覚醒がピンチを救う
*09覚醒がピンチを救う
「うぉぉおおおお」
芦原が準備していた黒石つぶてをオオカミたちにむかって投げる。
「究極土魔法!スタァーダスト ストリィィーーーーーム!!」
足元に置いておる無数の石を連射し続けることが究極土魔法らしかった。
投擲される石つぶてがオオカミたちに命中していく。
芦原のピッチングは中々のもので、彼の土魔法もバカにはできない戦力となっていた。
一球投げるごとに精度をあげていくかのように、命中率があがっていく。
オオカミの眉間に命中したそれは確実にオオカミたちにダメージを与え、次々とオオカミたちを昏倒させるにいたっていた。
ワォオオオオオオンンンン
敵側のオオカミオトコが今までよりいっそう強く、吠えた。
軍勢を引き連れて、もう突進してくる。
マー君がさっと前に出る。
狼男VS狼男
雌雄を決する時がきた。
目にもとまらぬスピードでマー君のかぎ爪がやつを襲う。
だが、避けられる。
即座に追撃に向かうも、カウンターのようにはいったオオカミ男の蹴り技にマー君のたじろぎ追撃は許されなかった。
オオカミ男同士の応酬は徐々にスピードをあげ、やがて僕では捉えきれなくなる。
そこに僕が付け入る隙はなさそうなので、自分にできることを探した。
こちらに向かってくる1匹のオオカミに狙いを定め、つっこむ。
オオカミへの突撃と同時に僕の身体は四散しオオカミの身体中にふりかかった。
噛み付いてくるよつに襲ってきたためにその多くが口元にべっとりとこびりついめいる。
ニュルニュルと散らばった身体たちを僕は目的地へとうごかせる。
口をふさぎ、ねっとりと内部に侵入する。
ジュワァァァ
僕の消化器官がパワーアップしている気がする。
この身体にも慣れつつあるのかもしれない。
前回よりもずっとはやくオオカミの息の根を止めることに成功した。
次はどいつだ。
それからも何度か同じ方法でオオカミたちを殺してまわった。
周囲に目をやると、マー君はあいかわらず敵のオオカミオトコとやりあっている。
芦原は黒曜石ナイフへと武器を持ち替え、時には地面にころがる石をそこかしこになげつけながら、上手く立ち回っているように見える。
しかし、僕たちの善戦むなしく戦況は悪い。
オオカミたちは一向に減る様子がない。
いくらオオカミを倒しても、狼男の雄たけびでまたオオカミたちは現れる。
いつまでも続く戦闘状態に僕たちの疲労は増していくばかりだ。
いくつものオオカミたちの死体が積み上がるころには、敵も僕が攻撃には不得手だと読み取ったのか距離をとられてしまう。
素早いオオカミたちには僕の突撃はカスリもしない。
途端に僕は無能になった。
どうしようもない。
オオカミ相手ににらめっこしててもらちがあかない。
どうせ攻撃なんてくらってもダメージは受けない。
他にできることを探そう。
他の人の手助けとか。
マー君は無理でも他の人と交戦中のオオカミなら不意をつけるかもしれない。
それなら、前よりずっと感謝されやすいかもしれない。
僕は無能なんかじゃない。
周囲をぐるっと見回す。
人が少ない。
そういえば、悲鳴も止んでいる。
奥の方で戦闘音は聞こえるが、どういうことだ。
殺されたのか?
いや、人の死体は確認できない。
ここにあるのはオオカミたちの死体の山だ。
この下に埋もれてしまっているのか?
みんな死んだのか?
血の気がさーっと引いていく。
「長谷部ーこっちだー。ここに横穴があるぞー!」
芦原が叫んでいるすぐ横に人がようやく通れるサイズの横穴があいていた。
助かった。
みんなはここを通って逃げたのか。
大声をあげたのがまずかったのか、芦原にオオカミたちが向かう。
このままだとあの横穴にオオカミが殺到してしまう。
ビュンと大きな影が僕を追い越して、オオカミたちをあっという間に薙ぎ払ってしまう。
マー君だ。
オオカミの脳天を握り込んだ両こぶしでたたきつぶすと、マー君はこと切れたように倒れ伏してしまった。
「最後は僕がいくから、芦原は柏葉君を連れて中に!」
かっこつけたわけではなく、一番適役だと思って名乗り出たのだ、他意はない。
マー君を助けたらそれこそヒーローなのではとは思っていない。
被弾することにかけては今の僕は最強だ。
なんたって、ダメージを受けない。
ずるずるとマー君を押しながら芦原は横穴へと入っていく。
「芦原、真をこっちに投げなさい。私が受け取るわ。」
「助かった。頼むぜ、明世ちゃん。大事な幼馴染だろ。」
「ええ、ありがとう。こちらこそ助かったわ。」
「でも、ごめんなさい。」
「ここはもう定員オーバーなの、申し訳ないんだけど使えないゴブリンは引き返してもらえる?」
「おいおい、冗談はよせよ。」
「おい。」
「おい。」
「おーい。」
マー君は横穴の先に吸い込まれるように去っていったのと同時にガラガラと音を立てて横穴の壁や天井が崩れていく。
「やばいな。」
僕たちの退路は防がれた。
焦る僕たちに追い討ちをかけるよう、攻撃の激しさはさらに増していく。
プニプニしたボディからブヨブヨしたボディに自分の身体を変質させ、オオカミからの攻撃を僕の身体をで遮る。
芦原へのはオオカミの爪も牙も届かないが、このブヨブヨボディは消化を使えず、かつこびりついて窒息させるようなこともできなかった。
僕は今、弾性のあるゴムの塊のようである。
防御力ならカンストしているんじゃないかと思えるが僕の精神力はそうじゃない。
オオカミたちの声撃を受け止め続け、かつ身体を変質を維持するのはかなり疲労が溜まるようだ。
疲れが生んだ隙をオオカミは見逃さず、鋭い爪を僕の股の間につきいれた。
芦原の足が裂け、血が飛び散った。
このままでは芦原を守りきれないかもしらない。
でも諦めるわけにはいかない。
あの時、横穴に無言で行かずに声をかけてくれた芦原を僕は見捨てられない。
口をきつく結び、オオカミたちに向かい合う。
芦原を守るには攻撃はできない。
それでもやるしかない。
ここを襲うのは無駄だと徒労だと思い知らしてやろう。
お前たちにはお帰りいただこうか、と息巻いていたらオオカミたちが苦しみ出してバタバタと倒れていく。
この絶体絶命のピンチに僕は自分に眠る何かを覚醒させてしまったのだろうか。
バタバタと倒れていくオオカミたちに自分の能力に恐ろしさすら感じてしまう。
あれだけ苦戦したオオカミがこんな一瞬で……
自分が起こしたこととは思えない。
視界に入るオオカミたちが全て倒れた時に、立っている人影があるのに気づいた。
後藤田さんだった。
見慣れたはずの制服はオオカミたちの血でところあ赤黒く染まり、すらっとこともなげに立つ姿がある種異様で、オオカミたちをやったのはこの人だと確信させる何かがあった。
鋭く尖った杖のようなもので、ザクザクオオカミたちを突き立てながら近づいてくる。
恐い 恐い 恐い
おそってきたオオカミよりもこわい。
もう、心の中でさえ地味子なんて呼べない。
キラキラに光る瞳は六角形の虹彩がしきつめられていて、複眼というんだっけか、その上にかけられたメガネが違和感を加速させる。
さらに目線を上にずらすと、額の真ん中から黄色いY字の角が生えていた。
あれはなんなのか、わからない。
その虹彩は視力があがらないのか、メガネは必要なのか、とか考えが脱線し始める。
この状況を受け止めきれていないみたいだ。
距離を詰められていくごとに、恐怖はさらに高まる。
オオカミたちは昏倒しただけのようで、彼女はそれを確実に仕留めるためにあの杖を突き刺しているようだ。
死骸を無意味にいたぶっているわけではないらしい。
あと、数歩で彼女の持つ鋭く尖った杖がこちらに届く距離になる。
僕は一緒に震えてくれる仲間を探して、芦原へと声をかけたが、芦原は昏倒していた。
どういうことだってばよ。
「ちょっとあんたたち、いつまでそうしてる気なの?ホモなの?死ぬの?」
「あー、意識がないのかな。ホントに死んでるのかも。かわいそう」
「いや、僕は大丈夫だよ後藤田さん。」
後藤田さん、僕が芦原を小突いてたの見ててたんじゃないの?
なんなの?こわいよ。
「ちゃんとたってるでしょ。」
「なら、手伝ってよ。こいつら、まだ死んでないし。」
「ほら。」
そういって、杖を僕に投げてよこした。
僕はそれを受け取る。
僕にそれをやって大丈夫なのか。
彼女はどっやって、留めを指すのつもりなのだろう。
そう思っていたら、彼女はおもむろに手を前にかざすと手首をグイと曲げた。
すると直角に曲がった手首のつけ根あたりから鋭い棘のようなものがグググと出てきて、それを空いたほうの手でグイと掴むとズバッと無理やり引き抜いた。
グギギとかブチブチとかとても人間の身体の出るとは思えない音を立てながら現れたそれは今僕が手に持つ杖と同じものだった。
なにこれ気持ち悪い。
後藤田さんはそんなこと御構い無しに先の戦闘を一人で振り返りながらグサグサとオオカミたちをさしていく。
「肉角が出せるとは思っていたけど、これほどの威力とは想像してなかったわ。やはり素晴らしいわ幼虫。生命の神秘ね。」
平気な顔でグサグサさして独り言をブツブツと呟く姿は空恐ろしかった。
はやく僕は仲間が欲しい。
この恐怖を分かち合いたい。
「スライムには効かないのかしら。どうしてかしら。まぁ、いいわ。」
「後藤田さんはなぜ、置いて行かれたんだろう。」
突然湧いた疑問が口を出ていた。
「そうね。囮にされた感じかしら。」
僕の独り言に後藤田さんは答える。
なんでそんなことをしたのだろうか。
「穴に逃げていく集団にいたんだけど、散り散りになって逃げていたはずなんだけど、後ろのオオカミたちがみんな私の方に来ちゃってね。仕方がないから戦ったけど、わりとあっさり勝てたわ。」
そんなバカな…
「まぁ、女は下がっていろ、みたいないけ好かないヤツがいなくなってむしろせいせいしるけど。」
「私は戦えるっていっても聞きやしなかったし。」
「途中から明らかに私に群がってきてたから、誰かの能力じゃないかと思うの。」
だから、囮にされたってことなのだろうか。
「あの数に攻められたら、普通、生き残れないと思うから見捨てるという彼の判断は間違いじゃないでしょ。」
そんなことを平気で言えてしまう後藤田は本当に元の後藤田さんなのだろうかと疑ってしまいたくなる。
彼女を深く知っているわけでもないが、そんなことを言える人はそうそういない。
そして、そんなことを言える人間は普段からもっと目立っているはずだ、彼女は地味子、本性をひた隠しにして生きて来たのだろうか。
「それにしても強いね。」
「あー、そうね。」
「この能力?憑依?どっちでもいいけど、とにかく想像できるほど強く能力が現れるじゃない?」
「で、私にぴったりの能力だったのよ。」
「愛のなせるワザね。」
「後藤田さんのモンスターって……」
「ワームよ。」
「うん……」
その後、意識のないオオカミたちを突き刺していくだけ、または消化していくだけの簡単なお仕事が続いた。
最後の一匹を突き刺しても芦原の目は覚めることがなかった。
どんなに強力なんだ、あの角は。
そしてどんなに深いんだ、後藤田さんのワームにむける愛情は。
強くなるためには僕はスライムを愛さなければならないのだろうか。
できるだろうか。
まぁ、なるようにしかならない。
ケ・セラ・セラと心の中でつぶやいた。