まどろみハートブレイク
ピカのショウタへの入れ込み様は、コノやアヤを唖然とさせるレベルだった。
昨日の、ヒトミの家で行われたコノの誕生パーティだってほとんどショウタに会いに行く為のただの口実になっていたという一面も確かにあっただろう。だから事情を知らない他人から見れば、正気を疑われるものだったかもしれない。
けれどコノにとってはそうじゃなかった。その心情は、コノ自身に語ってもらうことにしよう。
あたしは、今のピカのことは決して嫌いじゃない。確かに6月くらいの頃までのピカは、自分を違う世界の住人みたいに思ってるイヤミなお嬢様って感じだったのはホントだけど、今は、自分に正直なだけの<猪突猛進キャラ>だってのが分かってきて、一周回って面白いって感じだった。
あたし達はみんな、たぶん<どっかネジの外れた痛い人間>なんだと思う。でもこれは別に卑下してるんじゃなくて、むしろだからこそお互いが必要なんだって最近気が付いた。
あたしとアヤは家族のこともあって特にヒトミを必要としてるけど、ヒトミも実はあたし達がいないと、どんどん世間から離れて行ってしまうと思うんだよなあ。とにかく<普通>っていうものにこだわらないから、自分の見た目とかまるっきり気にしないんだ。今朝だってとんでもない寝癖のままで登校してきて、平然としてるんだよ。慌ててあたしとアヤとピカが頭湿らせてコームでといて何とかマシにしたけど、今でもサイドが激しく自己主張してる。
要するに不思議ちゃんの一種だと思うんだけど、なまじ言ってることが結構筋が通ってたりするから落差がとにかくヒドイ。あたしだってあんまり人のことは言えないけど、ヒトミには負ける。アヤもそうだ。ヒトミに比べればまだ、<普通>ってものに囚われてると思う。ヒトミは囚われなさすぎだよ。
先日は先日で、ヒトミが家じゃ裸族だってことを知ったピカが、年頃の女性としてそれではいけないと、こんこんと説いたのにもかかわらず、「ふ~ん」の一言で済ましちゃったし。
まあ、あたしは実際その様子を目撃したけど、あたしに対してはそれなりに恥じらい(って言えるかどうかは分かんないけど)を見せてたから家族以外にはその部分じゃ一応わきまえてるみたいだから、自分の家でそれだけ油断できる、気が抜ける、リラックスできるっていうのはあたしにとっては羨ましくもあるんだよね。なにしろ、うちにはガチの性犯罪者がいるし。あいつが外で何か事件起こしたら、あたしは本気で今の家族とは縁切って籍も抜いてやろうって思ってる。冗談抜きで。
って、あたしは何言ってんだっけ? 確かこういう話じゃなかったよな。
と言うかアヤの誕生日だよ! そうだよその話をしようとしてたんだよ。なんでこんなに脱線したんだ? って、ピカのせいだな、こりゃ。昨日のあたしの誕生日の時にも見た、ショウタに対するピカのガチっぷりにあたしはすっかり惑わされてたよ!
なんて、一人ボケツッコミはさておいて、
「アヤの誕生パーティはどうする?」
と、放課後に部活の時間まで教室で課題をしてたヒトミ、アヤ、コノに声を掛けた。ヒトミの時もあたしの時も直前過ぎたから、今度はもっと余裕持ってと思って訊こうとしてたんだよ。
「26日は平日だから、私もコノの時と同じで次の日曜日で、あの感じでいいよ~」とアヤ。
「じゃあ、私の家で~」とヒトミ。
するとピカは?と思ったら、全然話が聞こえてないみたいにただ課題をやってただけだった。
「ピカ? おい、ピカ!」
私がちょっと強めに声を掛けたら、
「あ、は、はい」
ってやっと気が付いてあたしの方を見た。
「おいおい、大丈夫か? アヤの誕生パーティの話なんだけどさ」
と言っても、
「あ、ごめんなさい。確か9月26日でしたね」
だって。やれやれ。
「それはアヤの誕生日。誕生パーティーはその次の日曜日。ショウタに会いに行ける日だよ」
ほんとにもう。何があったか知らないけど、らしくないぞ、ピカ。
「ピカ、どうしたの? 今日は朝からちょっとおかしい感じがしてたけど、具合でも悪いの?」
アヤが訊く。するとピカは、
「いえ、そういうのではありません。大丈夫です。日曜日ですね。承知しました」
と笑顔で言ったけど、あたしにもそれが何だかぎこちない笑顔に見えた。あたしも思ってたけど、今日のピカは変だよな。
その時、ヒトミがおもむろに口を開いた。
「ピカ、昨日お父さんにちょっと注意されちゃったんだよね。それが気になってるんじゃない?」
だって。何それ? 何があった?
「お父さんって、ヒトミのお父さん?」
「うん。最近ピカがうちに来るたびにショウタにオモチャをプレゼントしてくれてたんだけど、あんまりそうやって簡単にオモチャが手に入るのって良くないってことで、お父さんにしばらくプレゼントを控えてほしいって言われたんだ。ごめん、ピカ、さすがに私にも聞こえてた」
何と、そんなことが? 改めてピカを見たら、なるほど落ち込んでる感じだと思った。それにしてもこのピカがここまで落ち込むとか、相当だな。
「やっぱり、お父さんは私のことを怒ってらっしゃるのでしょうか?」
バラされた以上、もう隠してても仕方ないって感じで、ピカがヒトミに話しかける。ここまで不安そうなピカを見るのは初めてだった。でもヒトミは、
「大丈夫だよ。あの感じならお父さん怒ってないから。ほんとにただ、ショウタが簡単にオモチャが手に入るようになってそういうのを大事にしなくなるのを心配しただけだと思う」
っていう感じで、いつもと変わらない穏やかさでピカに答えた。
「それならいいんですけど…」
だけど、ヒトミの言葉を聞いても、ピカの不安は消えてなさそうだった。
まあそうやって色々あったけど、アヤの誕生パーティも何だかんだ楽しめた。あたしからはアヤが好きな猫のストラップ。ヒトミからは猫の置物。ピカからは純銀製の猫のブローチをプレゼントした。
「ありがとう」
アヤの笑顔を見ると、やっぱりこのメンバーで誕生パーティーやって良かったと思った。
ところで、ピカの方はと言うと、あの後も何度かヒトミの家に来て、お父さんに言われたっていう<ショウタの遊びに付き合う>ってのをやって、ヒトミとショウタのお父さんが怒ってないのも確認できたらしくて、すっかり元通りになってた。で、今日も、アヤの誕生パーティもそこそこに結局はショウタに夢中なんだよな。
二人で一緒に動画を見ながら、ショウタがその動画について解説したりうんちくを語ったりしてるのに耳を傾けてて、その様子だけ見てたら何だか、とっても仲のいい若いお母さんと子供って感じにも思えた。あれこれ心配してたみたいだけど、結局うまくいってるみたいじゃん。
ほんと言うと、あたしも、ショウタがもしこのままの感じで大きくなってくれたら、その時は異性として意識してもいいかなとか、ちょっと思ってたりしたんだよ。もちろんあたしの方が6歳も年上ってことだから現実はハードルも高かったと思うし、何よりショウタがこのままの感じで大きくなってくれるかどうかは全然分からないけどさ。だけどヒトミの弟くんだもん。大きくなってもきっと優しくて心の広い男の人になってくれると思うんだ。
あたし、男は嫌いだけど、ショウタだけは例外になる気がしてた。でもなあ、こんなの見せつけられちゃったらなあ。
こうしてあたしは、恋もほとんど始まらないうちに失恋を味わっていたのだった。
と、コノにとっては何気に切ない心の動きがあったということだ。ピカのショウタへの想いが本物だと感じたことで、彼女は自らの気持ちを表に出す前に身を引いたということになる。
なお、コノがピカの気持ちを思い知った背景には、彼女も少し語った、ピカの<ショウタの遊びに付き合う>という努力が大きかったのだろう。
ここからは、ピカにその詳細を語ってもらうことにする。それに伴って時間が多少前後するが、ご了承願いたい。
私は、彼の可愛さにすっかり魅了されていました。いえ、恋をしてると言ってもいいでしょう。彼の家に訪れる度に写真を撮らせていただいて、今ではその数は数百枚に上っています。彼の名前は山伏正大くん。小学4年生。年齢は9歳。誕生日は12月24日。私より六つも下です。でもそんなことは関係ありません。そんなことでは彼の魅力は揺らぎません。
彼との出会いは、彼の姉である山伏一実と友達になったことがきっかけでした。しかし彼女の家は、一部上場企業の重役を父に持ち、全国にチェーン展開している有名エステサロンのオーナーを母に持つ私とは比べるべくもない下流の父子家庭でした。そこに彼はいたのです。
ゴミ屋敷の初期段階のような荒れた家に、彼は父子三人で暮らしていたのでした。
そのような家庭環境にありながら彼の瞳はとても真っすぐで、髪を短くしていなければ女の子にも間違われそうな中性的な優しい顔をした彼は、まさに西洋絵画に描かれる天使そのものでした。
掃き溜めに鶴とは、こういう場合にも使われるのでしょうか?。
そんな彼に魅了されてしまった私は、いつか彼をこの境遇から救い出すべく、密かに計画を練っていました。彼が結婚可能な年齢になる9年間の間に彼を私の虜にして、婿養子として私の家に迎え入れるのです。その為には、彼を私の虜とするだけでは足りません。彼を私の家に相応しい一流の男性に育て上げる必要があるのです。でなければ父や母に結婚を反対される可能性もありますから。
だから私は、友達である山伏一実=ヒトミに会うことを名目に彼の家を訪れ、そのついでと称して彼の勉強を見てあげるようにしていたのでした。全ての科目において学年でもトップクラスの学力を持つ私にとっては、小学生の家庭教師くらい造作もないことです。ことのはずでした。はずだったのです……
それに先駆けて私は、まずプレゼント攻勢で、彼の私に対する好感度を上げることを狙いました。最初は上品な和菓子を、家に上がらせていただくことの付け届けとして持って行ってたのですが、初めの頃こそ喜んでいただけたものの、やはり小学生には和菓子は早かったということでしょうか。そのうち興味を持っていただけなくなってしまったのでした。
なので次に、お子さんが喜びそうなスナック菓子を持って行ってたのですが、これは、彼の家庭の方針、『スナック菓子やジャンクフードの摂取は控える』という、下流でありながらなかなかの意識の高さにそぐわないと感じ、私の方から自重させていただきました。
そのため次はオモチャをプレゼントさせていただいたのですが、これは彼のお父さんに、
「気持ちは嬉しいけど、簡単にそういうものが手に入るようになってしまったらあの子が物を大切にできなくなってしまうかも知れないから、クリスマスや誕生日だけにしてあげて欲しい」
と直々に頭を下げられてお願いされてしまったのでした。正直、これには大変動揺しました。それを聞いた時には足が震えてさえいました。
『私は必要とされていない…?』
幼い頃、仕事が忙しかった両親と顔を合わすことすらままならなかった時期の想いすら甦ってくるのを感じてしまったのです。
ですが、彼のお父さんは同時に、
「あの子の遊びに付き合ってくれるだけで充分だと思うよ。小さな子の遊びに付き合うのは大変かもしれないけど、そうしていただけると私も助かる」
とおっしゃってくださったので、私は一縷の望みを託して彼の遊びに付き合うことにしたのでした。ですが私はすぐに、お父さんがおっしゃった『大変かもしれないけど』という言葉の意味も思い知りました。
遊びの内容自体は、ゲームに付き合ったり、一緒にネットの動画を見たりという他愛ないものが多かったのですが、その際に彼が語るうんちくやら、彼がゲームや動画を基にして自由帳に書いた自作のお話を聞いたりというのが、意外と大変なのです。何しろ、小学4年生の子が語るものですから、内容が実に幼くて正直私には興味の持てないものがほとんどでしたから。
しかしここで露骨に興味がないという態度をとってしまっては、彼を傷付けてしまうかも知れません。これはなかなか忍耐力を要する大変なことでした。しかもヒトミに聞いたところによると、彼のお父さんは、彼やヒトミに対してこれをずっと続けてくれているそうです。こういう、大人の側からすれば無駄な時間とついつい考えてしまいがちな子供の話に耳を傾けることが、この家では重視されているのだと知りました。だからこそ、ヒトミも彼も父親を信頼し、何でも話せる土壌ができてるのだと思いました。
思えば私の両親は、二人とも仕事が忙しく、私が幼かった頃にここまで私の話を聞くことができていなかったように思います。私が幼い頃に自分は生まれてくるべきじゃなかったのかもしれないと思ってしまってた時期があったのはそのことが原因かも知れないと、この家の様子を見ていて思いました。その差が、一見するとまるでゴミ屋敷の初期段階の様に荒れているようにも見えるこの家庭で、ヒトミや彼が伸び伸びと朗らかに育っている秘訣なのかもしれないとも感じました。
とは言え、やはり容易ではないこの行いは、もはや精神的な修練の様にも思えてきてしまいます。
けれども、辛抱強くそれを続けたためか、彼は私に懐いてくれているように見えました。その間に私は誕生日を迎えてしまい、一時的にとは言え7歳違いになってしまいましたが、ヒトミと同じく私の友達であるアヤやコノと一緒に家に訪れた時も、一番私に話しかけてくれますし、時には私にぴったりと寄り添ってゲームをしたりしてくれたのですから。
彼の体が触れている部分に感じる重みと体温。これこそが生きている実感なのだと私は思いました。
そして私は計画を第二段階へと進め、彼の勉強を見てあげると申し出たのです。
ですがそれも、私が思っていた以上に大変な作業だったのでした。自分もそうだったのかもしれないですが、子供の集中力というものは想定していた以上に長続きしなくて、しかも、自分が分かっていることを分からない人に分からせるというのは想像以上に難しいというのを私は思い知らされたのです。
なまじ自分では分かっているから、自分にとっては当たり前のことでもそれ以上に噛み砕いた説明をしなければ分からない人には伝わらないということが最初は理解出来なくて、『どうしてこのくらいのことが分からないの!?』とつい感情的になってしまいそうになりました。
でもそれを口にしてしまってはよくある駄目な教育ママになってしまって、逆に勉強に対する意欲を失わせることを私は知っています。私の両親もそれをよく分かっている人でしたから、家庭教師はつけられていましたがあくまで強要はしませんでしたし、させませんでした。そのような態度をとる家庭教師は即日解雇してましたし。
おかげで私は勉強というものに対して苦手意識を持ったことはありません。分からないことは分かるまで丁寧に教えてもらいましたから。なのに、いざ自分が教える側になると、自分がどのようにしてもらったのか、特に小学生の頃にどのようにしてもらったのかまでは思い出せないのでした。私にとっては当たり前のこと過ぎて印象に残らなかったようです。たとえ思い出せたとしても、私が分からなかったところと彼が分からないところが違うと、思ったようにはまりません。まさか、人に教えるという行為がこれほどまで難しいことだったとは。
かつて家庭教師をつけてもらっていた頃に、私が質問したことに答えられない人がいたりすると内心見下していたりしたのですが、そのような人でも少なくとも<教える>という行為に関して言えば私より優れていたのかもしれないと、当時の自分の慢心が恥ずかしく思えてきたりもしました。
しかし、このような有様で私は本当に九年後までに彼を一流の男性に育て上げることができるのでしょうか? 正直言って不安は尽きませんが、何としてもやり遂げなければいけないと改めて心に誓うのでした。
と、これほどまでにピカはショウタに対して真剣であり、それ故、コノは自分の気持ちを諦めることになったという訳である。
コノが次に『この人なら』と思える相手に出会うまでにはさらに十年の月日を要するのだが、それは別の物語になるのでここで触れることはない。




