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そうして迎えた昼休み。ハレは昼食を買いに行くというマツリを、購買の入り口でユリノと一緒に待っていた。二人は弁当持参だ。
「……それにしても、すごい人だね。いつもより多くない? あ、そういえば何人か猛ダッシュで走っていく人もいたっけ」
押せや押せやの大盛況に首をかしげる。そんなユリノに、ハレはそっと携帯を差し出した。開かれているのは三養生徒会のホームページ。
『当たりは百個に一個! あんぱんに隠された学生競技大会闘技部門決勝戦無料チケットのプレミアを手にするのは誰だ!? 十二時半より販売開始!』
かわいくデフォルメされたカオルのイラストに、そんな吹き出しがつけられていた。
「……えっと。つまり、このチケットを手にいれようとして、今こんなに人が集まっているってこと?」
「うん。なんかね、ツカサくんに聞いたんだけど、授業で訪問してる施設の人たちが作った食品を売るためにちょくちょくやってるんだって」
「へー。まあ闘技部門はかっこいいから盛り上がるもんねえ。私も見てみたいかも」
「だぁー! くっそ今日は何がなんでも弁当持ってくるんだった!」
そんなとき、やや荒れた様子で戻ってきたマツリの手には、サンドイッチとコーヒー牛乳が握られていた。
「あれ? あんぱんじゃないの?」
「アタシはチケットが欲しいわけじゃないし。第一、例のあんぱんが売ってるとこは一分の隙もなく人が集まってて、入る余地もとる隙もなかったよ。ああ、もう! なーんだってこんなことしてんだか……!」
「ははっ。悪いな、春野」
マツリはコーヒー牛乳のパックの口を開けて豪快にあおった。そこへ苦笑とともにツカサがやって来る。
「ツカサくん!」
「どーも、夜霧先輩。相変わらずっすね」
「そこは触れんでくれ……」
例の如くナギサに抱えられたツカサは、恥じらうように前足を顔に当てた。残念ながらウサギの足は人の手よりも小さいので、顔を隠すには到ってなかったのだが。
「こんにちは、ハレちゃん」
「こんにちは、ナギサさん!」
「よっす美空ちゃん、春野ちゃん」
「ちわっす。深城先輩」
生徒会の、それもトップスリーと次々に挨拶を交わす二人を見て、ユリノはいったいどんな人脈なのかと軽く驚いた。同じ学校にいるとはいえ、正直上級部生と下級部生の関わりは、部活や委員会をのぞけばほとんどないというのに。
「こんにちは」
「おっす! 美空ちゃんたちのお友だち?」
「えっ!? あ、は、はい! えっと、早乙女百合野です。よろしくお願いしますっ」
ユリノが少し萎縮してハレとマツリの後ろに立っていると、向こうから声をかけてきた。予想もしなかった自体に焦って早口になったが、幸いかむことなくユリノは自己紹介を終えた。
「ていうか、生徒会もよくやりますよね。闘技決勝のチケットとか、なかなかの倍率じゃないっすか?」
「心配は無用だぞ、春野。学校に優待券がいくらか届けられるから、入手自体はそんなに難しくない。まあこのイベントの主旨は、パンやものを売るためだからあまりチケットに食いつかれても微妙なんだが」
「あ、さっきハレちゃんからちょっと聞きました。施設の人たちが作ったものなんですよね?」
ユリノが尋ねると、今度はナギサが説明した。
「ええ。我々三養の上級部生は、いくつかの授業で地元の養護施設や老人ホームと協力体制を築いています。そのうちの一つに、施設の方々が作られた商品・食品をこちらで販売し、自立支援を行うというものがあり、数年前から行われているのです」
「へえ〜」
「ですが、ただ置いているだけでは売れるはずもなく。こちらの呼びかけにもあまり応じてもらえないので、とった手段が『餌で釣る』ということだったのです」
「なるほど」
三人がポンッと手を打つ。カオルが苦笑しながら、未だに人がひしめき合う購買の中に目をやった。
「で、そういう風にしたはいいけど、最初は国語力を使ったらんちき騒ぎにまで発展して大変だったらしいぜ。パンを全部手元に引き寄せたり、透視で当たりのパンを探したり」
「うわ、ずるっ!」
国語力を何に、どのように行使するかは個人の采配・実力による。パンの争奪戦ぐらいならばまだかわいいものだが、これを悪用して万引きや八百長、果ては強盗や殺人などにまで使うことができる。実際に、これまでいくつか事件が起こっていたりする。だから今でも国語力は悪いものと考える人たちもいる。
「ま、それも今じゃちゃんと正されたし、安心しろって!」
カオルはそう言ってグッと親指を立てた。
「最近じゃ、商品自体にリピーターもついて、チケットとかなくてもそれなりに売れるようになったから、一回廃止しようかって話も出たよな? 司」
「……ああ。だが、チケットとかもう関係なしに、このパン争奪戦を一種の恒例イベントとみて楽しんでる連中が案外多くてな……。存続希望の嘆願書が届くほど人気があるようで、今でも続いているというわけだ」
「ちなみに、その嘆願書の代表者はオレな☆」
「開き直るなっ! あのとき、ラグビーやら柔道やら相撲やら、体格自慢を揃えて生徒会室に乗り込んできたくせに! 俺は一生忘れんからな!」
テヘペロと舌を出してウインクまで飛ばすカオルに、ツカサから鋭い声が飛んだ。そりゃ体の厚みも背の高さも平均以上であろう学生に押し掛けられたら、嫌などとは言えまい。そして、むこう一ヶ月は夢に見てうなされそうな光景だ。
「そういえば、皆さんはなぜここに? たしか上級部生の時間割は私たちと昼休みが三十分ほどずれていたはずじゃ……?」
ユリノに言われて思い出したように、ツカサたち三人の口が「ああ」と形作った。
「やべーやべー。そうだ、暢気にしゃべってる場合じゃなかったんだった」
「そうだったな。危うく忘れるところだったが、食後のデザートを買いにきたんだった」
「ええ。深城さんのおごりで♡」
「おぅふ。そこは忘れといてくれよ渚嬢……」
「あら、嫌ですわ」
「往生際が悪いぞ、カオル。みっともない。男に二言はないんだろ? さっさと腹をくくれ」
「すっげえ機嫌いいですね司さん!」
味方がおらず、半泣き状態のままのろのろとカオルは購買の中に入って行った。
「それでは、私たちもこのあたりで失礼しますね」
「ハレ、授業が退屈だからって寝るんじゃないぞ」
「むっ! 次は技術教練の時間だから絶対寝ないもん!」
「技術教練だけじゃなくて、他のもだ!」
「分かってるもん。でも先生が睡眠の呪文を唱えるから……」
「そんなことはないっ!」
全力で否定しておいてから、
(いや、右近先生なら有り得るかも……)
と、ツカサも含めて、全員が内心こっそりと思った。
「……こほん。まあそれはさておき。会長、時間もありませんので」
「そうだな。じゃあ春野、早乙女さん。ハレを頼むな」
「うぃーす」
「は、はい!」
「またねー!」
元気よく手を振ったり頭を下げたりして、二人と別れたハレたちは人工芝のグランドでピクニックとしゃれこむことにした。
その後ろから漏れ聞こえてくる、
「ちょ、それこの購買で一番高いやつじゃん!?」
「あら、せっかくですから奮発しようかと……」
「オレの金なんだけど! いくら渚嬢といえどそれは……」
「おい、あと十分しかないぞ。早くしろ」
「わかってるけど渚嬢がさあ……って数多っ!? お前何勝手にあれこれ選んでんだよ!?」
「食べたかったからな」
「この自由人! 鬼!」
などという声は、知らない。世の中の二十歳はこんなもんだ。




