シャレにならない
「なあ、これ誰のカメラだと思う?」
10月も半ばを過ぎたというのにやけに暑い月曜日の五時間目と六時間目の間の休憩時間。次の体育の準備の係だったヒトミ、アヤ、コノ、ピカが他の生徒達より先に更衣室で着替えていた時、コノが小型のビデオカメラを持ってそんなことを訊いてきた。
「何それ、どこにあったの?」
とアヤが訊き返すと、コノがロッカーの上を指差しながら、
「そこのロッカーの上に、穴開けた箱に入れて置いてあったんだよ。しかも録画が作動してた」
などと言うから、他の三人は思わず「えーっ!」と声を上げていた。
「何それ盗撮じゃん!?」とアヤ。
「マジ?」とヒトミ。
「誰の仕業ですか!?」とピカ。
その時、他の生徒達が廊下を歩いてくる気配がして、騒ぎを大きくすると面倒かもしれないと咄嗟に判断、取り敢えずそのビデオカメラを掃除用具入れのチリトリの後ろに隠して、授業が終わってから担任に相談することにしたものの、それが気になって体育の授業どころではなかった。
授業が終わりバレーネット等の片付けを終わらせてから四人が更衣室に戻ると他の生徒達は着替え終わって出ていくところであった。しかし四人は他にもカメラが無いか見て回ってから着替えた為に、少し遅れてしまった。
「遅いぞ、もたもたすんな」
ホームルームに遅れた四人は担任に叱責されたが、やはりそれどころではなくて、ホームルーム中もずっと上の空だったようだ。
ホームルームが終わって他の生徒達が教室から出て行くのを待ち、いつもであれば部活の時間まで教室で四人で宿題をするところだったものを、今日は『とにかく例のビデオカメラのことをどうするか』の対策会議となった。結局担任に相談することにはなるにしても、まずは彼女らなりの覚悟みたいなものを持っておく必要を感じたというのもある。
「とにかく、何が映ってるか確認してみなきゃ駄目だろ」
ビデオカメラを預かってたコノがそう言って再生を始める。するとやはり更衣室の中が映っていて、それでいて最初はずっと誰も映っていなかった。おそらく、あの更衣室が使われてなかった五時間目より前から置かれていたということなのだろう。
なので一時間くらいスキップしてみると、今度はいきなりヒトミの姿が。
「うわ!?」
さすがのヒトミもこれには驚いたように声を上げた。
「あー、やっぱり」
と、コノが眉間にしわを寄せて呟く。そんなコノにピカが問い掛けた。
「何それどういうことですか?」
ピカの問い掛けに腕を組み苦々しげに応える。
「角度的にヒトミが映るんじゃないかなって思ってたんだよな」
「……」
「ヒトミが狙われたっていうこと?」とアヤ。
だがその時、自分が服を脱ぎ始めてるところが映ってる画面を見ながらヒトミが口を開いた。
「たぶん、狙いは私じゃない気がする」
「どうしてそう思うんですか?」とピカ。
「あたしもそう思うな」とコノが言うとヒトミも頷いて、
「きっと毬崎さんを狙ったんじゃないかな」とのことだった。
ヒトミがそう思ったのには当然理由がある。この角度であればヒトミの手前に<毬崎>という女子のロッカーがある為、本来ならばそちらの彼女の方がばっちりと映ると推測されたからだ。女子力ゼロのヒトミを狙うより、女子力3組No,1で、男子からの人気学年トップ5に入るという<毬崎さん>が狙われたと考える方が確かに説得力があっただろう。
ヒトミがブラウスを脱いで、下に着込んでた体操服姿になったところで突然画面が揺れ、動画が終わった。コノがカメラを持って録画を切ったからだった。
「これはガチだわ、ガチ盗撮だわ」
腕を組みながら不機嫌そうにコノが吐き棄てた。するとピカが言う。
「でもよく気付きましたね、コノ」
するとコノはますます不機嫌そうな顔しながら、
「兄貴がさあ、あたしの着替え盗撮しようとして部屋にカメラ仕掛けてたことがあったんだよ。そん時はスマホだったけど同じようにレンズのところに穴開けた箱に隠して置いてあって、それでピンときたんだよ」
と唐突に告白した。
『何その衝撃の告白!?』
アヤはあまりのことに呆然とし、
「何とおぞましい。男兄弟いなくてよかったです…!」
と、ピカが、寒気を追い払うように自分の体をさすりながら吐き棄てるように言った。その気持ちがアヤにもすごく分かった。アヤには弟がおり、『弟がそんなことしたら?』と想像するとゾッとした。一緒の家にいられないとさえ思ってしまった。
そんな二人を見ながら、コノはビデオカメラを振りながら言う。
「それはいいけど、どうするこれ? 余裕で刑事事件だよ。警察に届ける?」
しかしその時、ピカがキュッと表情を引き締めやや前屈みになり、抑え気味の声で提案した。
「でも、まずは誰がやったか私達で調べてみませんか?」
『はあ? 何言いだすの!?』
アヤが声も出せずに驚く。それでも何とか声を絞り出し告げる。
「いやいや無理でしょ、危ないよ。警察に任せた方がいいって…!」
アヤとしては、そんな危ない事はまっぴらごめんということだった。
『ドラマやアニメじゃないんだよ? そんなこと上手くいくわけないって…!』
アヤの懸念は当然だろう。こういう時、ドラマやアニメでは素人が事件解決に動き出し、結果として上手くいくことが多い。だがそんなことは所詮フィクションの中での話の筈だ。なのにピカは、
「大丈夫ですよ、犯人はカメラを回収する為に更衣室に現れるハズですから、それだけ見張ってればいいだけですし。それに、カメラだけが見つかって騒ぎになったら、犯人が名乗り出るとは思えません。こういうのはしっかりと追及しなきゃ駄目だと思います。そして一罰百戒、見せしめにするべきです」
と主張した。その表情は真剣そのものだった。冗談や悪ふざけで言ってるのではないと、他の三人にも察せられてしまう程には。
そんなピカを見てアヤの頭をぐるぐると思考が走り抜けた。
『それはそうかもしれないけど、それって生徒がするべきことじゃないような気がする。
…だけど、安全なところから見張ってるだけでいいのなら……?』
そう考えてしまうと、途端にアヤにも興味が湧いてきてしまった。だからつい、
「そうだね。確認するだけなら、いいかな」
などと口走ってしまったのだった。そんなアヤに『我が意を得たり』とばかりにピカが言う。
「でしょう? となれば善は急げです。更衣室に出入りする人間を見張るだけなら渡り廊下に隠れながらでもできますよ」
と、すっかりやる気のようだ。
「でもそうすると、今日は部活行けないよ? 四人そろってサボる?」
いったんは興味に囚われてしまったアヤだったがはやり完全には乗り気になり切れず、思い直してほしいとばかりそう訊いた。なのにピカはとりあわない。
「大丈夫です。私が今からひとっぱしり行って、居残りさせられることになったから休みますって言ってきます」
『ひとっぱしりなんて、以前のピカなら使わないような言葉とか、微妙に雑なアイデアとか、どうやらピカもだんだんヒトミ達に染まってきたのかな……』
どこか興奮しているようにも見えるピカを見ながらそう思ったアヤにはお構いなしでピカは教室を出ていってしまった。残された三人達は、何とも言えない重苦しい沈黙に包まれた。もっとも、ヒトミは単にカメラを珍しそうに眺めてただけだったが。
アヤは思う。
『いつもならこういうのはコノが言い出しそうなことなのにな…
さっきの<衝撃の告白>が影響してるってこと? コノは不機嫌そうな顔で腕を組んだままカメラを睨んでるだけだし…』
あまり深入りしてはいけない気がしてアヤは、コノについてはとりあえず置いておくことにした。しかしよくよく考えてみれば今回実際に被害に遭ったのはヒトミなのだから、
『ヒトミがどうしたいのかが一番大事じゃないの?』
と思い立ち、ヒトミに訊いてみる。
「ねえ、ヒトミはどうしたい?」
するとヒトミは平然とした顔で、
「面白そうだよね。少年探偵団って感じかな」
とか、ピカ以上に緊張感のないことを言い出した。
『ヒトミらしいと言えばらしいけど、ダメだこりゃ……!』
しばらくして教室に帰ってきたピカに手招きされて、三人は更衣室の出入り口が確認できる渡り廊下へと向かったのだった。
「あ~…、そうなんだ…」
アヤが、嫌悪感を隠す気のない呟きを漏らした。
それは、現国の肥早田暁吉だった。彼が女子更衣室の前に現れた時、四人は何となくピンと来てしまった。何しろ彼は、女子生徒からは<悲愴>ってあだ名される程に、女子を見る目が危ないっていう評価が鉄板の、<嫌われ教師ワースト3>に入る人物だったからであり、このタイミングで現れる人間として納得と言えばあまりにも納得するしかないキャスティングであった。しかし、現場を押さえなければ確定的な証拠は得られない。
四人は、念の為に、犯人からはより見付かりにくいようにと、一年用の女子更衣室がある一階ではなく、見通しもいい二階の渡り廊下のところから監視していた。その上でさらに身を隠して様子を窺う。
すると肥早田暁吉は、きょろきょろと辺りを窺う様子を見せた後、四人が想像した通りに女子更衣室のドアを開け、中に入っていってしまった。
『ビンゴ~…!』
アヤがますますげんなりした顔でそんなことを思う。
この学校では、人命にかかわるなどのよほどの緊急事態でもない限り男性教師が女子更衣室に入ることは認められていない。その上で更に、必ず女性教師か、女性職員が行うことと決められていた。男性教師である肥早田暁吉が女子更衣室に入ることは、もうその時点で不法侵入の現行犯が成立してしまうのだ。
「…え?」
それを確認した瞬間、突然コノが走り出す。三人は呆気にとられてその背中を見送ってしまった。
『コノ! 何を!?』
思いがけないコノの行動に焦りながらもピカも立ち上がりコノを追いかけた。彼女の目算としては、あくまで犯人が誰であるかということを確認し、可能であれば犯人が女子更衣室に出入りするところをカメラで押さえればそれで目的は果たされるというものだったからだ。あえて危険を冒す必要はないし、ピカ自身、容疑者と直接対峙するなどとは想定もしていなかったのである。
なのにコノは、渡り廊下から更衣室のある校舎に入り、階段を駆け下りていく。ピカに続いてアヤとヒトミもコノを追いかけて走った。
『コノ! 無茶しないでください…!』
できれば止めたいとピカは思ったものの、到底間に合うものではなかった。
「…先生、探してるのはこれか?」
ピカが更衣室に駆け込んだ時には、コノは既に肥早田暁吉と対峙し、盗撮の証拠品であるカメラを突き付けているところだった。
『なんて無茶なことを…!』
ピカの背筋を冷たいものが奔り抜ける。
『もし容疑者が逆上し襲い掛かって来たりしたらどうするつもりなのですか? 蛮勇にも程があります!』
次に起こるであろう事態を想像し、ピカの体が緊張する。
しかし…
「あ、いや、違うんだ…これは、その、あの…」
ピカの予想に反し、肥早田暁吉はただオロオロとするだけで飛び掛かったり逆上したりすることはなかったのだった。拍子抜けしたと言ってもいいほどに、ピカはその無様な姿を呆然と見詰めた。
そしてあることを思い付き、コノの横に立ち、スマホのカメラで彼の姿を写真に収め、言った。
「肥早田先生。お話があります。私達と一緒に総合自習室に来てください。断っておきますが、あなたが女子更衣室に入っていくところもカメラで押さえてあります。私のスマホはクラウドサーバーと常に同期させてますから、もしこのスマホを奪って壊しても写真も動画も消せません。クラウドサーバーにはパスワードも設定していますので、パスワードを解析した上でアクセスして消すような時間もありません。故にあなたにはもう言い逃れする方法はありません。大人しくしてもらえますね?」
反撃を考えても無駄なことを徹底的に思い知らせるために、ピカは容赦なくそう告げた。
もうどうすることもできないと観念したのか、肥早田暁吉は見た目にも意気消沈し、うなだれて立ち尽くすだけだった。
もっとも、実はピカが言った『クラウドサーバー云々』の話は口から出まかせでしかなく、開き直られたり本当にスマホを奪って壊されたりしてはマズかったのだが、むしろそう言ったピカの方が意外に感じてしまう程に上手くいってしまったのだった。コノの早まった行動も、怪我の功名となったらしい。
ただ、この時、うなだれる肥早田暁吉を見詰めるコノを何気なく見たピカは、その、本当に汚く下劣なものを見るような侮蔑の視線には少し驚かされていた。
『コノもこんな表情をするんですね……』
ともあれ、四人は肥早田暁吉を伴って、図書ホール一階の総合自習室へと移動した。途中で逃げられたり飛び掛かられたりしないよう、ピカとヒトミが前、コノとアヤが後を、常に数メートルの間隔を保ちながら歩いた。だが、肥早田暁吉は完全に観念したのか、逃げる様子も暴れる様子もなく連行されていく。
総合自習室に着いたピカは、思った通り個室が空いていることを確認し、肥早田暁吉とピカとコノとヒトミが同じ個室。アヤには携帯で110番をコールする用意をした状態で、隣の個室に待機してもらうこととなった。もし肥早田暁吉が暴れるようなことがあればすぐに電話してもらう為だ。
<総合自習室>は、個室と言っても、空間が区切られていてある程度外の音が遮られるというだけで、全面ガラス張りの周囲からは丸見えの小さな部屋だった。本来は四人くらいの小グループで作業をするための部屋である。ここなら図書ホールにいる生徒の視線もあり、同時にこちらの声は外には漏れにくいという、非常に都合の良い部屋でもあったのだ。
肥早田暁吉を座らせ、その反対側に三人が座り、ピカがスマホの録音アプリをオンにし、問い質した。
「肥早田先生、あなたが犯人ですね?」
「…はい」と、彼は呆気なく容疑を認めた。
その後、どのようにして女子更衣室へ侵入し、カメラを仕掛たのかを詳細に本人に語ってもらい、カメラに映ったヒトミへの謝罪をさせ、ヒトミに教頭を呼んできてもらって、教頭の前で改めて経緯を説明を行った。当然、教頭は驚き、校長に報告する為に肥早田暁吉を連れて行く。
そこから四人は、後日、担任を通していろいろと事情を聞かれ、校長とも話し合いの場を持ったものの、肥早田暁吉とはもう顔を合わすことはなかったのだった。
それからどうなったのか結論から言うと、肥早田暁吉については、本人が非常に反省している様子であること、ヒトミに対してすでに謝罪したこと、他に余罪が無かったらしく今回が初めてであったらしいということから、教育委員会とも協議したうえで事件にはせず、二度と同じようなことはしないという念書を書かせた後に自己都合による退職という形に落ち着くこととなった。
『正直申し上げて甘いと私は思いました。もっとしっかり罰してやるべきだと思いました』
それがピカの偽らざる気持ちだった。しかし同時に、
『だけどこれが表沙汰になったら、きっとマスコミがハイエナのごとく押し寄せて、被害者であるヒトミに対してもメディアスクラムによる取材攻勢をかけるでしょう。昼となく夜となく、ヒトミの家にまで押しかけて根掘り葉掘り訊き出そうとするに違いありません。それは、ヒトミとヒトミの家族にとって今回の事件の実質的な被害よりもはるかに大きな精神的ダメージになることが容易に想像できました。
学校内で起こった事件について、よく学校側が『被害者への影響に配慮して』みたいな理由で公にしないことがあるようですが、これまで私はそれを、不祥事を公にされたくない学校側だけの都合だと思っていました。しかし、現に身近でこういうことが起こると、騒ぎが大きくなることによる二次被害が確かにあるということを実感させられました。
だから今回だけは、肥早田暁吉が二度と事件を起こさないという大前提はありますが、あえてこのまま幕引きにするという選択もありなんだと思いました』
とのことだった。
そして当のヒトミはと言うと、事件の翌日にはもうそんなことなんてなかったみたいに普通に振る舞っていた。今回のことも父親に話したものの、実質的な被害が無かったことを知ると『そうか、大変だったな』の一言で済ませてしまったのだという。ヒトミもまた、それで十分のようだった。
それは、ピカには到底理解できない感覚だった。しかし、ヒトミ本人を見ていると、そういうのも別に間違いではないかもしれないと思えてしまうのがまた、不思議で仕方なかったのだった。
アヤやコノに訊いても、
「ま~、それがヒトミですから」
と言うだけなのであった。




