そいつがバディだ。
リチャード・ホワイト少尉を最初に見た時の印象を正直に話すと、『もやし野郎』の一言に尽きる。奴は色白で、身体が細く、とても兵士には見えない男だった。そばかす面で童顔だったから、こんな軍施設のまん真ん中に子供が紛れ込んでいると思ったよ。
俺のダミーヘッドを抱えたジニーが第二待機室に入ると、糊も落ちきってないような着馴れていない平時勤務服を着た男がたった一人で座っていた。
そこは俺、ジニー、そしてそいつの三人が座れるだけの椅子と机、後はごちゃごちゃと積み上げたコンピューターデッキセットがあるだけの小さな部屋だった。
「ハロー、えー……ここは士官待機室なんだけど……」
「分かってるわ。そこの椅子を引いてもらえます?」
「いいよ。ボクはリチャード」引いた椅子にダミーヘッドを置いてジニーは自分の椅子を引いて座った。
「ありがとう。こちら、電子兵のデイビッド少尉よ」
「よろしくリチャード」
「……驚いた。君が電子化兵?」
「あんたが話しかけてるのはただの子機だよ。俺の本体は重たいんでね。しかしここは随分せまっ苦しいな」
「ここは戦車隊の士官しか使わないから。航空ドローンを操作する隊や装甲歩兵になる隊のスペースの方が広いよ」
俺たちは少数精鋭ってわけだ。ま、そのための電子化兵なんだが。
「リチャード少尉、あんたも今更戦車兵になるなんて、貧乏くじを引いたもんだな」
「士官学校在学中に、新型兵器適正を見られてね。早期任官ですっぱ抜かれたのさ」
「へぇ……専攻は?」
「機動科だよ。だから一応、戦車と縁遠くもない」
他の兵科を輸送して戦闘を有利に運ぶのが機動兵の役割だ。旧国家時代なら、それこそ戦車のような火砲も扱っていたから、まぁ縁があると言えなくもない。
そんな『戦場のバス運転手』になるはずだったリチャードと俺たちが雑談していると、机の正面にあった大型ディスプレイが起動する。
「ただ今より大将閣下の訓令を行う。清聴!」
厳めしい誰かの音声が入った後、映像がはっきりと表示された。
俺たちをここに集めた張本人であるスピア大将が映し出されていた。
「私の招集でテスラフォースに参加した全兵士の諸君。私が君たちの司令官であるレオ・スピアである」
リチャードがカメラに向かって敬礼した。自由にできる腕がないってのは不便だな。
「休め。……私が司令と聞いて、妙なことだと思っている者もいるだろう。君たちはキャンプ・マオの司令官であるリン中将とは別の指揮系統に属する。無論、通常勤務時においては一部の指揮権限を中将に移管することになるが、諸君らは実戦指揮下における独立性の高い部隊であることを理解してもらいたい」
ディスプレイ上に指揮系統のラインが表示される。リン中将指揮下のキャンプ・マオに所属する各兵科旅団とは別のラインが引かれ、スピア大将指揮下に置かれる装甲歩兵小隊、戦術戦車隊、無人航空小隊、支援小隊の四つのグループが囲いで表示され、テスラフォースと名付けられている。
「諸君らの任務は、新兵器の実戦における戦術的有用性の研究と実践であり、それによって我らエレファス共和国の勝利に貢献することである。各員は与えられた義務をこなし、以上の理念に沿うよう行動願いたい」
そこで画面が途切れ、ノイズの後に別の人物が映し出された。壮年の歩兵士官、階級は中佐、盛りあがった二の腕と釣り合うような厳めしいデザインの義手を付けた男は、カメラ越しにすべての兵士を射竦める目をしている。
「テスラフォース隊長を務めることとなったウランバーグだ。閣下の言葉の通り、俺たちは独立部隊として活動する。基本的には俺を含めた装甲歩兵小隊を本部として各小隊を指揮することになり、キャンプ・マオのリン中将軍団とは別に行動する。と言っても、出来たての部隊だからな、暫くはキャンプ・マオの敷地内で訓練に励むことになるだろう。お前たちを一個の戦闘単位に鍛え上げてやるから覚悟しておけ。各小隊長には明日以降のスケジュールが届いているはずだ。それを開けてくれ」
リチャードは机上の小型ディスプレイを起動させてファイルを開いたようだ。奴が隊長らしい。
「6か月後、俺たちは三番駐屯地キャンプ・イスルギの部隊が行う『ケイト/ラゴウ作戦』に参加することになっている。閣下はこのために上級司令部と取引をされたそうだ。俺たちは閣下の顔を立て、自身の力を証明しなければならない。以上だ」
ブリーフィングの終了と共にディスプレイが消えた。室外でがやがやと人の声がしたから、他の部屋から兵士たちがどっと流れ出ているのだろう。
「暫く待った方がよさそうね」
「そのようだね。ま、ボクらは少数派だから。多数派には譲ってあげなきゃね」
「そういうみみっちい考え方は面白くないな、少尉」
「リチャードでいいよ。ボクら三人しかいないんだから」
「それで隊長が務まるのか?」
「務まるさ。何故ボクが隊長になったと思う? この隊に生身の兵士はボクしかいないからさ。軍は電子兵に兵隊の指揮権は与えたくないのさ……電子兵には、兵器の制御だけに専念させるのが、ボクの役目だよ」
ふーん。これも適材適所か。
「ま、よろしくやっていこうか。リチャード」
「よろしくデイビッド……握手が出来ないのはなんだか落ち着かないね」
「まったくだよ。早く手をくれよ、ジニー」
「唇の方が先じゃないの?」
俺とリチャードは早速テスラフォース戦車隊としての訓練を開始した、わけではない。何せ戦闘教理として戦車という兵器を盛り込む戦闘集団というのは旧国家時代が終焉して以降、長らく存在しなかったし、これからの戦術運用でも過去のそれとは違いが出てくるかもしれない。
その辺りの具体的な方策を詰めつつ、一方でこの戦術戦車『アグリバードX9e』の操作に成熟していかないといけない。
「まずはこの車両のスペックや想定された運用方法を抑えよう」
搭乗したリチャードはシートに着座し、付属するヘッドギアを被った。ギアには装甲歩兵ユニットにもある脳波認識コントローラーとマイク、スピーカーが搭載され、車内で俺と直接コミュニケーションできるようになっている。
車内は広いとは言えない。即席ベッドを兼ねるシート、二種類のモニターがあり、その隣に自動装填式90ミリ砲が鎮座している。
「玩具で遊ぶ前に、説明書は読まなきゃな」
「そういうこと。早速出してくれ」
俺は車内の制御プログラムに接続し、記録領域から適合する情報を見つけ出し、ディスプレイに表示した。
「こんなところか」リチャードに読ませながら、俺も一緒に読んでいく。
全長、車体長、全高、全幅、乾燥重量、満載重量、最高速度、巡航速度、行動半径。
折り返して搭載兵装が記載されると、俺は引っかかった。
「この『光子榴弾』ってのはなんだ?」
「着弾と同時に高出力のレーザー片を放出して対象を破壊する砲弾だよ。装甲歩兵でもレーザー砲を使うことは出来るだろう? それの火砲版さ」
確かに、装甲歩兵のオプション兵装の一つに、ユニットバッテリー直結式のレーザー砲というのが昔からある。だがこいつは貫通威力こそ抜群だが、バッテリーを大幅に食う上に重く、そして射程距離が短い。標準装備のガトリング砲と同程度、条件が悪ければ七割以下の距離で使うもので、有効距離を離れると威力がガタ落ちになる。
だから、オプション兵装としては人気がない。弾倉を追加装備したり使い捨てできるロケットランチャー、対空用ミサイルサイロなんかの方がよく使われる。
「俺はてっきり昔みたいな運動エネルギー砲弾を使うものだと思っていた」
「ボクも最初、そう思ってたよ。でもこれを見ていると違う。軍はエウクス連邦が自分たちと同種の兵器を使うことを想定していない、もしくはその場合でも脅威は少ないと考えているんだろう。ま、分からなくもないけどね」
「そりゃまた、どうして?」
「考えてもみなよ。ボクらは無人部隊だ。五両の戦車のうち人が乗ってるのは一両だけだ。最悪、無人車を縦にしてボクらは後方に隠れていてもいいんだ」
「でもそれじゃあ他の部隊との連携が甘くなるだろう? 歩兵隊が敵攻勢に晒される。危ないじゃないか」
「……多分、軍上層部はまだ連邦が光子榴弾、またはそれに類する兵器を開発することはないと考えているのかもしれない。ともかく、僕らがレーザー片の雨の中に晒される危険性はなさそうだってことだけは覚えておこう」
違いない。歩兵ユニットで出力できる威力のレーザーくらいなら、この車体は耐えられるだろう。
俺たちの部隊での役目は、展開している敵部隊に光子榴弾をぶち込み、装甲歩兵の進出を援護することになるだろう。
「それにこの戦車自体、かなり自律的な防御戦闘が出来るようになっているよ。副武装やオプションが豊富だからね……昔記録で見た戦車とは大違いだ」
そう、アグリバードは戦車砲ばっかりじゃない、他の武装が沢山ついていた。直接防御用にアームに取り付けられたショットガンが車体の上面に二か所、砲塔の上部に歩兵ユニットが持っている物と同口径の機銃、車体後部に、これまた歩兵ユニットのオプション兵装と同規格のサイロが四機付いている。
「こいつをいかに上手に使うかが俺たちの腕の見せ所だ」
「俺が動かし」
「ボクが考える。戦車が装甲歩兵の戦場で勝てる闘いをするんだ。もちろん、こっちの歩兵や航空機もうまく使ってね。ウランバーグ隊長をあっと言わせる闘いをしよう。デイビッド、協力してくれるね」
「当然だ。じゃなきゃ何のためにこんな体になったんだか分からないからな」
まったくだ。お偉いさんたちが慌てるくらい仕事してやらぁ。