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ダスク・シン中佐という人

 第六十戦闘団 四番 駐屯地、通称キャンプ・マオはエウクス連邦との係争地域になっている198号都市、通称ヴィルヘルム市から1300キロ離れた台地に築かれた半恒久的使用を想定した陸軍基地である。俺とジニー、それに新しく用意された俺の身体になる戦車は輸送機に乗せられてそこに送り込まれた。

 輸送機に搭載されていた機外撮影用カメラと接続していた俺は、新しい家を上空から観察することが出来た。そこは一辺が24キロある三重の障害構築物で出来た壁で作られた、六角形の土地だった。その内側に兵士の宿舎、指令本部、修理工場、航空機発着場はもちろんのこと、スーパーマーケット、レジャー施設などのレクリエーションも完備された小さな町と言える。屋外用プールまであった。俺はもう泳げないけど。

 着陸した輸送機の腹から俺と戦車が運び出されると、離発着レーンから離れた箇所にあった、まだ真新しい特大のガレージに移された。ダミーヘッドで周りをしげしげと見ている俺をジニーが見ていた。

「ここが新たなマイホーム?」

「そうね。貴方と、貴方が搭載される戦車……アグリバードX9eを専用に扱う格納庫よ。見て」

 ダミーヘッドが向けられたのは、俺に続いてガレージに納入される戦車の列だ。その数五台。

「この五台の戦車と、車内MVSLに搭載されるドローンなどの精密機器の調整をここで行うの」

「君の部屋は?」

「私は女性士官用の宿舎を用意してくれたわ。残念だったわね。オフィスは併設されてるけど」

 やれやれ。広い家に一人寝とは辛いものだ。

 とは言っても新居には既にがやがやと汗くさい男たちが出入りしていた。まぁ、俺の嗅覚は機能していなかったが、見ていればわかる。(ダミーヘッドに臭気センサーを付けることは出来ないと言われてしまったのだ)

 頭にバンダナを巻いた如何にも兵士らしい筋骨隆々の男が俺たちに近寄ってきた。階級章を見ると中佐のようだ。

「おうお前さんたち、見学の連中かい? 悪いけどここは軍事機密エリアだ、帰ってくんな」

「私は合成脳ケアプログラマーのジニー・マイヤー。こっちはデイビッド少尉」

「デイビッド・グレースであります。敬礼を省略することをお許しください。見ての通り、今両腕がないので」

 ちなみに今の俺は、スカルボックスを荷物運搬用の電動カートに接続している状態だ。ダミーヘッドを解放式の運転席に置いているので、目で見ながら運転ができる。

 首を振ってアピールした俺を見て中佐殿は目を一瞬見開いてから、脂っぽい褐色の顔面を震わせて言った。

「婦女同伴で出勤とは良いご身分だな少尉。俺はダスク・シン。テスラフォースの専属技師だ。……お前さんか、軍に魂まで売っちまった馬鹿な兵士は」

「そんなつもりはありませんよ」

「よく言うぜ、金欲しさに軍と取引したんだろ? でもそのおかげで一度死んで生き返ったんだから、いい気なもんだな」

 久しぶりに聞く、兵隊らしい悪罵に満ちた言葉に、俺は自分が思っている以上にショックを受けていることに気付いた。

「シン中佐。自分は軍とした取引に後悔はしてません。ですが貴方の言葉は聞き捨てならない」

「なんだと?」

「誰が好き好んでこんな味も素っ気もない身体になりたがるんですか。 俺は必要に駆られて選択した結果、こうなったに過ぎない。あんたのそれはただのやっかみだ」

「こいつ、言いやがったな! 待ってろ、その不細工なマネキンを今バラバラに分解してやるからな!」

「ちょっと中佐! 彼を刺激しないでください! 電子化した人格は非常にセンシティブなんです。デイビッド、貴方も興奮しないで……」

 心配そうに俺を見ているジニーは、荷台にあるスカルボックスを撫でていた。温もりは感じない。だが意志は分かる。

「……すまない。久しぶりに外に出て緊張しているんだ。中佐、思うところはいろいろあると思いますが、これからお世話になります」

「ふん。専属看護婦付きってところだな。ま、しっかり任務を果たしな。俺も俺の仕事をするさ」

「……それで中佐、さっきテスラフォースと言いましたが、それは……」

「ああ、お前さんが所属する実験部隊だよ。このアグリバードX9eによる戦車隊、追随する強化型装甲歩兵隊、ドローンで制空を担当する航空隊の3セクションが一個の戦闘単位を形成する。それがテスラフォースだ。俺はお前たちの装備の調整役よ。もっとも、お前さんのそのデリケートなおつむの世話はそっちのお嬢さんがしてくれることになってるけどな。詳しい話はあとでスピア大将が来てから話すことになるだろうよ」

 中佐が話している後ろで、アグリバードX9eが駐機ベースに固定されているのが見えた。ふるふると柔らかそうに見える流体筋肉性履帯の両側からアームが伸びて機体を固定し、背部のパネルが開放されてケーブルがいくつも接続されていく。

「……中佐。このガレージの電子設備は既に調整出来ていますね?」

「出来てるよ。このガレージは俺が組み立てたんだ。後はお前さんたちと、後に来る連中の納入を待つだけだよ」

「では、彼はもう着席出来ますね?」

 ジニーが俺を見る。中佐はため息をついて部下に指示を出しに行った。

「デイビッド。貴方を車内にセットするわ。ダミーヘッドは無線LANが搭載されてるから、車内から接続して」

「分かった」

 俺は、俺の入っているスカルボックスを吊り上げるために降ろされたクレーンをダミーヘッドで確認してから、ダミーの接続を切った。

 何も感じない、見ることも聞くことも出来ない状態のまましばらく待つ、というより耐える。思えば目が覚めてから、ほぼずっとダミーヘッドとは繋がっていたから、これは結構なショックだった。

 と、困惑していた俺の意識に働きかけるものがあった。NGAPSが接続しているOSにメッセージが送信されてきたのだ。俺はそれを読んだ。

『今の貴方はアグリバードの車内に納まっているわ。まず車体と接続して、カメラとスピーカーを起動させて』

 ジニーからのメッセージだった。

 言われた通り、俺はNGAPSを通じて新しい自分の身体になる戦車、アグリバードの制御を試みる。基本はそれまで訓練した、車や航空機の制御と変わらないはずだ。

 俺は訓練の間、俺の無意識化で拒絶しているらしきこれら非人体との一体化のコツを学んでいた。大事なのはイメージだ。手や足、目や耳のイメージをNGAPSが読み取って、機材と接続してくれる。その外部刺激を受け止め、慣れていくのだ。

 すると突如、俺の視界が開けた。全周囲式のカメラアイがぐるりと周りを見回す。その場にいる兵士たちが動き出した戦車を……俺を見ている。

「あー……聞こえていますか?」耳に慣れない合成音声が流れた。

「聞こえているわ、少尉。皆驚いているわよ」

「どうだ少尉、おめえさんの新しい身体は」

「まだ、なんとも。ただ、この音声は耳障りですね、修正しなくちゃ」

「NGAPSがスピーカーの機能と貴方の仮想人体の情報を調整していくわ。そのうち生前のものに近い声に変わっていくはずよ」

「この年で声変わりってのはちょっと恥ずかしいなぁ。……じゃあ次は?」

「今ダミーヘッドのLANを施設のネットワークに接続したわ。貴方の方からアクセスしてみて」

「やってみます」

 俺は繋がった戦車の制御系から一旦離れ、またOSへと立ち戻った。そこから設備のLANにアクセスする。

 幾つかのポートがずらっと並ぶ中に、なじみ深いダミーヘッドのアクセスポイントを見つけ出し、そこに繋ぐ。

 そこから俺の意識は、再びNGAPSを通じてダミーへと接続された。俺のダミーは彼女の腕の中だ。

「繋いでるよ、ジニー」

「調子はどう?」

「普段と変わらないな。この状態はどれくらいもつのかな」

「設備内であればどこからでもダミーに接続できるはずよ。慣れれば施設中のカメラやスピーカーに接続して視聴できるようになるわ。悪戯しちゃダメよ」

「はいはい」

「……では中佐。私たちは他のクルーに会いに行ってきます。彼のボックスをよろしくお願いしますね」

「おう。背中を任せる連中だ、そんなナリだからって舐められんじゃねぇぞ、少尉」

 ぶっきらぼうな中佐の激励を受けて、俺たちはオフィスを目指した。


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