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無表情ガールと快楽殺人鬼

作者: 柘榴

処女作です。


内容と台詞を追加しました。


 少女は、可愛かった。


 それはもう、誘拐をされることが多々あるぐらいには。誘拐をした者たちは、みな、少女の笑顔に惹かれて己のモノにしようと企む者ばかりだった。


 だから少女は決めた。



 ――そうだ、無表情で過ごせば、誘拐されないんではないか?



 よく、愛嬌がある人は、印象が良いと聞く。ならば、その反対ならばどうだろうか。――と、少女は考えた。もし誘拐されても、自力で帰れるように護身術を少し覚えようとも決めた。


 事実、誘拐の数は極端に減った。いや、警察仕事して……と、少女は思った。それでもたまに誘拐されたが、少女は護身術(と言う名の正当防衛)を繰り出し何とか今まで無事に帰ってこれていた。そのため、大きな問題にはならなかった。



 しかし同時に、少女は疲れていた。日々誘拐される少女に、両親も気が滅入っており、つい先日は母が倒れた。少女はその姿を見て、気力をなくした。

 だから少女は願った。


(どうか、父と母が喜んでくれますように……)











 そんなある日、少女はまた行方不明となった。





※※※





 男は連れ去った少女の変わらぬ表情にイライラしていた。これ以上は無意味だと判断した男は、少女に己の持っている凶器を向ける。


「もういいや、死ねよ」


 興味を失くしたように言葉を発した男が、足元に座り込む少女に赤く染まった凶器を見せ付ける。目の前にチラつく鋭く尖った刃。少女は【ソレ】を、表情を変えることなく見ていた。


 首筋に刃が宛がわれる。


「……」


 男と少女は、互いに視線を逸らすことなく見つめ合っていた。長い沈黙が場を支配した。


「おい」

「?」


 痺れを切らした男が少女に声をかけた。少女はそれに対して不思議そうに首をかしげる。


「抵抗しろよ」


 男は今までに何人もの命を奪ってきた殺人鬼だ。殺す事に生き甲斐を感じている。しかし、それ以上に獲物が恐怖で泣き叫ぶ姿を見るのが何よりも快感だった。

 だからか、まったく取り乱す事のない少女が退屈でしょうがなかった。


 少女が少し思案した様子で目を伏せた。――そして口を開いた。


「……きゃーー」

「すっげえ棒読みだな!? おい!!」


 その反応は、男が期待したものではなかった。首に宛がっていた凶器をつい離して、少女の態度にツッコンでしまう。


「だあーー!! いいからもうちょっと面白い反応しろよ!! 人間だろ!?」

「人間ですけど」

「……っそういうなら! 表情に! 変化を! つけろよっ!!」

「そんな気力はないです」


 どこまでも態度と表情を変えない少女に、男はついに脱力した。今までにない反応ばかりをする少女が男にとっては新鮮だが、いかんせん、男は恐怖や泣き叫ぶ姿が見たいのだ。

 ただ普通に殺しては、面白くともなんともない。男の変な意地だった。


「おい、泣けよ女」

(みお)です」

「はあ?」

「私の名前、澪です。女って言わないでくれます?」


 どこまでも規格外の少女だった。男はもう一度脱力した。なぜそこで名を名乗ったのか理解できなかった。


(変な奴)


 ほんの少しだけ可笑しくなり、口元に笑みが浮かんだ。


「お兄さんの名前は?」

「あ?」

「お兄さんの名前は? と聞いたんです。聞こえないんですか? 年ですか?」

「ぶっ殺すぞ!! こんのガキ!!」


 しかし、この少女――澪は強か過ぎる。そう思った殺人鬼だった。


「名前は?」

「……真樹(まき)


 殺人鬼――真樹は何故か澪に名前を言っていた。ほんの気の迷いだった。だが、なんとなく気分が良かった。


「澪だったか? 殺すのは少し待ってやるよ。ありがたく思いな」

「気安く呼び捨てにしないでくれます?」

「……」


 やっぱり殺そうかな、と思った真樹だった。


「ところで、お兄さん」

(名前言った意味がねえじゃねえか……)


 そう思った真樹は、悪くないだろう。むしろ、正論だと真樹は声を大にして言いたかった。


「なんだよ?」

「お兄さんは誘拐犯ではなく殺人鬼ですか?」

「今更!? つーか、誘拐犯と思ってたんかい!!」


 ワンテンポどころかツーテンポくらい遅れている澪に、真樹は頭を抱えたくなった。


「警察呼んだ方が良かったですかね?」

「それを俺に言う時点で間違ってるわ!!」


 とはいえ、本当に警察を呼ばれては元も子もない。真樹はいつの間にか取り出していた澪の携帯を引っ手繰ると、己のポケットへと仕舞った。


「あ、返してください」

「お前を殺した後でな」


 そうだ、もともと真樹は澪を殺す筈だった。少し話が逸れてしまっていたが、経緯はどうあれ、最終的には澪の命も貰う気だ。真樹は凶器を握りなおした。


「殺すんですか?」

「おう、顔も見られてるからな」

「へー」


 そう言った真樹の顔を、澪は無遠慮にじろじろと見る。目を見開いた状態でじっと見られ続ける真樹は、居心地が悪そうに口を開いた。


「なんだよ」


 澪は、一通り見終わると、大きくワザとらしいため息を吐いた。そして、まるで聖母のような笑みを浮かべる。――ただし目は死んでいる。


「……人は見た目じゃないですよ」

「ああ!? てめっ、それ俺の顔が残念って言いたいのか!?」


 予想外の事を口にした澪に、真樹はつい突っ込みを入れる。これでも、真樹は自他共に認める美形顔だと思っていたのだ。事実、学生のころはモテモテだった。

 澪はどうでもよさそうに、淡々としていた。そんな澪の態度がどうも気に食わない真樹は、ある一つの方法を思いつく。ついにんまりと口を歪めた。


「なに笑っているんですか?」


 澪が気味悪そうに引いていたが、もはや真樹はそんな態度さえ気にならなかった。


 今からすることを想像するだけで、真樹の心は快楽で満たされていく気がした。ゆっくりと立ち上がると、澪に近寄っていく。


「なに――」


 真樹は、澪の胸元を掴むとそのまま床へと押し倒した。大きな音が響き、澪は痛みで小さく唸った。


「なにするんですか」


 澪はどこまでも、表情を変えない。恐怖や泣き叫ぶ姿が見たい真樹は、倒れたままの澪の身体にのしかかる。動けないように、右手で澪の両手を拘束した。


「……なにするって?」


 真樹は自由な左手で、澪の服の隙間から手をゆっくりと差し込む。ピクリと、澪の身体が反応を示す。

 その反応に、楽しそうに真樹は笑った。

 笑みを浮かべたまま、真樹は澪の耳元に唇を寄せる。――そして、優しく囁いた。


「楽しい事、俺としようぜ。――澪ちゃんよお」


 その言葉の隠れた意味が、澪には分かった。それと同時に、頭に浮かんだ事があった。


「……いいですか、お兄さん」

「あ?」


 澪は、初めて、その瞳に表情を浮かべた。楽しそうな、年相応の笑みを。澪の特技は護身術(と言う名の正当防衛)だ。


「そういうことする場合は、相手を、ちゃんと、完全に抵抗出来ないように拘束しないといけませんよ?」


 ――でないと……。


 そういうや否や、澪の自由な右足が、真樹の足を間に鋭い蹴りを炸裂させた。


「~~~っ!!」


 あまりの痛みに、真樹は澪の両手を離し、澪の身体を自由にしてしまった。澪は、勢いをつけて立ち上がる。

 汚れを払うかのように、パタパタと服を払う澪に、少しだけ痛みが引いた真樹が、目尻に涙を浮かべながら言った。


「てめえ、なに、しやがる!?」

「それはこちらの台詞です」


 仕上げとばかりに両手をパンパンと払うしぐさをしながら、淡々と切り返す澪に、真樹は冷や汗をかいた。


(なんだこのガキ、妙に手馴れてやがったぞ……)


 澪はいまだ動きが鈍い真樹に近寄ると、その身をそっと押し倒した。その身体に澪がのしかかる。


「!?」


 先程とは立場が逆転した真樹は、澪の考えている事が分からずに目を見開いていた。

 澪は、表情を変えることなく右手を真樹のズボンへ持っていく。そして、ゆっくりと撫でるように触った。


「お、おい!! なにすんだ!?」


 真樹は焦った。こんな年下の女に言いようにされる気はなかったが、何故か抵抗できなかった。悲しきかな、彼も一般男性だった。


「ひっ」

「……」


 澪の優しげな手つきと、彼の弱いところを触られ、つい声が出てしまった。しかし、それでも澪の表情に変化はなかった。


(ち、ちくしょう……。この女、なかなかの手つきをしてやがる!)


 真樹は何を言っているのか、自分でも理解できなかった。ただ一つ言えるのは、このまま、彼女の手に触れられていたいと言う思いだけだった。なんとも単純な思考である。


「あ」

「あ?」


 突如、澪の動きが止まり、一言呟いた。それにつられた真樹も一言だけ呟いた。動きが止まったことで、なんとなく、寂しい気持ちになったが、真樹はそれを言えるわけもなく、ただひたすら澪の動きを待っていた。


「あった携帯」

「あ!?」


 そう、澪は探していたのだ。彼に取られた携帯を。そのためだけに、無心で彼の身体に触れていたのだった。その事を一瞬で理解した真樹は死にたくなった。


 だが死ぬのは、この女だ。――それは、真樹を覚醒させるには十分だった。


 即座に凶器を拾い、澪を掴み倒した。携帯が音を立てて物陰へと飛んでいく。それを何の感情を持たぬ目で見ていた澪は、目の前で自身を押さえつける男に視線を向けた。


「……お兄さん?」

「……」


 無反応だった。

 澪の言葉に、何の反応の示さない真樹に、澪はほんの少しだけ眉を潜める。


「お兄さーん?」

「……」


 動く事が出来ない澪は、もう一度だけ呼びかけるが、またもや反応を見せない真樹に心底困った。


(この姿勢、意外と身体が痛いんですけど……)


 澪は、小さくため息を吐いた。そして、かろうじて自由な左手を、真樹の頬へ添える。ピクリと真樹が反応する。


「……なんだよ」


 案外、落ち着いた声色が返ってきたことに、澪はなんとなくほっとした。そして、ふと思った。


(なんで今、ほっとしたんでしょうか?)

(どうして……?)

(……私、死にたくないの?)

(違う、そうじゃない)

(じゃあ、なんででしょう?)


 不思議そうに首を傾げる澪を尻目に、真樹自身も思考に飲まれていた。


(……なんでコイツを今すぐに殺さないんだ? こいつの無防備な喉に突き刺すだけだろ?)

(こいつの白い喉が、俺の手で赤く染まるんだ、興奮する筈だろ?)

(……変だな、何か違う気がする)

(やっぱり泣き叫ぶ姿が見たいのか?)

(――いや、なんかそうじゃないな)


 互いが互いに、謎の思考に悩まされていたが、やがて、真樹が大きく首を振った。


「まあいいや、さっさと()っちまおう」

「!」


 そこで、澪が反応した。


「私、死んでしまうんですか?」

「おう、俺が殺すからな」

「……どうしても、殺すんですか?」

「? おう」


 今までと反応の違う澪を、訝しげに見つめるが、彼女の表情に変化はない。本来ならば、恐怖か泣き叫ぶ姿が見たかったが、もう、そうも言ってられなかった。


「じゃあな、澪ちゃんよ」

「……」


 大きく振りかぶった刃が、澪の喉に突き刺さるその瞬間、真樹の動きが止まった。目を大きく見開いた真樹を、澪はじっと見つめていた。


 ――その瞳に、涙をためながら。


「おまえ――」

「……やだ、死にたくない」


 それは、澪の初めての本心だった。決壊した感情が涙になって、ボロボロとその頬を伝う。澪の泣いている姿に、真樹は混乱した。

 今まで、そんな姿を見せなかった澪が、どういうわけが、今では子供のように泣いている。――それが、真樹にはたまらなく嬉しかった。ようやくこの身を満たす表情が見られた。

 真樹は自身の身体がゾクゾクと震えだすのが分かった。身体が熱くなる。快感の波が真樹の全身を襲った。


「ああっ!! その顔が見たかったんだよ!! あははっ!!」


 嬉しそうに笑い続ける真樹に、澪は小さく呟いた。


「まだ、お兄さんと、……一緒にいたい」


 その言葉は、真樹の動きを止めるのに十分な破壊力を持っていた。ピタリと笑いが止まった真樹を、澪は見つめ続ける。その目には、少しの熱が含まれていた。


「……それ、意味分かって言ってんの?」


 真樹はその視線の意味を理解していながら、澪を試すような言葉を投げかける。


「はい」

「今から、殺される相手に?」

「っ……はい」

「……へえ」


 澪が涙を拭きながら頷いた。それは、真樹にとっては予想外の事だったが、殺す前にもう少しだけ楽しもうと思ったのがそれ以上に予想外だった。

 真樹は凶器を仕舞い、右手を澪の胸元へ。左手を彼女の腰へと持っていった。


「こういうこと、したい訳?」


 澪の胸を優しく包み込む。ピクリと澪の身体が反応した。


「は、い……」

「……いい子」


 すんなりと言葉を肯定した澪に、真樹はご褒美と言わんばかりに、澪の身体を抱き起こし近くの壁に押し付ける。そして、自身の片足を彼女の身体の間に入れ込んだ。

 ビクッと反応した澪を気にすることなく、真樹は右手で澪の身体を支えると、左手で澪の両足の間に優しく触れる。


「あっ」


 顔を真っ赤にする澪に、真樹はニヤリと笑った。


「どうしてほしい?」

「え……?」

「自分の口で言ってみろ」


 それは、澪がさらに顔を真っ赤にするのには十分すぎる言葉だった。しかし澪が、恥ずかしそうに言った言葉に、今度は真樹が驚く事になった。


「……キス、を」

「え」

「キスをして……殺してしてください。――真樹さん」


 予想外の言葉だった。けれど嫌ではなかった。だから真樹は優しく微笑んだ。


「いいぜ、してやるよ。――澪」



※※※



 それは、一種の儀式のようだった。


 真樹は澪の身体を優しく包み込む。澪も答えるようにその背中に手を回した。


「これでお別れだな」

「そうですね」

「なんだかんだ、楽しめたぜ。お前の泣き顔とかも見れたしな」

「それは良かったです」

「ただ、今は目が死んでんぞ」

「それは失礼しました」


 そこまで会話をして、お互いに噴出した。心残りはもう無かった。大好きな両親の事を考えて、澪はもう生きようとは思えなかった。――私のせいで、両親は疲れてしまう。それはもう見たくないから……。

 だから、彼の手にかかって死にたいと、そう思ってしまったのだ。


 本当は両親のためと言うよりは、きっと、彼に惹かれてしまったのだろう。危険だけど、どこか優しい彼に。


「では、お願いします」

「おう」


 それを合図に、真樹は澪の目をじっと見つめた。澪を見つめ返す。

 真樹は、そっと澪の項に手を添えた。澪はそっと目を閉じる。



 ――それは、触れるだけの、キス――



 その瞬間、真樹は持っていた刃を、澪の心臓に突き刺した。

 澪の身体がビクリと動くが、すぐに力を失う。痛みを感じることなく、彼女は逝った。それは、真樹の最大の優しさともいえるだろう。ずるりと、澪の身体が真樹の腕から落ちる。

 真樹は澪の身体と一緒に、地面へと座り込んだ。大事そうに抱きしめる。澪の表情は幸せそうに微笑んでいた。


「澪――」


 真樹は、冷たくなっていく澪に、再び触れるだけのキスをした。


 まるで彼女に、己の愛を伝えるかのように、優しいキスを。



※※※



『では、次のニュースです。

 今日朝方に、昨日から行方不明だった佐伯(さえき)(みお)さんが、遺体で発見されました。

 遺体に大きな傷は無く、心臓を一突きにされていたとのことです。

 奇妙な事に、現在連続殺人犯として指名手配されていた弓塚(ゆみづか)真樹(まき)容疑者が、

 佐伯澪さんと手を繋ぎ、寄り添うように死んでいるのが発見されました。

 警察は、今後、佐伯さんの周囲の様子を調べるとともに、弓塚真樹容疑者との関係性を――』






 ある場所で、夫婦がそのニュースを見た。


 二人とも声を上げて泣いたのだった。



.

恐らく人を選ぶ作品だと思いますが、

読んでいただいてありがとうございます。


こういうお話が読んでみたかったんです。

なので書きました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 読者を物語の世界に引き込む、とても良い小説だと思います。 何回も読み返しているお気に入りの小説の1つです。 加筆されて、澪の背景も描写されるようになり、深みが増したというか、面白くなったと思…
[良い点] 加筆されて、すごく読みやすく、わかりやすく、 結末にもなっとく。 まとまってるし、すごーくよくなったと思います。 [一言] 読み返しました。 生きている限り(容貌が衰えない限り)誘拐さ…
[一言] ほんとうに、かなり人は選ぶ作品だと思います。 はじめは、どうして抵抗しなかったのか? 生きる気力がなかったのか?そこ理由とか、 無気力だったのは、過去に何かあったのか?とか、そのへんがわか…
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