デイビッドの青春
エレファス共和国とエウクス連邦は、第三大陸の両岸を占める国家として、長い間互いを相手に日に陰にと戦ってきた。
両国の間には複数の衛星国が軒を連ねていて、彼らは日和を見てどちらかに付く、あるいは寝返る。士官学校生時代に義勇軍として出向いた都市国家ムーアもそんな国の一つだった。
都合三年間在籍した士官学校時代、初年度の一年を基礎的な教養学問と初歩的な軍事学に費やした俺は、二年次から選択できる兵学科目の中から装甲歩兵科を選択した。それまで身に付いていた歩兵科の経験から一番近しい科目だったからだ。
こいつは人が着れる流体筋肉と積層合金装甲のミルフィーユだ。榴弾片や小銃弾に抗弾でき、生身じゃ持って歩くに困難な武装火器を装備できる優れものだし、分隊間の情報通信機能もバッチリだ。条件が良ければ頭の上を飛んでいる制空ドローンとリンクして戦場全体を俯瞰しながら動ける代物だ。
装甲歩兵戦闘団の准士官としてムーア独立戦争に参加した俺は、実践というものを他の同期よりほんの少し早く体験したわけだが、これにはわけがある。
俺が士官学校に入れたのは所属連隊の推薦があったからだが、だからと言ってそうやすやすと入学できるわけじゃあない。旧国家時代みたいにゆりかごから墓場まで面倒を見てくれるほど、今の共和国は甘くない。
具体的には、俺は士官学校に入れるだけの能力はあったが、金はなかった。だがそこはうまいことで来ていて、奨学ローンが組めるようになっていたのさ。ローンの申請は簡単に通った。その代わり、俺は国と軍隊に紐づけされていたのだ。逃げ出さないように紐をな。
理事会は在学生からランダムに選出した学生に義勇軍としてムーア独立戦争に参戦せよという非公式の通達が届いた。こいつを破ると懲罰、退学処分、元の連隊に送り返されて一生下っ端扱いになるわけで、俺に選択の余地はなかった。ローンが払えなくなるからな。
俺は現地で民兵を指揮して、幹線道路の一部を封鎖し、進攻してくる連邦軍の部隊に備えるという任務を負った。現地民兵は当然装甲歩兵ユニットなんて高価な装備品は持ってない。非装甲化歩兵……対比的に軽歩兵と言われる兵装だった。
路上に障害物を構築しながら、俺たちの部隊は遭遇した敵部隊が障害に当たって進軍が停止するたびに攻勢をかけては後退した。後退するときは俺が殿になった。射線の通らない都市戦闘だったから、俺の着ていたユニットの装甲が貫徹されるほどの火力が集中することはなかったが、腹や胸にけたたましく打ち込まれる銃弾の衝撃は暫く脳裏にこびりついた。積層合金装甲バンザイ、流体筋肉に栄光あれ、だ。
ムーア独立戦争は一か月半に渡りムーア軍が連邦軍を足止めした挙句、エレファス共和国が傘下同盟諸都市を糾合して編成した同盟軍を参戦させたことで終息した。連邦もまだその時は、共和国と正面からぶつかるのを避けていたからだ。
俺の初陣は終わった。得られたのは戦場の地獄で生き残ったという経験と二の腕を貫通した徹甲弾の傷くらいだ。しかもこの傷は同盟軍の到着するほんの一週間前の戦闘でもらったものだ、まったくついてない。
ともあれ、名誉ある義勇軍兵士の名誉ある負傷を伴って故国に帰還した俺は、俺を送り出した軍にレポートを提出するよう求められた。もう少し労わってもらいたいものだ。
だが、たかが一地方の都市国家の独立戦争に割高な徹甲弾を持たせた部隊を投入したということは、それなりに重要なことだ。エウクス連邦でも装甲歩兵ユニットの開発は進んでいるらしいが、それと何か関連があるかもしれない。
レポートを提出し、残りの学習過程を経た俺は晴れて士官学校を卒業した。と同時に少尉に任命され、古巣である連隊に戻った。
俺が連隊で装甲歩兵小隊の隊長になって暫くして、エウクス連邦が傘下諸都市と共に、エレファス共和国と同盟諸都市に向けて宣戦を布告した。
すわ、全面戦争か、と思いがちだし、実際全面戦争なのだが、そうじゃない。
この第三大陸で多数の戦力をぶつけ合うような広大な戦場なんてものは存在しない。旧国家時代に作られた長距離弾道兵器群も、上空を滞留する厖大な磁性スモッグや、稚気じみた夢の末に放置された空中要塞から、自動的に発射されるミサイル防衛システムの前に無力化されている。
今の人類に出来ることは、高度5000メートル以下の中低空でのことに限られている。
俺たちは大昔の帝国がやったみたいに地べたをはい回りながら敵対勢力の伸長してきた地域を叩いたり、敵勢力の拠点になってる都市を攻撃したりすることだけだ。
各方面軍から部隊が抽出され戦線に送り込まれるのを見守りながら、いつか俺の番かと待っている日々が続いた時、一本の辞令が下った。
それを持って連隊長のオフィスへ出向くと、説明があった。
「デイビッド・グレース少尉。君を軍が開発中の新型装甲歩兵ユニットを運用する新設部隊へ出向させたい」
新型兵器! なんとも男心をくすぐる話ではないか。
「ふふん、顔に出ているぞ少尉。新型の歩兵ユニットは従来品より積載重量、防御性能共に向上しているらしいな。あとは実地で慣熟運用を行って問題点の洗い出しをするわけだ。各連隊や各方面軍から適正人材を選抜している中で、君の名前が出た。君は検体取引申請が受理されているな。実験運用には最適の人材だ」
「はっ! 光栄であります」
「無論、通常とは別に手当は出る。詳しい内容は窓口から書類を受けるがいい。職務に励めよ。下がってよろしい」
宿舎で書類に目を通しながら、俺は心が躍ったよ。新型装備の運用なんて、なかなかさせてもらえることじゃない。
もちろん、それが兵士にとって時には重荷になることも知っている。性能がいいからと言って実際に運用して見て便利なのか、それはまた別々の話だからだ。まぁ、その辺を見るための実験運用なのだが。
それを許される程度には、俺は優秀な兵士だと言われたわけで、そこは素直に喜ぶものさ。
なによりサラリーに手当が付くのが良い。ローンの支払いが早く終わる。
ローンの支払いが終わって、連邦との戦争がひと段落したら、俺は両親を手伝ってまた製材工場を始めたかった。セラミックの煉られる音、焼ける匂い、どれも子供の頃からあった懐かしいものだ。それを取り戻したいと思うのは、自然な感情だと思う。
俺は新しい装備がどんなものかを想像しながら、ベッドに寝た。