新しい身体と電子化戦車兵
車や小型無人航空機の操作を覚えるのが、それからの俺の日常になった。NGAPSを経由して俺と繋がった機材から送られてくるカメラやマイクによる外部情報を頼りに、俺は機材を操作する。
また、一般的なコンピュータのオペレーティングシステムとの接続もNGAPSで出来るようになった。やっほう、電子の海は広大だな。イメージ的にはVRデバイスで見ているのと差がないから、実感はないけど。
電子機器の操作、車両や航空機の操作の合間に、ジニーと雑談した。彼女は俺の状態を逐一記録、観察する。
「あまり今詰めない方がいいわよ。潜在意識下でのストレスが貯まると、良くないことが起きるわ」
「善処するよ……対策は?」
「無駄なことをすることよ」
「は?」
「聞こえなかった? ジョークを言ったり、日記を付けたり、娯楽を楽しんだりするの。貴方は生理機能から発生する欲求を解消できないのよ。飢えや乾きを感じる機能がないし、トイレにもいかない。それに……」
「発情もしない?」少しオブラートに包んだ表現をした。言っておくが、俺はジニーに恋愛感情を持っている。
「ええ、そう」言い淀むジニー。悪いね。
「そういった、生理機能によって解消されるべきストレスを解消するために、もっと遊びを追及するべきだわ……それとも、仮想人体に直接満腹感やエクスタシーを与えて欲しい? 電気信号だけの」
「勘弁してくれ、ジニー」
「でもモニターしていて、貴方の合成脳に負荷が掛かり過ぎているようなら、そうせざるを得ないのよ。繊細な神経系に直接そういう刺激を与えれば、必ず悪影響が出るわ。だから……無理はしないでね」
俺が電子化されて、新しい肉体……と言っていいのか、今更疑問だが、ともかくそう言った諸々の状況に慣れ、そして与えられた任務に適した能力を鍛えてる日々は、ある日突然終わりを迎えた。いや、突然というほどでもない。俺が新型歩兵ユニットの中で圧死してからちょうど一年が経っていた。
その日俺は、軍用装甲車に接続して試験コースを走っていた。アップダウン、バンク、水たまりや泥濘、地雷原なんかがセットされてるコースを周回する。と同時に、頭の上で飛ばしている航空ドローンでマニューバ―を決める。頭がおかしくなりそう、と思うかもしれないが、俺にとってはドラムセットを演奏するようなものだ。片手でスネア、片手でシンバルを叩く。
「励んでいるようだね、少尉」
俺を呼ぶ声が近くでして、驚いて車がひっくり返りそうになった。
俺は車の速度を落としてピッチに戻し、ドローンを指定のポイントに着陸させてから接続を切った。
ダミーヘッドの前にスピア大将が立っていた。
「今軍の装甲車とドローンを一機失うところでしたよ」
「構うものか。今から君に与える装備に比べれば大した物じゃない。博士、彼のコンディションはどうかね?」
「プログラムはほぼ消化、こちらの目標値をクリアしています」
「うむ。では彼をここから連れ出しても大丈夫だね」
「はい」
淡々としたやり取りに、俺は人知れずショックを受けた……いや、これもジニーはモニターしている。俺が悲しみを覚えているのも分かっているはずだ。
だが俺も男だ。泣き言は言わない。
「閣下。自分は電子化兵として軍務に復帰ですね?」
「そうだ。君には新型の武装走行車両……戦術戦車に乗ってもらう」
「戦車……ですか?」
「そうだ」大将は言うが、俺は訝しんだ。
戦車というのは旧国家時代に運用された兵器群だ。重厚な装甲と無限軌道、高初速の火砲を備えて地上を走ったそうだ。だがある時期を境に技術的限界点を迎え、衰退した兵器だ。
「かつての戦車にはいくつかの欠点があった。高度な電子化や自動操縦による要員の圧縮と、運用上の不具合を解消するための人的資源の要求、この二つの要素を両立することが、最終的にできなかった。一人で一台の戦車を動かすことは、短期的には出来ても、戦術的運用はついぞできなかった……」
その一方で、流体筋肉技術の開発や、積層圧縮合金などにより、歩兵そのものの装甲化が現実のものとなった。装甲歩兵に機動戦が可能になったのだ。そうなると、戦技的な機微に限界がある戦車には出番がない。
旧国家時代から使われている自走式火砲もあるが、それらは超遠距離からの砲撃を目的にしている。
「我々は、装甲歩兵の開発ノウハウを発展させ、戦車の復活を決定したのだ。搭乗員の負担となる車外任務を必要としない、必要としても、最小限となる戦車だ。そしてそれは複数の無人車と、それを統率する有人車で構成される。……話してばかりでは分かるまい。実物を見ながら説明しよう」
大将とジニー、そしてジニーに抱えられたダミーヘッドの俺 (ダミーヘッドとスカルボックスはNGAPSで無線化できるようにした) は、それまでいた殺風景な、計器類とコードでひしめく部屋から出た。
廊下を抜け、階段を降り、広大なガレージに到達する。ここは陸軍の兵器工廠だった。
「あれが、新しい君の身体となる」大将は指さした。
そこには写真で知っているような『戦車』があった。けど間近で見ると所々に、懐かしい歩兵装甲に似た意匠があった。
まず、特徴的な無限軌道が灰色のゲル状の物質で覆われていた。その光沢は知っている。流体筋肉だ。車体は積層合金で出来ていて、背面にはエンジンの排気口や吸気口がカウルで防護されている。旋回式砲塔は車体に比べると小さいが、突き出た砲身の鈍い輝きが彼方を射抜く意志でみなぎっている。
これが、俺の身体であり、新しい任務の形だ。これに乗り、これに成り、俺は戦う。
「どうかね少尉」
「勇ましい形をしていますね。博士と離れるのかと思うと寂しいですが、励みになります」
「何を言っているのかね。君はまだ実験段階だ。配備後も引き続き博士による調整とケアカウンセリングを受けなければならない」
「え?」
俺はダミーヘッドを精一杯動かしてジニーを見た。
ジミーは笑っていた。畜生、男の面子丸潰れた。
「ごめんねデイビッド」
「いいよ。だから早く君にキスできる唇を作ってくれ」
「齧られそうね……ふふふ」
鋼の歯形を付けてやるさ。