ひかりの国から自分のために
彼女の前は陽谷瑠美。市立城成高校1年3組出席番号29番。誕生日は6月13日。父は某一部上場企業の重役のエリート。母は全国にフランチャイズ展開してるエステティックサロンのオーナー。ある意味では<セレブ>と言っても差し支えない存在だっただろう。
今回は、そんな彼女自身に語ってもらうとしよう。
私は、この世の中というのは、私の父や母の様に優れた人が引っ張ってこそ良くなっていくものだと思ってます。現に、口先ばかりで能力もない人達が権利を主張して優秀な人の足を引っ張ってるから景気は良くならないし、犯罪者の権利なんてものを認めてるから犯罪は減らないんじゃないですか。こういうの、間違ってると私は思います。
なのに、二年生以降は特進クラスがあるとはいえこんな平凡な公立高校に私を入れるとか、父も母も何を考えてるんでしょう? 庶民の暮らしでも学べと言うのでしょうか? 理解できません。
特に私が納得できなかったのは、この学校が口先ばかりの平等を唱えていたことです。そんなことをして無能な人達のレベルに合わせてるから社会の役にも立たない暗愚をむやみに増やすだけなんじゃないですか?
だから私は、私にできる形で社会に貢献できる人材を生み出そうと思ったんです。自分の意見も持たないような役に立たない人は切り捨てて、優秀な人が伸びるようにと思って。
だけどそれは父によって潰されてしまいました。しかも私に文句をつけた川上さんに頭まで下げさせられたんです。屈辱です。いくら父でも許せません。でも今の私では父には勝てません。いつか力をつけて私の方が正しかったと認めさせてみせます。
ただ、川上さんのお父さんを敵に回すことは父にとって得策でないことは私にも分かります。今の時点で父が現在の地位を失うようなことがあれば、それを挽回するだけの力が今の私に無いことも分かってます。ゆえに私は、今はこの屈辱に耐え、父の足を引っ張るような真似はしないでおこうと思っています。
「おはようございます、川上さん。この間は本当にごめんなさいね」
こうやって頭を下げるのも、それが最も合理的な判断だと思うからです。
「…あ、うん。もういいよ。気にしてないから」
なのに何でしょう。この煮え切らない返事。まあ構いません。気にしてないと言質がいただけた以上は目的は果たせました。
しかし、一つ気になることがあります。川上さんは、家庭的にも決して下流とかいうわけじゃないのに、どうしてこんな三軍相当のグループに属してるんでしょう? 私に対してあれだけの口をきけるのですから、意見が言えない人でもないはずなのに。それが気になって、私は川上さん達の様子を探ることにしたんです。
彼女らはいつも一緒に行動してました。休憩時間になると集まって課題をしたり復習をしたり。部活も三人とも茶道部ということで、学校にいる間は本当に常に行動を共にしていました。にも拘わらず、一人では何もできない人達なのかと言えばそうでもないという印象もあります。
女子にありがちな、トイレにまで一緒に行くということはあまりなく、課題もお互いに見せあって同じように終わらせるのではなくそれぞれ自分のペースで自分のやり方でやってるようでした。集まっているのに同調してるわけじゃない。かと言ってそれぞれが好き勝手なことをしてるわけでもなく、何と言えばいいのでしょう? ただ、それぞれ自由にしながら空間を共有してる? とでも言えばいいのでしょうか?
この感じ、どこかで…?
とにかくその三人のことが気になった私は、様子を窺い始めてから一週間ほどしたある日の放課後、改めて声を掛けてみたのでした。
「こんにちは。皆さんは本当に仲が良いですね。一体、何故そんなに仲が良いんですか?」
急に声を掛けたことで警戒されたのでしょうか。川上さんと神木野さんはあからさまに怪訝そうな顔で私を見ました。でもそういう反応をすることは私は予測済みでしたから、別に気になりません。それよりも分からなかったのは山伏さんです。他の二人と比べて明らかに平然と私を見ていたんです。
「何でって、何でかな? 一緒にいると楽しいから?」
そう答えた山伏さんに、私は何か得体の知れないものを感じました。私はあえていきなり脈絡のない抽象的すぎる質問をぶつけることでどういう反応をするか見ようとしたんです。普通は狼狽えたり、答えを探そうと考え込んだり、川上さんや神木野さんのように警戒するのが当然の反応です。なの山伏さんは、そういうこともなく、抽象的すぎる私の質問に最も適した抽象的な答えを返してきたんですから。
学力では全く見るべきところのない平均的な人だと思ってました。普段の様子も特に目立ったことをする人じゃないと思ってました。だけど何でしょう、この感じ? ただ協調性のない、共感性のない、孤立しがちな典型的タイプとも違うこの感じ。
鷹揚……?
そう、<鷹揚>という表現が一番近いでしょうか。悠然と空を飛ぶ鷹の様に何ものにも動じない、超然としたその姿。
そのことに気付いた私は、途端に彼女に対して興味が湧いてきたのでした。だから、
「皆さんの仲の良さについて、私は大変興味を覚えました。つきましては、私も皆さんの仲間に加えていただけませんか?」
と申し出たんです。その言葉に一番反応したのは川上さんでした。
「はあ!? あなた自分が私達に何したか忘れたの!? それがいまさら何のつもり!?」
当然の反応です。特に目新しいものじゃありません。
「おいおい、いくら何でもムシが良すぎだろう?」
神木野さんの反応も普通です。さあ、山伏さんはどうですか?。
「私は別にいいよ。ちゃんとアヤやコノに悪い事したと思っててくれるんだったら」
という山伏さんに対し、他の二人は「ええーっ!?」っと声を上げたのでした。分かりやすいですね。けれど、山伏さんの反応は、想定はしていましたがやはり驚かされるものでした。普通は言えないことだと思います。
能力的には非常に凡庸なのに、器、と言えばいいのでしょうか。度量の大きさだけは私がこれまでほとんど見たことのないものでした。大人でもこういう感じを受ける人は、テレビなどで何人か見ただけでした。私の父でさえ、これほどじゃありません。
「はい、それについては悪い事をしてしまったと思ってます。川上さん、神木野さん、改めてごめんなさい。だから皆さんのグループに入ることを許してはもらえませんか?」
私も負けじと器の大きいところを見せようと思いました。納得はしてないけど悪い事をしたと認めて、改めて頭を下げてみせました。これも、普通はできないことじゃないですか?
すると川上さんも神木野さんも、「ま、まあ、そこまで言うんだったら、別にいいけど…」と、実に呆気なく折れてくれました。
そこで私は、せっかくなので山伏さんの様な人に対してぶつけてみたいと以前から思っていた質問をすることにしたのです。
「ありがとうございます。それで早速なんですけど、グループに加えていただけた記念に、一つ訊いてもいいですか? 山伏さんは、犯罪者にも人権を認める今の法制度についてどう思いますか?」
唐突で脈絡もない私の質問に、川上さんと神木野さんは「は?」と茫然とするだけでした。でも山伏さんは少し考えてから、静かに口を開いたのでした。
「私には難しいことは分からないけど、でも陽谷さん、さっき自分で悪いことしてごめんなさいって言ってたよね?。悪い事をした人に人権が無いんだったら、今の陽谷さんにも人権は無いの?。私はそうは思わないんだけど」
「!?」
何気なく。本当に何気なく訊いてきた山伏さんの言葉に、私は心底はっとなりました。自分の言ったことがとんでもないブーメランになって返ってきたのを感じました。
私は本当に悪い事をしたつもりはなかったけど、悪い事をしたと表向きだけでも認めてしまった以上、犯罪者に人権は無いという言葉は私にも当てはまってしまう。かと言って、一度悪い事と認めてしまったのを前言撤回したら、嘘を吐いたことを認めてしまう。なんてこと……
茫然とする私に、山伏さんは続けました。
「これはお父さんが言ってたことなんだけど、他人の権利を侵害した人は、それなりに権利を制限されても仕方ないんだと思う。だから、刑罰を受けたり、刑務所に入れられて自由に行動する権利を制限されてるんじゃないかな。人権そのものは完全に無くなってはないかも知れないけど、制限は受けてるはずだよ。それに権利を主張するだけなら認められてることだよね。だから、その主張が認められるかどうかを裁判所が判断するんだよね。ってお父さんが言ってた」
ま…負けた……いえ、負けたかどうかはよく分からないけれど、何故か負けた気がします。山伏さん、そして、彼女にそれを教えたという山仁さんのお父さん。一体何者なのですか?
それを知りたくて私は、本気で彼女達のグループに加わることにしたのでした。
このようして、彼女、陽谷瑠美は、ヒトミ、アヤ、コノの三人と関わることとなった。それは彼女自身が言っていたように、あくまで好奇心がきっかけだっただろう。
けれどそれが、自身の今後に大きく影響を与えていくことまでは、彼女はまだ気付いていなかったのだった。




