男前で何が悪いのさ
彼女の名は、神木野好栄。市立上洛高校1年3組出席番号27番。身長169㎝。体重58㎏。誕生日は9月7日。趣味は音ゲー。
彼女は思う。
『あたしが女らしくないのは、やっぱ環境のせいだと思うんだよな~。上が二人とも男でさ~、服もおもちゃもお下がりは全部男物だし、遊びも全部男の遊び方だしさ~。せめて親がその辺、気を遣って女の子として扱ってくれてたらもうちょっと違ってたかもしれないけど、あたしの相手を兄貴二人に任せっぱなしにしといて今更<女らしくしろ>って言われたって手遅れだって。
ほんとは制服も、スカートじゃなくてスラックスにしたかったんだよ。小学校の時はスカートなんて穿いたことなかったしさ~。中学の制服で初めてスカート穿いた時には本気で登校拒否しようかって思ったね。恥ずかしすぎだって。仕方ないから中にショートパンツ穿くことで妥協したけどさ。
そしたらさ~、高校に入って同じクラスにスラックス穿いてる女子がいたんだよ。同じ一年で一人だけ。あとは三年生に一人だけだったんだ~。最初話しかけようかなとも思ったんだけど、女子なのにあえてスラックス穿いてるわりには大人しい子で、何か違うって感じだったんだよね。それよりは三年の先輩の方がらしくってさ~。すぐ意気投合しちゃってそっちとばかりつるんでたんだよね~。
でも、先輩に彼氏ができたら急になんか目覚めちゃったらしくて、スカート穿いて女子女子し始めちゃって、彼氏とばっかりつるむようになったしさ~。何かがっかりだよ。仕方ないからクラスの男子と合わせてたんだけどさ~、高校男子って中学と違ってやっぱり何か色気づいてる感じで、あたしのことを女として見てる感じなんだよね~。そういうのもなんか違うんだよな~。
別に同性愛者ってわけじゃないけどさ、何か恋愛とかどうでもいいんだ~。興味無いって言うかさ~。だからなんか最近自分がクラスで浮いてるな~って感じだったんだ』
と。快活でやや粗野な印象もある彼女は、ヒトミとアヤの同級生だった。だからもちろん、彼女の言う『同じクラスにいるスラックス穿いてる女子』とはヒトミのことだった。
さらに好栄は思う。
『浮いてるって言えば、さっき言ってたスラックス女子の、山伏って言ったっけ? その子も一人で浮いた感じだったんで、ま~心の中で仲間みたいに思ってたんだよ。なのに、最近クラスの女子の田上って子とつるみ始めちゃったみたいでさ~。結局あたしは一人ってことになる訳か~。ま~別にいいけど~』
などと、一人で勝手にいろいろ考えていたりもしたのだった。
すると、ある時、大掃除のグループ分けの時に、彼女はヒトミやアヤと一緒のグループにされてしまった。
彼女らの高校では、グループ分けの時は基本的に本人の希望を優先する為、普段から行動を共にする者同士でグループ分けされることが多かった。それ故に一部では<余りもの>でグループが作られることもあったのである。
「というわけでよろしく~」
あまりあれこれ考えても仕方ないと、好栄は明るく陽気に挨拶をしてみることにした。が、反応が薄い。
『軽く挨拶してみたんだけど、う~ん、スベったかな~?』
と内心焦っている彼女に対して、「よろしく」とヒトミが<普通に>応えてくれた。そう、普通に。無理に調子を合わせたり嫌々という印象のない、普通の調子で。
かと思うと、アヤの方は若干引いているような怪訝そうな様子も見せていた。むしろこちらの方がよくある反応だったと思われる。
けれど、ヒトミが普通にしてくれていたので、好栄もホッとするものを感じていた。だから、
「それで、掃除の場所はどこだっけ?」
と彼女が訊くと、アヤも落ち着いたのか「校長室だって」とこちらも普通に応えることができた。
「校長室ってなんかヤだよね~」
好栄がそう正直な気持ちを吐露すると、「分かる~」とアヤが応える。しかしそれに対してヒトミの答えは、
「そう? 私は興味あるよ。面白そうだよね」
というものだった。
『なに? この子、変。って言うか、面白い…!』
校長室を『面白そう』と評したヒトミのことこそを、好栄は『面白い』と感じてしまった。
校長室に着くと、好栄とアヤは緊張していたのに比べ、ヒトミはまるで物怖じした様子も見せず気軽にノックして、「掃除に来ました」と声を掛けた。
「入りなさい」と中から校長が応じると、「失礼します」とヒトミはまったくためらうこともなくドアを開けて入っていく。だから好栄とアヤもそれにつられるように校長室へと足を踏み入れた。
部屋に入ると、立派な大きな机の向こうに校長の姿があった。その光景に好栄は、『やっぱり距離を感じるよね~』と、気持ちの上で一歩引いてしまっていた。それなのにヒトミはまるで担任にでも話し掛けるように、
「掃除って何をしたらいいですか?」
と、やはり気軽に尋ねた。
『うお~、余裕だな~!』
どこまでも物怖じしないヒトミの姿に、好栄は軽く興奮を覚えていた。
「床を掃いた後でモップ掛けだけしてくれたらいいよ」と校長が応え、「分かりました」とヒトミが応える。そうして掃除が始まった。
好栄とアヤが箒で床を掃き、ヒトミがモップを掛け、掃除そのものはものの十分ほどで終わってしまった。その間にもヒトミは、校長に話しかけられると普通に雑談するかのように応えていた。
「どうして君はズボンにしたのかな?」
と問い掛ける校長に対しヒトミは、
「スカートが嫌だったからです」
と、まったく遠慮なく真っ正直に答えた。それに好栄が驚いていると、さらに校長は、
「君も分かってると思うけど、今、女子でズボンなのは君だけで、少し前まで三年にも一人いたけれど、その生徒も今ではスカートを穿くようになった。君は自分が一人だけだっていうことが怖くないかね?」
と訊かれてもヒトミは堂々としていた。
「一人なのは寂しいですけど、別に怖くないです。悪いことしてるわけじゃないですから」
そんな彼女の姿に、好栄は敗北感さえ覚えた。別に勝負をしていた訳ではないにも拘わらず、何故か『負けた』と思ってしまった。
好栄は思った。
『中学の時に登校拒否しようとか思うくらいスカートが嫌だったのに、ちゃんと校則でも認められてるスラックスにしたいっていう自分の意見を通せなくてスカートの中にショートパンツで妥協したのに、彼女は自分一人ででもそれを押し通したんだ。しかも、あたしは親が許してくれなかったっていうのが一番の理由だったけど、彼女の親はそれを許してくれたんだ。
すごい。何かすごいよ。ちょっと尊敬する。あたしよりよっぽど男前じゃん』
校長室から出た時、彼女はヒトミとアヤに自ら話し掛けていた。
「ねえ、山伏さん、川上さん、あたしも友達にしてもらっていいかな?」
それに対してヒトミはこともなげに「いいよ」と応じる。さらには、
「友達だったら苗字じゃなくてヒトミでいいよ」
とまで。それに合わせるようにアヤまで、
「私もアヤでいいよ」
とのことだった。だから好栄も、
「あたし、コノっていつも呼ばれてるんだ。よろしくね」
こうして好栄、いや、コノにも、高校で初めてのちゃんとした<友達>ができたのだった。
それは、この後、何十年と続く、<人生の友人>との出会いであった。
ただ、その勢いに任せてコノは自らの両親に再度スラックスに変えることを懇願したのだが、それは呆気なく却下されることとなった。
『くそう、納得いかね~!』