ、その隙に千土が城に侵入してアルコを救出する。名付けてオペレーション陽動のY。ネーミングセンスは千土のものだ。
「(……ったく、百人いるっつう『崩壊組』の囮になれとかどんな無茶だよ。さっき珍しく俺を励ましてたけど、まさかこれやらせるためか? ……ありそうで怖え)」
ともあれ、面目躍如の機会だ。やれることはやっておく。
大所帯の『崩壊組』の連携を切り崩すために、選んだ戦場は路地裏。狭いところにたくさん集めて動作に制限をかけ、そこから改めて一人ずつ減らしていく。少数対多数の戦闘に慣れた戦部の戦闘スタイルだ。
それでも戦部一人だったら機能しなかっただろう。狭い場所に集めたところで、普通は囲まれて袋叩きだ。
だから不確定要素を放り込んだ。全長四メートル弱のロボット。
一応人型だが、大きさは人間離れしている。ゆえに対人間用の戦法が通用しない。加えて中身は戦闘慣れしていない素人なので、時折予想もしないことをしでかす。戦場に揺さぶりをかけるにはもってこいだ。
さらに誕弾は戦部と違って手加減を知らないので、あっちこっちで負傷者を生み出す。その手当にまた人員が裂かれる。本人は怖くてそれどころじゃないだろうが、それもまた有用に働いているのだ。
「うっし誕弾、そのまま前進だ! 行くぞ!」
『こ、これすっごく怖いんですけど……』
それでも限界はあるので、その場に留まるとしても最低数秒。それ以外は常に移動する。多少強引にでも包囲網を突破しなければ、物量に押されて負けるのはこちらだ。
戦部も、ここに来てまで能力の出し惜しみはしない。殺さなければオーケー程度に自分のハードルを下げておく。
「『我が道を征く(ゴーイングマイウェイ)』っ!!」
立ちはだかる『崩壊組』数人を衝撃波で吹っ飛ばし、ついでに地面に穴を開けて障害物も作る。些細な抵抗だが、わずかにでも追撃の手が遅れればしめたものだ。
『トーカっ』
「おっと」
逃げられると思った『崩壊組』が、炎やら岩やらの飛び道具を放ってきた。わざわざ相手する暇も惜しいので、ロボット『雪風』を盾にして回避。攻撃は頑丈な装甲に弾かれ、『雪風』の姿勢が崩れた様子もない。
「助かったぞ、誕弾!」
『あ、うん……何か複雑な気分だよ……』
戦部はそのままロボットに飛び乗る。能力のこともあるし、体力はできる限り温存しておきたい。
入り組んだ路地裏では、角の曲がり方にも注意しなければならない。最悪来た道を戻ることになり、その場合『崩壊組』と鉢合わせだ。なので誕弾にはコンパスを持たせてある。大雑把だが方角を決めておけば、逆走のリスクは減らせる。
『戦うし逃げるしでっ、やること多くて頭パンクしそうだよー!!』
「我慢しろっ、ほれ次が来たぞ!」
『やだもーっ!!』
しかしどれだけ注意しても、相手の数は桁違いだ。それに能力がある。先回りされたり、尋常じゃない速度で追いつかれたりは、どうしても起こる。息つく暇もないとはこのことだ。
「マジでアイツ無茶振りしやがって……っ!!」
毒づくが、その張本人はここにはいない。囮と本命が同じ場所にいたら意味がないからだ。今頃、どこかでのんびり城に向かっていることだろう。
千土のことはどうでもいい。目の前の『崩壊組』に対処するため、戦部は『雪風』から飛び降りようとした。が。
『とっ!? トーカっ、なんかコンパスがぐるぐるしだしたー!』
「ああ!? ンなことどうでも……いや待て、ヤベぇ電気攻撃が来る!!」
その通りだった。
走る『雪風』の足元に、複数の落雷。驚いた誕弾が急に止まって、乗っていた戦部が地面に放り出された。
「っっっ痛え!! 急に止まんなこの馬鹿!!」
『びゃー!!』
攻撃は上から来た。待ち伏せされていたか、大ジャンプできるヤツにしがみついていたか。
路地裏のような狭い空間で、上を取られるとキツい。こっちからすれば避けにくく、相手からすれば当てやすいという最悪の構図だ。
しかも後続に挟まれた。退路が絶たれた状況でそれを覆すには、相手の足場を切り崩すしかない。
しかしそんな打算を、今の戦部はまるで考えていなかった。
「つうか、俺の前で電気攻撃とかするんじゃねえクソ野郎共が!! 嫌なこと思い出すだろうが!!」
怒りに任せて『我が道を征く(ゴーイングマイウェイ)』。電撃野郎がいる建物の、一階部分を丸ごと吹っ飛ばす。後はだるま落としの要領だ。ビルの爆破解体のように真下に落ちたため、瓦礫が頭から降り注ぐなんてことにはならなかった。
となると当然、瓦礫の代わりに大量の粉塵が路地裏に流れ込む。
「おえっ、げほげほがぼぼ! ああクソっ、最悪だ! これも全部あの女のせいだ城ノ晴ゥ!!」
『トーカ……それはさすがに八つ当たりすぎだと思うー……』
密閉されたコックピット内にいる誕弾は無事のようだ。それでも外から空気を取り込むタイプの酸素供給をしているので、フィルターを通しているとは言えちょっとは苦しいようだが。
「うぷ、乗せろ誕弾、次は落とすなよげほがほっ!」
『さ、さっきはごめんね……?』
「いいから早くしろがふぁっ!」
戦部と同じく粉塵に混乱する『崩壊組』を突っ切って、煙のカーテンを突破する。
『うぅ……ってああ! さっきの雷でリュックがちょっと焦げてるし!』
「やっぱ雷使いなんてロクなヤツいねえな!」
『そうだね! このリュック特注品だってのにさ!』
「人の話は聞かねえわ突然攻撃してくるわで年中ビリビリしてっから頭イカレてんだよあの女ァ!!」
『そうだね! その殺気もある意味特注品だね!』
追い込まれすぎて逆にテンションの上がっている二人だが、ここでさらなる受難に襲われる。
「うおわ!?」
『ぎゃんっ!』
再び『雪風』の足元に電撃が奔ったのだ。先ほどより弱々しいものだったが、ビビリがビクつくくらいの効果はあった。電撃野郎は、屋上から落ちてもまだ意識があったらしい。
「止まんな馬鹿! 走れ!」
二度目はさすがに落ちなかった戦部が、誕弾に叫ぶ。あれは牽制のための一撃だ。本命が別にあるとすれば、足を止めてしまえばマズいことになる。
そしてその本命は、戦部にとっては致命的なものであった。
「ちくしょう、また先回りかよ!」
止まりかけた『雪風』の尻を叩いたが、少し遅かった。すでに前には『崩壊組』がいて、何やら地面に手を押し付けていた。
何かと思えば、突然目の前に土の壁が出現した。
「っ、何だこんなもん、俺がぶっ壊す!」
『雪風』で殴ってもいいのだが、万が一鉄より硬いコーティングがされていれば壊れるのは『雪風』の方だ。万全を期して戦部が破壊した方がいいだろう。
そのために地面に降りて、とにかく素早く抜刀。破壊。
「よし誕弾、このまま突っ走――」
言いかけた戦部に、何か銀色のものが迫っていた。
それは、手錠の形をしていた。
「ッう!?」
――嘘だろ!?
見覚えはある。というかありすぎる。
いかにもな土壁はフェイク。本命はこれ。
本来の用途は形の通り拘束具だが、別に投擲物としても使えないわけじゃない。一瞬でもいいから戦部の能力を封じ、一気に畳み掛ける寸法か。コントロールは完璧。抜刀した直後だから戦部の動きも固まっている。
相手からすれば隙を作る程度の狙いなのだろうが、戦部からすればたまったものではない。というか絶対当たるわけにはいかない。
避けなければならない理由がある。
「お」
戦部の能力、『我が道を征く(ゴーイングマイウェイ)』。それは超常の蔓延る崩壊世界でも珍しく、〝服まで含めて異能〟なのだ。上半身の洋風な鎧も、下半身の和風な装いも、その全てが異能の産物。
だから決して、彼は自分で望んでニンジャスタイルを取っているわけではない。ある種の不可抗力により生まれた悲劇だ。
さて、話は逸れたが、そこに『異能を封じる異能』なんてものが触れるとどうなる?
答えはこちら――なんて状態にならないように、戦部は最終手段を取った。
「おッ!!」
足元での『我が道を征く(ゴーイングマイウェイ)』起動。
『我が道を征く(ゴーイングマイウェイ)』は〝服まで含めて異能〟。ということは、何もあの破壊とそれに伴う爆発を起こせるのは、これ見よがしな刀だけではない。
ニンジャテイストな衣装、その全部が起爆装置。言わば人間爆弾。それが『ルブナイキ』の誇る最大戦力、戦部透禍の手にした能力の正体だ。
「ぐっ!」
だが刀の先で爆発させるならともかく、足元という超至近距離でそれをやると、当然自分も巻き込まれる。強烈な足払いを食らったように背中から落ち、その甲斐あって手錠も爆風であらぬ方向に落ちた。
『崩壊組』もそこまでして避けるとは思っていなかっただろうが、隙ができたのは同じ。
まだまだ彼らの危機は続く。
「あ、あれぇ……? おかしいな、音はこっちからするのに……」
入り組んだ路地裏で、ビニール袋片手に迷子になった男がいた。
昨日山田を撃破した後に放たれた一度目の『恐怖』、それから逃げる途中の路地裏で案内役に抜擢したあの気弱男。追加の手錠を持ってくるように言われて持ってきたのだが、道が分からなくなって途方に暮れていたのだった。
「い、いや。まだ諦めるな。たぶんこっち。じゃなかったら次はあっちだ……」
一人でうろうろしていた彼だが、自分に脅威が迫っているとはとんと気付かなかった。
とりあえず進もうとした矢先に、がちゃり。
「え?」
「動くな。動けば僕の指が運の悪いことに滑ってしまい、その結果君の脳味噌がブチ撒けられる羽目になる。それは君も嫌だろう?」
聞き覚えのある声が、耳元に。
何か硬い金属の感触が、こめかみに。
「だから動くな。抵抗するな。僕の言うことを聞け」
「ひっ、い? いい?」
気弱男は、自分の体なのに動いてくれない頭の代わりに、目だけを必死に動かす。
ぼんやりと視界の端に見える、黒いそれは。
「ちょうどよかった。道に迷っていたんでね。案内役が欲しかったんだよ」
「あっ、案内、役……?」
「そう、案内役。ん? 何か君見たことある顔だね。……まあいいか」
口がからからに乾いて、うまく喋れない。
だが何か誤解されているようなので、それは解いておかなくては、と混乱する頭で気弱男は思った。そして余計なことを言った。
「じ、実はおれも、道に迷ってて……へへっ」
「…………」
その沈黙にやべえ何か失言しちゃった!? と今さら後悔する。しかし時すでに遅し。
「そうか。じゃあいいや」
「へ」
こめかみから棒状の圧が離れたと思ったら、後頭部に衝撃。ぶん殴られたのだと気付く。
「あれ? これじゃ気絶しないのか。戦部君はぽんぽんやっつけてるのになあ」
ところが襲撃者は相当下手なようで、気絶させたいらしいがただ痛いだけで全然眠らせてくれない。これじゃただの拷問だ。
「いたっ、痛い。痛いっ、やめっ、やめてくれぇ!」
「そうか、もう少し強めにすればいいのかな?」
「!?」
うずくまる男に容赦ない暴行、暴行、暴行。ちょっとした事件だが、止めてくれる者は誰もいなかった。
その内無事意識が飛んで、気弱男は無限の責め苦から解放された。それを確認した襲撃者――千土は、血まみれの拳銃を胸ポケットにしまって言う。
「困ったもんだぜ。まあここからも城は見えてるわけだし、そっちに行けば着くだろうさ……ん?」
適当極まりない方針を打ち立てた千土は、そこで気弱男の持ち物に気付いた。同じく血まみれのビニール袋を持ち上げて、中身を確認。
にやり。
「へえ、こいつは随分な代物じゃないか。何か知らんがラッキーだぜ」
上機嫌にビニール袋を引っ提げ、コンビニ帰りの学生みたいに歩き出した。
不気味な嘲笑みを残して、彼は再び城を目指す。