高橋和八3
二人の気安いやり取りを目の当たりにして、私は、田中さんと言う女性の印象を即座に改めた。
「彼が中畑君です」
「はじめまして、中畑孝貴です」
中山先生に促されるまま、中畑さんは私に向かって軽く頭を下げる。
「はじめまして、北海道警察の高橋和八です。よろしくお願いします」
そう言って、私も軽く頭を下げる。
「あー、刑事さんですか?」
少し間があって、頬をかきながら中畑さんが言った。
「分かりますか?」
どうしてそう思ったのかが気になって、つい聞いてしまう。
彼の言う通り、確かに私は刑事部捜査一課の人間であるからだった。
「普通のスーツですし、刑事と警察官は礼の作法が違うとか、昔聞いた事があったのでなんとなく」
なるほど、という言葉が口をついて出る。
確かに捜査課の人間には制服着用の義務は無い。敬礼の仕方も異なる。と言うのは事実である。
「では改めまして、北海道警察刑事部捜査一課の高橋です。今日はとある事件について専門家である中山先生に知恵をお借りしたいと思いお邪魔しています」
中畑さんはぼさぼさの頭を右手でがりがりかき回しながら、中山先生の方へ顔を向けた。
「中山先生、なんで僕が呼ばれたのか分かりません。研究室に戻っても良いですか」
億劫そうに言う中畑さんを、中山先生がほほえましい物を見るような目でたしなめる。
「ダメ。詳しい話を聞いたら、どうも君の専門に関わる話だと思ったので呼びました」
「僕の専門ですか、本当に?いつもの嘘じゃないでしょうね」
中畑さんの表情は窺えないが、声色は随分と不信感が強い。
それでも二人の言葉には気安さが多分に含まれているのが良くわかった。
だらしない息子とやさしく叱る父、そんな印象を受ける。
「ええ、おそらく。そんな手の込んだ事はしないよ」
「どうだか。じゃあ、刑事さん。ちょっと僕の研究室の方に来てください。そっちにはボイスレコーダーとかがあるんで」
そう言って中畑さんはさっさと応接室を出ていってしまう。私も中山先生に簡単なお礼を言って彼を追いかける。廊下に出た所で頂いたペットボトルのお茶をテーブルに置きっぱなしにしてしまったのを思い出したが、中山先生は気にしないだろうと割り切って、少し急ぎながら中畑さんを追いかけることにした。
中畑さんの研究室は、昼だと言うのにカーテンは閉め切っており、デスクトップ型パソコンの不健康そうな青い光だけが部屋を照らしている薄暗い部屋だった。
壁にある本棚には大量のファイルが詰め込まれているようで、薄暗いせいか若干不気味な雰囲気を醸し出している。
人間一人が横になれそうなソファと、テーブルがあるが、ソファはパンパンのナイロン袋が山になっているし、テーブルの上には空のペットボトルがぎっしりと並んでいて、これ以上は何も置く事はできそうにない。
「どこだっけ、前に使った時は確かこのあたりに……。ああ、ちょっと待ってください」
パソコンのおいてあるデスクを物色していた彼は、私が追いついた事に気がつくとおもむろにソファの上にあるナイロン袋を無造作に部屋の隅へと投げた。
がさり、がさりと、しばらくしてソファの上からナイロン袋が無くなった。
「どうぞ、座ってください」
そう言って今度は部屋の照明をつけた。ソファの上はきれいな状態だったので、とりあえず座って大人しく待つ事にしよう。彼はまたデスクを漁り始めた。
「あったあった。ああ、電池が切れてる。面倒くさいなぁ、無限電池とかあればいいのに、誰か作ってくれー」
彼はぶつぶつ文句を言いながら数秒考え込む素振りを見せて、パソコンの前の椅子にどっかりと座った。
「まあ、あとで思い出しながらまとめれば良いか。じゃあ、お話を聞かせてもらえますか?」
ここまで読んでいただき本当にありがとうございます。
なんか調子に乗って書いていたら、やたら長くなったな……。
ペース配分間違えましたね。
次の話からいきなり始めた方が良かったな、と後悔中です。
最初から書き直したい……。