表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

無辜の民

作者: 新谷 裕

   




「全く何故こうもつまんないかね?」


「は?」

「だって大した事してないじゃん。ただ動き回る世界を延々眺めてるだけ、俺たちから干渉することも何もない」


 口を尖らせて黒のフードを被る男に、僕は本に目を落としたまま言う。


「そんな頻繁に向こうに関わっても、後々面倒なの解っているだろう? 僕らがひっそりと静かに過ごしている方が、彼らも幸福に決まっている」

「えー、でもそれじゃあ何も残らないじゃないか! 何かもっと、名を残すような事したくない?」

「だからそれが面倒なの、後世の批評だって……って、あっこら!」


 本を掴むその右手に、必死に手を伸ばす僕を見て、当の本人はケラケラと笑った。


「毎日毎日飽きもせずまあ……人間の空想世界を書き記しただけじゃない。わざわざ本で読まなくたって目の前に面白い世界があるのに、楽しいのこれ」

「返せよ!」

「でもいつも違う本だよね。何、いちいち創ってんの? まあそれだけ向こうに興味あるってことなんでしょ、じ・つ・は❤」

「うるさいな! お前ほど酷くない!」


 睨みつける目を気にも留めず、これいいでしょ、とクルクルと回ってポーズをとる。

 黒いパーカーにカラフルなTシャツ。細身のジーンズは所々破れ、肌が覗いている。極めつけはキラキラとラインストーンが光るスニーカー。


「そのような格好、ここには相応しくない。色彩で僕の目を潰す気か?」

「だって面白いじゃない。人間になる気はさらさら無いけど、異文化体験って感じ。あ、これはちゃんと向こうに買いに行ったよ」

「お前こそわざわざ何してんだ……まず僕達に文化なんて概念は無い。その気が無いなら余計に邪魔だ、脱げ」


「ほんっと素直じゃないなあ。興味ない? いつも俺とここで人間を見ながら、人間の生み出した書物を模倣して、自分でわざわざ創り出して、目を輝かせているのに? 俺のこの服だって、何で名前知っているのかなあ? 俺たちなんてほぼ布一枚に等しいじゃん、何故パーカーだのスニーカーだの知っているのかなあ」

「ぐっ……」


 ――図星だ。

 顔を強張らせた僕に本を手渡し、フードを取りながらそいつは告げる。


「でもね、それだけこっちが興味持ってても、向こうは気付きゃしないんだよ。俺たちの存在を信じない人間も少なくなくなってきた。多分俺たちの爺さん世代で記録止まってるよ」

「いや、あの世代の人達は事の次元が違うだろ……」

「まあね、でもゼウスの爺さんが不倫していなかったら、俺たちここにはいないんだから」

「語弊のある言い方だな! あってるけど!」


 一夫多妻など、所謂〈神〉と呼ばれる僕らの世界にはよくある事だ(逆もしかり)。ゼウスさんの場合は正妻が嫉妬深かったのもあるが、九割がたゼウスさんの浮気癖が悪い。


「だからさ、俺たちも何か残したいの。そんな劣情にまみれた話じゃなくて、もっと爽やかな感じの!」

「何を目指したいんだ?」


「名を残したい」


 ――真っ直ぐこちらを見つめる瞳は、紅く燃えていた。


「……解ったよ、協力する」

「やったね」

 パチンッと指を鳴らして、明らかに嬉しそうだ。


「で? そう言うからには何か策があるのか?」

 僕が尋ねると、目の前の男は屈託のない満面の笑みで、


「なーんにも?」

「……」

「一昔前ならもう少し実行しやすかっただろうね、政権争いの手助けに相手国に風の塊ぶつけるとか。でも今はそういったこともなく平和ですから」

「本当、お前は発言だけだな」

 溜息をつき、僕は傍のゲートから向こうを見下ろした。


 僕らが生まれた頃には想像もできなかった、多くの人間。高い建物。忙しなく流れる黒や金の点は、確かに昔ほど僕らを必要としていない。


「まあ、これからゆっくり考えればいいよ。俺たちがもう少し大人になった時に、向こうから縋ってくれるかもしれないしね! あ、これ飲んでみない? 美味しい水だって」


 ケラケラ笑う男の周りに、二つのグラスが現れた。

「ほら、手出して」

「ああ、ありがとう……っ冷た!」


 驚いて払った手は、僕へ飛んできたグラスにヒット。中の透明の液体は、僕の本の上に落ち、ゲートへ流れていった。


「あ――あああああああああ!」


「あーあ、干渉しちゃった」


 ニタニタ笑う紅い目に、僕は翠色の睨みを向けた。

 そして何の罪も無い人間に向け、伝わりもしない謝罪をした。


「申し訳ありません……」







「――もう一週間だよ、なかなか止まないね、雨」

「山崩れも起こってるんだって、気を付けないと」


 滝の如く降り注ぐ雨を、二人の少年は眺めていた。


「ずっと家の中も飽きた……ねえ何かしようよ、何の本読んでるのさ?」

「小学校で借りてきた、遠い昔の話が書いてある本」

「へー。ねえ何して遊ぶ?」


「へーって……うーん、遊び……あっ、そうだ! 神様を考えよう!」


「かみさま?」

 目を輝かせる友人に、本を抱えた少年は言った。


「この話には、いっぱい神様が出てくるんだ。だから僕たちも、神様を考えてみようよ。たとえば、今、この雨を降らせているのは、どんな神様だと思う? 何故、こんな雨を降らすんだろう?」




                     おわり


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ