浮かれ気分でセレブリティ
ヒトミの家に初めてピカが来てから一週間後、ヒトミ達はピカの別荘に来ていた。
それを前にアヤが呆然としていた。
『私の家も世間一般のレベルで言ったらまあまあ余裕がある方なのかなって思ってたけど、やっぱり本当のお金持ちは桁が違うんだ……
でも、別荘って言っても、これ、結構なお屋敷だよね?』
それは、ドラマとか映画で出てきそうな白い立派な洋館だった。
『しかもなんか、洋館って聞いたからちょっとホラーチックなのを想像してたけど、これってかなりメルヘンチックかも…カ、カワイイ……!』
「かわいい~♡」とヒトミが声を上げて、
「スゲ~!」とコノは感嘆した。
そんな二人にアヤは、
『二人とも思うのはそれだけ? 運転手付きの、しかも中に冷蔵庫とかがあってしっかり飲み物が冷やされてたワゴンのハイヤーで快適にここまで来て、木々が生い茂るいかにもな高級別荘地にお屋敷みたいな洋館がで~んと構えてて、それが感想? それとも私が考えすぎなだけなの?』
と戸惑わずにはいられない。しかしピカは平然と、
「どうぞ。今回は私達だけですから何も遠慮はいりませんよ」
そう言いながらいかにもな門をくぐって歩いていく。
「おじゃましま~す」とヒトミとコノがピカに続く。その後をアヤは正直圧倒されながらついていった。敷地内をちょっと見まわして庭もちゃんと手入れされていて、
『これ、管理費だけでも年間いくらかかってるんだろう?』
などと少々下世話なことを想像していたりもした。
そんなアヤには取り合わず三人はススッと歩き、玄関に近付くとドアが開いて、中から、アヤ達よりは間違いなく年上だがそれでもまだ『若い』と言っていい女性が現れた。
「ようこそいらっしゃいませ。お嬢様のお友達の方ですね。お疲れでしょう。お飲み物を用意してますので、まずはお寛ぎください」
ドラマやアニメで見るような清楚なエプロンドレスに身を包んだその女性は、深々と頭を下げながら四人を出迎えた。ピカが言う。
「彼女はこの家を管理してくれてる管理人さんの娘さんで、斎藤杏奈さん。家事とかは彼女にお任せしてあるからゆっくりしてくださいね」
その紹介に合わせ、彼女は「よろしくお願いいたします」とまた頭を下げた。
「お世話になりま~す!」
と、ヒトミとコノは相変わらず呑気な挨拶をしたけれど、アヤはさすがに恐縮してしまってちゃんと頭を下げて、
「こちらこそよろしくお願いします…!」
と丁寧に挨拶をした。
『ふわ~っ……!』
家の中に入ると、そこもまるでドラマや映画のセットみたいに綺麗に整えられた室内で、今度ばかりはアヤだけでなくてヒトミもコノも呆気に取られてただそれを見詰めてしまう。
「ここは、外国のお客さんを歓待する為にも使ってる西洋式の家ですから、靴のままで入ってくださいね」
ピカに言われてアヤは、ヒトミやコノよりは先に正気に戻ったもののどこで靴を脱げばいいのかなときょろきょろしていたことについて言われたのに気付いて、顔が熱くなるのを感じてしまった。
「へ~、ほんとに靴のままで入るんだ。なんか変な感じだね」
と、ヒトミの様子は普段と変わらず鷹揚としていて、むしろ堂々としているようにさえ見えただろう。コノについては、「は~、ほ~」と感心したように周りを見回してて、物怖じはしてないけれどやや品のない感じだったかもしれない。
「皆様、どうぞ席におかけになってください。お飲み物をお持ちします。オレンジジュース、アップルジュース、コーラ、紅茶、コーヒー、麦茶がご用意できますが、どれになさいますか?」
家事を担当する斎藤杏奈に促されて、四人はそれぞれソファーに腰を下ろしながら、ヒトミとアヤはオレンジジュース、コノはコーラ、そしてピカは「私はいつものを」と注文を済ませた。
「かしこまりました」と斎藤杏奈がお辞儀をして奥の方へと行くと、アヤはようやく「ふう…」と息をついて緊張から解放された気がした。
「これがピカの別荘なんだ。ほんとにすごいね」
ヒトミはただ純粋に感心しているという感じでピカにそう声を掛けた。するとピカは嬉しそうに、
「ありがとうございます」
と笑った。そんな様子を見て、この時のピカの笑顔がどういう意味か、アヤは少し気になるのを感じていた。
『この前、ヒトミの家で驚かされまくったことへのお返しっていうことかな』
とも思った。アヤがそんなことを考えているとピカが、
「先日、ヒトミの家で驚かされたことのお返しが出来たみたいで嬉しいです」
と、アヤが想像していた通りのことを口にした。
『あ、焦った~! 心でも読まれたのかと思った……』
アヤはそう考えて鼓動が早くなるのを感じていたが、もちろんそんな訳もなく、本当にヒトミの家で驚かされっぱなしだったことが少しばかり悔しくてというだけであった。
「私は皆さんのことが本当に知りたいんです。私は皆さんと出会って、自分の知らないことがまだまだたくさんあることを思い知らされました。特にヒトミの家のことは、私にとっては衝撃的でした。できない人にはできないなりに、それを補うやり方もあるんだってことを知りました。私は皆さんと出会えたことを大切にしたいと思います」
途中ちょっと?な部分もあった気がするものの、ピカがそう言って頭を下げたことについては彼女の素直な気持ちだとアヤには思えた。
その時、斎藤杏奈が「お待たせいたしました」と飲み物を持って現れる。そしてそれをテーブルに並べると、
「もし何か御用がありましたらお申し付けください。昼食はこれよりピザを用意させていただきます。夕食は六時頃にお庭でバーベキューを予定しています。お風呂の用意は既にできておりますので、いつでも入っていただけます」
と言って、また奥へと戻っていった。
「バーベキューって、私ひさしぶり~」
ヒトミが嬉しそうに言った。ヒトミの家では外食とかもあまりしないということなので、実際に久しぶりだったのだろう。
「バーベキューもいいですけど、ここは本格的な石窯がありますから、ピザもそこで焼くんですよ」
ピカがそう言うと、
「え~、見てみた~い!」
と、ヒトミとコノが声を上げた。
『あのね、あなた達…いくらなんでもはしゃぎ過ぎ…!』
だと呆れるアヤをよそに、ヒトミとコノはピカに案内されて石窯を見る為に立ち上がった。仕方なくアヤもそれに付き合う。しかし、
『すごい…なにこれ…!』
庭に面したテラスに設置された石窯は本当に本格的な大きなもので、まさかこれほどとはとアヤはもう言葉も出ない。それに対してヒトミとコノは、
「うお~っ! すげ~っ!!」
と声を上げて興奮していたが。
石窯の前では斎藤杏奈が窯の中を覗き込んで、ピザの焼き具合を窺っているようだった。そして慣れた手つきで長いヘラを扱い、ピザが均等に焼けるように位置を調節したりもしてた。ピザを石窯で焼くときはそういう風にするんだとアヤもテレビで視て知っていた。けれど実際に見るのは初めてだった。
しばらくして焼き上がったピザを斎藤杏奈がヘラに乗せて取り出して、それをテーブルに置かれた大皿に乗せると、
「おお~っ!」
っと、ヒトミやコノと一緒にアヤも思わず歓声を上げてしまっていた。
「おいしそ~!」とヒトミ。
「すげ~!」とコノ。
「ほんとにすごいね」とアヤ。
「それでは、せっかくですからここでピザをいただきましょうか」
ピカがそう言って、そのままテラスでピザを食べることとなった。各自飲み物を取りに戻ってから庭が見渡せるテラスでテーブルに着く。
「おいし~!」と、ピザを口にしたヒトミとコノがそろって声を上げる。アヤも、『本当に美味しい…!』と、声には出さなかったが感心していた。こういう場だから気分的なものもあるのかもしれないと思いつつ、確かにいつも食べている宅配ピザとは違う気がした。ヒトミの誕生日にピカが差し入れた本格的なピザ屋のそれに負けていないと感じた。
『ピザもすごいけど、ここのロケーションがまた……』
ピザをいただきながら周りを見回すものの、見えるのは緑ばかりで隣の家とかがまったく見えない。まるで森の中に一軒だけこの屋敷が建ってるみたいにも感じられるほどだった。
『こんな世界もあるんだな…』
と、アヤは素直に感心してたのだった。
「しみじみ、私のお母さんってこういう生活がしたかったんだろうなあって思うんだよね」
昼食のピザの後、そこだけで自宅が丸ごと入りそうな広々とした部屋でソファーのリクライニングを思いっきり倒してコノがだらけ切っていた時、アヤが急にそんなことを言いだした。
「私のお父さんって、役所の偉い人だから、世間一般からしたらそれなりに高給取りの筈なんだけど、お母さんにとってはそれでも全然足りないみたいで、いっつも『お金が無い、家計が苦しい』って文句ばっかり言ってるんだよね。そのくせ自分は働こうともしないし、それどころか見栄張っていい服とか買って、私達にもそういう恰好させようとするけど、私は正直言って付き合い切れないかなって感じ」
と、突然、家庭についての愚痴をこぼし始める。
「そうなんだ~。あたしんちは、見栄張るどこじゃない根っからの庶民だからこういうのって単純にスゲ~って思うだけかな~。でもうちの両親も、現実って言うか、自分の子供のこと見えてないポンコツぶりは腹立つけどね~」
と、何となく親に対する愚痴を披露するみたいな流れを感じ取ったように、コノもついそんなことを言ってしまった。だがそれは、『親が子供のことを見てない分かってない』という点において、コノにとっても切実な問題だったというのもある。
それで何となくヒトミにも、
「ヒトミはどう?、こういうのって」
と尋ねてしまっていた。だけどヒトミは、
「私もたまにはこういうのも楽しいけど、こんな大きな家だと掃除とか大変そうだからこんな感じで遊びにこれるだけでいいかな~」
と、部屋の床の一部が一段高くなって畳が敷かれたところでごろごろしながらいつもの感じで答えただけだった。家族に対する愚痴とか文句とか、ヒトミは本当に口にしないと、コノは改めて感じていた。それどころか、
「あ~、それにしても日本人ならやっぱり畳だよね~」
などと言いながら、畳の感触を味わうように転がっているだけのヒトミに、苦笑いすら浮かべてしまう。
「外国の方でも、日本の畳を経験してみたいとおっしゃる方は結構いて、だからそこは障子を出せば区切られた和室にもできるんですよ」
転がるヒトミを見ながらピカが言った。『そんなこともできるんだ~』と、コノはただ感心していただけだった。するとピカは続けて、
「ヒトミは、ご自分のお父さんのことをどう思ってますか?」
と尋ねる。
『だよね~。あたしとアヤにとってもまだまだイチコんちのことは謎が多いから、ピカにとってはそれこそ不思議なんだろうな~』
そんなことを思うコノの前で、ヒトミはただ飄々と答えた。
「お父さん?。好きだよ。だ~い好きみたいなことは言わないけどさ。お母さんが死んでからも頑張ってくれてるし、私はお父さんの子供に生まれてよかったな~って思ってる」
畳の上に寝転がったままで、ヒトミは当たり前のようにそう言った。一般的に高校生くらいともなると他人の前で親を『好き』などと口にするのは『ちょっと恥ずかしい』と思うことも多いかも知れないにも拘わらず、ヒトミには全然そういうものが無かった。
『本当にお父さんのことが好きなんだな』
とコノはむしろ感心さえしていた。しかしピカが続けて訊く。
「でもヒトミのお父さんは家事とかあまり得意じゃないみたいですね。そういうのはどう思います?」
『やっぱりピカも気になるんだね~』
そんな風にコノも思った。
『まあ、当たり前か。あの様子を見たらね。けど、分かってないな~』
と思いながらコノが何気なくアヤの方を見るとアヤも彼女を見ていて、二人してまたニヤニヤが止まらなかった。
『そうじゃないんだよね~』
以心伝心というものか、コノとアヤは無言で頷き合う。
そんな二人とピカの前で、ヒトミはやはり鷹揚とした様子で語った。
「そういうとこはお父さんの駄目なとこだと思うけど、お父さんも人間だもん。得意なこととか苦手なこととかあるよ。だけどお父さんはね、私のことを認めてくれるって言うか、受け止めてくれるんだよ。私に生まれてきてくれてありがとうって言ってくれるんだ。私もお父さんがそう言ってくれるから生まれてきて良かったって思うんだ」
『生まれてきて良かった』
その言葉に、コノは感慨深いものさえ覚えていた。
『普通の人がそんなこと言うと何か嘘臭いって言うか綺麗事って言うか格好つけてるって感じがすんだけど、ヒトミの場合は本当にそう思ってるってのが何故か分かるんだよな。ヒトミがそんなことで見栄張ったり格好つけたりしないってことを、あたしが知ってるからかもしれないけどさ。
って言うか、あたしもアヤも、正直な話、自分が生まれてきて本当に良かったとか思えたことってないんだよな。家にいたってそんな気持ちになれたことなんてなかった気がする。あたしなんかもう、それこそ家にいる方が気が休まらないし、それどころか生まれてきたくなかったなんてことを考えてしまうのは、家族と一緒にいる時だったりする。
自分の子供にそんな風に思わせる親ってどうよって、ヒトミのお父さんのことを知ってから思うようになった。それまでは親なんてそんなもんだって思ってたからか考えたこともなかったけど、今はおかしいって思う……』
コノが言葉には出さずにそんなことを思っていると、
「生まれてきて良かったですか…」
ピカがヒトミの言葉を繰り返しながら、何かを思い出そうとするみたいに遠くを見詰めた。『彼女も、自分が生まれてきて良かったと思ってたかどうか考えてるのかもしれない』とコノは感じた。
何となく会話はそこで途切れて、その後は四人はのんびりとした空気の中でゆったりしていた。
そんな時間がしばらく続いた後、また不意にピカが思い出したかのように口を開いた。
「ところで皆さん。ここは露天風呂もあるんですけど、入りませんか?」
その言葉に一番反応したのはヒトミだった。
「露天風呂!? 入る入る! 露天風呂大好き!」
がばっと起き上がって小さな子供みたいに目を輝かせる。そういうところも『ヒトミらしいよな~』とコノもアヤも思った。しかし二人も露天風呂は決して嫌いじゃないから、
「おう、あたしも入るぜ」とコノ。
「そうだね、せっかくそういうのがあるんだったら」とアヤ。
ということで、四人で風呂に入ると決まる。するとピカがリモコンみたいなのを操作し、それを待っていたかのように斎藤杏奈が「失礼いたします」と部屋に入ってきて、ピカが、
「アンナ、お風呂の用意お願い」
と声を掛けた。そんな様子を見てコノはつい、
「おう、メイドさんを下の名前で呼ぶとか、ほんとに外国みたいだな」
と、思ったことがそのまま口に出てしまっていた。けれどそんなコノに対して斎藤杏奈はにっこりと笑って、
「皆さんも<アンナ>と呼んでくださって結構ですよ。お客様にはそうしていただいてますから」
とのことだった。
『なるほど、これが<萌え>ってやつっスか? 違うか?』
なんてことを考えつつもそれ自体はどうでも良くて、
「お風呂の用意はできております。どうぞ、こちらです」
とアンナに案内されて、コノ達は早速お風呂へと向かっていった。そして脱衣所に入るなり、
「お風呂から上がられましたら、浴衣とバスローブの好きな方を選んでいただけます」
というアンナの説明もほどほどに、ヒトミは、パパッと服を脱いで浴室の扉を開けて仁王立ちで声を上げた。
「すげ~っ!」
『こういうところはほんとに小さな子供みたいなんだよな』
ヒトミの姿を見てコノがそんなことを思う。そしてコノが浴室に入るころにはもう、ヒトミははシャワーのところに備え付けられたボディソープやらシャンプーを使って体を洗い始めていた。
コノが改めて風呂を見ると、さすがに旅館とかのに比べると小さいものの、四人で入るにはまだ大きすぎるくらい立派な露天風呂だと感じた
隣の家とか全然見えないにも拘わらずしっかりと目隠しの塀が作られてて、『これなら安心して入れそうだ』なんてことをコノが思っているとアヤとピカも入ってきて、四人は心置きなく露天風呂を満喫することになったのだった。
と、今回の別荘での宿泊を計画したピカは、ここまでは順調だったことに満足しつつ、しかしまだ当初の目的は果たせていないと、露天風呂で寛ぐ三人とは対照的に、気持ちを引き締め直していた。
では、ここからはまた、ピカ本人に語ってもらうことにしよう。
学校の仲良し四人組で一緒にお風呂となれば、普通の人ならここでお互いのプロポーションの話や恋愛話で盛り上がるところなのでしょうが、私はそういうことをしたくて今回のことを計画したわけではありません。私は、ヒトミの、いえ、ヒトミの家庭の秘密を知りたいのです。
ヒトミのお父さんが、ヒトミに生まれてきて良かったと思わせてくれる人だというのは分かりました。悔しいですけど、私には生まれてきたからには何かを成し遂げたいという気持ちはずっとありますが、生まれてきて良かったと思えなかった時期があったのは事実です。幼い頃、両親の仕事が忙しくてあまり顔を合わすことさえできなかったことが寂しくて、
『私なんていない方がいいのかも』
と考えていたことがあったのを覚えています。しかしそれこそが私の意欲の根源だと思っています。私の存在を両親を始めとした多くの人達に認めさせるために私は努力を続けているのです。
なのにヒトミからは、『誰かに自分のことを認めさせたい』という強い願望のようなものを感じないのです。しかもそれは、諦めや投げやりな無気力ではなく、『積極的に主張はしないのに確かにそこに存在する』という、私がこれまでに実際に出会ったことのある人達とは違う存在感を感じてしまうのです。
それが、ヒトミが感じているという、<自分は生まれてきて良かった>という圧倒的な自己肯定感によるものかどうか、もしくはそれ以外の何かによるものかどうかを私は確かめたいと思いました。
「ヒトミ。私は人は誰もが平等だという言葉が嫌いです。なぜなら、人は生まれた時点ですでに平等ではないからです。あなたの家と私の家とはこれほどまでに差があり、あなたのお父さんでは決して与えられないものを、私の両親は与えてくれました。これのどこが平等なのでしょう? 平等だというのなら、あなたにも私と同じものが与えられるべきだとは思いませんか?」
楽しいお泊り会には相応しくない質問だと自分でも思います。だけど私には必要なことなのです。ヒトミ達と出会ったことで私の価値観は大きく揺さぶられています。そこに生まれた矛盾や論理の隙間を埋めるものが必要なのです。それが無ければ、私がこれまで保ってきた意欲を維持することができないかもしれないからです。
だけどヒトミは、やっぱりいつもと変わりませんでした。
「う~ん。それって、<平等>っていう言葉の解釈の問題じゃないかなあ。生まれた状況に左右されるのって、別に人間だけじゃなくて動物だってそうだよね。生きやすい環境で生まれたら生き延びる可能性も高くなるし、厳しい環境で生まれたらそうじゃなくなるって言えるよね。じゃあ動物も平等じゃないのかな? 動物は平等じゃないってことで不満を感じたりするのかな?」
「それは…」
「私がお父さんから聞いた平等の意味って、『人間は誰でも、自分でどう生きるかを自分の意思で決めることができるという点だけが平等であるべき』ってことだったんだよね。生まれた時にたくさんのものを持ってる人も確かにいるけど、そんな人の中にもそういうのをわざと捨てる人もいるよね。持ってるものを活かすのも捨てるのもそれを決めるのはその人だってことが大事なんじゃないかな」
「…」
「それに、私もピカみたいにお金持ちだったら買いたいゲームがたくさんあるけど、一日が24時間しかないのは誰でも同じだから、やりたいゲームを全部やってたら勉強とかする時間なくて私きっとおバカさんになっちゃう気がする。だから、どうしても欲しいゲームしか買ってもらえなくて、でもその分、勉強する時間も作れる今の方が私には合ってるんだと思うんだ」
「それは、負け惜しみってやつじゃないですか?」
「そうかもね。でもいいんだ。だって、お父さんがいてショウタがいて私がいる今の家が好きだもん。お金がいくらあったって、お父さんやショウタがいないのは嫌だ。どんなにお金があったって、家族のことが好きじゃないとかいう家も嫌だ」
「……」
私は、普通なら相手が怒りだしても仕方ない質問をしたつもりでした。敢えてヒトミのお父さんを見下す言い方をしたつもりでした。なのにヒトミは怒るどころか、私の質問に対してよどみなく平然とそう答えたのです。本当にいつもと変わりない感じで。ヒトミにとっては、私の質問の無礼さとか、何の関係もないみたいでした。
しかもヒトミの言うことにも一理あると思いました。むしろ、私が感じてた<平等>っていう言葉の矛盾に答えが出てしまった気がしました。そうですね、人間は誰しもが自分のことを自分で決められるべきという点だけなら、他人からの干渉を無くすようにすることで実現できてしまうかも知れません。他人の選択に意図的に干渉することがなぜ問題かっていうこともそれで説明がついてしまう気もします。
これだけの話を、こんな、お風呂の中で緊張感のない締まりのない顔で、まるで世間話でもするかのように答えてしまうとか、彼女は、私がこれだけの家に生まれつきながら持っていないものを持っているのだと改めて感じさせられました。確かに経済力とか、経済力で何とかなるものについては私の方が圧倒的に恵まれているはずなのに、彼女は私が持っていないものを持っているのです。
そして私は思い知りました。『人間は平等じゃない』なんてことを平気で言えるのは、自分が<持ってる側>だからだったということを。私は今、私が持っていないものをヒトミが持っていることにはっきりと嫉妬を覚えたのです。『人間は平等じゃない』という言葉が、また私自身に返ってきてしまったのです。
だけど不思議と、そんなに嫌な気分じゃありませんでした。何だかいろんなことに納得がいってしまった気がしました。
それはたぶん、ヒトミが、私がやってるように相手を見下すような形で言ってないからだと思いました。私は相手に揺さぶりをかける意味も兼ねてわざとそういう言い方をしてるというのもありましたけど、彼女はそんなことを全く必要としてないんだと思いました。相手より優位に立つとか、相手を誘導しようとか、そんなことを考えてないのが分かるから、自分が負けたような気がしないんだと思いました。
「どうかな? ピカにも少し分かったかな?」とアヤが言い、
「我らがヒトミ姫のすごさが」とコノが笑いました。
「そうですね。私が持ってないものをヒトミが持ってるってことが分かりました」
その時の私は、気の抜けたような顔で笑っていたような気がします。
それから私達はお風呂から上がり、しばらく寛いだ後で庭でバーベキューを楽しみ、100インチのTVでゲームをしたり映画を観たりした後、キングサイズのベッドで四人一緒に眠りました。翌日も、庭でテニスをしたり、また映画を観たり、夜には星を眺めたりして、三泊二日の別荘生活を堪能し、私達が出会って初めての夏休みの最後の思い出にしたのでした。
私自身、こんなに充実した夏休みを過ごしたのは初めてのような気がします。世間ではよく、『お金には代えられないものがある』とか言ったりしますが、正直、内心では馬鹿にしていたりもしたものの、確かにそういうものがあるのを私は知ったのかもしれません。




