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————魔王歴2057年。
1人の青年はそこにいた。両親と妹がいる、極普通の四人家族である。裕福でもなく、かと言って生活に困っている訳でもない。本当に極普通の青年は、極普通の幸せな毎日を過ごしていた。
あの日がくるまでは。
「お兄ちゃん。」
妹が青年を呼んだ。その声は酷く震えており、青年を見る目は潤んで雫が溢れ出ている。
「どうした、何処か痛いのか?」
青年が問いかけると、妹は精一杯というように首を横に振った。
「じゃあ、なんで泣いてるんだ?」
青年がもう一度聞くと、妹は大粒の涙を流した。
「お兄ちゃん、死んじゃったの。さっき私を庇って馬車に轢かれちゃったの。」
「なに言って……俺は生きてるよ?」
「違うの……。」
「お兄ちゃん、悪魔になっちゃったんだよ。」
妹は大きな泣き声を上げた。
気付けば周りには、人が集まってきており、人々は悲愴の眼差しや威嚇的な眼差しで青年を見ていた。
今まで気付かなかったが、青年の足元には赤い水溜りが出来ていた。それも青年の周りを飛び散るように広がっている。
少しして、青年の両親が人混みを掻き分けて飛び出してきた。座り込んで泣いている妹を見るや否や、青年を見て涙を浮かべた。
「お父さん、お母さん。」
「ああ……神よ酷すぎる……何故あの子が……。」
青年が両親を呼ぶと母は妹の横で泣き崩れた。父も悔しそうに地面を踏み付けている。
「なんで泣いてるの?」
青年は訳が分からずに首を傾げた。すると、頭に激痛が走る。
「出ていけ悪魔!」
「この厄災め!」
次々に激痛が広がる。気付けば、青年を囲う人混みからは、石やらじゃがも芋やら、終いには刃物まで飛んできていた。
「いたっ……ちょっと……。」
青年は両親に助けを求めた。しかし、両親も妹も青年に恐怖の眼差しを送っていた。
しばらくして青年は走って街から抜け出した。体中が痛かった。頭からは血が流れていたし、多分腹には刃物が刺さっていたと思う。しかし。
「傷……ない。」
青年は座り込むとしばらく動かなかった。そして、少しずつ肩を揺らす。
「そっかそっか。」
ポタポタと地面に雫が落ちた。
「俺、悪魔になっちゃったんだ……っ————。」