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国語力でテッペンとれ!  作者: 霧ヶ原 悠
第二章  日々是好日〜一年一組の場合
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 養成所は国語力を行使する技術を学ぶための専門学校だ。そのため下級部生では、一日二回『国語』の授業と、週に二回の『表現』と『技術教練』の授業を設けている。それらで実践的な国語力を使う技術をある程度身につけてもらおうというわけだ。だがそれだけではなく、日本国内に溢れている様々な日本語の使われ方を多角的に見るということで、数学をはじめとする主要五教科や芸術系の授業も用意されている。

 とはいえ、それが好きか嫌いかは全く別の話である。

 この日の一時間目は数学だった。とにかく数学や理科というものが嫌いなハレは、毎回現実逃避のように寝て、毎回拳骨とともに起こされている。

 「今日から新しいとこいくぞー。その名も、不等式!」

 謎のポーズをとった数学の担当教師・大友辰彦おおともたつひこは、古くさい名前に反して二十代後半と若く、筋骨逞しい、どちらかと言えば熱血漢の男である。

 「数量間の大小関係を不等号を使って表した式を不等式と言う。端的に言えば、5>3みたいなやつだな。小中でも多少はやっただろ。今からやるのは、これに例の如くxやyが入ったものだ!」

 「えー!」

 さっそく唇を尖らしたハレにタツヒコはため息しか出ない。

 「まだなんも説明してないのに『えー』とか言うな! ホントに数学嫌いだな、お前は!」

 「でろでろでーするぐらいキライ。生理的に受け付けないってやつ。先生が細いモデル体型の美人さんを毛嫌いするのと一緒ですぅー」

 「な、なぜそれを知っている!?」

 生徒に自分の女性の好みなど話した覚えはない。タツヒコが冷や汗を流していると、腰に手をあてたハレは得意げに言った。

 「フッフッフ。ボクの情報網を甘く見てもらっては……」

 「いや、社会の小野先生相手に超引きつった笑顔見せてたら分かるし」

 ……言いかけたところで、隣のマツリに遮られる。

 「小野先生と話すときは一メートル以上間隔をあけてますよね」

 「おのっちと話したあとは、深呼吸してストレッチもして、気合い入れてからじゃないと歩き出せてないもんねー」

 「あと、会議とか食堂では絶対おのっちの半径五メートル以内に入らないように計算してるもんねー」

 「……お前ら、意外と人のこと見てるな。暇なのか?」

 マツリにあわせるように、次々とクラスメートたちから暴露されていく事実。こうもけちょんけちょんにされては、呆れるしかない。

 その一方でハレは、

 「ちょっとー! ボクがかっこつけるとこー!」

 と、両手を振り回していた。

 「まあいいか。んじゃ、授業に戻るぞー。美空はゲロ袋用意して授業受けとけ。先生はわりともらいゲロしやすいから、たぶん助けてやれない」

 「さいてー!」

 「おーおーなんとでも言え。そういう体質なんだ。さて、どっからだ。こっからだな」

 黒板にx-5 > 10と書く。

 「これが文字のある不等式だ。不等号の右側を右辺、左側を左辺、両方あわせたものを両辺と言う。ま、それは見たまんまだから、特に補足は必要ないだろ。次!」

 そしてまたチョークをとった。

 「ある数xの2倍から1を引いた数は4以下である。これを不等式で示すと、2x-1 < 4となるわけだ。じゃあ、今からオレが言うものがどんな式になるか、ノートに書いてみろー」

 そう言われ、生徒たちは慌ててペンを握り直した。先生の声を聞き逃すまいと、静まり返る。この辺りはまだ、初々しい一年生という感じがする。

 「ある数xに3をかけて2を足した数は、0以上である。さらにその数は、15より小さかった。さあ、どうなった? 五十嵐」

 「えーっと、0≦ 3x+2 < 15 です」

 「おう、正解。じゃあ第二問いくぞー」

 そしてタツヒコは大きく息を吸うと、ノンブレスでつらつらとのたまった。

 「ある数xの3倍に18を足した数を6で割った数に5をかけた数は、-40以上で-21より大きくて-13以上で『待て待て待て待てぇ!!』

 一部の生徒からストップがかかった。

 「なんなんだよそりゃ!」

 「長いうえに早口すぎて何言ってるかわかんない!」

 「-40以上で-20より大きくて-10以上って、どんだけ続くんだよ! 嫌がらせかっ!」

 「だいたい!」

 と、ここで立ち上がった生徒がいた。茶髪ではつらつとした印象を与えるこの生徒は、石槌智也いしづちともやと言う。

 「なんで国語力を学ぶ学校で、よりにもよって数学なんかやる必要があるんだよ! 義務教育はもう終わってんだから、数学も理科もやらなくていいだろ! 国語力の行使に数学はいらねえんだから!」

 「異議ありっ!!」

 長い髪を三つ編みにしてメガネをかけた林藤真幌りんどうまほろが、トモヤとちょうど反対側の席から立ち上がった。

 「この世のありとあらゆるものは、全て数学と理科の力、知識に基づいて構成されているのよ? 言うなれば、数学と理科は世界共通の地球語という名の『国語』! それを差し置いて、国語力を行使することは有り得ない!」

 「ああん? そんなもんただのヘリクツだろうが! オレたちの使う国語力の源、母国語は日本語だけだ! 日本語の国語力は、あらゆる制限を超えてこの世界に存在しないものまで無限に創造できる自由な力だぞ!」

 「それだけでは、十分な効力を発揮できないとこの前習ったでしょ? それを支える基盤、地力がないから!」

 「だからこそ緻密に言葉を積み上げるし、想像力を鍛えるんだろうが!」

 「それでも不安定さが解消されるわけじゃないわ! 数式も化学式も、私たちの生活を支える具体的な技術! この世の全てを表す普遍の真理! 国語力の行使に必要な堅実さを元々から備えている素材は、数学や理科の知識よ!」

 「だーかーら! 国語力は想像に言葉をつけて具現化する力だぞ! 言葉の領域に理数系のかたっくるしい法則だの式だの、そんなもん必要ねえって言ってんだよ!」

 「概念的なもの・ことを現実のものにするということは、潜在的に不安定なのよ! だってこの世にないものをあるものにするんだもの。すなわち、国語力を行使するときに理科や数学の真理を使えば、それは既にあるものの活用の延長になり、いくらか安定して国語力を行使できるのよ!」

 「はあ!? 何言ってんだよ、てめえは! そもそも……」

 「あなたこそ物わかりの悪い人ね! そっちだって……」

 白熱する二人の議論を止められるはずもなく、授業は頓挫していた。何よりその雰囲気に当てられてか、教室中が理数派と文系派に分かれて言い争っており、この熱が冷めるまでは、とうてい授業を再開できるはずもなかった。ちなみに、騒ぎの大小はあれ、こういう理数系対文系の争いは、どの授業でもよく見られることだった。止めるべき教師のタツヒコでさえも、すっかり傍観体勢に入ってしまっている。

 圧倒的文系人間のハレは、しかし議論に参加するよりも、これ幸いと惰眠を貪ることを選んだ。さっそく柔らかくもない数学の教科書を枕にして目を閉じる。瞬く間に鼻提灯が作られ、

 「だから寝るなっつーの。このおやすみ三秒くんが!」

 「痛いっ!」

 隣の席のマツリに叩き起こされるまでが、お約束なのであった。




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