修行
*06修行
「俺のこの手が真っ赤に燃える!勝利を掴めと轟き叫ぶ!ばあああああああああくぬぇつぅ……」
「なにしてんの?」
芦原だった。
右手を抑えながら意味不明な言葉を叫んでいる。
「試しているんだ。俺にも超必殺技が使えないだろうかと。」
「それ、ゴブリンが使う技なの?」
「いや、全然。」
思わず、怪訝な目線で芦原を睨んでしまう。
「いいだろ、一度くらいは試してみたって。」
それはそうかもしれない。
想像するものがそもそも強くないとあまり意味がないだろうから。
それにしたって、ゴブリンの手は真っ赤に燃えないだろうに、コイツの頭はいったいどうなっているんだろうか。
芦原にならって左手で右手をおさえつけ、想像する。
右手だけに想像力を集中するには意外に適した姿勢に思える。
まずは、本当に想像するだけで効果があるのか実験だ。
この腕は流体。
この腕はスライム。
プルプルしてやわらかい。
ねちょーって伸びていく感じ。
そう思い込む努力をする。
ああ、上手くってきている気がする。
腕から先の感覚があやふやだ。
腕から溶け出しているようだ。
ハイになる。
意識が宙をさまよう。
スライムって知能があまりないから、スライム自体に変態したら、思考能力が下がってしまうのかもしれない。
意識がおぼろげだ。
僕は悟りを開いたのかもしれない。
なにも考えられない。
感じない。
「おい、長谷部!長谷部!大丈夫か?」
気分が高揚しているのか前後不覚だ。
芦原の声で意識が徐々に鮮明になっていく。
モンスター化は少々難しいらしい。
というか危険だ。
あんな何も考えられない状態ではただの的だ。
いや、そうえば、スライムはただの的みたいなところがあるから不思議でもないか。
「ごめん、ありがとう。あんまり上手くいかないみたいだ。」
「気にすんな!俺はできたから。」
そういって緑色になった前腕をみせるけてくる。
自分の無能ぶりを気にせずにはいられない。
気にするなと言われればなおさらだ。
お荷物認定をされても、本当にお荷物で居続けようとは思っていない。
誰かに自分の命を預けることができるほど僕はクラスメイトを信用してはいない。
「もう一度挑戦する。悪いけど、また意識がとびそうになったら声掛けてくれる?」
「あたぼうよ!」
コイツはちょっと頼りになるかもしれない。
んー、ちょっと考えてみよう。
思い返せば、尻もちをついた時が一番スマートなスライム化だったと思う。
あの時は、そうなることが当然だと思った。
そうなることで衝撃をなくすことができると感覚的に理解していた。
自分がスライムになろうとするのではなく、自分がスライムであって当然だと思い込むといいのだろうか。
無意識を意識的に呼び起こす感覚に近い。
それは無我の境地とかそんなんではなかろうか。
一般人にそんなことできるんだろうかと思っていたら、なんか普通にできていた。
いや、できた自覚はないのだが、芦原がなんとなく頭をどついてきて、すると僕の後頭部がこぶし大ぐらい陥没した。
意図せぬところですでにスライム化がなされていたようだ。
突然、殴った芦原にこうなることを予想していたのかきいてみた。
予想はしていたが、ホントにできるとは思わなかった。
まさか陥没するとは思わなかった。
無責任すぎる発言に腹が立ったのでなぐり返した。
芦原の顔面に僕の手がこびりついてしまった。
僕の腕からさきが芦原の顔面の上だ。
人の手の形のままだ。
気持ち悪い。
せめて水っぽい、もっとスライムっぽい状態なら見苦しくないのにと思っていたら、
自然にそうなった。
芦原の顔面にこびりついた腕だけでなく、身体全体がっみずっぽくなった。
いまの僕は人型のスライムだ。
「ずいぶんいかした姿になったな。」
腹が立ったので、人型に戻ってもういちど殴っておいた。
顔面に手や足が映えてる状態を維持させたら、土下座しそうな勢いで謝罪されたので元に戻した。
「それにしてもひどい見た目だ。」
僕はひとごちる。
「まぁ、俺よりはマシだろ。なんたって全身緑のゴブリンさんだからな。」
確かにそうだと思った。
修行の成果は一応、先駆者たちのいうモンスター化まではたどりついたようだが、一部の女子のつかう治癒や、委員長の不思議光線のような特殊能力は得られていない。
僕のスライム化は十分に特殊能力っぽいが、戦闘向きでないような気がする。
攻撃スキルではないという意味で。
遠目に見えた青山たちは爪を伸ばして戦っていたような気がする。
似たようなことができないが試してみたが、プルプルして爪が少し伸びた程度だった。
この爪でついたらプニプニして気持ちよさそうだが、ダメージは入らないだろう。
芦原はこの爪と相性が良かったようで、それなりに凶悪な爪をシャキーンとかいいながら伸ばすことができたようだ。
攻撃力がありそうだ。
手ごろなモンスターがいないか周囲を見回すと、小さな芋虫が地べたを這っていた。
芦原はその凶悪な爪でエイっと芋虫をつついている。
子どもの遊びのようだが、僕たちはわりと真剣だ。
「ねぇ、あんたたち何してるの?」
少し怒声混じりに声をかけてきたのは、地味目な女子、後藤田みやびさんだ。
通称地味子で通っている。
その地味子はおそらく、この緊急事態に虫いじって遊んでんじゃねーよといいたいんだろうと思う。
でなければ、食い気味に何してるのかきいてきたりしないだろう。
「修行の成果をこの虫でためしているんだ、邪魔しないでくれ」
真剣な表情で返しているが、芦原のやっていることは長く伸びた爪で芋虫をつついているだけだ。
遊んでいるようにしか見えない。
「そう。でも、やめてくれないかしら。かわいそうよ。」
「一寸の虫にも五分の魂。命は大切にしましょう。」
ここにきてキレイごとかとも思ったが、
なぜか彼女には有無を言わせない不思議な力があって僕たちは素直に彼女の提案に了承してしまった。
「ほら、おいで。」
「かわいそうに、いじめられていたのね。」
「今、治してあげるわ。」
なぜか、目の前の女はいままで芦原がつついていた芋虫に話しかけ愛でていた。
あぶない趣味をお持ちのかたなのだろうか。
地味子はおもむろに口をあけ、舌を出すと涎を芋虫に垂らしていた。
なんだこれは、若干エロいが、エロいとは思ってはいけない何かを感じる。
思わず見とれてしまっていた僕たち二人に、彼女はななめ上の返答をよこした。
「あげないわよ。この子はもう私のなんだから。」
そういって大事そうに抱き上げた芋虫はさきほど芦原がつけた傷が消えていた。
不思議な治癒能力をおもちで。
特殊な趣味はないので、もしも傷を負っても、彼女からの治癒は受けたくないと思いました。
【追記】
ゲームやアニメのデフォルメされた芋虫をかわいいという人間の気持ちはすこしぐらいわかるつもりはあるが、リアルのそれを目の前にここまで愛情をささげることができる彼女は異常なのだと思った。