プロローグ
*01プロローグ
息苦しいのが世の中だ。
平凡な人間が平凡な人生を歩めるわけではない。
平凡にも波乱が待ち受けることがあるというどうしようもない事実がある。
むしろ、才ある者にだけ平凡かそうでないかの人生を選択できることができるように思える。
平凡な人間たる僕みたいなやつには、その選択すら与えられることなく、非凡な波乱に平凡にしかたつむかえず、結局はそれなりの不幸に見舞われながら、人生は不幸なんだと悟って生きていくしかないのだ。
才能という言葉を強く感じるのは、僕らがまだ学生という学び成長する途中にあるからであろうか、伸びしろの差を、素材の差を、まじまじと感じつつ自分の身に降りかかるであろう不幸を不安に思いながらだらだらと生きる。
僕の学生生活とはそんなようなものだった。
ここにいる人間を好きになったことはない。
誰も僕を助けてくれはしないし、誰も僕が傷つくことに興味を示さない。
僕はここでは這いつくばってジメジメしている冴えないインテリアのようなものだ。
いつだって誰かの背景の一部にしかなりえない。
ああ、あんなやついたねとふりかえられる程度の存在なのだ。
教室の扉が開かれる。
周囲の視線がそこにあつまる。
大きな音を立てたから、乱暴に開かれたから、いつもと違うことに注意がいってしまう。
いつもよりぐったりしている担任教諭の姿があった。
フラフラと足取りがおぼつかない様子は酔いつぶれたサラリーマンのようだ。
バタンと教卓にぶつかるようにつっぷして、くいと頭をあげた。
みるからに痩せこけて、この先生の顔はこんなだっけかと思う。
暗い顔つきに、普段とは違う空気にあてられたのか教室は静かだ。
「おいえrじょmsvぇりんヴぁ」
ただ不快な聞きなれない音の波が担任からやってきた。
耳をふさいだものもいる。
外国語とも思えない無秩序な不協和音だった。
「席に着け」
かすれた声でいった。
担任の声がおかしい。
こんな声をした男ではなかった。
これは異常事態だ。
おそらく教室内の誰もがそれを悟った。
想像外の出来事に僕らは弱く、普段は大人の言うことをまるできかないようなやつまで大人しく席に着いていた。
担任は首のストレッチをするようにギギギと頭を横に倒した。
頭を斜めに傾けたまま口が開く。
「mにあびねfヴぁlrめいお」
担任の口が開いたかと思えば、またあの不協和音が襲ってきた。
思わず顔をしかめる。
担任のほうに視線をやると目があった。
そう思った瞬間、担任の眼球がぎゅるっと一回転し赤い瞳を宿した緑の目が現れた。
恐怖した。
僕はなにか途方もない超常現象に付き合わせれているのだと納得した。
担任の口が大きく裂けて中から黒い風のようなものが教室を駆け巡った。
黒い渦にのまれながら僕は意識を失った。
意識を取り戻し、目をあけると暗いところにいた。
段々と目が慣れていき、ここが洞窟かなにかの中だとわかった。
修学旅行でおとずれた鍾乳洞というものに近いかもしれない。
神秘的で薄暗くて肌寒い。
そしてなにより、周囲には見慣れる動物たちの残骸がある。
これは動物の死骸を僕は見慣れないというわけではなく、
僕が知らない動物の死骸という意味だ。
いや、見慣れたものかもしれない、マンガやゲームの中という条件をつければ。
三つ首の犬、ケルベロス。
緑色の小鬼、ゴブリン。
狼男、コボルトかもしれない。
目に見える世界がどうしゆもなく非現実的であれ、鼻につく匂いが、肌に触れる空気がどうしようもなくこれが現実なのだと知らしてくれる。
「んぐぅ」
いままで死体だと思っていたゴブリンがうずいている。
やがてはっきりとした意識をもって立ち上がって周囲を見回している。
「ここはどこだ?」
それは教室での隣人、芦原英彦の声だった。
「おい、長谷部、どういうことだ。これは。」
どういうことなのかは僕だって知りたい。
そして、ゴブリンから自分の名前を呼ばれた恐怖を誰かにしってもらいたい。
「おい、きいてるのか」
つめよってくるゴブリンの顔は卑しいというよりかは厳めしい。
誰だよ、ゴブリンを雑魚キャラ認定してるやつ、十分凶悪だよ。
身がすくんで思わず尻もちをついた。
するとそのまま体が地面にひろがった。
低反発な感じでいい具合にぶにゅ~っとひろがった。
僕の体は固体から液体になってしまったらしい。
僕と同じように異形の体にビビっている芦原は、
徐々に人間らしい容貌へと変化していっている。
うにゅ~っと体を持ち上げて直立状態へと戻り、芦原と向かい合う。
「マジかよ」
芦原がつぶやいた。
同感だ。
僕はスライムになっていた。