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「うあ〜疲れたよ〜」
「アタシも。テストとかマジで滅べ〜」
「始まってもいないのにそんなこと言ってたら、絶対あとで身がもたなくなるよ?」
夕暮れ時の道を、ハレはマツリとユリノと一緒に歩いていた。もうすぐある前期中間試験を前に、図書室で勉強していたのだ。と言っても、もっぱら二人が入試順位十位圏内のユリノに教えを乞うていただけだったが。
「だいたいテストって言ったって、こんな学校じゃ今までのようなテストかどうかも分かんないし。ほら、前に夢路たちが言ってたじゃん。右近先生のテスト、草書体の古文書解読だって。そんなもん出されたら、正直お手上げじゃね? どうすんのさ。社会とか理科がクロスワードパズルで出てきたら。アタシゃその場で問題用紙を破くね」
「そうかもしれないけど、まだそうと決まったわけじゃないでしょ? それと、破いちゃダメ。がんばって解く姿勢は見せないと」
「なんでもいいけどお腹空いたよ〜。……ん?」
ハレの鼻がピクピクッと何かに反応した。ついで、耳が器用にもピコッと動いた。
「これは……石焼き芋だ〜!」
猛然とダッシュしていくハレに、後ろでマツリが「アンタは犬かっ!」とツッコミをいれるも、まるで聞いちゃいない。
『い〜しや〜〜きいも〜〜』
よく聴く独特のリズムで呼び込みの音声をスピーカーから流しながら、石焼き芋の軽トラックが道ばたに止まっていた。スキップしながら近寄ったハレは、そこにいた先客の顔を見て首を傾げた。
(あれ? 誰だっけ、この人?)
先客はハレとそう年の変わらない男だった。ここにいるということは、近隣の中高生なのだろうが、チェックのシャツとジーパン、腰には黒いウエストポーチをつけただけという軽装の私服姿では、どこの生徒か判断できない。
「はいよ、兄ちゃん。石焼き芋六つ! おまちどうさん」
「ありがとうございます」
「あっ!」
男が礼を言って店主から芋を受け取ったとき、ハレの中で『声』が一致した。
「この前ボクたちを助けてくれた人だ!」
「……え、僕?」
指を指されたオサムは、きょとんとした顔でハレを見た。
「こんにちは!」
「あ、うん、こんにちは。えーっと、僕とどこかで会ったかな?」
オサムは困ったように頬をかいた。
「うん! この前、学校の近くで、ネムとかアヤナとかマツリちゃんがヤンキーに絡まれてたとき、助けてもらったよ! あ、もらいました!」
オサムが年上の二年生だったことを思い出して、ハレは慌てて言い直した。
「ああ、あのときの……たしか三養の人たちだよね」
そう言われてようやくオサムは思い出したようだった。それでもまだ自信なさげなのは、オサムが駆けつけたときハレはマツリの後ろに完全に隠されてしまっていて、オサム自身がハレの姿をよく見なかったからだろう。
「うん! ボクは美空ハレ! です!」
「僕は塚山修。美空さんは学校帰り? 三養の制服って他と少し形が違うよね」
「でもかわいいでしょ。もうすぐテストがあるから、ユリノちゃんに教えてもらってたんだ! ユリノちゃんはすごく頭がいいんだよ」
「へえ、そうなんだ」
「塚山さんはなんでここに? 私服ってことは、一度家に帰ったんだよね?」
「ははっ……姉ちゃんたちにパシられたからだよ……」
「おおう……。ドンマイです」
遠い目をするオサムの背中を、気休め程度に撫でておく。一人っ子のハレにはよく分からない悩みだ。
「ありがと……。それじゃ、僕はそろそろ帰るよ。いい加減に帰らないと、姉ちゃんたちにどやされるから」
「うん! じゃあね!」
「美空さんも、あまり遅くならないうちに帰るんだよ」
「はーい!」
手を振ってオサムと別れたハレは、店主に元気な声で告げた。
「おじさん! 石焼き芋四つ下さい!」
「はいよ。お嬢ちゃん、そんな小さいのに四つも食べるんか?」
「なんと失礼な! ボクが食べるのは二つだよー。あとの二つは友だちの!」
「はっはっは! そりゃ悪かったなー」
頬を膨らませるハレを店主は豪快に笑い飛ばして、サツマイモを四つ取り出した。ところがそこへ、
「おい、そこの女」
角を曲がって現れた緑色に髪を染めたモヒカン男が、出し抜けにハレをドスのきいた声で呼んだ。
「へ、ボク?」
「そう、おめえだよ。お前、あの眼鏡モヤシと友だちか?」
「眼鏡モヤシ?」
「今しゃべってたろうが」
「ああ、塚山さんのこと? えっとね、うん。今友だちになったよ」
「そうか、そうか。お前ら友だちか」
なにやら漂いだした不穏な気配を察して、店主が心配そうな顔でハレをチラチラ見ているが、ハレは「なんでこの人そんなことを聞くんだろ?」というぐらいの疑問しか持っていなかった。このときまでは。
「んじゃ、ちょっくらツラ貸してもらおうか?」
「い、いたっ!?」
ガッとモヒカン男に肩を掴まれたハレは、その強さに思わず悲鳴をあげて身をよじるが、モヒカン男は離そうとしなかった。
「こいつは思わぬ収穫だぜ!」
「これであの口やかましい先公みてえなヤローに一泡吹かせてやれますね、兄貴!」
「いつもいつも口を出してきて、マジでうっとうしかったっスよね」
ぞろぞろと、モヒカン男の後ろから真っ当な高校生とは思えない風体の集団が現れた。
「その通り! あのイイ子ちゃん面してるのがずっと気に入らなかったんだよ、オレは!」
モヒカン男が手近にあった電柱を蹴る。思ったよりも大きな音がして、ハレの肩がビクッと震えた。
「今までは上手く逃げられっちまってたが、この女がこっちいれば大丈夫だろ」
「えっ!?」
モヒカン男がハレの腕をぐいっと引っ張った。
「あのイイ子ちゃんが〝トモダチ〟を見捨てるわけねえからな!」
「さっすが兄貴っス!」
「ちょ、ま、」
モヒカン男は子分たちを引き連れながら立ち去ろうとしているが、ハレとしてはこのまま連れて行かれるわけにはいかない。抵抗するも、悲しきかな。ハレの細腕では、びくともしなかった。
「お、おい! 待てお前ら! その子は嫌がって「うっせえよ、ジジイ!」
さすがに見過ごせなくなった店主が冷や汗をかきながら口を開くも、まるまるとした体型の坊主頭の男が怒鳴ると同時に軽トラックの後ろを蹴り上げた。
すると、バゴォン! という強烈な破壊音とともに、荷台の部分が大きくひしゃげた。
「ヒィッ!?」
主人はその威力に、引きつった声をあげるとその場に棒立ちになった。
(な、なに今の音!? 普通に蹴っただけであんな音って出るっけ!?)
「ギャハハハッ! 見たか、ハンプティ兄貴の蹴りは黄金の雷撃よ!」
「今日もイカしてるぜ、ハンプティ兄貴!」
得意げに鼻の下をこする坊主頭に、モヒカン男をはじめとしたまわりの人間が声援を飛ばす。
常人では有り得ない破壊力と、黄金の雷撃とかいういかにもな名前を聞いて、ハレはこの集団が何者なのかを理解した。
(まさかこの人たち、一般の国語力行使者!?)
そうだと思った瞬間、カッとハレの中の何かに火がついた。
「違う!」
「あん?」
「サイテーだよ! 国語力はこんなことのために使うものじゃない!」
さっきまでの恐怖はどこへやら、ハレの内を今や占めているものは怒りだった。
「国語力はケンカで使うものじゃないし、こんな風に人の物を破壊するためのものでもない! 君たちみたいなのがいるから、ツカサ君があんな目にあったんだ!」
自分に腕試しを挑んできた年上の男。それを軽はずみに受けた結果ハレは勝ってしまい、プライドを傷つけられた男の暴走した国語力からハレを庇って、ツカサは呪いを受けた。今は自分が、あの男と同じ年になった。だからこそ余計に、ハレは目の前のモヒカン男たちにひとこと言っておかなければ気が済まなかった。
「なんでこんなことするの!?」
「はあ〜!? 意味分かんねえよ! つかさって誰だし。だいたい、国語力なんてカッコよく使ってなんぼだろうが!」
「カッコよくてもなんでも、ケンカなんかに使ってたらいつか絶対ひどいことになる! どうしてそれが分かんないの!? だいたい、資格もないのに国語力を使うのは法律で禁止されてるじゃんか! 資格持ってるの!?」
「あ゛〜〜〜! うっぜえ! てめえは黙ってオレらについてくりゃいいんだよ!」
「だっ!」
ついにキレたモヒカン男が、ハレの頬を平手で殴り飛ばした。勢いで地面に倒れたハレの目に涙が浮かぶ。その時、遠くから驚いたようにハレの名前を呼ぶマツリとユリノの声がした。
「マツリちゃん! ユリノちゃん!」
安心したようにハレが二人の名前を呼んで、立ち上がり駆け寄ろうとした。が、実際にはハレは自分の無しで地面に立つことはなかった。
「ぎゃあっ!?」
「おい、騒ぎになってサツが来るとめんどくせえ! さっさと引き上げんぞ!」
「へい、兄貴!」
ハレを小脇に抱えたまま、坊主頭の男たちは猛ダッシュでその場から離れていった。
「う、うわあああああああああああ!?」
「は、ハレー!?」
「ハレちゃん!?」
連れ去られる恐怖からか、それとも小脇に抱えられたままダッシュされたことへの恐怖か、とにかく反射的にあげたハレの悲鳴が橙色の空にこだました。
いつまで経っても戻ってこない友人を迎えにきたら、まさかの人さらいにあっていた。
そしてそんな現場を目撃した二人が次にとる行動とは。
「待ちやがれてめえらぁーーー! ハレを返しやがれー!」
一、坊主頭の男たちにも負けず劣らずなドスのきいた声で叫びながら、鬼の形相で追いかける。
「ま、マツリちゃーん!? ダメだよ危ないよ! まずは警察に連絡ー!」
二、一般的で模範的な対応を分かりつつも、やっぱり必死な表情で追いかける。
「ま、待つんだお嬢ちゃんたち! 今ワシが警察に連絡したからああぁぁぁ」
店主の声は、残念ながら二人には届かなかったようだ。猛然と砂煙を上げて、マツリとユリノはハレを追って走っていった。




