少女告白シークレット 3
「クソ、クソ!! 冗談じゃねえぞ、まだ傷も癒えてないっつうのに!!」
『崩壊組』の青年は叫んでいた。
彼の手ではビニール袋が揺れている。軽く銀色に透けているその中身は、『手錠』だった。
昨日の今日で未だに満身創痍な彼らが駆り出されたのは、無視できない脅威が迫っているからだ。一撃で壁をぶち破るようなふざけた破壊力を持つ、変な格好の少年たちが派手に暴れ回っているとなれば、多少の無理を押してでも止めないわけにはいかない。
……正直言うと一歩も動きたくないし泥のように眠り続けていたいのだが、あの少女の形をした化物に逆らえばどうなるか、彼らは身をもって知っていた。ただでさえ昨夜、あのおよそ正気とは思えない格好した少年たちをみすみす逃がしたのだ、もはや一刻の猶予もない。
そのような極限状態で持ち出した手錠が、尋常であるわけがない。
見た目は普通の、刑事ドラマなどでよく見る手錠。しかしそこに込められた異能は、崩壊世界に生きる者であれば戦慄してもおかしくないような代物だった。
すなわち、『異能を封じる異能』。
『世界復興』なんて頭がイカレているとしか思えないようなお題目を真顔で掲げる『豚汁』は、無秩序の世界を求める『崩壊組』の対極に位置する組織で、言わずもがな敵同士だ。過去に何度も大小それぞれの激突を繰り返し、勝ったり負けたり一進一退の攻防を続けている。
その過程で『豚汁』に敗北した『崩壊組』メンバーは、彼らの運営する収容所に投獄されている。『崩壊組』初代ボスのような厳重なものではさすがにないが、収容所があるということは、超常を操る『崩壊組』の凶暴性を押し殺せる仕組みができているということだ。
それが、この手錠。……正確に言えば、『物体に異能を封じる異能を宿らせる』能力だ。
手首を縛られずとも触れただけで能力の発動条件は満たされてしまうので、こうしてビニール袋に入れて持ち運んでいるのだった。
「これがありゃあ、あのニンジャ野郎にも隙くらいは作れるだろうがよ……あのロボット野郎には効かねえぞ! それはどうすんだ!?」
「あの『陽風』の出来損ないみてえなヤツは俺らの能力でも何とか出来る! いいから行くぞ! あの人に殺されたくなけりゃな!!」
急かされて、舌打ちをして青年は走っていく。
少女に連れてこられた総勢百名、誰もが少なくない傷を負いつつも、それを理由に戦線を退くことなど許されていない。
「……馬鹿野郎共が……」
暗く、狭い場所だった。
ここは城の地下牢。祭りに乗じて襲撃してきた『崩壊組』に、奮戦むなしくも破れた『治安維持隊』がまとめて収容されている場所だ。
そこで三十代後半と思しき顔立ちの、仲間内からは歳を食っているから〝ベテラン〟なんて揶揄されて親しまれている男が呻く。
黒詰め襟の制服が特徴である彼らの手首には、例外なく手錠が鈍く輝いている……のだが、ベテランの彼含む数名はその限りではなかった。というのも、つい先ほど『崩壊組』連中がやってきて手錠を外していったのだ。
実のところ、牢屋の壁や鉄格子、廊下や天井に至るまで、地下牢の全てには手錠と同じような異能が施されている。だからヤツらも安心して手錠を外していったのだろう。拘束具一つ外したところで、できることなど何もない、と。
その理由は分からない。が、『街』が騒がしくなっていることは何となく掴んでいた。何か『崩壊組』の想定外の事態が起こって、その収拾をつけるために手錠を利用しようとしているのだろう。わざわざ牢屋の中から取っていくのは、元々アレが特注品のようなものだからだ。絶対数は少なく、この『街』にいる『治安維持隊』全員を封じようとすれば、余りなんて出ない。
それでも奪っていったということは、逼迫した状況なのだろう。
だが、ヤツらは油断した。
基本的に、『異能を封じる異能』を宿した物体は、触れることによりその真価を発揮する。逆に言えば、触れない限りは何もないのだ。
さらに言うと、この異能は物体にしか作用しない。空間そのものに影響を及ぼすことはできない。
つまり、床にも天井にも触れなければ、能力は使える。
……それを見越して、苛木は『治安維持隊』を(まあ、彼女は何らかの要因で彼らを『崩壊組』と誤認しているようだが)地下牢に入れた後も手錠を外さないようにと部下に命じていたのだが、彼女自身が敷いた恐怖が彼らの思考を狭めた。彼らにしてみれば必死に編み出したアイデアなのだろうが、それが彼らの首を絞めることとなる。
「……俺の力は分かってるな」
ベテランの男が言うと、周りの『治安維持隊』は頷いた。
「はい……任せました、先輩」
「……ああ。任された」
自由になった手首を回す。彼がその身に抱く能力の名は、『伝え繋ぐ意思』。平たく言えばテレパス……『「豚汁」限定』という冠は付くが、『遠くの人間に意志を伝える』能力だった。
外で暴れている誰かが『豚汁』所属の人間とは限らないが、彼らに伝わらなくても構わない。この『街』の近くには、〝彼〟が来ているという噂があったからだ。
本音を言えば、目の前の鉄格子を壊して自らの手で決着をつけたかった。だが、第一希望が叶わない以上は他に助けを求めるしかない。みっともなくても、情けなくても、そんなチンケなプライドで誰かが傷ついてしまう方が、よっぽど許されないことだ。
男は一人の少女を思い浮かべていた。初めて『街』に来た時には今にも死にそうな顔をしていた、あの少女。
彼女が彼女なりに傷を克服し、頑張っている姿を見てきた。だから、追われる彼女に道を譲ることは誉れだった。
彼は『治安維持隊』だ。
彼女のように、未来ある若者の未来を守るのが彼の責務だ。
だから。
「届け……」
息を吸う。床から足を離す。
束の間の浮遊に、全てを賭ける。
「届けぇぇぇええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!」
そして。
「…………」
どこかで、仏頂面の男がゆっくりと顔を上げた。