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ヒトミの哲学  作者: 京衛武百十
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両親が教えてくれなかったこと

初めてヒトミの家に寄ってから、アヤとコノは毎日のように彼女の家に寄ってから帰宅するようになった。むしろそうしないと自宅に帰れないと言った方がいいかもしれない。


アヤについては自宅に居場所がなく、コノの場合はもっと深刻で切実な問題があった。両親が帰ってくる前に帰宅すると、彼女を盗撮しようとした<下の兄>と二人きりになるからだ。


しかし、ヒトミの家に寄り道してから帰るようになって一ヶ月が過ぎた頃、その下の兄に彼女ができたという話が持ち上がった。夕食時に父親から『彼女とかできたのか?』的な話題を持ち掛けられた時、うっかり口を滑らせる形で本人がしゃべってしまったのだ。


妹の意替えを盗撮しようとするような人物に彼女が?と思うかもしれないけれど、実は、コノの兄は二人とも、見た目だけなら読者モデルをやっていてもおかしくないほどの<爽やか系のイケメン>風の人物だった。


けれど、実の妹であるコノから見た人物評となると、


『人間のクズ!』


とのことだった。盗撮の件に加え、彼女はこの兄から散々な目に遭わされてきたのだった。幼い頃には特に。言葉にするのも憚られるから詳細には告げないが、下着を剥ぎ取られ足を広げさせられたりなんてことはまだ比較的軽い方であっただろう。


なのに両親は、兄の仕打ちを訴え出る彼女の言葉には耳を傾けず、兄二人を贔屓と言ってもおかしくないほどチヤホヤした。明らかに両親の期待は、最後に生まれた娘ではなく、兄二人に向けられていた。むしろ、彼女のことは上の二人にとって丁度いい<玩具>のように考えてさえいたのかもしれない。


コノは思う。


『あいつ、親の前じゃけっこう好青年ぶってるからさ。親もそれ信じてるっぽいんだよな。それが余計ムカつく』


さらには、


『あたしが盗撮のこと親に話しても、あいつがすっとぼけたらたぶん親はあいつの方を信じると思うんだよ。


そりゃ自分の息子が性犯罪者とか、親にしたら悪夢だと思うよ。信じたくないと思うけど、娘のことは信じないだろうなって娘に思われてる親とかホントどうよって気がする。娘があんな嫌な目に遭っても気付く気配もないんだぜ?


部屋に鍵付けたいって言ったら、「家族を信じられなくなったらお終いだぞ」だってよ。信じるも何も、あんたらの息子は妹の着替えを盗撮しようとする性犯罪者なんですけど? それを見抜くこともできないで信じろとか、頭がお花畑のポンコツさんですねって感じだよ。


グレるわ~。ほんとグレたいわ~』


とまで考えていた。それと同時に、


『って言うか、ヒトミがいなかったらたぶんマジでグレてたわ~。ヒトミと話してたら、何かそういうのがバカバカしく思えてくるんだもん。


彼女ができてからあいつが家に帰ってくるのが遅くなったから早く帰っても大丈夫だと思うけど、そういうの抜きにしても、ヒトミの家で過ごす時間こそがあたしの癒しだったんだよね』


と、ヒトミと出逢い、彼女の家で一時ひととき過ごしているからこそ正気を保てていると考えていた。


コノのヒトミについての考察は続く。


『それにしても不思議だよね。ヒトミってどうしてこんな感じなんだろ? いや、ショウタもそうだけどさ。どうしてこんなにほよよ~んとしてられるんだろ? って言うか、ヒトミの家そのものからゆる~い雰囲気が漂ってるよね。家の中が散らかってて確かに汚部屋なんだけど、何故かそこから受ける印象はすごくゆるくて、全然荒んでるって感じじゃないんだよ』


なんてことを考えながら、いつものようにヒトミの家で一緒におもしろ動画などを見ていた時、カーテンに仕切られた隣の部屋から人の気配がしてくるのをコノは気付いた。


『あ、そういえば隣の部屋でヒトミのお父さんが寝てるんだっけ』


アヤもそれに気付き、ハッとした表情でカーテンの方を見た。


とその瞬間、カーテンが開いて人影が見えた。<中年のオジサン>だった。と言うか、そうとしか表現できない、太っている訳ではないけれど、それがまた余計に地味な印象にさせていると言うか、とにかく目立った特徴がない、悪く言うと<キャラの薄い>、コノやアヤから見てとにかく『頼りなさそう』な、ジャージ姿の中年男性だった。


「ああ、いらっしゃい」


その男性は二人を見ると特に気にする風でもなく淡々とそう挨拶をした。二人も頭を下げて、「お邪魔してます」と返した。


そんな男性に対してヒトミが、「お父さん、起きるの?」と尋ねる。それでやはりその男性はヒトミの<父親>であることがコノとアヤにも確信できた。


ヒトミの父親は娘の質問に対して「トイレ」とだけ答えて階段を下りて行った。


不思議な人物だった。決して小柄ではないのに、彼は殆ど足音をさせずに歩いていた。自分の家にも拘わらず足音を忍ばせていたのだ。男性にありがちな、どたどたと足音をさせながら歩く感じではなかった。


しばらくしてトイレから戻ってきてまた寝室に入っていった時も、気配を消すようにしてすっと姿が見えなくなった。


コノもアヤも、そんな様子が特に印象に残ったようだった。


その後、ヒトミの家で何度か顔を合わせたり言葉を交わすうちに、コノとアヤは気が付いた。


『あんまりどたどた足音をさせて近所の迷惑になりたくないんだな』


と。それについてコノは、


『いるもんな~。一軒家なのにすごい足音を響かせて歩いてる人。時々気になるよな~。


でもヒトミのお父さんは、そうじゃない感じ? 他人に我慢させるくらいなら自分が我慢するタイプの人なのかな?』


と考えた。だから思った。


『自分が隣の部屋で寝てるのに、あたしたちでこの部屋でおしゃべりしてるのを許してくれてるのに感謝しなくっちゃ』


と。しかし同時に、それが自分やアヤの為じゃないということも感じ取っていた。自分の子供であるヒトミやショウタの為なのだというのが何故か分かった。それぞれの個室が用意できないこの小さな家に友達を呼ぶには自分が我慢するのが一番なんだと考えているのだと。


それに気付いた瞬間、コノもアヤも『申し訳ない』という気分になっていた。だから二人は、さすがにこうして毎日のように家に寄るのは遠慮するべきじゃないかとも考えた。


「じゃ、またね~」


いつものようにヒトミに見送られながら家を出たコノとアヤは、「やっぱり、毎日はマズいよね…」と二人で同じ気持ちになっていることを確認した。


けれど同時にコノは思った。


『でも、不思議なんだよな。あたしって割とガサツでデリカシーなくて女らしくないって言われるくらい遠慮とかあんまりしない方なんだけど、ヒトミのお父さんに静かにしてほしいとか毎日は来ないでほしいとか言われたわけじゃないのに、何だかそういうこと考えないといけないっていう気にさせられるんだよな~。


親にガミガミ言われたって今までならピンと来なかったかもしれないけど、今は自然とそういう風に思える。もっとも。ヒトミやショウタのオジサンに対してだけって感じだけどね』


そして言う。


「なあ、アヤ。これからヒトミんところに来る時は、何か差し入れとか持って行った方がいいかな?」


彼女が訊くとアヤも、


「それ、私も思ってた。やっぱり手ぶらじゃ失礼かな?」


と同調した。二人は同時にそういうことを考えていたのだ。これは、彼女らにとっても初めてのことだった。これまではそんな風に他人に対して気を遣った覚えがなかった。


その時、二人は察した。


『そうか、これまでは親がいちいちあれこれ言ってくるから、自分で考える必要がなかったんだ。あれもこれも親が先回りして指示してくるから自分で考えるということをしてこなかったということなんだ。


だけどヒトミの家ではそんなこと誰も言わない。だから自分で考えないといけなかったのかも?』


と。それに気付いた二人は、真剣に話し合った。


「でもさ、差し入れって何がいいかな?」


「う~ん。ヒトミのとこは父子家庭だから、ご飯のバランスとかちゃんとできてないかもしれないし、そういうの考えてみたらどうかな?」


「え~、あたしそういうの分かんないや」


「別に難しく考えなくていいんじゃない?。野菜とかでもさ」


「って言うか、あたしたちが出してもらってる水とかの代わりに、自分達で飲みたいもの持って行けばいいんじゃね?」


「あ、きっとそれ正解」


それからコノとアヤは、時々スーパーに買い物に行くようになった。それまで買い物といえばコンビニばかりで、スーパーなんて親におつかいでも頼まれないと行かなかったというのに。


コノはジュースやおやつばかりだったけれど、アヤはトマトとかバナナとか大根などのセールがあればそれを買い、差し入れにした。しかも慣れてくると、今度は、ヒトミのお弁当がコロッケばかりなことを思い出し、副菜になりそうなプチトマトやブロッコリーを差し入れるようになった。すると実際に、ヒトミのお弁当にはアヤが差し入れたプチトマトやブロッコリーが入れられるようになっていた。


さりとて、毎度毎度となると、彼女らのお小遣いでは厳しい。なので、毎回ではなく日曜などの特に長居することになる日に、金額も一回百円程度に抑えて持っていくようになっていた。


自分で考えて。


でも、二人はそれが楽しかった。


「いつもお邪魔させてもらってるから、これ、お礼です」


アヤがそう言って野菜を差し出すと、ヒトミの父親は、


「ありがとう。気を遣ってくれて」


と返してくれた。そして二人は知った。たとえ自分が当たり前だと思っていることでもちゃんと「ありがとう」と言ってもらえると嬉しいのだということを。彼女らの両親がしなかったことを、彼女らに教えなかったことを、ヒトミの父親は教えてくれたのだ。


やがて二人は、カラオケとかゲームセンターに行くよりも、こうやってヒトミの家に集まるのが一番楽しくなっていたのだった。



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