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神経を繋ぐ

 仮初の自我意識でも、眠りにつくと夢を見るものだと気付いたのはリハビリテーションを受け始めた直後のことだった。

 面白いことに、夢の中の俺は五体満足な体を持っていた。俺の意識はまだ生身の身体を忘れちゃいなかった。それは嬉しいことでもあり、悲しいことでもあった。

 夢に見るのは故郷のことだ。スクールで仲が良かった友人たちと馬鹿をやった記憶、親父に兄弟そろって怒られた記憶やらがまぜこぜになって作られたストーリーの中に俺がいる。

 昔見ていた夢では触覚を感じなかったが、電子化した俺の見る夢では触覚がある。触覚だけじゃない、見たり、聞いたり、触れたり、舐めたり、嗅いだりできた。

 セラミックの焼ける匂い、海から流れる潮を含んだ風、コンビニで買って食べた安っぽいアイスの甘味。

 これは俺の記憶だ。作られた物じゃない。俺という意識と一緒に生身の身体から持ち込んだ俺の物だ。

 だが、あれはなんだ。俺の夢にはいつもあれがいる。あれは……。

 

 

『筋電義肢による運動神経マトリックス再生リハビリテーションプラン』という長ったらしい正式名称が付いた俺の日常は、ジニー博士の計画の元順調に進んでいった。

 最初の一手こそ、色々なトラブルを起こしたものだったが (危うく彼女の手を義手で握りつぶすところだった!) 、一度勘所を掴むと、その動作は徐々に自然な、無意識なものに変わっていく。俺は義手の次に義足を接続され、ダミーヘッドのカメラに首振り機能が追加された。

 今、俺の目の前で義足がルームランナーの上で歩いている。その状態で朝から5時間以上続いていて、普通なら疲れを感じるだろう。だが義足から伝わってくるのはセンサーで感知できるものだけだ。乳酸が溜まってくるとか、そういった生理情報はない。仮想人体を調整すれば再現できるが、疑似的なものだ。

「私も本来なら、貴方の神経ネットワークの復元率を高めるために、そう言った刺激を与えたいんだけど……」ジニーは口ごもった。

 理由は分かっている。俺の存在理由は新たな兵器の制御系になることだ。その為には普通人並に複雑な機能を持っているべきだが、人間的な苦痛は持たない方がいい。軍はそう判断して、ジニーに指示しているんだろう。

「大丈夫さ、ジニー。俺をマシンにしたくないっていう君の気持ちは嬉しいよ」

「……デイビッド。今の貴方は旧国家時代に居た前頭葉除去手術を受けた患者に近いわ。人為的に正常な機能を切り取られたに等しいのよ。それでもいいの?」

「昔だって、俺は完璧な人間じゃなかったよ。痛みや苦しみを知らないわけじゃない。現にリハビリは辛い、痛みを感じるよ。電気刺激でシリコンに刻みを入れる痛みだ……」

 俺という自我は新しい肉体に慣れ始めていた。少なくとも、意識の上では。新しい手足を動かすことに慣れ、カメラの目、マイクの耳を使うことを覚えた。

「俺のことを思ってくれるなら、君と一緒に外出できる体が欲しいね。でも無理なんだろ?」

「ごめんなさい。全身義体は別セクションで研究が進んでるけれど、まだ貴方を搭載できるには至ってないわ」

 当然だろう。俺の本体である合成脳とスカルボックスは、それだけで数十キロはある。こいつを乗せて、自立移動できるだけの運動機能、それらをすべて稼働させるだけの蓄電器を一個の装置に内蔵し、一般社会にお披露目できるまで、何年もかかるだろう。

「君とデートに行けるまで、マシンになるつもりはないさ」

 軽口を叩いていたその時、ルームランナーで歩いていた俺の足が倒れた。急に足が動かなくなってしまったのだ。

「どうしたの?!」

「分からない。いきなり足が動かなくなった……」

 ジニーは倒れた義足を台に置いて暫くチェックして回った。

「駆動系が過負荷で焼き付いているわ。やっぱり疲労の情報が必要みたいよ」

 やれやれ。鋼鉄の男とはいかないか……。

 結局その後、ジニーは仮想人体に接続している外部機能の損耗率を自動計算して代入するプログラムを作成して、問題を解決した。俺は疲れ知らずとはいかないが、交換可能な手足を手に入れたわけだ。ある程度損失が増えた部位を、レース中にタイヤを交換するように取り換える。損耗率が高くなるほど、俺は重さや痛みを感じるようになった。

 これはこれでいいが、酷いのは交換されないといつまでも痛みを感じるようになったことだ。黙っていても治らない。

 畜生。漸く現状に慣れ始めてきたっていうのに。昔の身体が恋しくなったよ。

 

 

 仮初の手足が馴染み、一端に疲れや苦労を思い出した俺のリハビリは、新たな段階に移った。

 いや、リハビリというよりは兵士としての新たな技術を身に着けるための訓練……というべきか。

「貴方、コンピューターには通じてる?」

「上官に提出するレポートを作成する程度には。昔から体を動かすのが好きでね」

「でしょうね……いい? これからは貴方専用のアプリケーションが必要なの」

 俺は電子化兵士だ。兵士には戦う道具が必要になる。手足があれば銃が持てるけど、そんなことのために軍は俺をよみがえらせたわけじゃない。

 そのために、俺は他の機械を遠隔操縦する必要があるわけだ。だが、わざわざ義手にコントローラーを持たせるなんて非効率なことはしないし、無意味である。

 俺が他の機材を操作するには、義肢を接続した時のように合成脳に適応したネットワークが形成されるのが望ましい。だが手足のように生体が持っていた機能ならともかく、機械機能を手足のように適応させるのは非常に困難だし、問題がある。

「貴方以前に転写された合成脳で行われたプログラムでは、直に脳と軍事車両を接続して実験されたわ。でも失敗した」

「どんな風に?」

「転写された自我意識は新しい肉体を拒絶したの。研究者の一人は皮肉ってザムザシンドロームなんて呼んでたわ」

 そいつぁひどい。カフカを読み直した方がいいな。

「結局、過大なストレスに晒された転写意識は活動を停止したの。精神消耗による死を選んだということよ。人間の無意識は、人間の身体を求めるということね」

「結構じゃないか。自然主義者が泣いて喜ぶね」

「茶化さないで。そこで私たち研究グループは、合成脳と外部装置とを接続するのに様々なセーフティを施すことにしたわ。スカルボックスのようなハードウェアもそうだし、高感度義肢による神経ネットワーク復元というソフトウェア形成もその一環よ」

 物理的には強固に見える、シリコンとチタンの塊であるところの俺は、その実随分と繊細な存在であるらしい。

「四肢という形で運動機能を制御する神経系を復元した貴方と、多様な機能を有する車両や航空機を接続するために必要になるのが、このニューロン(N) ギャップ(G) アジャスト(A) プログラミング(P) システム(S) 、NGAPSよ。これは貴方の四肢操作情報と、装備の操作情報とを相互に置換して送り出す、一種のプロキシシステムね」

「よく分からないが……つまり、俺は手足を動かすように車や飛行機を動かせるのか?」

「そうよ。そしてNGAPSは仮想人体を経由して送られてくる貴方の合成脳データを読み取って、操作を最適化させていくわ。貴方の思考や動きの癖を学習するのよ。貴方が航空機の機長なら、専属の副機長若しくは航空機関士ってところね」

 俺と兵器の間を繋ぐ大事な機能ってわけだ。こいつぁ大事にしないとな。

「じゃあ今から、NGAPSと貴方のブリッジングをするわ。何か変化を感じたら教えて」

 ジニーはそう言ってディスプレイの前で作業を始めた。

 俺はまた、リハビリを始めた頃のような、何かが触っているような感覚を覚えた。と言っても、今は義肢は繋いでいない。

 それは表現するなら、素手で着ぐるみと握手するようなくすぐったさだった。この感覚を報告するとジニーは答えた。

「貴方の潜在的な記憶情報がそういう感触として、貴方にリアクションしているのだわ。子供の頃、アトラクションでマスコットに抱きしめてもらったことがあるでしょう?」

「そりゃあ、あるとも。故郷のローカルテレビ局の名物マスコットキャラがいてさ。近づくと内部でブロワーの回る音がするんだ」

 愚にも付かない話をしていると、そのマスコットの手は俺の手をにぎにぎとまさぐっていた。手だけじゃない、腕、つま先からかかと、ふくらはぎから太ももへと回ってくる。すべて俺の合成脳が作る架空の感覚だ。

「一種の幻肢痛よ。NGAPSが貴方の四肢運動情報を読み取っているの。我慢して」

 全く奇妙な感覚だった。サービスしすぎだぜ、NGAPS。もう少し仲良くなってからにしてほしいもんだね……。

 そんな状態が正味30分くらい続いて、不意になくなった。

「終わったわ。どう? 調子は落ち着いた?」

「一応な……でも、本当にこれで機能するのか?」

「試してみる?」

 ジニーは部屋を出ると、一抱えほどある箱を持ってきた。中にはおもちゃ屋で高い所に飾ってあるような、高価なRCビークルが入っていた。

「これの操縦系をNGAPSに繋げるわ。……はい、やってみて」

 やってみて、って言われても困るな。と思いつつ、俺は義手で手を伸ばすように、意識の上で身体を動かした。

 床に置かれていた車の玩具が、同時に動き出した。

 俺は手を引っ込めた。車はバックして元の位置に戻った。

「どう? これがNGAPSよ」

 俺は答えるのも忘れて呆然と玩具を動かし続けた。バックしたり前進させたり、その場でぐるぐると回転させたりし続けた。

 やれやれ……これでは本当に子供だ。


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