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「いよぉっし、お前らあ! あの眼鏡モヤシを探してこい。あのムカつくほど真面目なイイ子ちゃんのことだ。てめえのせいでオトモダチが捕まったと知れば、ぜってえここに来っだろうからな。そしたら日頃の恨みを晴らしてやろうぜ!」
「いよっしゃー!」
常春市のほぼ中心を流れる汀述川(名前の由来は不明とされている)の河川敷。既に日は山の向こうに落ちかけており、あたりは薄暗くなりつつあった。住宅街から一段低いここには、点り始めた街灯の光もろくに届かない。
「あーもぅ。なんでこんなことになってんだか……」
「ハレちゃん大丈夫? さっき殴られてたよね?」
「うん、そこはもう大丈夫だよ。口の中も切らなかったし。それより、お腹空いたよ〜」
三人は今、後ろ手にガムテープで縛られ、冷たい地面に座らされていた。地面とは言うが、どうも土ではなくテニスコートのようだ。あまり整備されていないのか石だらけでネットも見当たらないが、それなりの平らで広い場所が確保されている。
「おいおい、呆れたガキだぜ。この状況で腹が減っただと?」
眉を寄せてあごをしゃくり上げた坊主頭の男が、ハレの前にかがんで首を九十度曲げた。
「よくもまあそんな暢気なことが言えるぜ」
「あ、ハンプティだ」
「ハンプティ?」
「うん。そう呼ばれてたよ」
「……ああ、そっか。ハンプティ・ダンプティね」
凄んでくる坊主頭の男は、気の弱い者なら泣き出してしまうほどには恐かった。だがハレは、いつものようにのほほんと(殴られているにも関わらず)返事をした。ユリノはなんとも変わったあだ名だと思ったが、彼の姿格好を見れば、理由はおのずと分かった。
「ふん。ハンプティ・ダンプティだっつーなら、大人しく壁の上から落ちて割れとけっての」
「あんだと、このアマ!」
鼻を鳴らして悪態をついたマツリに、坊主頭の男が手を伸ばしかけたところで、
「ぶぁーーっくっしょい!」
ハレの親父顔負けの豪快なくしゃみが炸裂した。それに驚いて足を滑らし、地面とキスした彼を笑ってはいけない。
「大丈夫? 風邪?」
「んーんー? さすがにまだこの時間になると肌寒いねえ」
「しょうがないなあ、もう。三人でおしくらまんじゅうでもしとく?」
「……てめえらぁ……」
ゆらっと立ち上がった坊主頭の男は、そのまま「なめてんのか、ああ!?」と叫びながらつかみかかってこようとしたが、そのとき上の道路から声がかかった。
「おいっ。見ろよお前ら、いいもん見つけたぜー!」
「なんスかー?」
意気揚々と茶髪で大きなピアスを下げた男が階段を下りてくる。その後ろに続く人影が何人か見えたが、一つどうも妙な影があった。
「離せよ! おい、金剛! お前らまたこんな所にたむろって、ケンカする気か!?」
「リーダーを呼び捨てにすんじゃねえよ、モヤシが!」
「だっ!?」
胸ぐらをつかまれて引きずられながらここまでつれてこられたらしいオサムが、 突き飛ばされて地面に衝突した。ハレと別れたときにはこざっぱりとした印象だったのが、シワが寄ったうえに土で汚れており、痛ましいかぎりだった。
「塚山さんだ!」
「あ、あれ? 君さっきの……なんでここに?」
フレームが歪んだ眼鏡を手で支えながら体を起こしたオサムは、ハレたちを見て首を傾げた。そしてそれは、オサムを連れてきた茶髪の男も同じだった。
「おい、なんだあの女ども」
「ああ、あの一番ちっこいのがモヤシとダチだって言うんで、呼び出しの材料にしようと思って引っ張って来たんすけど……。いらなかったみたいっすね、タツキの兄貴」
「ほー。あの真面目ちゃんに人質になってくれるような殊勝なオトモダチがいたのかよ」
茶髪ピアスはタツキと言うらしい。タツキは坊主頭の男の説明を聞いてゲラゲラと品のない笑い声をあげた。腰までズリ下げられたダボダボのズボンについたチェーンが、タツキの動きにあわせて揺れて、ジャラジャラと鳴っている。そのガラの悪さで、せっかくの白い制服が台無しである。
「えっと、美空さん……だったよね。なんでここに? それとこの人たちは……」
「ハレの友だちだよ。なんでアタシらがこんなとこにいなきゃいけないのかって、そんなもんこっちが聞きたいわ。まあ八割アンタのせいっぽいけど」
「マツリちゃん!」
ユリノが窘めるようにきつい声を出す。マツリはフンッと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「……なるほど、そうか……。ごめん、巻き込んで。まさかあの一瞬しゃべっただけで、こんなことになるなんて思わなかったよ」
「べ、べつに塚山さんが謝ることじゃないしー」
タツキたちの会話も聞いて理由が分かったのか、オサムは肩を落として謝った。
「こいつらは僕と同じ学校の生徒なんだけど、いつもとなりの学校の人たちと縄張りがどーだってケンカをしてるんだ。そんなのはマンガの中だけにしてほしいよ。おまけにケンカには国語力を使うっていうし危な……わっ!」
「塚山さん!」
三人のガムテープを外そうとハレたちの方へ歩き出そうとして、今度は坊主頭の男に首根っこを引っ張られ、タツキたちの足元に転がされた。
「まあなんだっていいじゃないスか。モヤシはここにいるし、あの女どもがいる間はこいつだって簡単に逃げ出せねえっすよ。ささ、どうします?」
小動物をいたぶる肉食獣のようなイヤな顔で、坊主頭がタツキを見やる。だがリーダーであるらしいタツキが口を開くはるか手前で、轟音が河川敷に響いた。
「うおおっ!?」
「ぎゃあ!」
「いってえ!」
「キャー!」
「何っ!? なんの音!?」
「ああ? ざっけんじゃねえぞ、あのクソジジイ……」
とっさに身を寄せ合うハレたち三人。マツリが睨む先ではタツキがこの轟音に心当たりがあるように舌打ちを繰り返していた。さらにその向こう、坊主頭の男やタツキの後ろをついて回っていた生徒が多く集まっていたところに、うっすらと砂埃が立っていた。
「おうおう、名前負けの小僧がまた粋がって徒党を組んでいるな。いい加減我々に膝を折ればいいものを」
河川敷の上の道路から、野太い笑い声が降ってきた。
「いきなり何しやがる島津この野郎!」
「挨拶に決まってるだろう。この島津虎次郎流のな」
轟音の原因は、道路の上から恰幅のいいコジロウが投げて地面に突き刺さした鉄パイプにあった。堅いテニスコートを貫通し、大きな穴が空いている。飛び散ったテニスコートの破片は近くにいたヤンキーたちを襲い、ある者は腕から血を流し、またある者は額を赤く腫らしていた。
「……上等だぜこの留年クソハゲがぁ!」
タツキはそう吠えると上着を脱ぎ捨てた。
「俺の体は金剛龍紀の名に従う! 骨は太く逞しく、筋肉は固く強く! 俺こそが威風堂々たる金剛力士の化身だ!」
タツキの両手足が倍ほどに膨らんだ。上着を脱ぎ捨てたのも、やたらとぶかぶかのズボンをはいていたのも、これで納得がいった。
「モヤシなんざ後回しだ! 先にコイツらをぶっ殺すぞ!」
『うおおお!』
モヒカン男も坊主頭の男も、吹き飛ばされてまた起き上がってきた者たちも全員、それぞれに獲物や拳をかまえると、コジロウを先頭にした向こうのヤンキー集団に走っていった。
「人の身にも雷は宿る。塵も積もれば山となるように、この体に流れる電流を一所に流し込めば、それは世にも珍しき雷剣となる! 見よ、我が渾身の一振りをっ!」
コジロウの持っていた鉄パイプが、一瞬白く光った。逃げる気はないどころか、コジロウも国語力を発動して迎え撃つつもりのようである。




