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電子の肉体・脳・意識

『自立化始まります。疑似バイオリズム正常に作動。定着率98.27% 簡易仮想人体との同期中……』

 寝起きの頭で周囲から聞こえる電気機器の歌が俺をたたき起こそうと躍起になっている。

 眩しい部屋。殺風景な窓のない部屋を白衣の男女が行き来している。ここは病室か? なぜ俺は病室にいる?

「既に目覚めているのかね?」

「そのはずです。計器は正常な値を出しています」

 俺を見上げている男女がいる。男はどこか、見覚えがある気がした。

 男が俺の前に手をかざす。

「デイビッド・グレース少尉、起きているかね? 私だ。レオ・スピアだ」

 レオ……レオ・スピア……。

 レオ・M・スピア大将閣下!

 曖昧だった俺の認識が一気に鮮明に切り替わった。

『電子脳内ネットワークが急速に成長しています。仮想人体に糖分を注入しますか?』

「お願い」

『了解しました。ブドウ糖を注入します』

 電子音声と女がやり取りした後、俺の身体に何か、栄養剤のようなものが打たれたようだ。

「閣下……」酷い声だ。がらがらと耳障りな自分の声。でも不思議に喉が渇いているわけじゃなかった。

「気分はどうだね? 今点滴を追加したはずだ」

「……自分は、どうして……」

「……うむ。そうだな……まず、君は死んだ」

 この爺にジョークの才能はないらしい。

「御冗談を……」

「嘘ではない。今君の視覚に投影させよう。できるかね?」

「出来ますが、余り推奨できません。彼はまだ安定していませんから……こちらのモニターに映しましょう」

「そうか。お願いするよ博士。さ、少尉、手を貸してやろう」

 閣下は俺の背中に手を回して体を起こして下さった。だが俺は奇妙に思った。触れられているのに感覚がない。

「これを見ろ。君はどこまで覚えているかね? その……意識を失う前……」

「自分は……新型歩兵ユニットの運用試験中……バッテリーの異常で、仲間に救援を……」

「そう。君は新型機の運用中の事故に遭った。バッテリーの制御系の誤作動、流体筋肉の過剰な稼働で、内部にいた君は圧壊した。よく見たまえ」

 それは模擬戦闘中の俺たち部隊を上空から撮影したドローンの映像だった。倒れているユニットに複数の兵士が囲んでいる。

 すると突如、倒れていたユニットの背中が弾けた。流体筋肉が溢れ出して硬化していく様がずっと記録され、映像が止まった。

「これが君だ。君の身体は流体筋肉により圧縮され、生存に必要な臓器や神経系まで破壊された」

「でも……自分は此処にいます。治療を受けたんですよね?」

「いや、治療してはいないよ。……君は検体取引申請を覚えているね? それに従い、君は今ここにいる」

 そういうことだろう? 検体取引と今の状態がどう関係するのか、俺にはさっぱり分からない。

「閣下、そこから先は私が説明しましょう」

「うむ、頼むよ。少尉、こちらは電子生体工学の権威で、わが軍で兵器開発を行っておられるジニー・マイヤー博士だ」

 俺は閣下の脇に隠れるように話していたジニー博士を見る。オリーブ色の髪を短く切りそろえて赤淵の眼鏡をかけている小柄な女性だった。

「デイビッド少尉。貴方は軍との間に検体取引をしたの。貴方の身体は軍務中の死亡時に提供され、軍の行う諸々の研究に使用されるの」

「それは分かっています。ですが今は……」

「聞いて、デイビット。軍は今、次期主力となる新しい兵器群を開発してるの。それには高度な遠隔制御用のコンピュータが必要なんだけど、我々はまだそれを作り出すに至っていないわ。……そこで軍は、認知機能障害を治療するために研究中だった、合成脳技術に目を付けたの」

「合成脳?」

「特殊な処理を施した積層シリコンに、脳波パルスを照射して、生体脳を疑似的に復元、再現する技術なの。まだ安定して機能しているとは言い難いけど、軍はこれが新しい兵器群の制御系に使えると思ったの。人間の脳は高度な判断機能を持つ優れたコンピューターよ。でもそれの多くは生理機能や人体の制御に用いられているし、常に全力で稼働しているわけじゃない。何より生身の脳は脆弱だわ。だから軍は、合成脳に意識を転写させた兵士に兵器を制御させようと考えたの。つまり、兵士の電子化ね」

「……それが、自分、ですか?」

「ええ……貴方の意識は、あの歩兵ユニットのコンピューターに記録されていたわ。それに死にかけていた貴方の生体脳からも思考パルスを取り出すことが出来た」

 信じられない。今の自分が電子的な……機械の体なんて。

「信じられないでしょうね。今貴方の心理反応をモニターしているから、それは私にも伝わってくるわ。さっき閣下が貴方を持ち上げたでしょう。あれ、コミュニケーション用のダミーヘッドなの」

「ダミー……ヘッド?」

「電子化した意識がストレスを感じないように、人体に近い構造のセンサーを取り付けたものよ」

「灰色のマネキンだな」閣下が言った。

「全身が包帯でぐるぐる巻きにされているとでも思っていたのか? 試しに体のどこでもいい、動かそうとしてみろ」

 そうした。動け、俺の身体。指一本でも動かしてみろ。

 出来なかった。それどころか、瞬きさえ意識的にすることさえ出来ない。

 そんな……そんなの嘘だ!

『仮想人体が興奮しています。 鎮静剤を投与しますか?』

「待って。……お願い少尉。現実を受け入れて。今の貴方は生きているわ。脳は人工物になっているけれど、自我は生来の物よ。認知哲学では、自我こそが自意識を定義するのよ」

「でも、でもそんな……自分は、俺は……」

「君は検体取引をしたのだ。君の肉体は一片であっても軍に供出する義務がある。君の意識さえもだ……理解しろ、少尉」

 検体取引。確かにしたさ。血肉や骨、髪の毛一本だって勝手に使えばいい。

 だが、俺は……俺自身の意識は、俺の物だ。そうだろう? 俺という自我は物質じゃあない。いや、確かに俺の脳、身体が作った物だが……意識まで物のように扱われては、俺の自我は、一体何処へ行けばいいんだ? 再び死ぬまで (壊れるまで) 自由にならないのか? それとも退役……そもそも退役があるのか? コンピューター代わりの兵士に。

 俺は必死に考えた。考えても仕方ないことを必死に考える。無駄でもいい。無駄が良かった。

 無駄なことをするのが反って人間らしい気がした。俺は機械じゃない。俺、という認識は機械じゃない。

『仮想人体の、バイタルが安定しました』

「モニターしているわ。デイビッド……」

「少尉でいいです、博士。俺は貴方とは初対面だ。名前で呼ぶには時間が欲しい」

「……そうね」

 女性を困らせるのは男らしくない行為だ。父はそう言っていた。人間らしい所作。良いだろう。

 結構、結構。体は死んだし、脳みそだって機械だが、俺は俺だ。デイビッド・グレース。アレン・グレースとニーナ・コリンの息子、フェリックス・グレースの兄だ。

 死んでも兵士、エレファス共和国陸軍少尉だ。軍は俺をまた別の新兵器に使いたいらしいじゃないか。オーケイ、さっきまで新型歩兵に携わってきたんだ。それがちょいと別の物に置き換わるだけさ。

「理解できたようだな? 少尉」

「閣下。自分のこの現状は、家族にはなんと……」

「君のご家族には、軍務中の死亡事故であったと伝えている。が、今は曲がりなりにも戦時中だし、君の存在は軍事機密に類する。詳細を話すことは出来んよ」

「少尉。我々は電子兵のケアプランも同時に作成しているわ。将来的には人体と遜色のないダミーボディを開発して、社会復帰できるよう目指してるわ。時間はかかるでしょうけど、きっとご家族の元へ返してみせるわ」

「……その時は、貴方とデートできますか? 博士」

 博士は驚いた様子だが、はにかんで見せた。「……ええ。期待してるわ、少尉」

「少尉。君の現在の状態を、君自身が確認してみたいとは思わんかね?」

「思いますとも。今の俺は何なんです? そのシリコンの塊に電極でも繋いでるんですか?」

「見せてやろう」閣下はまた俺の背中側に消えた。

 俺の身体、いや、ダミーヘッドとやらはずいぶん軽いらしい。閣下は俺を抱え上げて動かした。

 ダミーヘッドから垂れるケーブルの端が見えた。それを目で追っていくと、魚釣りで使うクーラーボックスに似たプラスチックの箱が見えた。

「あれが、今の君だ。中に君が転写された合成脳が格納されている」

「なるほど……今の俺はさしずめ手足をもがれたジェイムスンですね」

「博学だな、少尉」

 皮肉だよ。クソが。


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