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ヒトミの哲学  作者: 京衛武百十
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苦みばしったニクいやつ

川上文かわかみあやは、部活とかについては『メンドーだな』と考えいわゆる<帰宅部>であったが、ヒトミが茶道部だということを知り、気になってはいたのだった。しかし。


『でも、あのヒトミが茶道部? 何か全然イメージできないや。あ、でも、運動系の部活よりはまだらしいって言えばらしいのかな』


などと考えていた。そしてある時、


「ねえ、茶道部って楽しいの?」


と尋ねてみた。するとヒトミは、


「楽しいよ。私、抹茶好きだし、抹茶と一緒に食べるお茶菓子も美味しいし」


と何気なく飄々とした様子で応えた。


「ふ~ん」と、いまいちピンときていないアヤに対してヒトミはさらに告げる。


「私んち、お菓子あんまり食べさせてもらえないんだ。お父さんが買ってくれなくて。でも、部活で出るのは和菓子とかがメインだからいいって言ってくれてる」


それに対しては「マジ?」と思わず声を上げるほどだった。


「お菓子食べさせてくれないとか今どきありえなくない?。もしかしてヒトミのお父さんって厳しい人?」


問い掛けるアヤに対してヒトミはやはり平然とした表情で応えた。


「私はそんなに厳しいとか思ってないよ。て言うかむしろ甘々なんじゃないかな。機嫌が悪い時は確かに怖いけど、私達に対しては滅多に怒らないし、あんまり煩く言わないし、家ではゲームとかやり放題だし」


さすがにそれにはアヤも『信じられない!』という表情かおになって、


「うっそお!? じゃ、どうしてお菓子はダメなの?」


などと声が高くなってしまった。それでもヒトミは慌てる風でもなく、


「お菓子がって言うよりスナック菓子が駄目ってことみたい。ジャンクだから? それに全然駄目ってわけでもなくて、一週間に一度くらいはOKなんだよ。食べ過ぎは駄目ってことかな」


と応え、アヤをさらに戸惑わせ、彼女の頭には様々な思考が駆け巡った。


『何なの? この家庭。ゲームはやり放題だけどスナック菓子は一週間に一回って、わけ分かんない。ここまで聞くと、今度はヒトミのお父さんにちょっと興味が出てきた。入学式に見た時の人がそうだったら、ただの普通の中年のおじさんだった気がするけど』


さりとて、あまりに平然としているヒトミの姿に慌てている自分が気恥ずかしくさえ感じられて、「こほん!」と咳ばらいをして自らを落ち着かせた。その上で、


「ふ~ん、そうなんだ。まあいいや。それよりさ、今日、イチコが部活終わるまで待ってていい? 一人で帰るのつまんなくてさ」


とようやく本題を切り出すことができた。そう、元々これが言いたかったのだ。


それに対してもヒトミはただ穏やかに視線を向けて、


「騒いだりしなかったら茶道部は見学OKだから、一緒に行く?」


と返してきた。だが、それには逆に戸惑ってしまう。


『いや、別にそこまでって思ってたし、何か茶道部って厳しそうな感じがしたから中に入るのはちょっと……』


そう考えていたアヤにヒトミは告げた。


「見学の人にもお菓子出ると思うよ」


その一言にアヤの気持ちは一気に覆った。


『え? お菓子出るの? じゃあいいかな~』




その後、茶道部の部室に来たアヤは思った。


『何か思ってたよりも全然おカタい感じじゃないな…


テレビとか見たのと同じで畳に正座なんだけど、椅子みたいなのを使ってる人もいるし、割とみんな普通に雑談してるし、ほんとお菓子食べながらお茶飲んでるって感じ?』


実はその茶道部は、本格的な茶道の茶道や心得を学ぶというよりも、あくまで<抹茶をたしなむという文化>を残すことを主目的としており、それにより結果として深く茶道を知ろうと考える人間を見つけ出すという形の集まりであったったのだそうだ。


「お一つ、いかがですか?」


茶道部の部長である女子生徒に勧められ断り切れなくなったアヤは、物は試しと一杯いただくこととなった。部長のお手前はさすがに堂に入ったものだったがこの時のアヤにはまだよく分かっておらず、ヒトミに教わりながら一口含んでみたところ、


「苦っ!」


と思わず声を上げてしまった。それを他の生徒にくすくすと笑われ、『やっぱりやめといたらよかったな…』と後悔した。


しかしそんなアヤにヒトミが、


「お茶菓子と一緒にいただいたら美味しいよ」


と、微笑みながら言う。戸惑いながらも『それなら』と餡を求肥で包んだ和菓子と共に口に含んだ瞬間、その表情がハッとなった。餡の甘さと抹茶の苦みが混ざり合い、いわゆる<抹茶アイス>にも通じる、苦みのある甘さとなって口の中に広がったのだった。


『あ、こういうことなんだ!』


アヤは自分が納得したことを感じていた。


一方、ヒトミの方はと見ると和菓子と一緒にという訳でもなく抹茶のみを楽しんでいた。本当に抹茶が好きなのだとアヤにも伝わった。


しかも、他の部員と抹茶の濃さの好みや合う菓子についての談議に花を咲かせ、盛り上がっていた。そんなヒトミの様子に、アヤの胸がツキンと痛む。


『クラスでは私とくらいしか話さないのに、ここではこんな姿も見せるんだ…』


ヤキモチというまでではなかったかもしれないが、アヤはこの時、もっとヒトミのことを知りたいと思った。ヒトミと一緒の時間を持ちたいとも思った。だからつい、その場で茶道部への入部を申し出てしまったのである。


部活が終わって一緒に帰る時、アヤはヒトミに言った。


「なんだか不思議だよね。茶道なんて全然興味なかったのに、結局入部することになっちゃった」


とこそこまで言ったところでハッとなって、


「まさか、ヒトミの策略!?」


と彼女に視線を向けると、


「なんでやねん」


とツッこまれたのだった。


『ヒトミ、そんなこともできるんだ…!』




「…ただいま」


部活が終わりヒトミと別れ、家に帰ったアヤはそう声を出しながら玄関を開けた。その瞬間に彼女はまたハッとなった。『ただいま』などと挨拶してしまったのは、自分でもいつ以来だったか思い出せないほどに久しぶりであったからだ。


普段は、母親と鉢合わせでもしない限りは言わなかった。今回のように玄関を開けた段階でそれを口にすることなどついぞなかった。


けれど、『おかえり』などの返事はなかった。母親がキッチンあたりで何か作業をしている気配はあったが、聞こえていないのか聞こえた上で無視しているのか、何も言ってはこなかった。だがそれもいつものことだ。


自室にこもり制服を脱ぎながら鏡を見た時、アヤの頭に、自分を見詰めているヒトミの姿が浮かんでくる。


「…早く、明日にならないかな…」


思わずそんなことを呟いて、『ヒトミに会いたい』と考えている自分自身に気が付いてしまった。


そしてアヤは思ったのだった。


『好きっていうのとはちょっと違うかな。ううん、友達として好きっていうのは確かだと思うんだけど、その、LOVEっていう意味の好きじゃないっていうのも確かだと思う。それよりもっと何て言うか、優しいって言うか、リラックスしてるって言うか…


…家族に、会いたい…


って、感じ…?


どうしてそう思ったのか自分でも分からないけど、何かそう考えるのが一番しっくりくる気がしたんだよね』



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