実験中の不幸な死
こいつは一回り小さいスニーカーを押し付けられたようなもんだな。
始めに技術士官が説明してくれたよ。曰く、このユニットは旧型よりパワー比が17.85%上昇してる、装甲を物理的な貫徹に強い材質に置換して重くなったが、それを補って余りあるパワーと積載量がある、だから基本武装である7.62ミリガトリング砲の銃弾に加えて、ロケットランチャーや対空ミサイルを搭載できる、制空ドローンとのリンケージ感度も上がっている……などなど。
オーケイ、ディーラーさんの宣伝文句上等。押し付けられたデカブツは確かにスペック的には言われた通りだったよ。
けどな、着装した瞬間まずいな、と思った。フィッティングが固すぎるのだ。
当然ながら、体格の異なる兵士たちに合わせられるように、ユニットには元からアジャスターが付いているし、新型にも当然付いている。けどこいつは従来品よりもそれが弱い。
俺は平均身長よりちょいと上背があるものだから、ユニットに入っていると実に窮屈だった。その状態で俺たちの部隊は、指定された作業や作戦をこなし、その都度、各隊員は指定された案件に対するレポートを提出した。
最も多かったのは流体筋肉を動かすバッテリーに対する質問だ。パワー比を上げるために増量された筋肉を稼働させるために増設したバッテリーが各所に分散されていて、動かし方によって消耗率に差が出ていたのだ。
部隊は一個の有機連合体だ。そして個々に別々の動きをすることもある。立っている奴と座っている奴でバッテリーの減りが違いすぎると行動範囲が狭まってしまうだろう。
メーカー側の答えはこうだ。バッテリーは初期生産品ゆえ品質にばらつきがあった。次期生産品では問題は改善される。
クソが。
試験運用の最終日。俺たちは限りなく実戦に近い形式の模擬戦闘を行った。実弾搭載、各機オプション搭載、専用に制空ドローン一機使用、標的は国境を管理するゲートを守る装甲歩兵部隊、とした。
俺は部隊の前方でポイントマンになった。ガトリングで銃弾を叩きつけながら後続の友軍の進出を助け、敵の目を引き付ける役だ。
銃身が火を噴いて標的だった装甲歩兵を叩く。割れた装甲から流体筋肉が飛び散り、空気に暴露して灰色の塊になる。あるいは背面にあるバッテリーに引火して火だるまになった。
勿論、向こうも打ち返してくる。据え付けになっているより大型の機関砲が俺や仲間を打った。一、二発くらいならいい。割れた装甲の下から流体筋肉が浸み出して硬化し、応急処置してくれる。
友軍を進ませるために、弾をばらまきながら俺は走った。狭苦しい着心地で息を切らせ、敵の攻撃が尽きた瞬間にオプションに付けていたロケットランチャーを打ち込んだ。
ドローンからのリンクで標的が停止したのを確認した俺は、障害物になってた瓦礫の影に引っ込んで息を整える。かなり息苦しかった。体中が圧迫されているみたいだった。
どうしてこんなに苦しいのかよく分からなかった。俺は十分、今みたいな形式の作戦に従事してきたし、体力だって衰えちゃいない。身体に異常があるのかも、と思い、ユニットの各部を触って驚いた。バッテリーが入ってる尻や腰あたりの装甲板が手袋越しでも分かるほど熱くなっていた。
俺はヘルメットに付いてる脳波認識型コントローラーでユニットのステータスを見ることにした。大昔の宇宙船に付いていたらしい船外活動服よりもはるかに直観的な操作ができるこいつは、俺が思惟した情報を網膜に投射して表示してくれる。
俺のユニットには都合八つのバッテリーが分散配置されていて、四つが背中、二つずつ尻と腰に付いていたが、腰と尻のバッテリーが過剰に電力を送り出していた。こいつはバッテリー間の消費速度の差を解消しようとプログラムを弄ったせいだろうが、不味いことにこれが着装用アジャスターを誤作動させていたんだ。
まるで俺は大昔の航空パイロットが重力に対抗するために着ていた加圧服よろしく全身を圧迫されていた。
息が苦しくなって、眩暈がしてきた。俺は分隊間リンクで救援を求めた。
「助けてくれ。マッスルゲルに殺されちまう」
「どうした?」すぐに隊長からリアクションが返ってきた。
「バッテリーが過剰発電してゲルがアジャスターを締めつけてくるんだ。息が出来ない……」
手足に力が入らなくなってきた。全身を締め上げられ、末端から血液が失われ始めている。
瓦礫にうずくまっていた俺に仲間が駆け寄った。
「自力脱着できるか?」
「だめだ……手が動かない」
ユニットの背部には着装用ジッパーがあり、着装後防護装甲とオプションラックが上から組みつけられる。自力脱着時は制御系不備に備えて手動で脱落ボルトを作動させなきゃいけないんだが、今の俺には無理だ。
仲間がオプションラックを外して重荷を外してくれたが、それでも自由にはならない。防護装甲はバッテリーパックを兼ねている。
「外部から電源を落とせないのか?!」
「制御系に侵入しなきゃ無理だ。畜生、こんなところに接続コードなんて持ってきてねぇぞ」
なし崩し的に模擬戦が停止して俺を囲んでいるのが分かったが、もうその時、俺は声を出すのも辛いほど消耗していた。骨が軋み、筋肉が断裂し始めていたんだ。
「バッテリーを外せ!」
「待ってろ。今引っ張り出してやるから!」
ありがたいお言葉だ。
だが待て、仲間たちは防護装甲にしまってあるバッテリーを外し始めていた。ラックからばち、ばちと外れるたびに放電パルスの音がしていた。最悪なのは制御系がこれらを電力源の大幅消失として判断して、残りのバッテリーを最大稼働させてしまったことだ。
この糞ったれコンピュータは意識が飛んでた俺を助けようと残ってた尻と腰のバッテリーをフル回転させつつ、アジャスターに回してた過剰な電力を放置するという最低の処置を取った。
肺が押しつぶされ、肋骨がキャンデーみたいにバラバラに折れた。潰れた肺に残ってた最後の息が俺の口から一気に出た。悲鳴だった。
口から生温いものが溢れる感覚の後、俺は完全に意識を失った……。
ああ、神様。確かに俺はこまめにお祈りするほど信心深くはないが、チャリティにはいつも参加してるし、ガキの頃から月に一回家に回ってくる募金のお願いには恭しく一クレジットを提供してきた。
だから真っ暗で冷たい場所に俺を放置しておかないで、暖かいあんたの所へ引き取ってくれよ。
その汚らしい奴を近づけないでくれ。
お願いだ、頼むよ……。