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国語力でテッペンとれ!  作者: 霧ヶ原 悠
第五章  今明かされる、真の実力とは……!?
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 「うるっさああぁぁぁぁいっっっ!」


 それは一種の衝撃波だった。この河川敷一帯の音という音を奪いかねない、先の轟音すら膝をついて道を譲るであろう裂帛の音だった。これにはさすがのヤンキーたちも、動きを止めた。

 「人がせっかくうとうとして、もうすぐ気持ちよく寝れそうっていうときに、なんてひどい音立てるんだよっ!」

 ハレのあまりに的外れな主張を、衝撃収まりきらぬ顔で全員ぽかんと聞いていた。

 「な、なに意味分かんね「だからうるさいって言ってるじゃん!」

 ハッと我に返ったタツキが突っかかろうとするも、ハレはまたあの衝撃波の如き声でそれを弾き飛ばした。

 「だいたい、なんなんだよ君たちは! どうして国語力をそんなことに使ってるわけ!? 国語力はボクたちに夢を夢で終わらせない、無限の可能性を与えてくれるものなんだよ! なのに、何で一番に人を傷つけることに使おうとするんだよ! 危ないじゃないか! ボクは……」

 ジロッと眼下のヤンキーたちを睨みつけた。

 「ボクはこんなもの、国語力だなんて認めないっ!」

 その瞬間、目を疑うようなことが起こった。

 パァンという軽やかな音ともに、その場の全ての国語力が消え去ったのだ。

 「はあっ!?」

 「なんとっ!?」

 タツキの体は元のサイズに戻り、コジロウの鉄パイプもただの重いだけの棒だ。

 国語力が消えたということは、当然ユリノを引っ張っていた力もなくなるわけで。

 「うわっ!」

 「おあっ!?」

 「きゃあ!」

 思いっきり引いていた反動で、三人はドミノのように後ろに倒れた。一番下になって、したたかに尻を地面に打ったオサムは、無言で悶絶した。

 一方で、自慢の国語力をどうやってかかき消された二人は、苛立ち半分疑い半分で、下からハレを睨み上げた。

 「俺の国語力が消えた……!? 一体何しやがったあのガキ! 今までこんなこと一度もなかったっつーのに!」

 「不服だが、お前の意見に賛成だ。こんな真似ができる者がいるなら、耳に入っていてもおかしくないんだがな」

 タツキとコジロウは一瞬相手に視線をやったが、結局ターゲットをお互いからハレへと変え、再び国語力を発動しようとした。

 「俺の体は金剛龍紀の名に……」

 「人の身にも雷は……」

 だが、それも中途半端なところで途切れざるをえなかった。

 「黙っててよ! 君たちの国語力なんか、見たくもない!」

 目ざとく団子の中から二人を見つけたハレが一喝したからだ。すると二人は一瞬声を奪われ、金魚のように口を二、三度ぱくぱく動かせることしかできなくなった。

 「いいかい! ボクはね、怒っているんだよ! 君たちが才能あるくせに、間違った使い方をしているから!」

 ヤンキーたちは思わず喧嘩をしていたことも忘れて顔を見合わせた。ハレの話はいまいち要領が得ない。

 「すごいじゃん! ガチの専門学校に通ってるわけでもないのに、今あれだけ暴れてても、国語力が目に見えて暴走してなかったんだよ? それって才能があって、相当訓練してるからなんだよね、きっと。言葉による明確な指示と強い想像力で、正しく国語力を発動できてるんだよ。ボクたちはまだそこまで安定してないから、ホントにすごいと思う! で、なんで使い方だけ間違ってるんだよ!」

 一気にそこまで言い切ったハレは、ふんすーっと強く鼻から息を吐いた。

 「いやいやいや。まずなんで褒めてんだとか、アンタそんなことしてる暇があるなら早く逃げろとかもー! どっからつっこめばいいのやら」

 「でもなんか、ハレちゃんらしくない?」

 よっこらしょと立ち上がったマツリとユリノは、服についた泥を払い落としながら苦笑いだ。

 「国語力は、」

 後ろ手に縛られたままにも関わらず、仁王立ちでハレはさらに言葉を続けた。もう誰も、ハレの言葉を遮ろうとはしない。

 「何よりも人のために、人を笑顔にするために、使うべきものなんだ。これほど優れたツールは他にないって、ツカサくんも言ってたよ。そう、たとえばボクは、この場で花火を打ち上げることができる!」

 キッと濃紺色に染まった空を見上げたハレは叫んだ。

 「ボクは煌めきが欲しい! この手に収まりきらないほどの、大きな大きな、感動的な煌めきが欲しい!」

 その瞬間、巨大な光の花が咲き誇った。

 一つ、二つ、三つ。青、赤、金……。ドォーン、ドォーンという腹に響く、日本人なら耳慣れたあの音とともに。

 「うおお!」

 「すっげえ!」

 ヤンキーたちから拍手と歓声が沸いた。その多くは、季節外れの花火大会そのものに興奮してだが、少なくともタツキとコジロウの二人は気がついていた。

 「……おい、ジジイ。あの女と同じこと、できるか?」

 「……『俺は金色の直径二十メートルの花火を打ち上げる』とかでいいなら、できるかもしれん。同じ言い回しで、というなら無理だな。あれだけでは、これだけ巨大で色鮮やかなものを発現させる自信がない」

 ハレのやったことが、どれだけ尋常でないことかを。

 「だよな。俺もだ。『花火』ってー単語も、色の指定も大きさの指定もせずに、即興でこんなもんはできやしねえ。シンガポールのマーライオンが想像より小さくて残念だっていうのはよく聞くが、その逆だって全然アリだ。『想像』と『現実』のものの大きさは乖離してて当然なんだよ。なのにあの女、マジもんの花火と同じでかさで打ち上げてきやがった……。普通そこまで想像しきれねえだろ」

 「国語力の発動方法は、誰が、何を、どうするかというのを明確な言葉にし、その様子を鮮明に思い描くことだ。それすなわち、描写。いかに具体的に説明できるかが大事だ。その対象はどんなもので、何色で、どれくらいの大きさで……とな。それでは面白くないし面倒だから、我々のような比喩に走る奴もいるわけだが」

 「まあな。だいたい、慣れってのもあるだろ。何回も何回も同じことをやって、感覚が掴めてきたから比喩でも安定して発現できんだよ。あの女が普段からああやって花火を打ち上げてたんならともかく、そんなことは有り得ねえ。あいつだってまだ学生で資格持ってねえんだから、堂々と上げれるわけねえしな」

 ハレが想像した、ハレの目にしか見えなかったはずの光の大輪は、彼女の強すぎる想像力が国語力によって、空に花咲かせたのだ。それは、一種の幻だ。そこにあるはずのないものを、凄まじい想像力で顕現させる、限りなく本物に近い幻。国語力が厄介とみられる一因だ。

 気づいた者は、薄ら寒さを感じずにはいられない。

 「……ちょっと待って。ねえ、マツリちゃん。本当に、ハレちゃんって何者?」

 わずかに震える声でそう尋ねるユリノの顔に表れるのは、まぎれもなく畏怖だった。

 「天才……って言葉だけでくくっていいのかな? あんなこと……ううん。さっきの国語力を消しちゃうのだってそう。今までそんな話聞いたことないよ。それをさらっとやれちゃうハレちゃんって……」

 「バケモノ?」

 「あ! いや、違っ! そんなことは……!」

 「アハハっ! いいじゃん、いいじゃん」

 慌てて弁明するユリノに、マツリはただ笑い返すだけだった。

 「正直アタシはあの子のこと、マジで突然変異種が異星人じゃねって思ってるよ。あーいうのをあっさりやってみせるとか、もうただのバケモンじゃん」

 「マツリちゃん!」

 「ま、だからアタシがいるんだけどね」

 二人の見てる先で、ハレは次にシロツメクサの花冠を編んで、ヤンキーたちにプレゼントしていた。それを見て、またマツリは吹き出した。

 「まったく、何やってんだか。有り得ないでしょ」

 ユリノからしても、ああいう子どもっぽいところがあってこそのハレという気がする。だが、この目で見てしまった。

 ハレの「天才」ぶりを。

 「……マツリちゃんがいるって、どういうこと?」

 「んー? いや、ユリノも思ったように、あの子の国語力はそれはもう末恐ろしい。詐欺だろうと殺人だろうと、空を飛ぶことも物体の転送も創造も、たぶんできてしまう。それはハレも自分で気づいてるよ。だから余計に怖くて不安なんだ。いつものあれからじゃ、とても想像できないでしょ」

 「うん」

 「能天気で悩みなんてありませんって感じだもんなー」

 「そ、そこまでは言わないけど」

 「いやいや、言えるでしょ。……まあそういうわけだから、あの子のそばでアンタは間違ってない、大丈夫だって言ってやるために、アタシがついてるんだ」

 「……そっか、そういうことなんだね」

 前に『なぜこの学校に来たのか』と聞いたとき、マツリはハレを指してこう答えた。

 『この子のお守りかね』

 その意味が、ようやく分かった。

 ユリノが表情を緩めてそう答えると、マツリは照れたようにそっぽを向いて付け足した。

 「まあ、夜霧先輩からもそう頼まれたしね! うん、そう。先輩に頭下げられちゃ仕方ないよね!」

 「あはっ」

 とってつけたようなその理由に、ユリノは思わず笑ってしまった。

 「ちょっと」

 「うん、ごめん。そっか、夜霧先輩に頼まれたからなんだね。……ふふっ」

 「ちぇっ」

 謝罪に反して、微笑ましいものを見るようなユリノの態度が変わらないと分かったマツリは、ますます顔を背けてしまった。

 マツリが頼まれたからという理由だけで、ハレの世話役をこなしているわけではないのは、この様子から見てもすぐに分かる。

 単純に、ハレはいい子なのだ。

 マツリが昔から見てきた、そしてユリノがこの一ヶ月ほどを共に過ごした美空ハレという女の子は、とてもいい子だった。そして、どこかほっとけない子だ。一緒にいたら、絶対に退屈しなさそうというのもある。だからそばにいたいし、ハレがあの才能を持て余して悩んでいるなら支えてあげたい。

 マツリは、自分の意思で(怒鳴ったり呆れたりしながら)ハレの面倒を見ているのだ。それがちゃんと分かっているから、ハレもマツリに雑に扱われても遠慮なく甘えるのだ。

 (うん、私も同じだな。ハレちゃんの国語力がどうとか、よくよく考えたらあんまり関係ないや。ハレちゃんはハレちゃんだもんね)

 日本語ではそれを一言で、『友達』という。

 この先何があろうと——まあ、何かがあると決まっているわけではないのだが——自分はハレの味方でいようと、ユリノは心に決めた。

 (ハレちゃんが自分の国語力に自信を持てるようになるまで……。ハレちゃんが、ハレちゃんらしくいられるように、私も全力で支えてあげよう!)

 さしあたっては、明日の食後のデザートにまたマドレーヌでも焼いて持っていこうか。

 「にしても、ハレについては『正しい発動方法』のほうが『間違った発動方法』になるんじゃないかー? やっぱり。絶対あいつは自分で好きにさせたほうが安定すると思うけど……って、うわっ」

 周囲がいきなり明るくなり、マツリは思わず片手で目を覆った。

 「御用改めである! こちらは第三国語力行使者養成所風紀委員会および警察だ! 神妙に縛につけぃ!」

 チョコチップをいれるか、それともクルミか。ユリノが今の状況もすっかり忘れて明日のおやつについて考えを巡らしていると、サトハの朗々たる声が辺りに響き渡った。ご丁寧にでかいサーチライトと似た光まで用意しているのは、様式美というものだろうか。

 「美空さん! 春野さん、早乙女さんも! みんな無事!?」

 ヤンキーたちを包囲する人の輪から、ひとり飛び出したアサトが道路を走ってきた。

 「あれ、いいんちょーだ」

 「冬馬? なんで?」

 「連れてかれる美空さんと、それを追いかける二人を見たからだよ。誘拐だあーってパニックになってたら、たまたまパトロール中だったクレハ先輩に会ってさ。そこからサトハ先輩と警察に連絡してくれたってわけ」

 「え、そうだったの? ありがとう!」

 「マジか。いやー、助かったわ。サンキュ、冬馬」

 「三人とも無事でよかった。もうホント、あの時は心臓止まるかと思ったからな?」

 「泣かなくてもいいでしょ。アンタはアタシらの親か」

 「んな! な、泣いてないし! 安心したら、その、花粉症の症状がぶり返して……」

 「うわ、その言い訳斬新!」

 笑うマツリとユリノに、涙も振り払う勢いで言い訳を重ねる冬馬。すっかりいつものくつろいだ姿の三人の横では、

 「あー! 風輝璃隊の人たちだ!」

 「ちょ、動かないで美空さん! ガムテープだけじゃなくて、身まで切っちゃうから!」ガムテープだけじゃなくて、身まで切っちゃうから!」

 「塚山さん知ってる? あの人たちね、三養の風紀委員風輝璃隊なんだよ!」

 「うん、知ってるよ。僕も何度かあいつらのケンカを止めようとしてるときに会ったことあるんだ」

 「かっこいいよねー! またあの決めポーズとってくれないかなー!」

 「だから動かないでって!」

 ハレが、珍しく大人しいヤンキーたちに話を聞いて回っているサトハたち三人をよく見ようとして体を前後左右に揺らすのを、必死になだめながらガムテープを切ろうと苦心するオサムがいた。

 二人のなんとも言いがたい姿に、ボソッとマツリが言葉を零した。

 「……あれ、近所でよく見るわ」

 「……その心は」

 「自転車の後ろに乗りたがらない幼稚園児と、そのお母さん」

 『ぶっふ!』

 かわいそうにオサムは、「手のかかる子どもを持つお母さん、がんばれ」と一つしか年の変わらない後輩たちから声援をもらってしまった。

 彼は男なのだがな。



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