子の心親知らず
ヒトミ達三人が所属する茶道部は、あくまで<抹茶を飲む文化を知る>ことが一番の目的な為、非常に気軽で、作法とかについてはまったく煩くなかった。そのおかげで、『ヒトミと一緒にいたいから』という程度の理由で入部したアヤやコノでも続けられたのだけれど、実を言うと部員全員がそういうタイプという訳でもなかった。
ただ気軽に抹茶を楽しみたいという、いわば<ライト勢>と、茶道の作法などをきちんと追求し真面目に学ぼうという<ガチ勢>とに分かれているというのも実態だった。
それ故、<ライト勢>の活動時間は最初の一時間のみで、それ以降は<ガチ勢>のみが残って、心ゆくまで<わびさび>の探求を行っているという形になる。
そして茶道部の部長、3年2組の門崎早緒莉はまさにそのガチ勢のトップで、部活以外でも、多くの人間が一度はその名を耳にしたことがあるだろうという有名な流派が主催している茶道教室に通っているという、正真正銘の<ガチ>であった。
彼女は、その印象を端的に表すと<旧家のお嬢様>と表現するのが最も適切かもしれない。さらりと伸ばされた黒髪や、楚々とした物腰、凛とした空気を纏った姿勢。まさに絵に描いたような<大和撫子>と言えるだろう。
ただし、彼女自身の家は、父親が事業で成功したことでまずまず裕福でありつつも、決して<旧家>という程ではない。あくまで本人の雰囲気がそういう感じというだけである。
今回なぜ彼女のことに触れるのかと言えば、実は最近判明したことなのだけれど、茶道部部長の門崎早緒莉は、アヤ、川上文の母方の遠縁の親戚だったのだ。
アヤは思う。
『その辺が判明した事情ってのがまた私にとっては最高に胸糞悪い話で、私はそのせいでさらに母親のことが嫌いになったんだよね』
と。
ここからは、アヤ自身にその詳細を語ってもらうことにしよう。
その日私は、せっかくの日曜日だってのに母方の親戚の法事に付き合わされて、母親の実家に行っててさ。だけど私にとってはろくに顔も知らない親戚のそういうのってやっぱり面倒くさくて、早く終わらないかなってばっかり思ってた。しかも母方の親戚って、さすがあの母親が育った家系だけあって、何て言うか、イヤミとか妬みとかをそのまま擬人化したんじゃないかってくらい、息をするようにそういうのの応酬をするのよ。なるほどこんな環境で育ったら、人を人とも思わないような人間に育つわって感じだった。
お父さんもなんでそんな人と結婚したのかって思ったら、お見合いだって。それ聞いて、ああ、なるほどって思ったわよ。この人達って、外面だけはすごく良かったからね。何しろ、実際には戦後のどさくさで成り上がっただけの庶民のクセに旧家っていうのに憧れてそれっぽく見せかけようとしてるっていう、ただの成金だから。
それで、私が居心地悪くて苛々してたところに、私と同じように親に連れられた彼女が現れたの。
彼女の顔を見た瞬間、私は思わず「部長!?」って声が出てしまってた。それに気付いた彼女も驚いてて、「川上さん、どうしてここに?」って。それでお互い、別に好きでもないのに連れてこられた者同士と言うこともあってその後はずっと一緒に話してたってわけ。お互いに知ってる話を総合すると、私のお祖父ちゃんの兄弟の息子の奥さんの連れ子が彼女だったってのが分かった。
連れ子ってことは、彼女のお母さんは今のお父さんと再婚したから遠縁とは言え私の親戚になったんだけど、実はその再婚が認められたのがつい最近で、それまではいわゆる事実婚状態で、しかも彼女のお父さんはそれが原因でずっと出入り禁止になってたんだって。さらにはその出入り禁止になった理由っていうのに私の母親が関わってたっていうね。と言うより主たる原因が私の母親だったんだよ。しかもその理由が、彼女のお母さんが気に入らないからとかっていう、ものすごくくだらない理由なの。
彼女のお母さんとお父さんは、本当はもっと早く、って言うより彼女が生まれる前から結婚を約束してたんだけど、お父さんの方の家族に反対されてその時は結婚出来なくて仕方なくそれぞれお見合いして他の人と結婚して、でもお父さんの方は奥さんと離婚して、彼女の実のお父さんは病気で亡くなって、それでやっぱり結婚したいってことで一緒に暮らし始めたのにそれでも反対されてたんだって。付き合いを続けるんだったら縁を切るとまで言われてさ。
それがようやく一昨年許されたそうなんだけど、せっかく結婚できたすぐ後に今度はお母さんが乳がんで亡くなって。その諸々があって今年初めて彼女はここの法事に参加したってことなんだって。道理でこれまで知らなかったわけだ。
だけどここからがさらに最悪だった。
私が彼女と話してるのを私の母親に見付かって、そこにまた運悪く彼女のお父さんが声かけちゃって、それで母親が結婚を反対してた人の娘だってことに気付かれちゃって、
「なんであの女の娘がここにいるの!?」
とか、彼女が学校の制服で来てたから、
「あの女の娘がいる学校だって知ってたら子供を通わせなかった!」
とか、ヒステリーBBAの本領発揮って感じでキレちゃって、みっともないったらありゃしない。それどころか、
「あの女の子供がいる学校なんかに通わせられない! 転校させる!」
なんてことまで言いだした。さすがこれには私も「はあ!? 何言ってんの!?」ってなって、
「ふざけないでよ! 私、転校なんかしないから!」
って言っちゃったら母親がさらに逆上して。しかも私の母親と彼女のお父さんまで言い合いになって、もう滅茶苦茶。
そこはさすがにお祖父ちゃんに一喝されてとりあえず収まったけど、お祖父ちゃんの見てないところで第二ラウンドが始まって、結局、彼女はお父さんに連れられて帰っちゃった。
私の方も、母親がしつこく、
「帰ったらすぐに転校の手続きしますからね」
とか言ってたけど、私は転校なんて絶対にしたくなかったから、お祖父ちゃんに頼んで母親を叱ってもらった。お祖父ちゃんは私にはまあまあ甘かったからね。
それでも帰りの電車の中で、
「もっといい学校があるから転校しなさい」
みたいなことを言ってきたから、私もうそこから口も聞かなかった。家に帰ったら、普段は頼る気にもならないお父さんに事情話して「転校したくない」って言って、お父さんからも反対してもらった。
まあ最終的には、部長さんは3年生だから1年もしないうちにいなくなるしそれまでの辛抱ってことで妥協してもらったけど、ホントもう疲れ果てたわよ。彼女の学年すら知らないであんなこと言ってたんだよ? マジで頭おかしいレベルって感じ。
はっきり言って私は、ヒトミがいるから今のこの家庭環境にも耐えられてるの。彼女がいなかったら私、どうなるか分からない。グレるどころかマジで何か事件でも起こしかねないくらいなんだからね?
自分の娘がこれくらい追い詰められてるってことに、どうしてあの人達、特に母親はあんなに無関心なんだろ。あの人にとってはどこまでも自分だけが可愛いってことなんだろな。ドラマやアニメだったらここで、<実は母親もこんなに子供のことを想ってた>みたいな演出が入るところかもしれないけど、現実にはそんなことないんだってつくづく実感する。滅多にない事だから、ドラマやアニメとして成立するんだってね。
まったく、人間ってどうしてこうなんだろうなって、絶望しそうになるよ。だから余計に、ヒトミに感謝なんだよね。
そうそうそれから、部長さんがガチで茶道してるのは、自分の境遇にも揺るがない精神力を身につけたかったからなんだって。そんなこんなで私は今、個人的に部長さんを応援してたりもするんだ。
以上が、茶道部部長、門崎早緒莉にまつわる話の顛末である。
早緒莉自身は、血は繋がっておらずとも母親を大切にしてくれた義理の父親に対しては感謝しており、義理の父親もまた、自らの親類に対する反発からか、アヤの母親ほどは身勝手な振る舞いを娘の前ではしようとしなかった。その為、親子関係という意味では概ね良好であり、そちらの面では幸いと言えただろう。
この後、早緒莉は、自らの意思を貫いて茶の湯を極めていくことになるのだが、それはまた別の物語となるので、今後触れることはない。