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国語力でテッペンとれ!  作者: 霧ヶ原 悠
第五章  今明かされる、真の実力とは……!?
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 「……っていうことがね、今日あったんだよ」

 「どおりでいつもより帰りが遅いはずだ。おばさんにその話はしたのか?」

 「んー。ごまかした」

 「それがいいだろうな。さすがに不良のケンカに巻き込まれたとあったら、気を失われるかもしれん」

 「にしても、風輝璃隊の人たちカッコよかった〜」

 「ふむ。なら、俺からもサトハに礼を言っておくかな」

 その夜。美空家の窓辺で、一人と一匹はのんびりと風呂上がりのコーヒー牛乳を飲みながら一日の出来事を振り返っていた。

 「明日から中学のときのように、俺も一緒に帰ろうか?」

 小さい動物の手で器用にもカップに入ったコーヒー牛乳を飲み干したツカサが、ソーサラーに戻しながらハレを振り返った。

 「え? でも生徒会長って忙しいんじゃないの?」

 「暗くならないうちにお前を家に送るぐらいの暇は持てる。そのへんの心配はいらん」

 「うーん……」

 ハレは手の中で牛乳瓶の蓋をしばらく玩んだ。

 「いい、かな」

 「それは必要ない、ということでいいんだな?」

 「うん」

 「参考までに、なぜそう考えたのか聞いていいか? 怖かったし、痛かっただろう。今日は」

 ツカサの手が軽くハレの太腿を叩く。その意味に気がついたハレが、柔らかく温かいツカサの体をそっと持ち上げた。

 「俺がその場にいたら、まずお前を殴らせはしない。逆に、相手を一瞬でのしてやる」

 ぷにぷにの肉球を持つ手が、優しくハレの殴られた頬を撫でた。

 「お前がどんだけとぼけてても、俺には分かる。本当は泣きたいぐらい怖かっただろ。春野も気がついているだろうが」

 「そりゃ怖かったよー。国語力とか関係なく、なんでこの人たちこんな簡単に人を殴ったり物を壊したりできるんだろって思ったもん」

 「ではなぜ? お前たちはまだ、身を守るための国語力を授業では習ってないはずだ。お前のあの特殊な発動方法でかわすか?」

 「そんなことしないよー。あんなやり方じゃ暴走するか、どっちにせよ実践したことないんだから失敗しちゃうって」

 ハレはそういって苦笑いを浮かべるが、ツカサはそうは思わない。ハレが「バリア」と一言口にすれば、そこにはとても強固なバリアができるだろう。

 『ハレにはやっぱり個別実習がいいと思います。誰かハレの信頼できる人が見てるところで、あの子に好き勝手国語力を発動させる。それで徐々に調子っていうか、加減を覚えさせるのが、あの子にとって安定的で正しい国語力を身につけることになると思います』

 ハレのところに来る前、マツリから送られてきたメールだ。

 ツカサも同意見……というよりは、ツカサが前もってマツリに伝えていた考えを、マツリなりに考えて正しいと賛同してきたのだ。

 (さて、どうしたものかな。ハレの信頼できる人……そして万が一暴走してしまったときに止められるだけの国語力の実力を持つ人間……)

 そんなもの、ツカサしかいなかった。いや、学校の教員に比べたら、ツカサだってまだまだ未熟だ。だが現時点で、ハレの身近にいる実力者で、ハレと一対一で実習を行える人物となると、ツカサ一人だ(見かけはウサギだが、そこには目をつぶる)。

 (ハレが俺の呪いを解くために三養に入ったことは知っているが……。学校の授業がハレの肌に合わなければ、それはそれでハレのストレスになるはずだ。それならばいっそ、普通の高校に転入させて俺が個別レッスンをした方が、よっぽど自由に国語力を操れるようになるんじゃないか?)

 入学してひと月経つか経たないかぐらいで出す話題でもないが、毎晩こうしてハレの話を聞いていると、やはり技術教練の時間に思い通りにいかなくてイライラしたり、かなり悪い方向に落ち込んでいるようだ。

 「なあ、ハレ……」

 「……楽しいから、かなあ」

 タイミング悪く、二人の声がかぶってしまった。

 「あ、ごめん! ツカサくんなんて言った?」

 「ん? いや、特に何かあったわけじゃないから、気にするな。お前こそ、何が楽しいから、なんだ?」

 「あ、うん……。その、なんでツカサくんのお迎えがいらないかっていう質問の答え……」

 「ほお」

 「あっ! いや、その、ツカサくんといるのが楽しくないってワケじゃないんだよ! その、そういうことじゃなくて……!」

 「落ち着け、分かっているから。唾が飛んでくるんだ」

 「あ、ごめん」

 ツカサを目の前に持ち上げたまま、泡を食ったようにしゃべったせいだ。ツカサを膝に下ろし、肩にかけていたタオルでツカサの体を拭ってやる。

 「それで、何が楽しいからなんだ」

 「うん……。中学のときは、マツリちゃん以外にあんまり仲のいい子っていなかったし、ツカサくんとマツリちゃんは知り合いだし一緒に帰っててもべつに気にならなかったんだけど、今はユリノちゃんもいるし……。あ、そうだ。今度から学生競技大会のチケット用意してくれるときは、ユリノちゃんの分も含めて三枚でお願いします」

 「このタイミングで言うか……。まあいい、分かった。ユリノちゃんというのは、前に会った早乙女さんのことだな?」

 「うん」

 「よし。それで? お前はその早乙女さんと特に仲がいいわけでもない俺が一緒に帰るのは気まずくなるからイヤだと?」

 「う、ううん。そうも言っちゃうと身も蓋もないっていうか……」

 ツカサの体を拭く手を止めて、ハレはぼんやりと空を見上げた。都会の真ん中にあるこの家からは、ほとんど星は見えない。

 「……なんだろうなあ。一緒に帰るのもそうだし、何回か放課後教室に残って授業がどうとか、ボールの転がし方とか、わいわい話したことあるんだよねー。マツリちゃんもユリノちゃんも、いいんちょーもネムもアヤナも石槌くんや明日葉くん、マホロちゃんもケンちゃんも、みんなで。それがすごく楽しかったんだよねー。……って、あれ? なんでそれでツカサくんが迎えにきてくれなくていいってなるんだろ?」

 「自分で言っておいて、なんだそれは」

 「ううん。ちょっと待って、自分でもよく分かんなくなってきた……」

 ぐるぐる首を回しながら、ハレはあーでもないこーでもないと頭を悩ませている。なんとなく、ツカサはハレの言いたいことが分かった。

 「親離れと、似たような感じかもしれないな」

 「へい?」

 ふいに自分の膝から庭に降り立ったツカサを、ハレはきょとんと見つめた。

 「今までお前の傍にいたのは、家族と俺と春野だけだっただろ。中学まではまわりに対して変に緊張していただろ、お前」

 「うん。だって国語力を使わない人たちばっかだったし……」

 「ところが三養に入学して、お前のまわりには同士しかいなくなったわけだ。そりゃー、年の離れた俺よりも同じクラスの同志のほうがノリも合うだろ」

 「で、でも! ツカサ君が嫌いになったわけじゃないよ! ツカサくんの呪いはボクが絶対解くからね!」

 なんだかツカサが遠くに行ってしまう気がして、ハレは立ち上がって叫んだ。いや、叫んだだけでは不安は拭いきれなかった。裸足のままハレも庭に下りると、そのままツカサを抱き上げた。

 「ボクはツカサ君を嫌いになったりしてないから! ユリノちゃんとかいいんちょーとかといるのも楽しいけど、ツカサくんといるのはまた別だから! なんていうか、その、今までずっとずっと傍にいてくれたから……いるのが当たり前っていうか……お母さんとお父さんぐらい自然っていうか……」

 結局、また何を言いたいのか分からなくなったのか、ハレは無言になってツカサをぎゅうぎゅうに抱きしめた。

 「分かっている。分かっているから、大丈夫だ。俺だって、お前から離れたりはしない。ただ、新しく人と出会う、仲良くなるっていうことを覚えてくれて俺は嬉しいぞ、ハレ」

 人の身であればハレの小さな体など楽に包み込めるのだが、この小さなウサギの体では、ハレの肩にあごを乗せて、彼女の耳元で囁くぐらいしかできない。

 「だいたいだな、ハレ。お前みたいな二重にも三重にも輪をかけて変なやつの面倒を見きれるやつなんて、この世に俺だけなんだから気にするな」

 「…………うん、それもそうだね!」

 「納得するのか」

 しかし、それでこそハレだ。

 ツカサは苦笑すると、踏ん張って腕をのばしてハレの額をポンポンと撫でた。

 「さて、そろそろ俺はおいとましよう。お前も夜更かししないで寝るんだぞ。明日の朝に響くからな」

 「はーい。それじゃ、明日もよろしくお願いします」

 「いや、少しは自力で起きる努力をしてくれ」

 そこは頭を下げるところではない。

 だがなんだか愉快になって、二人で少し笑うと、ハレの心のもやもやがなんとなく薄まったような気がした。そもそもハレは寝たら大概のことを乗り越える人間なので、ツカサもあまり心配はしていない。

 「ツカサくん」

 「ん?」

 見つめ合う少女とウサギの青年の間の空を流れ星が一つ、偶然にも通り過ぎていった。

 それは吉兆か、それとも不吉の走りか。

 ハレにはどちらでだってかまわない。どちらの予言でも、ハレにとって果たされるべき約束は、ここにあるから。

 「ボク、絶対この学校でテッペンとって、いつか必ずツカサくんの呪いを解くから。もうちょっと我慢してて」

 「ああ、楽しみにしている」

 ハレにはまだ意欲がある。あの学校で得るものも、今の話を聞く限りでは、技術面以外も含めてきっと多いだろう。ならば、あの話はまだ保留ということでいいじゃないか。

 ツカサはこっそりそう結論づけると、隣の自分の家に帰るためにきびすを返した。

 「それじゃ、おやすみ。ハレ」

 「おやすみ、ツカサくん」




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