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会場片付けと準備のため三十分ほどの休憩の後、次の試合が始まろうとしていた。
『それではただ今より、災害救助部門の決勝戦を行いたいと思います!』
男性司会者の声とともに、会場の一部から特に大きな拍手が起こった。そちらに目をやれば、スーツを来た人たちと、その中に混じって青い消防服や背中に常春消防団と書かれた制服を着た人たちも座っていた。
「あれ? 決勝戦?」
「うん。災害救助部門の人たち、二回ずつしか試合してないみたいだよ」
「マジか。これもまた注目される分野だって聞いたのに」
「あそこにいる人たちって、消防庁の人たちでしょ? 救助ロボットとかと同じぐらい期待されつつあるってこの前記事で見たよ」
国語力が災害救助の場面で活かせるのではないかと社会から注目されだしたのは、本当に最近だ。そのため学生の認知度は高くなく、競技人口は少なめとなっている。
「あのさ、早乙女さん。その双眼鏡ちょっと借りてもいい?」
それまでまっすぐ前を向いていたフユキが、両手を合わせてユリノに頭を下げた。
「え? それはいいけど……なんで急に?」
「いやー実は、将来国語力を活かすならこの災害救助部門かなーって思ってて、この試合よく見たいんだ」
「そうなんだ。もちろん、どうぞ」
「ありがとう!」
快く差し出された双眼鏡を慎重に受け取り、覗き込んでピントを調節する。その横でアサトが唇を尖らした。
「なんだよー。お前もさっき早乙女さんに感心してたから、オレと同じでなんも考えてないのかと思ってたのに、意外としっかりしてんじゃん」
「いやいやいや。おれなんかを早乙女さんと一緒にしないでよ、いいんちょー。おれは昔、足つって海で溺れかけたときそれで通りがかりの人に助けてもらったことがあったから、なんとなくやるならこれかなーっていうぐらいなんだよ。ぶっちゃけ、一番やりたいのは闘技部門だから」
「ああ、それ分かる。そんな度胸ないけど、闘技部門には憧れる」
「単純にかっこいいもんなー。一番人気も頷けると言うか」
養成所のカリキュラムでは、部門を定めて専門的なことを習いだすのは上級部にあがってからだ。しかし、それ以前でも教師に師事して技術を身につければ、トシヤのように下級部生の時から大会に出ることは可能だ。
『さあ、ご覧下さい! 会場の準備が整いました!』
そのとき響いた司会者の声に促され、観客の目線が中央に集まった。
五メートル四方ぐらいの大きな舞台が二つ距離を置いて設置されており、その上にはそれぞれ瓦礫を模した造形物が山と積まれていた。
『本日の課題は、倒壊家屋からの救助となっています。木材や石材は軽い材質で作られた偽物ではありますが、ご覧のようにそれぞれに一キログラムから百キログラムまでの重さがかかれたシールが貼ってあります。この重さをあまりに無視した国語力を行使したと審判が判断すれば、その時点で失格となります。ちなみに、要救助者役は生きている本物のスタッフです』
観客席からわずかに失笑が漏れた。
『それではこの決勝戦に臨まれるお二人をご紹介しましょう! 赤コーナー、永遠の争いに終止符を! 文理融合の探索者、西田由美さん! 続いて青コーナー! 今日は魅せます、紅蓮の拳で覇道を行く炎王、妹尾大輝さんです!』
「……この紹介、もうちょっとなんとかなんないの。プロレスじゃないんだから」
ノリノリの紹介に水をさすのも悪いが、聞いているこちらが恥ずかしくなる。
「あの人たち、二人とも上級部の三年生なんだ」
「へえ、じゃあけっこうベテランだね」
「あ! でも妹尾さんのほうは闘技部門からの転向だって!」
「マジで!?」
「すっごい真逆だねえ。人を攻撃する闘技部門から、人を助ける災害救助部門って。どんな風な使い方をするのかな?」
『それでは、国語力学生競技大会災害救助部門決勝戦……』
ハレたちがワクワクとした面持ちで見つめる先で、
『レディ、ゴー!』
決戦の火蓋が切って落とされた。
「サーモグラフィを起動、大気に触れる熱を感知します」
ユミが両手の親指と人差し指で四角を作り、それを通して瓦礫の山を見つめる。
「ふむ、熱感知か。今回の場合、要救助者は人形ではないから、実践と同じくその手も使えるということだな」
「しかし、夏場とかだと瓦礫自体が熱を持っている可能性もあります。使い所が難しいかもしれませんね」
「だがこれが上手く活かせれば、救助者の早期発見・救出ができるかもしれないな。大がかりな機材を必要としないところもいい」
「いやあ、どうでしょう。彼女ほどの力を持つ子が他にどれだけいるか……。今から職員に覚えさせるのも、なかなか無理があるでしょうしねえ」
そんな声がちらほらと聞こえる。
社会からの注目がいまいち弱い理由としては、何よりも個人の技量に左右される点が大きい。人材育成および力の確実性や安全性に関しては、まだまだ不安な面が残るというのも現状としてある。なので、現在国語力を行使するだけの専門職というのは存在しない。普通に就職して、その場面で個々人が必要に応じて行使することが多い。
「熱源を確認。ソナーで立体図を構築します」
小柄なユミの体からは想像もできないほどの声量が、その細くて白いのどから瓦礫に向けて発せられた。
「ソナーか……。西田さんの発想の根本は理系らしいな」
「妹尾さんのほうはどうだ?」
反対側に目を向けると、瓦礫が崩れない程度に近づいて目を閉じ、耳を寄せるダイキがいた。
「聞こえる。聞こえるぞ。オレには聞くことができる! 脈打つ鼓動が、全身を巡る血液の音が、生きている人の音が!」
「……厨二?」
だんだん語尾が強く上がっていくのを聞いて、観客のほとんどが微妙な笑みを口元に浮かべた。怒るのも筋が違う気がするし、嘆くのもまた奇妙というものだ。もはやこうなってしまっては、笑うしかないだろうというところか。
「この世を遍く巡る風よ、脈打つ人の子の上に集まり覆い、何ものもはね飛ばす盾であれ」
「立体図より指示を出します。私はこの石材をまっすぐに戻し、その下の木材を浮かべ、左へ下ろします。次にこの石材を左へどけ、右の木材と左の木材は同時に持ち上げます。中程の石材は……」
なんにせよ、まったく違うタイプの国語力を扱う二人の試合に、これからどうなるのかと観客の期待は高まっていった。
「西田さんすごーい。私たちがずっと苦労しているあれをあんな軽々と……」
「まったくだよね。こうも簡単にこなされるのを目の当たりにすると、アタシらの幸先が不安になるわ」
「年季が違うってサクラちゃん先生とかよく言うけどさー。いや、まあそりゃ先生に言われたら納得いくんだけど、あの西田さんっておれたちと五、六ぐらいしか変わらないじゃん? 自信喪失しかないよな〜」
今現在、ハレたちが技術教練の時間に取り組んでいる『手で触れずにものを動かす』ことと同じ要領で、ユミが次々と瓦礫を取り除いているのを、感心半分自身への不安半分で見ていると突然、
「豪炎爆裂魔拳! バーニング・ファイヤー!!」
朗々としたイイ声とともに、大きな爆発があった。それこそハレたちの重いため息など、遥か海の向こうまで飛ばしてしまうぐらいの。
「……っっ!?」
唖然呆然、そして愕然。口と目を真ん丸にして、しばらく誰もが、司会者ですら、声を出すことを忘れた。唯一、ユミだけがダイキの衝撃的で斬新な救助方法に惑わされず、冷静に自分の作業を続けていた。
「………………な」
数分経ってようやく、どこかの誰かの口から声が漏れた。
「なんだあれは〜〜!?」
それを皮切りに、観客席中をどよめきが満たした。
「なん、ちょ、ええええええ!?」
「アリなのか!? あんなのアリなのか!?」
「なんという乱暴な! あんな救助方法初めて見たぞ!?」
「初めてっつーか、そもそもあんな発想ねえよ! 災害救助だぞ、きゅ・う・じょ〜!」
「一歩間違えたら大事故! いや、大惨事!?」
観客の興奮もなんのその。ダイキはこちらもまた呆然としていた要救助者役のスタッフを横抱きにすると、救護所と設定されたゴールに運んでいた。
「闘技部門から転向してきてどうするのかと思ったけど、どうするもへったくれもなかったな」
「うん。ものすごく闘技部門だった」
予想の斜め上をいったダイキに、ハレたちは笑いやら呆れやらをこめて、笑顔で惜しみない拍手を送った。
総重量五百キロ近くあるような瓦礫の山を、これだけきれいに吹き飛ばせるかどうかは判定としてかなりきわどいところだったが、どうやらダイキは闘技部門でプレイしていた時代にその実績を持つようで、失格にはならなかった。この勝負は早い者勝ちではないので、ユミがゴールするまで、ダイキはゴールの傍に用意された椅子に座って待機だ。
「ところで委員長や」
「なんだい明日葉君」
「おれは一体どっちを目指したらいいのかね。西田さんみたいな理系の考え方とか無理なんだけど。おれの灰色の頭脳が真っ向から拒否する」
「う〜〜ん。かといって、妹尾さんを目指せとも言いづらい……。悩みどころだな」
「だよねえ」
フユキは大きくため息をついて、双眼鏡から顔を離すのだった。
「つか、灰色の頭脳ってなんだよ」
「え? アガサ・クリスティーの名作、名探偵ポアロがよく言うじゃん。知らないの?」
「ああ、やっぱり灰色の脳細胞であってたのか」
「どっちも似たようなもんでしょ? 脳細胞で脳みそってできてるんじゃないの?」
「脳みその半分ぐらいは脂質でできてるって聞いたことあるけど」
「え、マジ? あーもう! これだからある程度正しいことってのが決まってる理系は嫌なんだよ。自由で楽しい空想! これ超大事!」
「……うん。お前は理系な考え方をすると、かえって暴発させそうだな」
さて、ユミも無事に制限時間内に救助し、ゴールすることができたので、今回は堅実性と安定性が認められたユミが勝利した。




